ダブルで(挿絵)
教わった酒場は、すぐに見つかった。
リィズがバンッと扉を開けて入る。また勢いよく。中は、このエリアの空気ではあるが、質が違った。木のカウンターは磨き込まれ、グラスも揃っている。安酒場ではない。きちんと飲みたい人間が来る店だ。
マフィア風の男が数人、テーブルを囲んでいる。一般の住人らしき者も数名。ハンターらしき影が、一人か二人。
リィズは目もくれず、カウンターへ一直線に向かった。
「この店で一番強い酒をくれ。ダブルで」
トウヤは、その隣に大人しく腰を下ろす。
「ミルク」
マスターが、二人を見た。
「ここは酒場なんだが」
「ダブルで」
意味はわかっていない。が、自信だけは満々だった。マスターは一瞬黙り、言っても無駄だと判断したのか、黙って用意にかかる。
出された酒を、リィズがカパカパと飲む。ちびちび味わうための酒のはずが、まるで水だ。周りの客が、少しだけ振り返った。あの飲み方は、普通じゃない。
「そんなに飲んで、大丈夫なのか」
トウヤが、心配して言う。
「この身体は強いらしい。大丈夫じゃ」
「なるほど」
トウヤは、素直に納得した。おかわり、とリィズが杯を突き出す。マスターも、黙って注ぐ。
ミルクを一口飲んで、トウヤが意外そうな顔をした。
「このミルク、うまいな」
ひんやりと冷たい。普通のミルクとは違う。濃厚なのに、まろやかだ。マスターが奥の冷蔵庫から取り出すのを、リィズは目ざとく見ていたらしい。
「ガルド牛のミルクじゃろ。こっちの固有種でな。濃厚なのにまろやかなのが特徴じゃ」
杯を傾けながら、リィズが続ける。
「ただ、飼うのが大変での。なかなかの暴れん坊で、年に何度か骨を折るくらいは普通らしい」
「それは大変だな」
「まぁ味が良いから飼う者はおるがの。根性のある牧場主じゃないと、やっとれん」
それから、ふと付け足した。
「冷蔵庫もそうじゃが――こっちは魔石がそれなりに手に入るからの。導力式の道具も、だいぶ普及しておる」
ただ二人で飲んでいるなかに、ぽろりと落ちる話だった。
リィズが、トウヤのほうを見る。
「お主は、飲まんのか」
「弱いらしいから、飲まない」
少し間を置いて、付け足す。
「あと妹に、『兄さんは飲まないでください、特に女性と一緒にいる時は』と注意されてる」
「ほほう」
リィズが、ニヤリと笑った。からかいの種を見つけた顔だ。
「妹御は賢いのぅ。お主のことを、よおく分かっておる」
そのままクイッと杯を空けて、おかわりを要求する。トウヤは何も言い返さなかった。否定しないあたりが、律儀だ。
空いたグラスに注ぎながら、マスターが、ふと口を開いた。
「こんな飲み方は、あの人以来だよ」
感心したような、懐かしむような声だった。
「あの人?」
「この街の顔役みたいなものさ。本人は、嫌がるだろうがね」
昔はこのあたりも、もっと荒れていた。あの人が来てから、変わった――と、マスターは言う。
「あの襲撃があってからはとんと見かけなくなったがね。まぁ、ルチ坊ががんばっちゃいるが」
グラスを拭く手は止めないまま、ふと続ける。
「妹がいてな。兄貴とは似ても似つかん、おとなしい娘でな」
「あの娘も、長いこと見とらんよ。どこぞで達者にしとるならいいんだが」
マスターの目が、ふとリィズに止まった。
「……生きておれば、ちょうどお前さんぐらいの年頃かね」
何の気もない口ぶりだった。年寄りが、昔を数えただけの。
「強い人だったのか」
トウヤが、軽く尋ねる。
マスターは、少し考えた。
「私が知る限り、最高のハンターだったよ」
言い切る。静かだが、迷いがない。
「単純な腕っぷしなら、他にも強いやつはいた。この大陸には、そういうのがごろごろいるからね。だがあの人は、別だった。何が違うかと訊かれると、困るんだが」
グラスを置く。
「何より――この街を、愛していたよ。私には、そう見えた」
そこで、口を閉じた。それ以上は語らない。
「さて、おかわりはどうする」
日常に、戻す。
この会話の間、リィズの杯を傾ける手が、止まっていた。
トウヤと同じく聞き入っていたのだろう。やがて止まっていた手が、ゆっくりと動き出す。一口、静かに飲んだ。さっきまでのカパカパとは、違う飲み方だった。
だが、そこに留まりはしない。
「……最高のハンター、か」
小さく呟く。独り言に近い。トウヤに聞こえたかどうかは、わからない。
もう一口。今度は、ぐいっとあおった。飲みっぷりが、戻っている。
「さて、旦那さま。そろそろ行くかの」
酒場を出ると、外はもう、夕暮れに近かった。
リィズは、ほんのり上機嫌だ。酒が入って、頬がわずかに赤い。髪の花は、まだ残っている。教わった宿屋は、酒場のすぐ近くにあった。
小ぢんまりとした宿だった。清潔ではあるが、豪華ではない。実務的な造り。受付には、宿屋の娘がいた。若い女で、このエリアの人間らしく、肝が据わっている。
「部屋を頼む」
リィズが声をかける。すかさず、トウヤが横から付け足した。
「二部屋で」
リィズが、振り返る。
「は? 一部屋でよかろう。金がもったいない」
「同衾なんて、できるか」
「同衾て、お主……大げさじゃのぉ」
「妹に知られたら、どうなるか」
「知られるわけなかろう。ここは新大陸じゃぞ」
「あいつは、嗅覚が鋭い」
真顔だった。本気で恐れている。リィズが、ニヤリと笑った。
「なんじゃ、手を出す気かお主。まぁ、わかるがの。このわしの、ワガママボディの魅力にメロメロなのは、わかるがのぉ~」
くねくねと、ポーズを取る。見た目は十六ほどの、小柄な娘だ。完全にギャグである。
「いや、全然」
きっぱり、だった。真顔。一切の躊躇なし。
「なんじゃとー!」
リィズが憤慨する。
「わしのキッスまで奪った分際で!」
「いや、あれは違うだろ。噛まれただけだ」
「き、キッスじゃ! あれは誓いのキッスと言ったじゃろ!」
ギャーギャーと言い合う二人を、宿屋の娘が、冷めた目で見ていた。
「あのね」
二人が、止まる。
「今日は、一室しか空いてないの。ベッドは二つあるから。大人しく入って」
事務的だった。取りつく島もない。
「……すまない」
トウヤが、大人しくなる。
「ほれ見たことか」
リィズが、勝ち誇る。
「仲がいいのね」
「「違う」」
二人が、同時に否定した。娘はもう聞いていない。
「二階上がって、一番奥の部屋ねー」
流すように、必要なことだけ言う。
通された部屋は、質素だが清潔だった。ベッドが二つ、小さな窓、洗面台。
トウヤがベッドに腰を下ろし、刀を壁に立てかける。リィズも、もう片方のベッドにぽすんと座った。背のライフルを、丁寧に下ろす。重装備をようやく解いて、一息。
少しだけ、静かな時間が流れた。
リィズが、髪の花に手を触れる。まだ、残っている。
「……今日は、よう歩いたのぉ」
「ああ」
短い言葉。だが、否定ではない。
リィズが、ベッドに倒れ込んだ。
「明日から、本格的に稼ぐぞ。旦那さま」
トウヤは、返事をしなかった。もう、目を閉じている。
挿絵はAIで作りました。
画像はあくまでイメージです。イメージです。




