自動人形の主従契約
こぶしほどの石を、トウヤは見下ろしていた。
さっきまでそこにいた青年の、笑い声も、軽口も、硝煙のにおいも、何もかもが、その一点に畳み込まれてしまったかのようだった。
人が、死んだ。
それ自体は、見慣れている。いまさら心を動かされるようなことでもない。だが――人が消えて、石が残る。そんなものは、見たことがなかった。
「人間の枠を超えた者はの」
いつのまにか隣に立った少女が、同じ石を見ている。
「肉体は消え、こうして残るのは、魔石のみじゃ」
知っていて当然のことのように、淡々と言う。トウヤはその横顔を一度見て、それからまた石へ視線を戻した。新大陸。旧大陸の物差しは、ここでは半分も通じないらしい。
少女が石のそばに膝を折り、ひょいとつまみ上げた。明かりに透かすように、しげしげと眺める。
その目が、ほんの一瞬、伏せられた。
すぐに、戻った。
「まぁ、そこそこ立派な大きさと輝きじゃの」
てのひらの上で、石をころりと転がしてみせる。
「基本的には売るしかないが、一財産にはなるじゃろ。よかったのぅ」
そうか、とだけ返した声に、喜びの色はなかった。差し出された石を、トウヤは手で受け止めようとする。
「あまり嬉しそうじゃないのぉ」
そう言いながらも、少女の視線は石ではなく、トウヤの右腕に向いていた。砕けた小手の下から、ひしゃげた機械が剥き出しになっている。
受け止めきれず、石がてのひらからこぼれた。同時に、ぐ、と喉の奥で声がつぶれる。トウヤはその場に膝をついた。荒い息。顔から、血の気が引いていく。だらりと垂れた左腕、砕けた肘のあたりから、ぬるいものが滴っていた。
両腕をやられているのだ。当然だった。
「お、おい」
少女が、思わずというふうに膝をついて、顔をのぞきこんでくる。おどけも、先輩面も、そこにはない。ただ純粋に人を案じる、人のよさそうな顔だった。
うつむいたまま、トウヤの口から声が漏れた。
「こんなところで……まだ」
あとは、続かない。続けるつもりも、なさそうだった。
少女はしばらく黙って、それからすっと身を寄せた。
「助かる方法がある」
顔を、のぞきこむ。
「なおかつ、その腕も――おそらく、元通りに治る」
トウヤが顔を上げた。すぐ目の前に、少女の顔があった。視線が、交わる。
ほんの少し前まで、正面から目が合う相手といえば、命を奪い合う相手だった。同じ視線の交わりが、いまはすぐ間近で、まるで逆の意味を帯びている。
「一つだけ、聞かせてくれ」
少女の目が、トウヤの右腕へ落ちた。剥き出しの機械を、まっすぐ見ながら。
「おぬしが新大陸に来た理由は、それか」
トウヤは静かに、首を横に振った。
少女は、問いを重ねなかった。ただ目で、続きを促す。
しばらく、列車の走る音だけがあった。
「……妹が、いる」
言葉を探すような、間。
「この腕は、その妹にやられた。オレは、なんとも思っちゃいないんだがな」
なんでもないことのように言う。
「あいつは、そうじゃない。自分のせいだと……オレの顔を見るたび、自分を責めてる」
短く、息を吐く。
「自分のほうが、ずっと苦しいくせに。あんな後悔を抱えたまま、逝かせたくない。それだけだ」
「……そうか」
少女は、それだけ言った。慰めも、問いも、重ねなかった。
そして、おもむろに、自分のメイド服の襟元へ手をかけた。
「な――」
とめる間もなく、布が滑り落ちる。
あらわになった肩から胸元、肌があるべき場所に、肌はなかった。継ぎ目。関節。鈍く光る、人ならぬ素材。
トウヤは、一瞬、目を見開いた。
だが、すぐだった。布の下にあるものの意味を、彼はもう知っている。
妹の身体を、見ているから。
四肢の先から、少しずつ。人の肌が、人でないものへ置き換わっていく。あれの、行き着く先。いま目の前にある身体は、それよりもずっと先まで――ほとんど何も残らないところまで、進んでいた。
妹が、いつかこうなる。
その未来を、いま見せられている。
少女は、隠そうともしなかった。むしろ胸を張ってみせて、それから、ふっと表情をやわらげる。
「わしと目的は、同じようじゃの」
布を直しながら、こともなげに言う。
「元凶そのもの――宿主を、倒しに行こうかの」
ホスト。
初めて聞く言葉だった。だが、その響きが指すものは、なんとなく分かる。妹を、そして自分を、こんなふうにしたおおもと。
少女が、まっすぐにこちらを見ていた。答えを待つように。
トウヤは、頷いた。
それで、足りた。
少女が、ぱっと顔を明るくした。
「よし。では――その、誓いのキスでもするかのー」
「は?」
トウヤの間の抜けた声など気にもとめず、少女は唇を突き出してにじり寄ってくる。
「ほれほれ、何を照れておる。ぶチューっとするぞ、ぶちゅーっと」
「いや」
「安心せい。おねぇさんに、ぜーんぶ任せておけばよいのじゃ」
ずい、と顔が近づく。
「言っておくが、この体じゃ、ファーストキスじゃぞ? うりうり~」
ニヤニヤと笑いながら、指先でトウヤの頬をつんつんとつついてくる。
トウヤは、口を半開きにしたまま、相手を見ていた。呆れているのか困っているのか、自分でもよくわからない顔で。
その顔を見て、少女のほうが、急にうろたえた。
「ち、ちが――ちがうぞ! これはな、ちゃんとした儀式での」
言い訳めいた早口で、まくしたてる。
「自動人形の、主従契約の儀式じゃ。これを交わすと、おぬしとわしのあいだに回路ができてな、互いに影響し合う。……そのおかげで、おぬしの体も修復されていく。ほんとうじゃぞ、変な意味ではなくてな!」
自動人形の主従契約など、聞いたこともない。
ただ、自動人形と化した人間が、奉仕人形として裏で高く売り買いされている――そんな噂なら、耳にしたことがあった。ならば、そういう用途の回路とやらが仕込まれていても、おかしくはないのかもしれない。一応の筋は、通っている。
わかった、と頷きかけて。
その拍子に、妹の顔がよぎった。いずれ、あれもこうなる。
――考えるな。胸の奥へ押し込んで、ひとつ、息を吐く。
そうして顔を上げたとき、気づいた。
少女の手が、微かに震えている。
あれだけ威勢よく、煽っておきながら。
トウヤは少し考えて、それから、わざと軽い調子で口を開いた。
「まぁ、妹とするようなものか」
「そうじゃ、そうじゃ、妹とするみ……」
少女の動きが、止まる。
「――なんじゃとー!? このわしの、セクシーな体に向かってなんちゅうことを!」
いつのまにか、震えは止まっていた。
トウヤは何も言わず、少女の肩に手を置いた。そっと、顔を寄せる。
「っ……こ、心の準備もなしに」
さっきまで散々煽っていた声が、急に小さくなる。
「ちょ、ちょっと、展開が早すぎやしないかの……」
聞こえないふりをして、トウヤは距離を詰めた。少女が観念したように、ぎゅっと目を瞑る。
「ええい、ままよ!」
唇が、触れた。
次の瞬間、鋭い痛みが走る。
「い――っ」
反射的に、顔を離した。唇に、じわりと血の味。見れば、少女の口の端にも赤い色がにじんでいる。噛まれたのだ。
少女が、その血を、ぺろりと舐めとった。
「ふふん。おぬしには、ちょっと刺激的なキスすぎたかの?」
悪びれた様子もなく、小悪魔めいて笑う。
トウヤは、ただ、長く息を吐いた。
「……はぁ」
少女が、ぴょんと立ち上がった。
「どうじゃ。腕の方は――旦那さま」




