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ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
2章「ラストスパイクの酒と喧騒」
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交易所

 分岐を左に進んでしばらく行くと、通りの突き当たりに大きな建物が見えてきた。

 まわりの建物とは、明らかに造りが違う。頑丈で、金がかかっているのが見てとれる。看板は出ているが、文字は年月に削られ、塗りが剥げてほとんど読めない。もっとも、出入りする人間の装備を見ればわかる。ここが交易所だ。


 入口の脇に、掲示板があった。紙がびっしりと貼られている。依頼書、注意喚起、魔物の目撃情報――そして、賞金首の手配書。


 いくつもの顔が並んでいた。人相の悪い大男。顔に傷の走る女。獣人らしき輪郭。


 その中に一枚、ひどく場違いな手配書があった。寄り添う若い男女。仕立てのいい身なりで、肩を寄せ、幸せそうに微笑んでいる。賞金首の絵とは、とても思えない。どこかの結婚式場の宣伝か、旅の案内の表紙か――そういう類のものが、間違って貼られているようにしか見えない。なのに、れっきとした手配書だった。


 もう一枚、ひときわ額の大きいものがある。桁が、一つ違う。ピストルを構えた、二十歳にも届いていなさそうな若い男。生意気そうな面構えで、不敵に笑っている。手配書の中でさえ、楽しそうに。


 二人は、それを見もせずに中へ入っていった。


 リィズが、勢いよくドアを押し開ける。無駄に勢いよく。バンッと音が響き、何人かがちらりと振り返った。トウヤは後ろから、黙ってついていく。


 中は広く、天井が高かった。正面にカウンターがいくつか並んでいる。受付だろう。


 だが、リィズの目が先に引かれたのは隣の奥だった。併設された酒場。気取ったバーではなく、大きなテーブルと椅子だけの素朴な飲み場だ。昼間から、テーブルを囲んだ連中が杯を傾けている。琥珀色のウイスキーをストレートであおる者、ビールのジョッキを片手に足をテーブルへ放り上げて笑う者。誰に憚るでもなく、好き放題だ。


「うまそうじゃのー」


 リィズが鼻をひくつかせる。


「わしも昼間っから、かっくらいたいのぉ」


 トウヤは、そんなリィズを放っておいて、フロアの人間のほうを見ていた。


 壁際のベンチに座る者、受付で話し込む者。武器を持ったまま入れる場所。それが当たり前の空気。奥の棚には、瓶に入った石らしきものが並んでいる。そして、こちらに向けられる視線。街中の品定めとは、また質が違った。同業者の目だ。変な格好だと笑う者、侮らず見定める者、すぐに興味を失う者。


 トウヤの口元が、わずかに緩んだ。こういう場所のほうが、性に合う。


 リィズが酒場のほうに未練がましく目をやりながら、空いたカウンターへ一直線に向かう。迷いがない。こういう段取りは心得ているらしい。


 受付の男が、苦笑を浮かべて迎えた。四十手前、日に焼けた顔、落ち着いた目。ベテランの空気だ。


「いらっしゃい。見ない顔だね」


 メイド風の服を着た小柄な少女が、ばかでかいライフルを背負い、隣には刀を差した東洋人。男はちらりと二人を眺め、何か考えかけて、やめたようだった。


「面白い組み合わせだ。……夫婦、ってわけじゃないよな」

「勘弁してくれ」


 トウヤが即答する。低い声で、心底嫌そうに。


「おや。旦那さまは、責任をお取りにならないおつもりで?」


 リィズがニヤリと笑い、トウヤを見上げた。チュッ、と投げキッスの仕草。


 トウヤは何も言い返さず、無言でリィズの頭をくしゃりと掴んだ。


「むー」


 リィズが不満そうな声をもらすが、振り払いはしない。受付の男が、深いため息をついた。よそでやってくれ、という顔だ。


「……で、今日はどういう用件で」


 仕事に戻す。プロの切り替えだった。


 リィズがカバンから素材を取り出す。トカゲ系の鱗、牙、内臓らしきもの。それと、小粒の石がいくつか。


 トウヤは、それを見て少し驚いた。鱗も牙も見覚えがある。行きの列車を襲った、あの強盗どもが乗っていたトカゲのものだ。いつの間に拾っていたのか。だが、口には出さなかった。ただ、石のほうには目が留まった。他の素材とは、明らかに異質だ。


 受付の男が、手慣れた仕草で素材を並べていく。光に透かし、爪で弾き、重さを確かめる。無駄のない動き。


「トカゲ系は出回ってるからね。まぁ、状態はいい」


 続いて、小粒の石を手に取る。


「魔石のほうは……小粒だね。色も一般的だ」


 リィズが身を乗り出した。


「ほれ、これなんか少し輝いておらぬか。この青色は珍しかろう」


 受付の男が、石を光に透かして首を振る。


「くすんでるよ。一般的な色だ」

「むー」


 不満そうなリィズに、男は苦笑して付け足した。


「まぁ、新大陸が見つかる前の時代なら、物珍しい宝石としてご婦人方に大層な人気だったろうがね。献上品にでもなってたかもしれん。今じゃ向こうにも出回ってる。こっちの素材あっての導力革命だ。ここじゃ、ただの加工素材さ。武器の強化、道具の素材、燃料にもなる。日用品みたいなもんだよ」


 素材と石、合わせての値付け。大した額ではないが、困るほどでもない。


「こんなところだね」


 リィズが「ふむ」と唸る。もう少し欲しかったようだが、適正なのはわかっているらしい。トウヤは黙って聞いていた。魔石というものが何なのか、まだ掴めていない。


 ふと、思い立つ。懐から、あの石を取り出した。キッドを倒したとき、後に残されたあの赤い石だ。


「これなら、どうだ」


 カウンターに置く。赤い輝きを放つ、大ぶりの魔石。さっきの小粒とは、比べものにならない。


 受付の男の手が、止まった。


 にこやかな表情が消える。目が変わった。手に取り、光に透かし、重さを確かめる。さっきと同じ動作のはずが、慎重さが段違いだった。


「……こいつは」


 声が、低くなっている。


「ホストの魔石ってやつだ。ここまで大きくて、赤みの強いのは初めて見るよ。ホストの石自体は、いくつか扱ったことがある。これでも長いこと、この商売やってるからね」


 石から目を上げる。


「だが、これは別格だ」


 それから、少しだけ声を落とした。カウンター越しに、身を寄せてくる。


「聞いた話だがね。強力な魔物の魔石を粉にして、少しずつ飲ませると、万能薬になるらしい。どんな病も治る。だから万能薬――」


 トウヤの体が、動いた。


 ガタン、と椅子が鳴る。カウンターに身を乗り出していた。


「本当か」


 低い声。だが、抑えきれていない。


 受付の男は、動じなかった。乗り出してきたトウヤを、落ち着いた目で見返す。こういう顔は、何度も見てきたとでもいうように。


「落ち着きな」


 静かに、だがはっきりと言う。


「あくまで、風の噂だよ。俺自身、薬として使われたのを見たことはない。扱ったのは、素材としてだ。薬としては――保証できない。匙加減を間違えるか、患者の体が弱すぎると、廃人になるとも聞く。助かった話もある。駄目だった話もある。どっちが多いかなんて、誰にもわからん」


 やめておけ、とは言わない。やれ、とも言わない。


 トウヤが、ゆっくりと身を引いた。我に返ったように。表情は戻ったが、目の奥には、まださっきの熱が残っていた。


 このやりとりの間、リィズは黙って聞いていた。口を挟まず、表情も大きくは動かさない。ただ、トウヤが身を乗り出した瞬間、ほんの一瞬だけ、そちらに目をやった。それきり、何も言わなかった。


 受付の男の目が、赤い石に戻る。


「……で、これは売ってくれるのかい」


 仕事の顔だ。やり手の目。


 トウヤは、首を横に振った。


「売らない。持っておく」


 理由は言わない。だが、さっきの反応を見た男には、察しがついているようだった。


「そうかい」


 深追いは、しなかった。


 少しだけ重くなった空気を吹き飛ばすように、リィズが声を上げる。


「さて! せっかくの初仕事の稼ぎじゃ。パーッとやるかの!」


 視線はすでに、隣の酒場へ向いている。目が輝いていた。トウヤと受付の男が、同時に苦笑する。


 男が、また少し声を落とした。隣の酒場を、顎で示す。


「一つ忠告しておくとね。ここで飲むのはやめておきな。割高だし、味はまずくない程度だ。とりあえず飲みたいやつが使う場所さ」


 むーっと、リィズの顔が曇る。


「おすすめの店を教えてやるよ。飲み食いと宿を探すなら、そっちのほうがいい」

「本当か!」


 リィズが、ぱっと目を輝かせて身を乗り出した。さっきまでの不満顔はどこへやら。受付の男が苦笑しながら、店の名と場所を教えてくれた。


「助かったのぉ、色々とありがとうじゃ」


 リィズが上機嫌で礼を言う。トウヤも、その隣で軽く頭を下げた。


「世話になった」


 二人が出口へ歩いていく。リィズが背中越しに、何かちょっかいをかけているのがわかった。


 受付の男は、その背を眺めていた。


 こういう稼業には、影を背負った人間が多い。目の奥に暗いものを隠して、それでも戦いに出ていく。だがあの二人には、それがなかった。わけありなのは間違いない。それでも、まとっている風が妙に爽やかだ。あれは、作ろうとして作れるものじゃない。


 ついつい世話を焼いてしまった、と男は苦笑した。二人の消えた扉から視線を外し、また業務の顔に戻る。次の客が、カウンターに近づいてきていた。

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