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人と超常

 

 開戦の合図は唐突だった。



 ベッドの上に乗っていたミスリーが座ったまま予備動作無しにバク宙、床に着地すると同時にベッドを蹴り上げた。



 俺達に向かってくるベッド。それを鞠猫が剣で両断すると、俺は切り開かれた隙間から飛び出し、飛び蹴りをミスリーの腹に喰らわせた。



 「ぐッ!!」



 俺とミスリーは勢いのままに、先程男の超常殺し……ミスリーは柴山しやまと言ったか……そいつが破っていった窓から飛び出た。四階の高さから落ちる俺とミスリー。彼女は腹部に喰らわせられている俺の足を掴むと投げ飛ばした。



 俺も彼女も距離が開きながらもお互いに庭の芝生に無事に着地する。そのことに人の身ではこんな着地は不可能だと感じていた。



 「ある程度のコンビネーションも学んであるみたいだね」

 「当然」



 ミスリーから褒めの言葉を貰うが少しも嬉しくはなかった。



 「けれど────貴方達の敵は私だけではないんだよ?」



 不敵な笑み。その瞬間に俺の右足に金属質の締め付けを感じる。目線を下ろせばチェーンが巻き付いていた。それを辿れば後方10メートル程に、あの男の姿があり、俺に巻き付くチェーンの端を握っていた。



 「ごめんねぇ」



 気怠げにも感じる男の声が俺に届いたと思った瞬間、俺の体が持ち上がる。自分の意思とは関係無しに右足に巻き付いたチェーンが唸り上がり、まるで蛇の様に、鞭の様にしなり、俺を振り回した。



 まるでミキサーにでもかけられている感覚、ヤバイと思いながらも何も抵抗出来なかった。そんな時、聞き慣れた銃声が。途端に振り回される感覚は失せ、投げ出される感覚に変わる。足にあった窮屈さが無くなったことで鞠猫がチェーンを撃ち抜いて千切ったのだと理解した。



 下手くそに地上に着地した俺の背後に、病院から飛び出してきたであろう鞠猫が着地した。



 「悪い、ぬかった」

 「いえ、大丈夫です。しかし────」



 俺達は背中合わせになる。鞠猫の前には柴山が、俺の前にはミスリーが、対峙するようになっていた。



 そしてそこで俺は気が付いた。空や木々の色が可笑しな色になっている事を。空は紫色になっており、浮かぶ雲はピンク色、木も気色の悪い色へと変貌していたのだ。



 「世界の色が……」

 「私の使った結界術の影響です。術を解けば元に戻りますから」



 鞠猫の説明で俺は納得した。



 「奏君……この世界は元の世界には干渉しないようになっています。ですから思いっきり戦って大丈夫です」

 「そりゃありがてぇわ」



 俺は構える。鞠猫も。彼女が対峙している柴山が呆れたようなため息を一つ吐いた。



 「そのまま動かなければ『コレ』で撃ち抜いてやるんですけどねぇ」



 その言葉と共に向けられる俺達に向けられる銃。鞠猫とは違い、それは散弾銃であった。切り詰めた所謂いわゆるソードオフのショットガンを向けられるとその威圧感はハンパではなかった。



 「二本の剣にショットガン……チェーンの併用……対人間用の装備とは思えませんね。貴方も超常殺し(ルナティックハンター)ですか……」



 鞠猫がそう問いを投げた。雑なヘアースタイルの後頭部を摩り、男は答えた。



 「如何にも。僕ぁきみと同じルナハンの人間なんだわぁ」

 「ルナハン……?」

 「あ、あ、気にしなくていいよ……僕が勝手にルナティックハンターじゃ長いから略してるだけでさぁ」



 その返答に眉を少し歪めながらも鞠猫は続けた。



 「そのルナハンである貴方が何故、淫魔サキュバスなどと行動を共にしているのですか?」

 「可笑しな事を聞くねぇ。それは君も同じ事では?」

 「私が奏君と一緒にいるのは、彼には害意がないからです。あればとっくに殺すなり封印するなりしてます。 ……しかしそこの女はこの街の人々を何人も殺している殺戮魔、彼とは異なる存在ですよ。その事をお分かりで?」



 柴山は馬鹿にした様にゆっくりと頷いた。



 「当たり前だのクラッカ〜……アハハァ…知らぬわけがないっしょ」

 「……なるほど、その反応でよく分かりました。貴方、未所属のルナハンですね」



 警戒を強めた声色に俺は気になり、鞠猫に問う。



 「未所属のルナティックハンターってどういうことだ?」

 「その言葉の通り、組合に属さない非組合員のことです。本来ならハンターは組合に入り斡旋される仕事をこなすのが主流ですが……組合のやり方や仲介料を取られるシステムに難色を示す者達は組合に登録しないケースがあるんです。そう言った者達は縛りが無いため、金さえしっかり払えばどんな依頼でも受ける者が多い……罪を犯しておらず案件化していない超常ルナティックの抹殺。単純な人間の暗殺。邪魔になった超常殺しの始末の代行など……本来は組合の規定により受理出来ない依頼も、彼らであれば容易く受けてくれる。 ……薄汚い守銭奴の極みです」



 憎々しく言う鞠猫。……なるほどな、はぐれ者達の事を言うのか。



 アウトローな存在と分かれば手加減をする必要はないな、拳を振るうのも躊躇わなくていい。



 「説明ありがとさん……でも酷いねぇ……僕らにゃ僕らの事情があるんだよね、一概に守銭奴だの言われるのはねぇ……」



 ヘラヘラと男は笑った。しかし



 「─────殺しちゃうよ?」



 その突如真面目な口調になったかと思えば、こちらを睨むその目付きはおぞしくもも、一瞬憧れを抱きそうになる程、野性味に溢れ、その言葉が脅しでない事を物語っていた。



 「てめぇら組合員がだらしねぇから僕達みたいなハグレ者に依頼が回ってくるんだよ。正義感だか規律だか知らねぇけどね、体裁守るのに躍起になってちゃ守ってほしい者も守れねぇっちゅーの。こっちはな……こっちで色々考えてんだよね、バーカ」



 そう鋭く放つと柴山は片方の唇の端をニヤリと上げた。



 「ま、この依頼はそんな僕の理念とはかけ離れた金稼ぎの仕事だけどねぇ」



 意地悪な笑みを浮かべる彼に俺は警戒を強めた。



 「奏君」



 そんな俺に鞠猫は驚くほどに落ち着いた口調で問い掛けてきた。俺は軽く振り向き彼女に反応を示した。



 「もう一度言いますが、ここは結界の中です。ですから思い切り戦って大丈夫です。そしてどうか私の心配はしないでください、例え私がピンチになろうとも。 ……いいですね?」

 「……分かった」



 その言葉には彼女の決意が滲み出ていた。何があっても足を引っ張る事はしないと。



 「さて───そろそろやろうか、半淫魔と超常殺しちゃんよぉ……どうせこの結界だっていつまで持つか分かんないんだろぉ? すぐに消えるのか、それとも君達を殺さなくちゃ未来永劫消える事はないのか。いや、それはありえないからぁ……とっととこの魔術の起点となっているお嬢ちゃんを殺しちゃうとするかね」

 「そうね柴山……こんな場所に長居は無用よ。 ……奏、残念だよキミから好意的な返答をもらえなくて……君がそこまで自分勝手な人間とは思わなかったよ。折角人々を救った大英雄になれる機会だったのに。今どんな気持ちだい?」

 「死ね」



 ミスリーのその舐められた態度に率直に答えてやった。何に代わっても彼女を止めることしか頭にはなかった。最早彼女の惑わしの言葉は俺には効かない。ただの脅威的存在……そうとしか思えなかった。



 そして時は再び始まりを告げた。柴山の向けていた銃口が警告も無しに火を噴く。散弾銃という代物はその名の通りいくつもの弾を標的に一度に浴びせる恐ろしい銃だが、発砲音が響いた瞬間、鞠猫は剣を高速で振るったのを俺は背後で感じ取った。



 金属が纏まった金切り声を上げる。俺はその瞬間短く走り込み、スライディングで目の先にいたミスリーの元へと滑り込む。こんなものは所詮はフェイントだ、俺は直ぐに跳び上がり回転。勢いを利用した踵落としを彼女に浴びせる。



 それを彼女は半歩引いて体を逸らし、最小限の動きで回避、俺の踵は彼女の居た場所に大きなヒビ割れを起こしたが、彼女に傷はつけなかった。



 「良い攻撃……興奮しちゃう」



 その言葉に気が取られることはない。俺はすぐに次の行動に移る。両拳のコンビネーションから上段蹴りに繋げる。それもミスリーは容易くかわしニヤリと笑った。蹴りの後に出来た隙に彼女が仕掛けてくると俺の勘が働く。素早く俺は体を逸らし、そのままバク宙すると仕掛けてきていたミスリーの顔面に脚を振るった。



 所謂いわゆるサマーソルトキックだ。俺は回転後に後方に着地すると目の前に視線を移した。そこには右頬に赤き裂傷を走らせたミスリーが身を震わせ、立っていた。



 それが喜びや気持ちよさではないのは表情から直ぐに分かった。



 「どうした? 興奮で判断力が鈍ったか?」

 「ア…アンタ……」



 なめるからそうなるんだ。俺はやり返す様に微笑んでやった。



 それを見るや否やミスリーの裂傷は瞬く間に修復。やはり脳味噌と心臓……そのどちらもぶっ壊さない限り俺に…俺達に勝利はないと再度理解した。



 ミスリーが体勢を低くし、俺に突撃してくる。咄嗟に飛び退き動きを見れるようにする。病院の庭は広く多くの人間が運動を同時に行えるようになっていたが、その敷地内を動きを読まれないように蛇行や直行を交えながら彼女は俺へと接近してきた。まるで獣の様に四足歩行し、俺が目で追えたと思った時、それは既に俺の背後に回っていた。そして両の手の伸びた、鋭く太い爪を目の当たりにし、それがこの動きを可能にしているのだと判明した瞬間、それは俺の腹部を目掛けて振るわれた。



 「グッ!!」



 咄嗟に両腕で防御するが、彼女の大きな爪は俺の腕を引き裂いた。痛みに目を瞑りそうになるが───それは絶対にダメだと本能が俺を叱責した。そして刹那的に屈むと、上体があった空間をすぐさまミスリーの手が切り裂いた。屈まなければ今頃真っ二つだったろう。



 そうして続けられる彼女からの攻撃に、逸らし、再び屈み、跳び退き、滑り込み……あらゆる行動にて回避を繰り返した。



 そして一瞬の隙を見つけ、俺の放った蹴りは彼女を大きく吹き飛ばす。しかし精神を砕くほどの攻撃ではなかった為か、容易く着地するミスリー。ため息をようやく吐ける程の隙が出来たことに、俺は自分の両腕の爪傷を再度確認する。



 動かせない程の傷ではないが何より痛みが酷かった。普段であればこんな傷もすぐに再生される為痛みになどかまける事もないのだが……治らない傷とはここまで平常心を掻き乱すものなのかと動揺した。



 「────なるほどね……戦闘力だけなら私にも引けを取らないみたいね」



 俺の様子に余裕がないことを察したか、ミスリーがそう言葉を紡いだ。



 「当たり前だ……不意打ちなんてされなきゃ、まともに攻撃も回避もできるさ」

 「あらそう……ならごめんね……『不意打ちなんてされなきゃ』なんて言っている時点でキミ達に勝利はないよ」



 再びミスリーは不敵に笑みを浮かべる。



 「ねぇ奏……不思議に思ったことはない? 警察やキミ達が必死に探しても私を一向に見つけられなかったこと」

 「え……」



 いきなり何でそんな話に戻るのかと俺は眉を歪めた。



 「あのお嬢さんが超常殺し(ルナティックハンター)としての技術を持っているにも拘らず私を発見するに至れなかった理由は?」

 「…………」



 そんな事は知らない。俺の知るところではない。魔術だ魔法だ、呪術だなどは俺の常識を超えている。鞠猫の技術不足だとしてもそんな物は俺にどうこう言えるものではなかった。



 「教えてあげる……それは私が別格だからよ」

 「……酔ってんのか?」



 酔狂な言動にこちらの動揺を誘っているのかと勘繰るが、ミスリーは続けた。



 「何を言っているのかって顔してるね。無理もないよね、貴方な〜にも知らないんだもん。だから教えてあげるよ、その目の前でね」



 瞬間────彼女の姿が俺の目の前から消え失せた。比喩ではない、すぐそこにいたはずのミスリーが瞬き一つで忽然と姿を消したのだ。



 高速移動の類かと周りに注意を配るが、気配さえ察知出来ない先程までの突き刺さる様な殺気が、霧が晴れたようにしなかった。



 ありえない。絶対にありえない。あんなにも俺の事を殺そうとしていた存在が一瞬で姿も気配も丸ごと消してしまうことなど……



 千火さんや鞠猫としか模擬的に戦ったことのない俺でもそれが卓越した身体能力や、超が付くほどの能力がなければ不可能な事だと言うことは分かっていた。俺に超常の血が流れている故か、他者からの殺意や闘気には敏感である俺は、千火さんや鞠猫からの攻撃をそれにより事前に微量ながら察知して回避に役立てていた。だからこそ経験や技術が少なくても戦いについていけたんだ。



 だから俺に殺気が感じ取れないなんてことは……



 ─────ッ!!?




 それは突発的だった。まるで爆発するが如く、膨れ上がった『殺気』に俺は振り返った。



 そして目の当たりにした光景に叫ばずにはいられなかった。



 「鞠猫ぇぇェェェェッッ───!!」



 小さな少女の背後にあの淫魔の姿があったのだ。そしてその腕の先が少女の背部を突いていた。



 消えたと思った瞬間に鞠猫の背後に移動していたとでも言うのか!?



 目の前で起こる出来事に受け入れられない気持ちが生まれるが、鞠猫の先に立っていた柴山が無表情でその光景を見ていて、つまらなげなその顔が何故か俺をこれは現実だと訴えた。



 状況から察するに柴山と戦っていた鞠猫の意表を突いての奇襲だった。そのミスリーの行動は。



 「ふん……貫いてやるつもりだったけど、流石のハンター用の衣服、防御力は伊達じゃないわね」



 貫通はしていないと言うミスリーの言葉。……俺のせいだ。 ……俺がキチンとミスリーを足止めしなかったから!!



 「さて、後は貴方一人だよ、奏」



 その言葉と共に腕が鞠猫の背から引き抜かれる。貫通はしていないと彼女は言ったが、彼女の太く鋭い爪は血に塗れ、十分な致命傷であると思わせた。血が噴き出す鞠猫がドシャリと膝をついた。そして俺へと振り向いた。



 微かに動く唇。



 「に……げ……て………」



 言葉は届かなくても彼女がそう言ったのが分かった。



 そして彼女はうつ伏せに倒れ、動かなくなった。




 「気に病むことはないよ奏、誰でもこうなっていたはずだから。ワタシの力の前では強くても弱くても等しく倒れていくんだから」



 ……ミスリーが何か言っている。



 鞠猫が倒れている。 ……俺のせいで。



 「冥土の土産に教えてあげる。私はね、『権能』と呼ばれる力を開眼させているのよ」



 ……ミスリーが何かを話している。



 「超常の存在の中でも優れた個体にだけ目覚める、血や種族の枠組みに囚われることのない超能力。それが権能……そして私の権能は『存在の消失』気配や痕跡を消すことのできる力よ。一度聞いただけでは、タダの下らない能力にも感じるかもしれない。けれど私の戦闘力にそれをプラスするだけで誰にも回避不能の奇襲をかけることを可能とする素晴らしい力なの」



 ……どうでもいい。



 「この力の前では誰もがこうなる。知らずのうちに接近され、知らずのうちに死んでいく。そして私の居場所さえ分からない。辿れない。それが私」



 ……知るか。



 「だから奏、これは貴方のせいではないわ」



 ……俺の……所為に決まっているだろ!!




 「ウアアァァッッ───!!」



 膨れ上がった感情は俺を突き動かした。


 

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