再会に向け
地下の訓練場に銃声が響いた。
直撃していないにも拘らず、俺の右耳は掠めただけで鞠猫の打った弾丸の餌食になり吹き飛んだ。そんな事はお構いなしに俺は片手に剣、片手に拳銃を携える彼女に向かって走り、彼女の続け様に振るった剣を潜り、その懐へと入り込んだ。
腹部に向けての肘打ちを放つが、インパクトの瞬間に肘先から金属の質感を感じた。後方に吹き飛び、地面に着地した鞠猫を見てみればその体の前には既に振った筈の剣があり、俺の肘を剣の腹で受けた事を証明していた。
振った筈なのにいつのまに俺と自分の間に入り込ませたのか……感嘆する他なかった。
「やるな」
耳を再生しながら俺は称賛の言葉を口にする。当然だろうと言うように鞠猫はニヤリと笑った。その顔は心なしか憑物が落ちたような表情に見えた。
それにはきっと今日の学校での出来事が関係していると思う。登校したところ、先日の写真事件に関して俺や鞠猫のそばに大勢の生徒達が、入れ替わり立ち代わり訪れ、誰もが謝罪を述べていったのだ。
どうやら俺の嘘は初芽以外にはバレていないようで、誰もが俺と鞠猫の複雑な関係性を不憫に捉えていたのだ。元からバラす気はない嘘なので、俺と鞠猫はこれからも兄妹設定でやっていくつもりだったので、一切嘘を訂正せず大勢の謝罪を受け取った。
初芽から教えてもらった事だが、あの写真はやはり俺に好意を持つ生徒の犯行だったようで、嫉妬心からくるストーカー行為の延長だったらしい。その生徒が今どうなっているかは初芽も知らなかったが、人のプライバシーを盗撮するようなマネをする人間に対し、世間がどういった態度をとるかは想像に容易い。深く考えてしまえば俺も気を病みそうなので、あまり考えないようにすることにした。
とにかく、俺と鞠猫が去った後犯人が発覚し、俺と鞠猫を好き勝手に言っていた連中は俺の残していった嘘の事もあり、その大半が反省したらしい。それは届いていたメッセージから知ってはいたけれど、まさか直接謝ってくるとは予想外だった。
だから今日の学校生活は大勢の人間から自分達を認めてもらえた様な気がして、清々しい心持ちで過ごせたのだ。きっとそれは鞠猫も同じだろう。俺にはそう見えた。
────鞠猫は強く踏み込み、連続の攻撃を振る舞う。さっきまで片手にもっていた拳銃の上部を口に咥えることで、剣を両手持ちにして。
高速の攻撃ではあったが、動きや足元をしっかり見て俺は回避する。そして袈裟斬りの一つを剣の側面に裏拳を当てる事で弾き、俺は殴打のコンビネーションの猛襲を浴びせるが、彼女もそれを回避、咥えていた銃を再び手に持ち、発砲した。
俺は咄嗟のバク転でそれを避ける。追撃で連射される鞠猫の銃の攻撃を俺は連続のバク転で避け切った。
距離の空いた俺達はお互いを見つめ合い再びニヤケ合った。
───先程から行われているこの戦いは当然の事ながら命のやり取りではない。
先のミスリーとの再会に向けての戦闘訓練として千火さんから鞠猫と戦ってみるのも良い経験になるだろうというアドバイスで行っている『手合わせ』である。
たしかに今まで千火さんとしか戦った事のない俺にとって鞠猫との戦いは、全くの別物に感じた。まず剣や銃を千火さんは使ったりはしない。持ったとしても馬上鞭くらいだ。まあそれでも剣並みの切れ味は持っているんだけど……だとしてもリーチは全然違うし、拳銃に於いては一切使ったことがない。二人は違う異なる戦闘スタイルである。だからこそ勉強になると言えた。
「こうしてちゃんと戦うのは思えば初めてですね」
鞠猫が銃口をこちらに向けたままそう言った。
思い返せば確かにそうだった。初めて殺された時は完全に油断し、一瞬で首を落とされたし、二回目の接触の時は有無を言わさず頭を初め、全身を撃ち抜かれ破壊された。こうして向き合って戦うのは初めてのこと。
「案外できるもんだろ? 俺」
「ええ、驚きです」
俺の自画自賛に憐憫無く鞠猫はそう言った。
俺達は既に2時間ほどこの実戦形式の訓練を続けていたが、この戦いを通じて思うことがあった。
まず鞠猫の戦い方の隙を見つけること。実戦では俺と鞠猫は二人で肩を並べて戦うことになるはず、ならば彼女の苦手とする点を発見し、カバーできるように俺が動けばそれは二人の強みになるはずだ。そんな考えからである。
そしてもう一つは明らかな実力不足である。日頃から千火さんに訓練を受けていたと言っても実戦をこなしてきた鞠猫と比べると動きも俺の方が雑な感じもしたし、何より予想外の動きをされると対応出来ない事が多かった。酷い時には慌てる事もあるほどに。
そしてそれが分かってからは俺は積極的に平静を保ちつつ戦う事を心がけて鞠猫と手合わせをしたが、中々上手くいくものでもなかった。
「まあそんなすぐに変えられるものでもないので、落ち込むことでもないですよ」
肩を落とす俺に鞠猫はそう慰めるが、俺は上手くいかない理由が、それだけではないのを自覚していた。
いつでも平静でいるということは心に迷いが無いということでもある筈だ。けど俺には気掛かりな物があり、その状態に入るのが難しい理由に繋がっていたのがよく分かっていた。
小熊林先輩の事だった。
結局彼女がミスリーに攫われた一件の公表は伏せる事になった。というのもあの後目覚めた先輩は何も覚えてはいなかったのだ。ミスリーに気絶させられた事も俺とどこまで一緒に帰っていたことさえも。
そういった点を考慮し、警察側は彼女やその家族には事実は知らせず、俺と別れた後の突然の体調不良による病院への搬送ということになった。
事実を伝えた所で、本人に混乱を再び招きかねない上、もしかしたらミスリーによる記憶の消去がなされているとしたら、それを思い返してしまえば再び狙われる可能性が出るからだった。勿論囮捜査とするならばいいかもしれないが、あの場でミスリーが先輩を殺さず残していったのは見逃された可能性もある為、これ以上先輩を巻き込むのは危険だと判断したのだろう。
そしてミスリーの対処についても鞠猫に一任したらしい。組織としての警察側が、一個人にこの大事件の
犯人を捕らえる事を丸投げするのは驚いたが、超常殺しと警察との関係はそんなものらしい。超常の存在が関与した時点で超常殺しの管轄に移行するのは彼等の中では当たり前の認識なのだろう。
けれどそれには俺も賛成だった。これ以上は他の人を巻き込みたくないし、俺とミスリーは再会の約束をしているのだ。段取りはしてはいないが、彼女の言葉的にこちらから探さなくても向こうから姿を現すはずだ。もしも警察にこの事を知られ、俺の周りに人員でも配置されてみろ、警戒したミスリーが姿を現さなくなる可能性も出てきてしまうのだ。
彼女が警察に言うなと言ったわけではない。けれどもしものことを考えるなら、そうした方が良いに決まっている。だからこそ俺は鞠猫と共に二人で迎え撃つ為にこうして訓練していた。
あの日、ミスリーと出会ったあの日、俺にもっと力があれば先輩を攫われる事もなく守れたはずだ。もっと強ければ。守れる程の力があれば。そんな不甲斐無さ。そしてもう二度と先輩はミスリーに狙われることは本当にないのだろうかという不安がグルグル頭の中で回り続けながらも、俺は鞠猫との手合わせを続けるのだった。




