戦闘開始
「いやはや、私の思惑通りに動いてくださってありがとうございました。準備には相当の費用がかかっているもんで……それがパアにならなくて安心しました。」
銃口を向けて鞠猫はミスリーに続けた。俺は魔法やら魔術やらの知識はない為詳しくは分からないが、ミスリーの動揺の様や言葉から、この世界が現実とはまた違う世界であるのだと理解した。視覚的には現実と変わらないのだが、確かに異様に静かだし、こんなドタバタしていても誰もこの部屋に来ないのが何よりの証拠だった。
「ミスリー…… 貴女がもう一度小熊林先輩を狙う……もしくは利用する事は予想がついていました」
突然の告白に俺は鞠猫を見た。先日の事件の後、記憶の無い先輩は逆に狙われる確率が低いと説明を受けていた為に、俺は反論もしなかったのだから。鞠猫が言っていることは、その時に言っていた事と全くの別である。
「先日の貴女と奏君の接触で、奏君が先輩を含むその他の人間に対して羨望を抱いている事は貴女は理解していた。だから交渉の際にもしも有利に進めるとしたら他の人の命を天秤にかけさせると思いました。勿論他の人間でもいいですが、貴女には自信がなかった。なんせ、話したとはいえあの短時間ですから、本当に奏君がどんな人間を人質に取られても揺れるメンタルをしているか確信が持てなかった筈です。だから貴女は確実に動揺させられる小熊林先輩を再び狙う、そう私は思ったわけです。だから敢えて手を薄め狙いやすいようにして貴女を待った。警察が護衛をつけていたのは知らなかったですが……それが逆にリアリティをだして私の罠のカモフラージュになってくれたらしいですが……貴女は始末したようで……」
鞠猫の問いにミスリーは半目でつまらないと云うような表情で答える。
「人質の一人にする為に気絶させたけど……こうなるなら殺しておけばよかったわね」
とてつもない怒気を感じる。ミスリーが自身の作戦を逆手に取られたことによる耐え難き羞恥による怒りは明確に発せられている。
対峙しているだけで飲み込まれそうな感覚になる。
そんな中でも鞠猫は俺を見た。その瞳に動揺はない。
「奏君ごめんなさい、何の説明もせずに。確実に罠に嵌めたかったんです、だから貴方にさえ話す事はしなかった。本当にごめんなさい」
俺は自分が情けなく感じると同時に彼女を尊敬した。多分彼女自身も賭けみたいなものだったんだろう。ミスリーが自分の予想と同じように動くとは限らない。それなのにもしも俺に話したとしても俺はその作戦に賛成していたとも言い切れない。危険だといって反対していたかもしれない。
だから鞠猫は自分一人で水面下で準備を進めていく事を決めたんだろう。きっとそれは並みのプレッシャーではなかったはずだ。全ての責任が自分にのしかかってくると言っても過言ではないのだから。
「何いってんだよ鞠猫……逆にありがとうなこの魔法を使う為に……ミスリーを閉じ込める為にお前はお前で考えてたって事だろ? 俺みたいな素人には出来ない芸当だ。逆に感謝する……先輩や人質に取られた人達の呪いを解いてくれてありがとう」
本当に凄いやつだとつくづく思った。そしてそれを心からリスペクトして口にする。それを微笑んで答えてくれた鞠猫は再びミスリーに視線を戻すと厳しい口調で話し始めた。
「すみません奏君、誤算がひとつだけあるんです」
「誤算……?」
「この魔法世界に取り込む条件は『魔力』を持つ者としました。ミスリーや貴方のような超常をはじめ、草木にだってそれはあります。ハンターとして訓練した私にも魔力はあります。無いのは純粋な人間だけ……しかしあのミスリーの連れてきた男もこの世界に引き込まれている。つまりはただの人間では無いという事です」
ただの人間ではない存在、それを言われても俺にはじゃあ『これだ』と言える知識は無い。それを嘲笑うかのようにミスリーが俺達を笑った。
「アハハ……ご名答、あの男柴山は貴女と同じ超常殺しよ」
「「ッ!!」」
その回答に俺も鞠猫も驚きを隠せなかった。
そしてそれが愉快とでも言うのか、ヘラヘラとニヤケながらミスリーはベッドの上に着地した。
「────数々の解術、作戦……素晴らしいわ。貴女を魔法使いとして見たら私の実力の何段も上にたっている存在だって事はよく分かった。けれど───」
ミスリーの笑みが更に深くなるまるで耳まで避けるのではないかと思うほどに口の端が吊り上がった。
「戦闘力の総合点としてみるなら話は別でなくて? 搦手、罠……色んな策を講じても、結局最後に大切なのは総合的な強さだと私は思う。その点で言えば貴女自身は強くても……その隣にいる奏はどうかな」
「…………」
「私よりも超常として弱く、貴女の味方としてもあまり強くはない。それに私の様な純血の淫魔と戦闘した場合、混血の淫魔は著しく再生力が低下するのよ? 確かに奏の再生力は素晴らしいけれど、それを取り上げられてしまってはカスも同然じゃなくて? ……フフフ」
告げられた事実に俺はようやく腑に落ちた。あの日いとも簡単にミスリーに心臓を奪われ、すぐに再生出来なかったワケが。
魔法や魔術、呪術などのせいではなくサキュバス間にある絶対なる法則のせいだったのだ。何がどうなって再生力が落ちるのかは不明だが、そういった理由が分かっただけで俺はスッキリした。
「───だったらキズを負わなきゃいいだけだろが!」
「そうです、私も奏君もこの数日間何もしなかったとお思いですか?」
ミスリーが動揺を誘っているのは俺も鞠猫も分かっていた。仮に再生力の話が嘘だったとしても一つでも傷を負えば隙が生まれ、鞠猫に迷惑をかけることになりかねないのは事実だ。元より負傷しようなどと考えてはいないし、それがアドバンテージなるとも踏まえていない。
全力を尽くして相手を倒す。それだけを俺も鞠猫も考えて少ない時間で必死に特訓してきた。
何も難しいことはない。全力を吐き出すだけだ。
「敵対……するということでいいのかな?」
「見りゃ分かるだろうが」
俺も鞠猫も構え、臨戦態勢に入る。元より答えは決まっていたのだから。
「────最後に敢えて聞くね。奏、私と一緒に来る気はない?」
「ないね。俺は人間として生きる、そう決めた」
誰が何と言っても構わない、俺は自分の生きたいよう……在りたいようにする。『自分自身』を張り続ける。それでいいと教わったから。
ミスリーはハァと息を吐く。見損なったと言うように。
「じゃあ殺すわ」
言葉に続き、とてつもない悪寒が俺を襲う。それが殺気だとはすぐに理解した。
横にいる鞠猫を見ると、見たことのないほどに深刻な表情をしている。それも含めて俺は確信した。
きっとこの戦いでミスリーか俺達のどちらかが必ず破れる。逃げる事も出来ないだろう。今日……決着が絶対につく……と。




