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追跡

 

 それはまるで何かの始まりを告げる鐘の音の様だった。



 まあ、鐘の様に上品な代物の音ではなかったが。



 パッパーッ!!と鳴らされた音に飛び起きる。その方向をみればヘッドライトの明かりが俺を照らしていてしかめる。言われなくともそれが車の光とクラクションの音であるのはすぐに分かった。



 「こら〜クソガキ〜そんなとこで寝てんじゃねぇ!」



 そう言われて立ち上がる。軽バンの窓から身を乗り出していたガラの悪い男が俺を見ていた。譲る様に道を開けるとそのまま舌打ち一つを零して車は去っていった。



 深夜の駅前。通行人は極数人。



 ……俺こんな所で何して…



 そういう考えが浮かぶが肩の肌寒さにその場所に手をやると、裂かれパックリと開いたワイシャツの存在に今までの事が瞬時に思い返された。



 深夜……小熊林先輩……奪われた心臓……淫魔……連れ去られた……



 「先輩ッ!?」



 咄嗟に呼ぶが辺りに小熊林先輩の姿もあの淫魔の影もなかった。



 ……ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!



 先輩が連れ去られた!



 先程までの事が夢物語であったなどとは思わない。そんな悠長なことは考えもしなかった。ワイシャツのポッカリ空いた穴と穴の周りを汚す血が現実を物語っていた。



 スマホを開いて時刻を見る。25時を丁度過ぎたくらいであり、気を失った瞬間から然程時間は経っていないのが分かる。



 去り際に淫魔の言っていた躾て食ってやるという台詞、即ちすぐには食わないと捉えていい言葉だろうけど、そんなもんは人間の尺度だ。あいつら……鞠猫風に言えば超常の存在の考え事など俺には分かったもんではないんだ。すぐにでも先輩が危ない目にあう可能性だって十分あるだろう。



 俺の脳内に彼女が起こしたであろう数々の事件の惨状が思い返される。鞠猫から聞き齧っただけの情報ではあったけれど、それでも淫魔が起こした事件の凄惨さは十分に理解しているつもりだった。そして犯人がカップルを狙う事は分かっていたが、まさか先輩と二人きりになったところを標的にされるとは、迂闊だった。



 俺は辺りを見渡すけれど、何も手掛かりになるものは当然のことながら無かった。



 ……どうしよう、どうしよう、どうしよう!!



 鞠猫に連絡するのは当然として、淫魔が一体どこに行ったかさえ分からない状況だ。こんな状況下では鞠猫に伝えたって彼女もどうすればいいか分からないだろう。それが分かっているならもっと捜査は順調に行っている筈だろうから。



 けれど俺個人に出来ることはない……この場は大人しく鞠猫に協力を求める電話を一刻も早く……



 俺が思ったその時だった。



 なにか俺を引き寄せる強烈な勘の様なものが働いたのだ。俺がその方向に目を向けてみるがそこには細身の雑居ビルが建っているだけだった。気のせいかと思うが、まるで夏休みの最終日まで手をつけずにいた宿題を、諦めて遊ぼうとしている時みたいに、俺の心と脳内をモヤモヤとさせ、再びその方を見る。



 しかしそこには変哲もないビルだけ。一体何なのだと訝しむが、それがビルではなくその上、ビルの建つ方向の空から向けられるモヤモヤであると気が付いた。



 まるでそちらの方角に何かがあると呼んでいる様だった。そしてそれは次第に『小さく』なっていく感覚があった。



 「なんだ……なんなんだよ」



 俺は一か八か、その雑居ビルの外壁をパルクールの要領で登ってみた。普段は明かさない淫魔の血による身体能力の高さのお陰か、難無く登り切りビルの屋上へと到達するとそのモヤモヤは少し強くなったが再び徐々に弱まりをみせる。



 「……移動している?」



 モヤモヤへ俺から近付いた時は少し強くなる感覚。でもまたすぐに弱まるということは『移動』している可能性があった。



 一体なんなんだと思うが、俺は何か恐ろしい物ではないのは確かであると確信していた。それどころかどこか馴染みの覚えを感じていた。そうしてハッとする。



 淫魔に奪われた俺の心臓の存在だった。



 あの時俺の心臓は彼女に奪われ、食われたのを知っている。



 ……まさかこの感覚は俺の心臓の呼び声みたいなもんなのか?



 既に俺の心臓は新しいものが再生されている。多分彼女の腹に入った心臓はものの数十分……いや数分かもしれないが、そこいらで胃の中で灰となって消えるだろう。



 所詮それは俺の憶測でしかないけれど、そうではないという確信も同時にあった。賭けるだけの価値はある気がした。



 俺は走り出した。



 屋上を飛び降り、残滓ざんしの様なそのモヤモヤを辿り始めたのだ。路地を駆け、車を飛び越え、ロードバイクを追い越し、建物の壁を蹴り上げてその一つ一つを飛び乗り、走り続けた。



 そして同時にスマホを取り出してある人に連絡を結ぶ。



 呼び出し音を三回ほど紡ぎ、その人物が出た。



 「────あ、奏君ですか? こんな時間までなにやってるんですか! 千火さんが──「鞠猫、見つけたぞ! 淫魔サキュバスのやつを!」



 食事をしていた最中だっただろう鞠猫だったが、俺の遮った言葉に鴉皮鞠猫が息を一瞬飲み、興奮した様に答えた。



 「ほ、本当ですか!?」

 「マジだ! けどヤバイ! 小熊林先輩が連れ去られた!」

 「えぇ!?」

 「今追跡している……はずだ! とにかく前に俺とお前で登録し合ったGPSアプリがあるだろ? それを有効にして俺を追ってこい!」



 数日前に事件の捜査をしている時、お互いの身に何かあった時のために捜査中はGPSで位置情報を把握しておこうということで入れあったアプリがあった。その時は鞠猫に言われるがままインストールしてなんだか嫌な感じがしていたが、まさかこんな時に必要になるとは、備えあればなんとやらだった。



 「追跡しているはずって……大丈夫なんですよね!? これで的外れだったら先輩の身が……」

 「だったら何か他に方法があるか?」

 「ッ……それは……」

 「ないのか? そりゃそうだよな、そのクソ淫魔の所在が調べても分からないから俺達も警察の奴らも難航してたんだろ?」

 「…………」

 「だったら今回は俺にかけてもらおう! とにかく俺を追ってこい! 電話は切るぞ、片手が振れないのって走り難いんだわ!」

 「ちょ、ちょっと!」

 「頼むぜ鞠猫! 俺は一回殺されてる! 明らかに相手の方が俺より強ぇ! お前の力が不可欠だ!」



 まだ何か言っていた電話越しの鞠猫の言葉を無視して俺は電話を切った。ポケットにスマホを仕舞うと更にスピードを上げる。並走していたスポーツカーが俺の後ろへと流れていった。

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