勧誘
ミスリーの言葉に耳を疑った。けれどそれは紛れもなく仲間になれという彼女からの誘いだった。
「なに?」
「私と一緒に来なさいって言ったんだよ」
あっけらかんとそう言う彼女。行くわけがないと俺は心の中で即刻判断を下すが、彼女は続けた。
「君が今までどんな暮らしをして来たかは知らないけれど、この人間社会で生きて来たのだとしたら、自らの正体を偽ってきたのでしょう? 当然だよね、そうしないと平穏な生活を送れやしないんだから。でも私と一緒に来ればそんな呪縛から解き放たれる事ができる。思うがままに淫魔として正直に生きていけるよ。 ……悪くない話でしょ?」
「ハッ、ふざけるな。誰がお前なんかと一緒にされてたまるか。俺は生まれも育ちも人間としてやってきたんだ、これからもそうして生きていく。お前みたいな異常者と一緒にするな」
「異常者だなんて酷いなぁ。私は淫魔としての本能に従っているだけなのに。その証拠に私が襲うのは人間だけだよ、仲間にさえなってくれればキミに危害を加えることもない。キミってば異種交配によって生み出された子供だもんね? なら精力を他者から搾取する欲望も私達よりも薄いでしょ? 食材の取り合いも起きることはない……平和的な関係を築けるわ」
やはり話が通じない。というよりも根本的な部分から彼女と俺とでは異なる常識、異なる考えを抱えている為、どうやったとしてもお互いを知り得ることはないというのが明確だった。
「俺は────なんと言われようがお前とつるむきは無い」
「えぇ〜……折角仲間が出来ると思ったのに……」
「…………」
「最近は話し相手も滅法いないもんでね、世間を偽る仮の姿じゃ、本音で話せるわけもなし……退屈しているんだよね、私」
「……人を殺しておいてその言い草……その欲望のせいでどれだけの人間が死んだと思ってる」
「異種交配によって作られた兵士、肉人形……そんな存在のキミには分からないだろうけど、私達淫魔はそう出来ているからね、精力を摂取したいと衝動的に求めてしまうものなんだよ」
衝動的にって……本当に人間とは相容れない存在だなと思った。そしてそこであることに俺はふと気が付いた。
「ちょっと待て……その精力を摂取するってのはアンタらにとって死活問題なのか?」
「うん?」
「だから、お前らにとってそれは摂取しなければ死んでしまう物なのかって聞いてるんだ」
俺には嫌な予感がしていた。さっきからの会話でミスリーは精力を取ることを欲だの衝動だの言っていた。取らなければ死ぬなどとは一言も言っていないのだ。普通自分の生き死に関わることならば、それを止めようとする人間がいたとしたら、そのような事情がある、仕方のないことなのだと、説得するはずだ。その方が話は早いし、相手からの同情も幾分か得られるはずだ。
でもミスリーはそう言わなかった。だとすれば……
「死ぬわけないじゃない」
「ッ………」
「あくまで私達の快楽欲は性欲の延長線上の物みたいなもんだからね。別に命に別状があるわけじゃないよ」
俺の胸の中にドロリとした黒い感情が渦巻いた。
「待ちなさいな、キミの言いたいことは分かるよ……あー……キミキミ言うのもなんだね……キミの名前を聞いてなかったが……教えてくれない?」
「……奏」
「奏……いい名だ。 ……奏、キミは少し誤解をしているようだね」
「誤解?」
「そう、キミはきっとこう思ったんだろう? そんな性欲の延長線上の衝動で人を殺しているのかと」
俺は答えなかった。肯定の意だった。それを分かったのかミスリーは続けた。
「それに対して反論は無い。私は好きで人間を殺し、その心臓を奪い喰らっている。本来なら人間の雄から性行為で精力を搾取してもいいが、私自身雄は嫌いでね、体を触れさせることさえ拒否したい程だ。だからその心臓から精力を摂取しているのだけど、それは結局人間のやっていることと何ら変わらないんじゃないかな?」
「……なにを言っている」
「奏……キミはフォアグラを知っているかな?」
唐突なそんな質問だったが、俺もそんな世界三大珍味を知らぬわけもなし。
「知ってるさ」
「そりゃそうか。そのフォアグラがどのように作られているか知っているかな?」
「知らねーけど……」
「ふふっ……そうかい。実はあれってばガチョウに無理矢理餌を食わせて肥えさせたことで作り上げた肝臓なんだよ」
「……それがなんだよ」
「くふふっ……いや、もう一つ教えよう。漢方の一種に熊胆というものがある。熊の胆嚢から出る胆汁のことなんだけどね、これを取る為に生きた熊の体に管を通して採取する方法が取られている。生まれてから何年もずっと拘束され体から体液を奪われ続ける生き方を強制されるのさ」
「…………」
「そしてもう一つ、君達日本人も有り難がっている象牙、これは大昔から象牙を狩る為だけに何千頭という象が殺されてきた。肉も食わず、命も体に収めず、牙を手に入れる為だけに象は殺された」
「…………」
「勿論、今現在じゃ法律で禁止されていることもあるし、フォアグラの作り方に関しては、沢山の餌を食べられるってことで高級食材として卸されるまでの束の間の命をガチョウ達は楽しんでいるかもしれないからなんとも言えないが……問題はそこじゃない」
ミスリーはやれやれと頭を振った。
「君達人間も今まで……そして今現在も、自身が求めれば……もしくは需要があれば、なんでもかんでも他の生物にしてきているではないかと言うことだよ。別に食べなくては死んでしまうわけでもない食材を取るためだけに殺される動物。金になるからその部分だけ必要だとし、命まで奪う行為。弱肉強食の法則から外れ、独自の倫理観などを確立してそれを押し付ける蛮行。薬になるから……? 珍味として喜ばれるから……? 高く売れるから……? それって私のやっていることと根本的に考えれば何も違わないんじゃなくて? 全ては欲望の延長線上の物事。それに違いはない」
舐めたような口調でミスリーは言った。俺はすかさず反論を飛ばした。
「ふざけんな! お前は同じ言葉を使って、人の姿をしているだろうが! それでもって人間社会に紛れて生きている……それならそんな理屈は通用するわけがないだろうが! 象牙やフォアグラだの話を逸らしているけれど、ようはただ自分を肯定したいだけだろお前は!」
「逸らしてなんていないよ、私は自分を認めてもらいたいなんて少しも思っちゃいない。ただ人間も私を否定することは出来ないってことを知って欲しかっただけだよ。別に私は人間の在り方を否定してはいないさ、寧ろ色々なものを作り上げてきた叡智には敬意を払うし、地球上を事実支配しているその繁栄力には感嘆さえする。でもね、私も人間の倫理観を飲み込むのは嫌なもんでさ、だから勝手に人間の決めた領土やら国やらの中で好き勝手やらせてもらうってだけの話なんだ」
「なめくさりやがって……法治国家のこの国がそんなもんを許すわけがない」
「法なんて通用しないよ。私は人間じゃないもん」
ミスリーはニヤリとした。
「そしてキミもね」
俺はすかさず言い返した。俺の体に流れる半分の淫魔の血の存在だけで、人間としての俺を全て否定された様な気がしたからだ。まるで俺から人間性を剥がそうとしている……そんな気がして、とても気持ちが焦った。
「俺はお前とは違う! 人を襲ったこともない! 食ったこともない! そうしたいとも思わない!」
そうさ、俺はこんな大量殺人犯とは違う。俺は秦奏─────ただの高校生の一人。それに間違いはない。
「ふーん……今までそんなことはなかったと。でもこれからもそうして生きていけるという保証なんて一体どこにあるというのかしら?」
「……は?」
「君の中に流れる私達と同族の血、それが君を突き動かさないなんて確信があるのかな?」
その言葉で俺は一瞬で息が苦しくなった。




