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ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
2章「ラストスパイクの酒と喧騒」
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ダブルで(挿絵)

 教わった酒場は、すぐに見つかった。


 リィズがバンッと扉を開けて入る。また勢いよく。中は、このエリアの空気ではあるが、質が違った。木のカウンターは磨き込まれ、グラスも揃っている。安酒場ではない。きちんと飲みたい人間が来る店だ。


 マフィア風の男が数人、テーブルを囲んでいる。一般の住人らしき者も数名。ハンターらしき影が、一人か二人。


 リィズは目もくれず、カウンターへ一直線に向かった。


「この店で一番強い酒をくれ。ダブルで」


 トウヤは、その隣に大人しく腰を下ろす。


「ミルク」


 マスターが、二人を見た。


「ここは酒場なんだが」


「ダブルで」


 意味はわかっていない。が、自信だけは満々だった。マスターは一瞬黙り、言っても無駄だと判断したのか、黙って用意にかかる。


 出された酒を、リィズがカパカパと飲む。ちびちび味わうための酒のはずが、まるで水だ。周りの客が、少しだけ振り返った。あの飲み方は、普通じゃない。


「そんなに飲んで、大丈夫なのか」


 トウヤが、心配して言う。


「この身体は強いらしい。大丈夫じゃ」

「なるほど」


 トウヤは、素直に納得した。おかわり、とリィズが杯を突き出す。マスターも、黙って注ぐ。


 ミルクを一口飲んで、トウヤが意外そうな顔をした。


「このミルク、うまいな」


 ひんやりと冷たい。普通のミルクとは違う。濃厚なのに、まろやかだ。マスターが奥の冷蔵庫から取り出すのを、リィズは目ざとく見ていたらしい。


「ガルド牛のミルクじゃろ。こっちの固有種でな。濃厚なのにまろやかなのが特徴じゃ」


 杯を傾けながら、リィズが続ける。


「ただ、飼うのが大変での。なかなかの暴れん坊で、年に何度か骨を折るくらいは普通らしい」

「それは大変だな」

「まぁ味が良いから飼う者はおるがの。根性のある牧場主じゃないと、やっとれん」


 それから、ふと付け足した。


「冷蔵庫もそうじゃが――こっちは魔石がそれなりに手に入るからの。導力式の道具も、だいぶ普及しておる」


 ただ二人で飲んでいるなかに、ぽろりと落ちる話だった。


 リィズが、トウヤのほうを見る。


「お主は、飲まんのか」

「弱いらしいから、飲まない」


 少し間を置いて、付け足す。


「あと妹に、『兄さんは飲まないでください、特に女性と一緒にいる時は』と注意されてる」

「ほほう」


 リィズが、ニヤリと笑った。からかいの種を見つけた顔だ。


「妹御は賢いのぅ。お主のことを、よおく分かっておる」


 そのままクイッと杯を空けて、おかわりを要求する。トウヤは何も言い返さなかった。否定しないあたりが、律儀だ。


 空いたグラスに注ぎながら、マスターが、ふと口を開いた。


「こんな飲み方は、あの人以来だよ」


 感心したような、懐かしむような声だった。


「あの人?」

「この街の顔役みたいなものさ。本人は、嫌がるだろうがね」


 昔はこのあたりも、もっと荒れていた。あの人が来てから、変わった――と、マスターは言う。


「あの襲撃があってからはとんと見かけなくなったがね。まぁ、ルチ坊ががんばっちゃいるが」


 グラスを拭く手は止めないまま、ふと続ける。


「妹がいてな。兄貴とは似ても似つかん、おとなしい娘でな」

「あの娘も、長いこと見とらんよ。どこぞで達者にしとるならいいんだが」


 マスターの目が、ふとリィズに止まった。


「……生きておれば、ちょうどお前さんぐらいの年頃かね」


 何の気もない口ぶりだった。年寄りが、昔を数えただけの。


「強い人だったのか」


 トウヤが、軽く尋ねる。


 マスターは、少し考えた。


「私が知る限り、最高のハンターだったよ」


 言い切る。静かだが、迷いがない。


「単純な腕っぷしなら、他にも強いやつはいた。この大陸には、そういうのがごろごろいるからね。だがあの人は、別だった。何が違うかと訊かれると、困るんだが」


 グラスを置く。


「何より――この街を、愛していたよ。私には、そう見えた」


 そこで、口を閉じた。それ以上は語らない。


「さて、おかわりはどうする」


 日常に、戻す。


 この会話の間、リィズの杯を傾ける手が、止まっていた。

 トウヤと同じく聞き入っていたのだろう。やがて止まっていた手が、ゆっくりと動き出す。一口、静かに飲んだ。さっきまでのカパカパとは、違う飲み方だった。


 だが、そこに留まりはしない。


「……最高のハンター、か」


 小さく呟く。独り言に近い。トウヤに聞こえたかどうかは、わからない。


 もう一口。今度は、ぐいっとあおった。飲みっぷりが、戻っている。


「さて、旦那さま。そろそろ行くかの」


 酒場を出ると、外はもう、夕暮れに近かった。


 リィズは、ほんのり上機嫌だ。酒が入って、頬がわずかに赤い。髪の花は、まだ残っている。教わった宿屋は、酒場のすぐ近くにあった。


 小ぢんまりとした宿だった。清潔ではあるが、豪華ではない。実務的な造り。受付には、宿屋の娘がいた。若い女で、このエリアの人間らしく、肝が据わっている。


「部屋を頼む」


 リィズが声をかける。すかさず、トウヤが横から付け足した。


「二部屋で」


 リィズが、振り返る。


「は? 一部屋でよかろう。金がもったいない」

「同衾なんて、できるか」

「同衾て、お主……大げさじゃのぉ」

「妹に知られたら、どうなるか」

「知られるわけなかろう。ここは新大陸じゃぞ」

「あいつは、嗅覚が鋭い」


 真顔だった。本気で恐れている。リィズが、ニヤリと笑った。


「なんじゃ、手を出す気かお主。まぁ、わかるがの。このわしの、ワガママボディの魅力にメロメロなのは、わかるがのぉ~」


 くねくねと、ポーズを取る。見た目は十六ほどの、小柄な娘だ。完全にギャグである。


「いや、全然」


 きっぱり、だった。真顔。一切の躊躇なし。


「なんじゃとー!」


 リィズが憤慨する。


「わしのキッスまで奪った分際で!」

「いや、あれは違うだろ。噛まれただけだ」

「き、キッスじゃ! あれは誓いのキッスと言ったじゃろ!」


 ギャーギャーと言い合う二人を、宿屋の娘が、冷めた目で見ていた。


「あのね」


 二人が、止まる。


「今日は、一室しか空いてないの。ベッドは二つあるから。大人しく入って」


 事務的だった。取りつく島もない。


「……すまない」


 トウヤが、大人しくなる。


「ほれ見たことか」


 リィズが、勝ち誇る。


「仲がいいのね」

「「違う」」


 二人が、同時に否定した。娘はもう聞いていない。


「二階上がって、一番奥の部屋ねー」


 流すように、必要なことだけ言う。


 通された部屋は、質素だが清潔だった。ベッドが二つ、小さな窓、洗面台。


 トウヤがベッドに腰を下ろし、刀を壁に立てかける。リィズも、もう片方のベッドにぽすんと座った。背のライフルを、丁寧に下ろす。重装備をようやく解いて、一息。


 少しだけ、静かな時間が流れた。


 リィズが、髪の花に手を触れる。まだ、残っている。


「……今日は、よう歩いたのぉ」

「ああ」


 短い言葉。だが、否定ではない。


 リィズが、ベッドに倒れ込んだ。


「明日から、本格的に稼ぐぞ。旦那さま」


 トウヤは、返事をしなかった。もう、目を閉じている。






挿絵(By みてみん)

挿絵はAIで作りました。

画像はあくまでイメージです。イメージです。

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