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過去

 

 嗅ぎ慣れない他人の部屋の臭い。カーテンの隙間から差し込む光。



 「やば……ほんと……」

 「最高…………」



 何日が過ぎ、何時間の時が経ち、どれだけの辱めを受けただろう……



 「試しにさ……」

 「いや、まずいっしょ……」

 「一度でいいから……」



 大勢の女共。俺の全身を気色の悪い体液が染める。



 「大丈夫だって……この子、傷なんて治っちゃうんだから……爪を剥いだの見たでしょ? すぐに生えてきたじゃない」

 「でも目を……」

 「潰してオモチャを突っ込むって……?」



 俺の体の上で、何人もの女達が高い声と悩ましげな声を時たま混ぜたものを上げる。歓喜するかのように。他人の体温が肌に伝わる度に気色悪さに吐き気を催す。



 拘束された手や足が痛い……でももう解放して欲しいだなんて言う気力も失せている。



 「私の夢なんだもん……」

 「……理解できない…いかれてるんじゃ」

 「大丈夫だってば……その姿を写真で撮ったら……すぐに抜くから……」

 「……どーなってもしらない」



 誰だろう……どこか少し離れたところで数名の話す声が聞こえてきた。そしてそれが迫ってくる気配がする。



 「……奏君……これからもっと楽しいことしようね……」



 そう言われ俺の目の前に向けられる一本のアイスピック。



 「……少しだけ痛いけど我慢してね」



 その言葉を理解することは出来なかった。そんな隙も与えずその針先は俺の目の上に振り落とされたから。









 「ッッうあぁ!!!」



 勢いよく目の前に世界が広がった。



 己から発せられた声に驚き、自分が『目を覚ました』ことを理解する。俺はゆっくりと上体を起き上がらせる。



 嗅ぎ慣れた匂い、見慣れた部屋と家具の配置、カーテンの隙間から差し込む光。……あの部屋ではなかった。



 俺は自分の顔を両手で覆う。もう暫く見ていなかった『夢』に最悪な気分にさせられた。



 過去の出来事の記憶だった。幼き頃の監禁された頃の記憶が夢として出てきた。昔はよく見て千火さんに泣きついていたりしたが……最近ではめっきり見なくなっていたから安心していたのに……



 特に一番トラウマになっている出来事が出てくるとは……



 ────アイスピックによる両目の摘出。そしてその後、空いた両目の空間含め、全身の穴という穴に……



 ズキリと両目の奥が痛む気がした。全身に刻まれた記憶が痛みとなって恐怖を訴えているのか。



 しばらくぶりの悪夢に深くため息が出た。



 その時だった。コンコンと扉がノックされる。



 「奏君、大丈夫ですか?」



 続け様に問う声、それは紛れもなく鴉皮鞠猫の声だった。



 呻いていたか、喚いていたか……どうやら鞠猫が使っている、客間にまで声が届いてしまっていたようだ。



 「悪い……大丈夫だから」

 「……そうですか」



 正直あまり気分的には大丈夫じゃなかったけれど、彼女に頼る理由もなかった為にそう言った。



 その後、いつも通りに朝食を摂り、学校へ向かう。



 昨日もそうだったがミスリーがいつ接触してくるか分からない状況下で多くの人間がいる学校へ行くというのは正直危ないのではと思うが、鞠猫から言えば、超常という存在から狙われている状況ではどこにいても一緒だとのことだった。ミスリーほどの力を持つ者なら学校にいる人間を人質にとるなら、別にいつでも可能なはずだからだそうだ。



 確かにわざわざ俺達がいる状況で、学校の人間を人質にとる意味はない。やるならさっさとやっているはずだ。



 ……ミスリーと最後にあった日から四日が経っていた。彼女の言った通りカップル失踪事件はパタリと鳴りを潜めていたし、彼女が俺の周りの誰かを襲った様子もなかった。本当に平穏が戻ってきたようだった。



 ミスリーが約束を守っている証明だった。



 ───まさか本当に彼女は殺しを止めるつもりなのだろうか?



 そんな期待が募るが、その度に俺は思い直す。元々大量殺人を行っていたモノが、己の利益……つまりは俺を引き込む為の策略として殺しをやめているだけだろうが──と。





 俺は放課後初芽と別れ、病院へと赴いていた。



 大事をとってまだ入院していた小熊林先輩に面会に行くためだ。彼女自身は大丈夫だとのことだったが、ご両親が相当に心配性らしく、多くの検査やらで本当に体に異常がないかを調べさせているとか……



 そんなことを彼女からのREINのメッセージのボヤキで知った俺はお見舞いの品を片手に訪れていた。



 普段ならそんな事はしないだろう、そして女子からのREINだってほぼシカトだ。でも今回限りは話が異なってくる。責任感を感じていたから、先輩からのメッセージはしっかり返していたのだけど、どうしたことか彼女の要望でお見舞いに来る事になってしまったのだ。



 なんでも明日には退院するから今日でなければダメとのことだった。なんだかな……



 鞠猫にも一応その事を伝えたら、鞠猫にはやることがあるらしく学校の時点で解散した。少しだけニヤケた顔をしていたのがムカついた。からかっているのが丸分かりだった。



 そんなこんなで俺は病院の受付で一応挨拶とお見舞いに来た事だけ伝え、彼女の病室である扉の前に立っていた。



 個室の扉にご両親の愛情を感じながら俺はノックをして返答の後に扉を開けた。



 広い病室。開け放した窓から爽やかな風が入ってきていた。窓際に配置されたベッドの上が膨らんでいる。先輩が掛け布団を頭まですっぽりと被っているのがすぐに分かるが……何故だ?



 「どーも先輩、お見舞いです」



 俺はそう言ってベッド横に備えられた小テーブルの上に、お見舞いの品として買ってきた果物の盛り合わせの籠を置く。



 「先輩体調どうですか? 明日には退院だって聞きましたけど?」



 どうぞと言われて入ったのだが、それを言った本人が布団をすっぽりと被ってしまっていてはどうしようもない。もしかして無理して部屋に入れてくれたのかと思った時だった。



 覆っていた羽毛布団が剥がれた。



 ベッドの上に先輩が現れるはずだったが───



 「フフッ……元気?」



 悪戯的な蠱惑な声が耳をくすぐる。そして目に飛び込んでくる異形に俺は驚愕した。


 まるで外套の様な広く長い茶髪に、生える二本の捻れた角。ネコ科の獣の脚、グラマラスな体をピッチリと覆う服の役割を担う影、そして先がハートの形をした、爬虫類の様な鱗に包まれた尻尾……まさに異形の姿と言える存在がそこにはいた。



 見たこともない存在だった。それでもすぐに俺の勘は正解を導き出し、そしてその横たわっていた『女』に言葉を飛ばした。



 「ミスリー……!」

 「あら、すぐに気が付いてくれて嬉しいな。この姿で会うのは初めてなのにね」



 顔の作りまで変わっている彼女はまるで別人だった。造形は人のモノでも、彼女から向けられる黄色の瞳に見つめられると、俺の人としての本能がその美しさに危険信号を鳴らす。そして今はそれどころではない、ここは小熊林先輩の病室……そしてそのベッドの上に先輩がいないとなると……



 「────てめぇ……先輩をどうした」

 「あら怖い。少しだけ退場してもらっただけなのに」



 ハッキリしない答えに俺は睨んだ。



 「退場だと? ふざけんなよ……先輩に何かしてみろ、ただじゃおかねぇ」



 激しく嫌悪の感情が渦巻くのを感じる。ミスリーが怪しく笑った。



 「それは君の返答次第だよね」



 ミスリーはベッドの上で起き上がり、まるで体育座りの様にして足を抱き込んだ。豊満な胸が挑発的に柔らかく潰される。



 「さあ奏────与えた数日間で答えは出たでしょう……この間の答えを聞きましょうか?」



 唐突に訪れた返答の機会に俺は嫌な予感しかしなかった。




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