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開戦

 

 「鞠猫まりね!!」



 頼もしき仲間の登場に恥ずかしながら俺は歓喜の声をあげた。



 黒いワンピース、巨大なコントラバスケース、艶やかな漆黒の髪……見慣れたはずのその姿がどこまでも美しく、かっこよく見えた。



 「状況はなんとなく分かります。さて……どうしたものですか」

 「鞠猫、この病院内の人間は───」



 すぐさま俺は人質にとられている事を口走ろうと考える。しかしその瞬間に俺の背後に彼女は回った。そして響く金属音───



 振り返ればあのミスリーの連れてきた男と鞠猫が剣同士で鍔迫り合いを繰り広げていた。鞠猫はあの大きな両手剣を使っているが、男は両の手に一本ずつ……二本の細身の剣を使っている。所謂いわゆる二刀流というやつだった。



 一瞬で繰り広げられたその光景に呆気に取られそうになるが────



 鍔迫り合いをする剣とは別にフリーになったもう一つの剣で、男が鞠猫に攻撃を仕掛けようとしたのを見た瞬間、体は自然と動いていた。



 「このッ!」



 鞠猫を襲う為に振るわれるその腕の前に飛び出し、その手を俺はしっかりと掴んだ。



 そして───



 「出て行けぇぇ!」



 力を込めて思い切り窓の外に投げ飛ばしてやった。



 窓ガラスを打ち破り破壊音と共に外に飛んでいく男。ここは四階である。一応窓の外は病院の庭になっていて、芝が広がっていた筈だが……生きているかどうかを考える余地はなかった。



 「ナイスですかなで君」



 一瞬で巻き起こった出来事に俺の心はバクバク音を立てていた。思わず出来た連携に興奮は高まっていた。



 「────何がナイスよ、アンタねぇ」



 その声に釣られて見てみれば天井に張り付いたミスリーがこちらを恐ろしい形相で睨みつけているではないか。俺は思わず構えた。



 そして最悪な事を思い出してしまう。



 鞠猫が助けに来てくれたのは嬉しい。しかし、今ミスリー達には病院内の人間達の命が握られているのだ。これは不味い状況だというのは明らかだった。



 「ま、鞠猫……アイツは今病院にいる人間全ての命を……」



 恐る恐る鞠猫に告げようとするが、それは遮られた。



 「────奏君、状況はなんとなく分かると私は言ったはずですよ? そんな怒られた子犬みたいな顔しなくていいです」



 自信満々にそう言ってのける彼女に俺は言葉を紡がなかった。まるで全て任せろと言っているような言い方に心の中がスッと軽くなった。



 そんな俺達を見るミスリーが片手をおもむろにあげる。指を鳴らす前の形にして。



 「へぇ分かる……分かるんだぁアナタ! まったくとんだお邪魔虫ね! 私と奏の大切なお話を中断してまでこんな事をしてくれるとはねぇ!!」



 その言葉は怒りの頂点を含んでいた。こちらを誘惑する要素など皆無、おどろおどろしい女声に緊迫感が増した。



 「奏、許しなさい! こんな事をされたんじゃとりあえず力関係をハッキリさせる為に一人は犠牲になってもらうしかない! ……いや10…10人は死んでもらうわ!」

 「なッ!?」



 無茶苦茶だと思った。けれど彼女は俺達とは同じ感性をしちゃいない……道理に合ってない行いは元々からだ。



 「なにをするつもりですか?」



 この狂気に飲まれた女に鞠猫の声は淡々として問いを投げた。



 「へへへ……超常殺し、アナタとんでもない事をしてくれたのよ? 私は元々この病院にいくつもの魔術をかけていた。そしてその内の一つが人間に即死の呪いをかける『籠の中の鳥』それをかけたわ……アナタも知らないわけじゃないでしょ? ポピュラーな魔術ですもの」

 「ええ、勿論」

 「私が指を鳴らせば対象となる人間は死ぬ。言っておくけど、病院内の人間全てにこの魔術はかけてある。さぁ……アナタに私を攻撃できるかしら」



 そうミスリーが言った瞬間だった。彼女の脳天が弾けた。



 「────出来ますが」



 鞠猫の手に持つ銃、その銃口から硝煙が立つ。



 なんの躊躇いも無くミスリーの頭を撃ち抜いた鞠猫。しかしミスリーは天井から落ちることはなく、みるみるうちに頭が再生された。



 「ふ、ふざけんな……アナ…タ……何をやったか分かってんの?」



 再生したばかりの口で情けなくそう言葉を発する彼女。その顔には怒りが浮かんでいた。



 「出来るかどうか問われたから実行したまで。何か問題でも?」

 「と、とんだお馬鹿さんだよ……私怒っちゃったもんね」



 最早後戻りをする気もないのだろう。俺達に見せつけるようにミスリーはその手をあげる。



 「や、やめろミスリー! 殺すなッ!」


 俺の言葉は届いているはずだけど、彼女はその素振りを止めようとはしなかった。



 ヤバイ……! 完全に頭にきちまってる!



 「私は悪くない。恨むならその小娘を怨みなさい」



 その言葉を吐いた瞬間ミスリーはその指をパチンと鳴らした。



 俺の頭から血の気が失せた。



 世界は驚くほど静かだった。



 本来なら窓ガラスを割っているし、銃声もしているし、看護師が駆けつけてきても可笑しくはない状況だ。だが今はそんな事はどうでもよかった。



 ミスリーが一体何人の人間を殺したのかは分からない。言葉通り10人なのか、怒ったことによりそれより増えているか……しかしながら人が死んだ事は確実だ。



 俺は膝から崩れ落ちた。やられた……誰一人として救えなかったと。




 しかし俺が横を見てみれば、そこに立つ鞠猫は少しの動揺も悲しみも見せていなかった。こいつはこんなにも薄情なやつだったのかと疑いたくなるほどに。



 その視線をミスリーから逸らす事はなく見つめる彼女に一瞬の反発心を持ちそうになるが、何か違和感を感じて俺もミスリーを見た。そうするとどうだろうか、そこにいるミスリーの顔ときたら。



 目を見開き、ワナワナと震えているではないか。そしてその指をもう一度鳴らすが、その動揺の表情が崩れる事はなかった。



 なに……? なにが起きているんだ……



 「どうしました……? 何故もう一度指を鳴らしたんですか?」



 鞠猫がそう問いを投げた。そうするとどういうことかミスリーは勢いよくこちらに顔を向けてきた。



 「な…何をした……」

 「はい?」

 「お前一体何をしたぁぁ!!?」



 叫ぶミスリー。俺は驚いたが鞠猫は毅然とした態度で答えた。



 「言わなくてもアナタには分かっているはずですよね? 呪いをかけた相手の生き死には術者本人の意識とリンクする為、術者にも分かる。それが魔術『籠の中の鳥』の利点のはずですよ。……どうです、10人殺せましたか?」



 その鞠猫の言葉とミスリーの動揺で頭の悪い俺でも状況を理解した。



 ミスリーの術は失敗に終わったのだ。



 けどなんで?



 「────人払いの魔術『沼の臭い』、その場に留まる事を意識させる魔術『オアシス』、死の呪いをかける『籠の中の鳥』、そしてかなで君用に『ヘラクレスの炎』……この病院にかけられていた魔法はこれくらいでしょうか?」

 「なッ……」

 「全て解除させてもらいました」



 その言葉にミスリーは絶句した。俺には魔法の事は分からないけれど、先程の会話の流れと、解除という台詞から彼女の思惑通りに事が運ばれなかったことを理解した。



 俺は心の中でガッツポーズをする。流石鞠猫だと。



 でも可笑しい……ミスリーの魔法が有効でないとすると何故こんなに騒いでも誰もこの病室に来ないのだろうか。てっきりミスリーの人払いと閉じ込める術の作用の一つだと思っていたのだが……



 「そして代わりに私が新たな魔法をかけさせていただきました。『虚幻世界』などと云う魔法です」



 新たな単語の登場に俺は小首を傾げたくなるが、ミスリーはその言葉に反応を示した。



 「……現実とそっくりに作り上げた幻の世界へと指定した人間を飛ばす術。そこで起きる事はどんな事でも現実には未干渉となる究極の虚構防御魔法」

 「その通りです」

 「ありえない! それは上級の魔法……アナタのような小娘が──」



 鞠猫が首を傾げ、にっこりと笑う。



 「使えたら可笑しいですか?」



 その答えにミスリーは憎々しく歯を噛み合わせた。



 

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