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ミスリーの秘密

 

 訓練を終えた俺達は夕食を摂り、昨日の決意をしたバルコニーに二人でいた。テーブルには紅茶の入ったポットや輪切りにしたレモンなど。この一式が今日のお供だ。



 風が起こり、隣に座る鞠猫からまだ新鮮なシャンプーの香りが漂ってくる。それはこの家で使っている物で、彼女がウチの風呂を使ったことの証明であり、何故かその事に妙に緊張した。同じ物を俺も使っているはずなのに彼女の香りはより鮮明で、可笑しな気持ちだった。



 ミスリーが再び接触してくるのは分かっている為、この事件が解決するまでの間は、鞠猫に俺の家で暮らしてもらう事になったのだが、千火さん以外の女性がいるというのは妙にこそばゆい。しかも今、彼女が着ているのが学校での制服だったり、街に出る私服とは違い、ルームウェアであるのが尚のこと、むず痒くさせる。



 ルームウェアは私服とは違い、ワンピース系統ではなく、長袖長裾のパンツ系のものなのだが、そのいつもとは異なる系統の服に目新しさを覚えた。



 しかし彼女のそんな姿に臆する為にここに二人でいるわけではない。俺はまだ冷えてない紅茶を無理矢理流し込み、レモンを齧ると一呼吸置いて、鞠猫に口を開いた。



 「で、ミスリーの情報の整理ってことで良いんだよな?」



 俺に聞かれて、鞠猫が頷く。その動きでさらりと髪が流れ、またも髪の香りが俺の鼻腔を刺激した。きっと鞠猫の髪が艶やか過ぎるのもこの匂いを漂わせる要因の一つになっているに違いないと思った。……落ち着かない。



 「彼女と対峙する前に今一度彼女について分かっていることを確かめ合っておいた方がいいと思ったので」

 「確かにそうだな……その方が俺も助かる。彼女に会って気になる点もあったし」



 俺のミスリーへの答えが決まっている以上、穏便に事が済むとは思えない、十中八九は荒ごとになるだろう。その前に気が付いたことを認識し合うのは大切だと思った。



 「まず……これを見てください」



 そういって鞠猫がテーブルに置いたのは一枚の札だった。白地に赤文字で書かれた千円札程の大きさのものだ。



 「人払いの魔術が組まれた札です。これがあの工場の敷地内に無数に貼られていました。今時この様な形で人払いをするのは珍しい」

 「珍しい?」

 「はい。この様に形を残して魔術を発揮するのは前時代的なんです。最近の精神魔術は粒子状にした魔法式を空気中に放出して他者に洗脳をかけるタイプが主流です、その方が現場に何も残すことなく事を為せますから。私もこの方法をよく選びます」

 「そうなのか……てことは俺と先輩を攫ったあの場所にも」



 俺は一昨日の出来事を思い出した。あの日は時刻も遅かった為に人気が無いと思っていたが、あの時既に魔術に嵌っていたのだろう。



 「はい、予めこれと同じ物を仕掛けていた可能性が高いですね。あの日はあの場所を狩場にしていたわけです」

 「まんまと罠にハマったってわけか」

 「きっとそれも男女の二人組にしか反応しないものとして確立していたはず、悪趣味極まりないですね。でもこれで彼女が古いやり方でも魔術を嗜むのは分かりました」



 そう言って鞠猫は札をしまう。



 俺は気になった事を口にした。



 「なあ、俺がミスリー……つまりはあの女に出会った時、俺は心臓を一突きされたんだがすぐに再生が出来なかった。それは鞠猫に最初に殺された時と同じだと思うんだけど、それも魔術の所為なのかな?」



 あの日先輩が攫われた時、すぐに俺が再生することが出来なかったせいで易々と先輩を連れ去られてしまったのだ。その現象には覚えがあった。鞠猫に一番最初に殺された時も似たような現象が起こった。そのせいで俺は納体袋に入れられ、海に捨てられたのだ。同じタイプの魔術なのだろうか?



 「恐らくそう考えるのが妥当かと。魔法や魔術と呼ばれる技法には多種にわたる阻害術もありますから。私が使ったのは『ヘラクレスの炎』と呼ばれる再生阻害の魔術です。ヘラクレスの神話のヒュドラ退治の時に用いた松明の炎から名付けられた、古い時代から存在する超常退治には広く使われている術です。再生させなくするわけではないですが、五分の一程度の速度に低下させます」

 「まじかよ……」



 とんでもない効果だな、そんなもん戦いの際に使われたら俺の戦闘力まで著しく低下するじゃないか。ミスリーも言っていたが俺の再生能力は淫魔として見ても異常に高いらしい。彼女との戦いでアドバンテージを取れるとしたらその点くらいしかないのだが、それが封じられたら……



 「大丈夫ですよ」



 俺の不安を読み取ったように鞠猫が言った。



 「その術を解除する為の魔術を予め作って備えておきます。戦いになったらそれを発動してヘラクレスの炎は無効化させますから」

 「できるのか?」

 「当然。この世に生まれた魔術には等しく打開策が存在しますから」

 「良かった……助かるわ」



 それなら俺もなんとか戦いに参加できそうで良かった。実戦の経験はほぼ皆無だけど、同じ淫魔の種族として悪事を働く奴は見過ごせない。鞠猫と共闘する事になるはずだが、彼女の足を引っ張る事になるのだけは御免だ。



 「情けないけど、じゃあ魔術の大半は鞠猫が対処できると考えて大丈夫?」

 「攻撃系の魔術を使ってくるならそれは奏君にも回避や防御で対処してもらいますが、精神汚染や阻害魔術の類はそう思っていただいて大丈夫です」

 「ありがとう……ごめん」

 「いえ、適材適所です。その分貴方にはこの再会するまでの期間で出来る限り強くなってもらって、彼女を撹乱かくらんしてもらいますから」



 そう少し意地悪に鞠猫はニヤリとした。その期待には応えなくてはと俺も気が引き締まる思いだ。



 「しかし────」



 だが表情を戻した鞠猫は低く不安げに言葉を続けた。



 「私にも分からない事が二つあります」

 「分からない事?」

 「まずは一つ、彼女の再生能力がどの程度なのか。大半の淫魔サキュバスは再生能力だけみれば二つに分類出来ます。頭か心臓を破壊すればそれだけで能力が無くなる個体と、その両方を破壊しなくちゃいけない個体です。彼女はどちらなのか」

 「それはきっと……後者だと俺は思う」



 俺はあの日工場でミスリーにあった時の事を思い出していた。



 「俺の心臓を奪って先輩を攫ったミスリーは俺に言ったんだ。貴方『も』心臓をやられても再生出来るんだなって。鞠猫が助けに来てくれる前の会話だったからお前は聞いてないだろうけど」



 俺の言葉に彼女は頷いた。



 「なるほど。その言葉が自身の事を指しているかは確実とは言えませんが……最悪を想定してこの問題は心臓と頭の両破壊を答えとしましょう」



 俺も頷いて了解の意を示す。そして鞠猫は続けた。



 「───ではもう一つの分からない事ですが……それは彼女を見つけるのがここまで遅れた理由です」



 鞠猫は紅茶を一口飲んで口を潤した。



 「身を隠したり、痕跡を残す魔術は沢山あります。しかしどれも暴く為の術が存在する為、いずれは見つけられるはずなんです。私は当然それを使い捜査をしてきました、でも何一つだって見つけられなかった。その理由が分からないんです」



 鞠猫は思案するように口元に手をやる。確かに自分の理解から外れた事に対して不安を抱くのは当たり前だ。勿論俺も分かる事があれば何か手助けしてやりたいが、なにぶん淫魔や超常に関しては素人同然の身、少しも分からなかった。



 「何か違う方法があるってこと?」

 「……どうなんでしょう。淫魔サキュバスにそんな力があるとは聞いた事もないのですが」

 「俺も知らないな……」



 二人して考える。俺も考えてみるが鞠猫が分からない事に何一つピンとくるわけもなく、ため息が出るだけだった。



 その後、ミスリーが強襲してきた際の策や、場合によっては戦うことよりも逃げる事を優先するなど、多くの話し合いをして夜は更けていった。



 鞠猫は話し合いの終わる最後まで


 「何かあるはず…」


 とミスリーの秘密の力を見抜こうとしていた。そしてその痕跡や身を隠す力のタネを明かさない限り、俺達の勝利の確率は低くなると思えて仕方がないとしきりに言い就寝に至った。



 俺もそんな彼女に感化され、ベッドの中でそればかりを考えていたが、何一つ発見は無く意識は落ちていった。

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