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ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
1章「走る列車上の出会い」
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リィズと荒野の果てで

 旦那さま。


 聞き慣れない響きに、トウヤは一瞬、眉を寄せた。

 なぜだろう。その一語が、ふいに妹の顔を呼び起こした。こちらを向いて、にこにこと笑っている。――それなのに、背筋を、つうっと冷たいものが伝う。

 気のせい――ではない。経験上、この手の寒気は、たいてい当たる。

 それでも、少女があまりにこともなげに言うものだから、その呼び名をいちいち問いただすほどでもないかと、口をつぐんだ。


 少女は足元に転がっていた赤い石を拾い上げ、トウヤの手に握らせた。キッドの、魔石だった。


 言われて、トウヤは自分の両腕に目を落とした。

 撃たれて砕けたはずの、生身の左腕。骨の軋みも、力の入らなさも、さっきより明らかに薄れている。そして、機械の右腕。ひしゃげていた関節が、低い軋みを上げながら、少しずつ噛み合いを取り戻していた。完全にとはいかない。だが、この短さで、これは。

 思わず、まじまじと自分の両腕を見つめた。


「大丈夫なようじゃの。……うむ、成功なようじゃ」


 その言い方には、どこか、ほっとしたような響きがあった。


「旦那さまとわしのあいだに、永久に結ばれた赤い絆――感じるじゃろ? 自分の体の内側を、慎重に探ってみよ。旦那さまなら、まぁすぐにわかるはずじゃ」


 言われるまま、トウヤは目を閉じ、意識を内側へ沈めた。

 確かに、何かがある。少女とのあいだに、細く、しかし確かに通うもの。絆と呼ぶには無機質で、回路と呼ぶには、わずかに温かい。その両方が、一つになって繋がっていた。


「駅に着くころには、とりあえず動ける程度にはなっとるじゃろ」


 少女が、トウヤの腕をひょいと取る。


「どれ。ついでに、わしがメンテしてやるわい。どうせなら、な」


 言いかけて、少女はふと手を止めた。


「……おっと。そういえば、まだ名乗っておらなんだのう」


 胸に手を当て、ふんぞり返る。


「わしの名は……名は、じゃな……」


 ふんぞり返った姿勢のまま、続きが止まった。視線だけが、宙をさまよう。


 一拍。


「……リィズ。うむ、リィズじゃ。よい名じゃろ? 今日からおぬしの――いや、旦那さまのメイドじゃからな。よろしく頼むぞ」


 トウヤは、半眼になった。


「……いま、考えたろ」


 リィズは聞こえないふりをして、思い出したように辺りを見渡した。


「ほれ、強盗団も、もうあらかた片付いたようじゃしの」


 つられてトウヤも目をやれば、屋根の上に追ってくる影はもうなく、車内から響いていた銃声も、いつのまにかまばらになっていた。ボスを失えば、群れなど、こんなものなのだろう。


 リィズが、屋根の縁から、ひらりと身を躍らせた。トウヤも、続いて飛び降りる。


 最後尾のデッキへ、戻ってきた。屋根のない床を、乾いた風が吹き抜けていく。火薬のにおいも、張り詰めていたものも、その風が少しずつ攫っていった。


 ようやく、人心地がついた。


 倒れていたはずのルチアーノの姿は、そこになかった。代わりに、汽車の制服を着た男が一人、二人を待つように立っている。


 男は二人を見るなり、深々と頭を下げた。


「助かりました。……本当に」


 強盗団は追い払った、と男は言った。先刻まで倒れていた白服の男も、傷こそ深かったが命に別状はなく、いまは下の車両で手当てを受けているという。


「それに、あのボスを――ビリー・ザ・キッドを、あなたがたが」


 声に、安堵と、わずかな畏れがにじむ。


「あいつには、ずっと手を焼いていたんです。ここら一帯を根城にしているのはわかっていたんですが、それでも、手出しがなかなかむずかしくて……」


 あとは、言葉にならないようだった。


 リィズが、ふん、と胸を張る。


「いやー、それほどでも――あるがのぉ」


 謙遜する気は、まるでないらしい。

 トウヤは、その得意げな横顔を、横目で見ていた。

 戦塵にまみれ、ところどころ焦げたメイド服。バカでかいライフルを担いだ小柄なリィズが、英雄面で胸を反らしている。世界一似合わない取り合わせのはずなのに――なぜだろう、咎める気には、どうしてもなれなかった。


 男が、深く息をついた。


「これで……これで、心置きなく終着駅までお運びできます。あなたがたのおかげだ」


 そして背筋を伸ばすと、誇らしげで、それでいてどこか畏れるような面持ちで、地平の彼方を指し示した。


「ようこそ、世界の縁(ワールズエッジ)へ」


 乾いた風が、果てのない大地を渡っていく。その先、陽炎の揺れる地平に、小さな影が滲んでいた。


「線路が尽き、我々が最後の犬釘を打ち込んだ場所。人類の最前線にして終着点、ラストスパイクへ」


 トウヤは、目を細めた。

 海を渡り、汽車に揺られ、吐いて、斬って、ここまで来た。その果てにようやく姿を現した、人の世界のいちばん端。

 胸の奥が、かすかにざわついた。何か新しいものへと続く扉が、いま、目の前で開こうとしている。そんな予感が、確かにあった。


 ところで、と男が言った。

 ふいに、その顔から愛想が消える。妙に、改まった目つきだった。


 リィズが、つられて身構える。


「うん?」


 男は、まっすぐに二人を見て、口を開いた。


「お客様。切符は、お持ちですか?」


 しん、と間が空いた。

 あれだけの立ち回りのあとに来たのは、あまりにも、ありふれた問いだった。


 リィズの動きが、止まる。一瞬、言葉に詰まり、視線がわずかに泳いだ。

 そして。

 すっと、背筋を伸ばした。


「……わたくしは、メイドですので」


 さっきまでの「わし」も「のじゃ」も、どこへやら。妙に澄ました丁寧語でそう言うと、リィズはトウヤの背へ、すっと半歩隠れた。


「何も、わかりません。すべては――旦那さまに」


 丸投げされたトウヤは、しばらく、その澄まし顔を見下ろしていた。

 長い、息が出る。


「……お前なぁ」


 言いかけて、やめた。いまさら、何を言ったところで。


 蒸気の走る荒野で、剣と人形はこうして出会い、切符一枚を前に、すっかり行き詰まっていた。

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