シュッシュッ
左の道を進むにつれ、街並みが少しずつ変わっていった。
広く立派な建物が減り、小さく雑多な店や住居がひしめきはじめる。大通り沿いはまだましだが、脇へ逸れた路地はごちゃごちゃと入り組んで、奥が見通せない。今のうちは、首を突っ込まないでおくのが無難だろう。
行き交う人間の顔つきも、駅前とは違ってきた。どこか皆、肝が据わっている。ここで暮らし、ここで稼ぎ、ここで飲む人間たちの町だ。
時おりすれ違うハンターらしき者とは別に、もっと剣呑な気配をまとった連中が目につくようになる。駅前のちらりとした視線とは、質が違った。遠慮のない、品定めするような目。だが敵意ではない。ただ、見慣れない人間を値踏みしている。
「見られておるのぉ」
リィズが、特に気にした風もなく呟く。
「見慣れない新人の品定めってところだろう」
トウヤは前を見たまま返した。妙なことにはならない、という確信がどこかにある。視線が剣呑なわりに、町には筋が通っている。誰かの目が行き届いている――そんな気配。引っかかりはしたが、それ以上は考えなかった。
「ま、何かしてきたらわしがこうしてこうじゃ」
シュッ、シュッ、とリィズが拳を突き出す。シャドーボクシングのつもりらしい。
拳の出は、速い。が、まったく体の使い方がなっていない。腕だけで振っていて、腰も足もついてきていない。トウヤは横目でそれを眺め、まあそこらの酔っ払い相手なら、と適当に考えながら歩いた。
道の脇に、小さな露店が出ていた。正確には、その客に群がる子供たちのほうが先に目に入る。砂糖の焦げたような、甘い匂いが漂ってくる。甘味の屋台だ。
子供らが取り囲んでいるのは、ガタイのいい中年の男だった。さっき品定めの視線を送ってきたような、いかにもこのあたりの住人という風体。それが、すっかり困り顔になっている。
「ねーねーおっちゃん買ってよー」
「俺もはらへったー」
「ええい、誰がおっちゃんだ。俺はまだ三十前だぞ」
「えー、もうおっちゃんじゃーん」
「わ、私はま、まだ若いと思います……」
歩きながら、断片が耳に入ってくる。腕にぶら下がって足をぶらぶらさせる子。控えめに援護する女の子。屋台の店主が、苦笑しながら眺めている。
男は怒鳴ってはいるが、子供らを振り払いはしない。
トウヤが、ちらりとその光景を見やって、隣のリィズに苦笑を向けた。
「ほら、絡まれてるぞ。シュッシュッしてこなくていいのか」
「いや、まぁ、あれはいいじゃろ」
リィズも苦笑する。そのまま通り過ぎようとした、その矢先だった。
すぐ横の家のドアの向こうから、声が響き渡った。
「こら、このドロボーが!」
しわがれているが、芯の強い声。怒鳴り慣れた老婆の声だ。
「あんたがこーんな小さい頃から、面倒見てやってたのに! 恩知らず! この大馬鹿が!」
ただ事ではない勢いだった。直後、目の前のドアが盛大に開く。蹴り開けたのかと思うほどの音とともに、ガタイのいいスキンヘッドの大男が、でかい荷物を頭上に掲げて飛び出してきた。
思わず、二人とも足を止める。トウヤとリィズが顔を見合わせた。
追い剥ぎか、家荒らしか。
だが大男は通りに出ると、開いたドアのほうを振り返って怒鳴り返した。
「うるせーババア! おとなしくしてろ! どうせもうすぐおっちんじまうんだから、荷物ぐらい俺が届けてやるよ! 向こうに用があるんだ、ついでだ!」
泥棒では、なかった。
部屋の中から、返事が飛んでくる。
「あんたに心配されるようじゃ、あたしももうおしまいだよ……」
嘆くようでいて、任せている声だった。文句を言いながら、任せている。
「おとなしくしてろよ、ババア」
吐き捨てて、荒々しくドアを閉める。それから振り返って、そこで初めて二人に気づいた。一部始終を呆然と見ていたトウヤとリィズに。
スキンヘッドが、ばつが悪そうに頭を掻く。
「……うるさくしてすまんな。通り道、塞いじまったか」
歩き出しかけて、ふと振り返る。二人の装備に、特にリィズのライフルに、ちらりと目をやった。
「見慣れない顔だな。まぁこの辺じゃ、変なことにはならねぇから。安心しな」
それだけ言って、今度こそ背を向けて歩いていく。でかい荷物を、片手で軽々と担いだまま。
その背を、二人で見送る。
「……シュッシュッは、いいのか」
リィズが、無言でトウヤにシュッシュッを繰り出した。
トウヤが、何気なくそれを完璧にかわす。
どちらも、本気で当てる気も、避ける気もない。ただ、自然と体が動いていた。




