返答
ミスリーの要求に素直に従う気にはならなかった。
「ふざけろてめぇ……先輩の安否が分かんねぇってのに何が答えを聞こうだ」
「答える気にならないと?」
「当たり前だ」
ミスリーはふぅと息を吐いた。
「安心しなさいな、貴方の大切な先輩は丁重に扱っているわ。少しばかり貴方と二人きりになりたかったから場所を譲ってもらったのよ」
「…………」
「彼女に何かすれば貴方は私とは一緒に来ない、そんなことは分かりきっているのに私が乱暴にするわけがないじゃない」
いや……それは嘘だ、彼女が場所を譲ってもらいたいが為に先輩に接触するわけがない。今と同じように俺と二人きりになりたいだけなら他にも方法があるからだ。
すぐに察しのつく理由に俺は彼女を睨んだ。
「……人質のつもりか」
「人質?」
「先輩がアンタの手の内にあるとしたら、俺がアンタの誘いを断る事が出来なくなる。そんな算段だろ」
俺の言葉が図星なのかミスリーは笑い、続けた。
「ご名答、こうすれば貴方はこちらに来てくれる可能性は高まるでしょう」
「クズが。そんな手段をとるヤツに俺が答えると思うか?」
「そんなことは許さない、今ここでついてくるか否か、ハッキリとしなさい。でなければ先輩は殺すわ」
どうせ自分の望む答えじゃなくても殺すだろうが……!!
俺はミスリーを睨みながら、またもや先輩に危害が加わってしまった事を苦く思った。
やはりこのような民間の病院でなく、もっとしっかりと保護出来る施設などに送ってもらったほうが良かったのだ。そうすればこのような事態には……
「もしかして今、もっと厳重に守られている場所に先輩を保護してもらえればこんな事にはならなかったのにとか考えてる?」
思考を読まれ、俺は息が詰まった。
「無理無理、そんなことしても意味ないよ。それにこの病院内にだって覆面警官が数人配置されて彼女を守るようにしてたんだから。まあ全て無力化したけどね」
俺の知らない事実に驚いた。警察は手は出さないと鞠猫が言っていたはずだが、水面下ではしっかりと先輩を守る為に動いていたようだ。しかしそれもミスリーの手にかかれば何の障害にもならないのか。俺がそう思った時だった。病室の扉が開かれ一人の男が入ってきた。
俺の身長よりも少し高い、陰鬱そうな雰囲気の男であった。羽織っている桜色のコートが不釣り合いに感じる。
この男が何者かなのかを聞こうなどとは思わなかった。その落ち着き様にミスリーの連れであるのは分かっていたから。
「……終わったぞ」
「ご苦労様〜」
「要望通り、殺さずに気を失わせた」
「うんうん、いいねいいね」
男の報告に、言葉に合わせて軽くミスリーは二度頷くとそして俺を見た。
「ほら、君の為に人は殺さないでおいたよ。私は約束は守るタチなんだ」
押し付けがましいセリフだ。これがもしもここで既に出ている答えを言った所で、その者達を殺すだろうに。
「さあ……答えを聞こうじゃないか」
挑発的な声で言うミスリー。
今すぐ逃げ出したかった。けれど、実質ミスリー達のやっていることは人質にとる行為だし、何より前にはミスリーが、病室の扉の前には恐らく彼女の仲間である男が立っている。前門の虎後門の狼とはまさにこのこと……俺は逃げることなんて出来なかった。
「卑怯者め」
「なんとでもいいなよ、人は殺さないと約束したが策を講じないとは言っていないよ?」
俺は歯を噛み締めた。甘過ぎた自分に。
考えてみれば当たり前だ、取り引きする相手に傷付けて欲しくない者がいればその者を人質にとるのは極めて合理的。そしてあの工場の一件で俺にとって先輩は恋人や深い関係でなくても、知人であることに変わりがないのはミスリーも知っていることだ。
彼女に記憶がないからと言って再び狙わない理由はない。手の内に収めれば俺との取引に極めて有効なのだから。
けれど何故そんな分かりきった事を鞠猫は警戒しなかったのだろう。慢心……? それともただの予想外の事態……? ……どれも腑に落ちなかった。
けれど、俺自身も超常の事なら鞠猫の方がよく分かっていると、その判断を丸投げした部分もある。完全に自分の落ち度でもあると思った。
「────それともう一ついい事を教えてあげる」
どうすればいいとグルグルと思考する俺にミスリーは続けた。
「実はこの病院の敷地内を『無限牢獄化』しちゃいました〜」
「……無限…牢獄?」
聞き慣れない単語に聞き返すが、彼女の口から出た答えに俺はただならぬ怒りを覚えた。
「誰も敷地内から出たくなくなる魔術を使ったの。だから何があっても皆んな無意識に敷地内から出ようとはしないようになっているし、そして病院を取り囲むように人払いも行っているから外野から誰も入ってはこない。脱出不可能侵入不可能のまさに無限牢獄よ」
「てめぇ……!!」
「奏、ここにいる病院の人間全てが人質よ」
怪しくミスリーは笑う。
「────さぁ答えを聞きましょうか?」
俺は後悔した。今までの人生の中で最も大きいと言って過言ではない程の後悔を。
俺が淫魔だから。人ではないから。
多くの人に迷惑がかかってしまった。
こんな一個人の存在意義の為に名も知らない人々の命が賭けられている。そんな事実に俺の反抗する意思は弱まっていった。
「お……俺は……」
言いたくはなかった。鞠猫……千火さん……初芽だって……俺を肯定してくれる人達のおかげでやっと『自分』を持てたのに……
「ちくしょう……」
何もかもダメになってしまった。本当に……本当に……情けない話だ。
どうしてこうなる。前を向いて進もうとしても上手く進めない。あらゆる困難が蔦となって俺に絡まり身動きを封じて来やがる。
「答えたくねぇぞ……クソが」
「あらあら、それは無理な話だよ」
ゆらりと俺は指をさされる。
「折角選択の余地を減らしてあげたんだ、優柔不断なキミの為だよ? 答えは決まっているだろ」
「まじで押し付けがましいこの上ねぇな!」
「キミの選択に大義を生んであげたんだ。酷い物言いはやめてくれ」
話など通じるわけがない。それを確信した。
「さあ答えを」
求められた答えが喉の奥でつっかえる。なにも言いたくないと心が叫ぶ。
その様子にミスリーはため息を一つ零した。
「仕方ないなぁ……これが最後の犠牲にするとしよう。答えられないキミに踏ん切りをつけさせる為に一人殺すよ」
彼女の目は本気だった。片手をゆっくりあげ、指を鳴らす寸前の手のに俺は焦燥を覚えた。形気怠げな視線の奥深くに確かな殺意を感じたから。
「わ、わかった! 答える! 答えるからやめろよ!」
「じゃあ早く」
もう無理だ……すまない鞠猫。
なにかと気にかけてくれた鞠猫に心で謝罪する。本当は嫌だけど、これを選ばなければ多くが死ぬ。それは絶対に回避しなくちゃならないはずだから。俺は偽りの答えを口にするしかないみたいだ。
「俺はアンタと……」
胸が締め付けられる思いだった。
誰かこの悪魔を止めてくれと願うこと。それだけが俺の出来ることだった。
刹那──────
まさに瞬間
ミスリーがベッドの上から飛び上がった。
そして同時に鳴る巨大な発砲音。
天井に獣のように四肢を着け、張り付く彼女。そして彼女のいたはずのベッドの位置には黒い点……なにかが貫通した痕跡が残っていた。
「────少しばかり遅れましたが……」
声が窓の外から聞こえて来た。
ミスリーがその方をギロリと睨む。
黒き影が窓の外、上の方からこの部屋へと飛び込んで来た。
「生きているようで何よりです。奏君」
鴉皮鞠猫……その本人が俺の前に着地した。




