訪問者
時刻は24時を回っていた。
深夜という時間に差し掛かってはいたが家につけて良かったと思っていた俺は、家の正門の前に何者かが立っているのを発見した。
「小熊林先輩……!?」
そうして驚く。まさかの立っていたのは我が校の生徒会長、小熊林先輩だったのだから。
「何やってんですか!?」
「奏君……あの、話があって」
俺に気が付いた彼女はこちらに振り向き、開口一番にどこか恐れたような顔でそう言った。その姿は制服姿であり、まさか学校帰りなのかと予感させた。
横を見れば鞠猫も会長の存在に驚きを隠せない様子だった。
「話があるって……先輩、今24時回ってますよ!? まさかずっとここで待ってたんですか?」
「うん……でも21時まで塾だったから、それから来ただけだからそこまで待ってないわ」
「待ってないわって……それでも2時間ぐらいは余裕で……」
「あら、そんなに経っていた? 不思議なものね、あっという間に感じたわ」
いやいや、そんなのは嘘だろう、2時間をあっという間に感じる人間がいるものか。それも外で待ちぼうけだなんて、辛いに決まっていた。
それにしても話があるだなんて俺は知らなかったが、まさか事前にそんな約束していたのだろうか。俺は約束のすっぽかしを不安視した。
「もしかしてREINで連絡とかくれました?」
「ううん、私が勝手に来ただけだから。奏君のお家の人にも迷惑になっちゃうかなと思って貴方の不在をチャイムで確認してからずっとここで待っていたわ。家の中で待たしてもらおうだなんて厚かましい事はしていないから」
「いやいや、逆に今俺申し訳なさがマックスなんですけど。なんだったらREINで言ってくれれば良かったのに」
「ダメよ、それはダメ。キミに直接お話ししなくちゃ意味がないことだから」
そんな事あるだろうか? 俺は思い当たる節を考えるが何一つ思い浮かばなかった。
「でも、それならREINで呼び出すくらいはしてくれても良かったのに。そうすればすぐにでも帰ってきてましたよ?」
「いや、その待つ時間は私にとっての当たり前の罰みたいなものだから」
「え?」
「私……奏君に失礼な事をしたわ。そして──」
小熊林先輩の視線は俺の隣の鞠猫に移った。
「鴉皮さん、貴女にも」
「え、私ですか?」
すっかり自分は蚊帳の外になると油断していたのだろう。鞠猫は意表を突かれたと少し気の抜けた答えをした。そして俺と鞠猫は揃って小熊林先輩に不思議がる視線を向ける。両者共々彼女が何を言いたいのか察しがつかなかったのだ。
そんな中小熊林先輩がそのスタイルの良い腰を折るのだった。謝罪の意だった。
「朝の事、本当にごめんなさい」
その言葉に俺はすぐに何のことか察する。朝の件とはあの写真の件であると。確かにあの場に彼女がいたことを思い出した。
だがそれを小熊林先輩がご覧の通りに謝っているとは……まさかあの写真を貼ったのは先輩なのか!?
「あの写真が貼られた騒動の時、あまりの事に私、頭が真っ白になっちゃって……皆んなを宥める事もせずにただ事の行く末を見守っていただけだった……ごめんなさい。私、生徒会長なのにちゃんとそれらしい事出来なかった。本当にごめんなさい」
しかし俺の疑いとは裏腹に先輩はそんな誠実な台詞を吐いたのだった。俺はなんだそんな事かと拍子が抜けしまった。そんな2時間3時間も待つ事だから何かと思えば、そんな自分は少しも悪くないのに責任感を感じている故に謝罪に来ただけだったのだ。
俺は正直安心した。何かとんでもない事を言われるのではと警戒してしまっていたからだ。
「そんなこと……先輩が謝らないでくださいよ、先輩が写真を貼ったわけではないなら謝る必要性なんて少しもありません」
「そうそう! なにも悪くないです!」
俺に続いて鞠猫がそう言う。自分が悪くないのに自分にもできる事があったはずだと小熊林先輩は自分を責める人間であると俺は知っている。だけど今回の件に限っては彼女が負い目を感じる必要は全くないはずだ。責めることなどしてみろ、俺に逆にバチが当たりそうだ。
俺達の許しを受けて彼女は顔を上げた。その端正な顔には先ほどよりも少しの緩みがあった。
「ごめんね……本当に、本当に、あの場は私が治めなくちゃいけない場面だったのに……何も出来なかった」
「気にしないでください、あんなの別にどうってことないですから。それより俺達の方が申し訳ないですよ」
「え?」
「こんな時間まで待ってもらっちゃってて、いやホント申し訳なさでヤバイです」
「そ、それはいいの……私が勝手に待ってただけだから。今日中に直接言わなくちゃと思っただけだから。REINじゃなくて直接……ね」
なるほどな、それが彼女なりの誠意なのだろう。俺はその真摯さにこれ以上の俺達からの謙遜は逆に失礼にあたると思った。
「まいったな……分かりました、その気持ちは素直に受け取っておきます。でも俺も鞠猫もそこまで大事に考えてないんで気にしなくて大丈夫ですから」
「そうですよ、気にしないで下さい!」
俺と鞠猫がそう言うと先輩の表情が安らいだ。
「……そう言ってもらえるなら私も嬉しい」
まったく……お人好しや責任感も極まった人だなと俺は思った。仕事に責任感を持つのは知っているがここまでとは……俺に対する好意を除けば本当に尊敬する人だなと感心した。
「じゃあ……今日はこれで」
「もう帰るんですか? 数時間も待ってたんですから家で休んでいったらどうです?」
俺と鞠猫に謝る為に長時間待っていたのだ、それくらい誘わなければ失礼にあたると俺は思った。
「え、奏君のお家ですか!?」
その誘いに普段よりも大きな声でそう答える小熊林先輩。しかし何かを思い出したかのようにすぐさまその頭を横に振った。
「ご、ごめんなさいね、もう時間も時間だし帰らなきゃ……」
「あ、そうですよね……すみませんでした」
普通に考えれば親御さんが心配しているのは当然の時刻だ。相手を思い遣ったつもりが、困らせるだけになっていることに気が付いて俺は謝る。すると迫るように顔を近付け小熊林先輩はそれを否定した。
「ううん! 奏君は何も悪くないわ! 私が勝手に謝りに来ただけだし、親には遅くなるって連絡してるけど、流石に遅過ぎるのも悪いし…… だから謝らないで! キミは何も悪くないから!」
「は、はい」
「で、でもでも……でもね……もし良かったらまた誘ってくれますか……?」
「家にですか?」
「……は、はい」
断れるわけがなかった、女の子を家に呼ぶのは怖いけれど、流石に今日じゃなかったからと言って礼を尽くさないのは失礼極まる。
「ああ、じゃあまた今度誘いますわ」
「……ッ! うん、うんうん! 是非! ぜひぜひ! 今度はしっかり余裕作っておきますから!」
彼女が俺に対して好意を抱いているのは知っているし、それが魅了のせいだということも知っている。自宅に招いて可笑しな真似をすればすぐに追い出してやればいいだけだ。そうでなければしっかりと礼はする。
それにしてもなんで敬語なんだ? 不思議なテンションの彼女に疑問を覚える俺が横を見ると、鞠猫が何やら思惑を含んだような怪しいしたり顔をしていた。
「奏君、小熊林先輩の事を送ってあげては?」
そうしてそんな事を言った。確かに時刻も時刻だ、女の子一人では危険もあるだろう。
「え!? い、いやそんな悪いよ!」
人の良い先輩はそう言って断る姿勢を見せるが、俺は鞠猫の提案に乗った。
「いや、せめて駅までは送ります。駅から自宅まではどのくらいですか?」
「え、ええ!? ……いや、あの…最寄り駅からは五分程度」
「じゃあ駅までで良いですかね? 自宅までは先輩も何かと嫌でしょうし」
「良いです、それでいいです! ……別に家まででもいいのに」
いくら好意に気が付いていようと、個人情報にもなりかねない家までついていくのはなんだか気が引けた。
俺の提案に先輩は後半ゴニョゴニョと何か言っていたが、申し訳ないけれど聞こえなかった。
「じゃあ────鞠猫、千火さんには飯の件は伝えているから、先に食っててくれて構わないから」
「分かりました……『お兄ちゃん』しっかりと小熊林先輩を送り届けないとダメですからね」
わざとらしく、そしていたずらっぽく鞠猫はそう言ったのだった。
そんな鞠猫に再度先輩は頭を下げると俺と一緒に駅の方まで歩き出した。




