謝罪
結局今日も何も見つからず捜査は打ち切った。時刻は23時を回っていた。
スマートフォンを起動し、REINで千火さんに今から帰る事を伝えようとする。すると大勢の人間からメッセージが送られてきている事に気が付いた。ざっと見ても50人か60人そこいらの人数からメッセージが届いており、開いてみれば謝罪の文が多く綴られたものばかりだった。
朝の写真の件についてのものばかりで、俺と鞠猫の嘘の関係を鵜呑みにして、心のない事を言ってしまったと反省しているものが殆どであった。あとは親身になったつもりで俺『を』案じているメッセージなど。俺のことだけで鞠猫の事が一切書かれていないのは、これを期に俺に近付こうとしている魂胆が見え見えの下手な術だ。呆れて物も言えない。
「おい鞠猫、スマホ開いてみろよ」
「……何故です?」
帰り支度をしていた彼女に俺は呼び掛ける。彼女の手には例の探知器の水晶の他にも、痕跡を見つけられるスプレーやら、匂いを辿ることの出来るツールなど色々あった。水晶のだけでは調べられないと色々な超常探しに関する物品を新たに購入したらしいが、結局どれもが効果が無かった。
最初こそは今日こそ何か分かるかもと意気込んでいた彼女も、普段と変わらない様子に振る舞っているが、すっかり消沈しているのは俺の目にもハッキリしていた。
「いいからいいから」
俺に勧められ言われるがままスマートフォンを開く。開いた途端のメッセージの通知にあからさまに鞠猫は『ゲッ』という顔をした。
「と、とんでもない数のメッセージが……」
「俺もだ、50人ほどから来てる」
「私は……25人ぐらいですかね」
「俺の嘘の効果だな。誰も彼もが家庭の複雑な事情があると信じ込んでいやがる」
俺はそれが可笑しくて少し笑ってしまった。
「私より奏君の方が多いのはやっぱり、女性からのアプローチが多い証ですかね」
「そうだな、ほとほと呆れるわ。何が『私は味方』だの『なんでも相談してね』だよ、鞠猫については一切書いてない物もあるぞ。本当に嫌気がさす……結局は俺との関係を迫りたいヤツが大半だってのが分かるな」
「そんな言い方……」
「俺の魅了の能力のせいだってのはわかってる、でもその影響下の中でもお前の事を案じているメッセージもあるんだ。まあ、それが打算だとしても、それを隠すだけの知恵や人の気持ちを考える心はあるって事だ。それさえ出来てない奴の性根がなんとなく窺えるな」
「今の貴方の発言も相当性格悪いですよ」
呆れた表情で鞠猫は俺を見るが、そうは言われてもこんな事があると、その都度人間ひとりひとりの人間性を見比べてしまうのは、最早俺の癖みたいなものになってしまっているのだ、仕方がない。
そうでもしないと変な人間に関わってしまったり、言いくるめられたり、騙されたり……悲惨な目に遭うのは経験で知っているから。
「なんとでも言えよ、これが俺の身を守る方法の一つだからな」
「どうしてそこまで女の人を拒否するんです? 別に淫魔だからって女性を侍らせろと言っているわけではないですが、奏君みたいに自分の体質に対して理解しているならば、もう少し好意を持ってくれる女性達と距離を詰めてあげても良いのでは?」
仲の良い初芽や加藤からの身を案じるメッセージにだけ返信を返しながら鞠猫を見る。彼女は俺の過去については知らない。たしかに俺の家で話した際に俺が昔事件などに巻き込まれて、それから女性に苦手意識を持つ事になったと聞いてはいるが、その深いところの話まではしていないはずだ。
だからこんな助言を俺に今しているのだ。本当の事を聞いたらそんなも言えないかもしれない。
「女性に拒否感を持つのも仕方ないでしょうけど……少しくらいは受け入れてあげては? ……でないと、彼女達が可哀想です。魅了の所為とは言え、貴方に恋しているのは確かなんですから」
「無理」
だから俺は即答した、そんな事は万一にもあって欲しくないから。女性と恋仲になるだなんて考えるだけで寒気がする。そしてその先に肉体関係を結ぶ事を想像すると鳥肌が立つ。昔のことを思い出すし、何より俺はEDだし、その原因となった過去の事情も知らない奴らに勝手に幻滅されるのも癪だ。良いことなど一つもない。
俺に即刻否定されたことで鞠猫は口を閉ざした。頑として動かない事を察したのだろう。
その通りだ。俺は絶対に曲がらない、女の子の事に関しては。絶対にだ。
俺達の間に少しピリついた空気が漂おうとしていた。俺はすぐに気が付き話題を変えた。
「そんな事よりお前腹減ってないか?」
「は、はい、多少ですけれど空いてきましたね」
「ならよかった、たまには俺の家に飯食いに来いよ」
「奏君のご自宅ですか?」
「ああ、千火さんがこれから作るって言ってくれてるからまだ一人分追加するなら間に合うからさ」
俺は何気なく誘ったつもりだった。ここ数日で彼女とは協力関係にある、だからその関係の延長線上としてご飯でもと持ちかけたつもりだったのだ。けれど誘ってみて気が付く、俺は流石にそれはでしゃばりすぎたかもと。
流石に疑いは晴れたとは言え、疑わしき人間と、その身内から提供された料理などには手など出せないだろう。少なくとも警戒心を完全に無くしたわけではないのだから。
すぐに言い直そうとした。けれど────
「……いいんですか?」
鞠猫からはそんな言葉が出てきた。
「え?」
「え、やっぱりダメなんですか?」
「い、いや、そうじゃなくて……少しでも疑ってる人間に食事に、それもその人間の家だなんて来やしないと思ったんだけど……」
「ああ、そういうことですか。別に食事に誘ってまで回りくどいやり方で私を排除する手段を取るとは思えないですから」
まあ、そうなんだけど……初期の頃の問答無用で撃ち殺していた彼女と比べるとあまりにも無用心に思えて変な感じがした。
しかし彼女の言う通りなので俺達は帰り支度をすませると俺の家へと向かった。




