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ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
1章「走る列車上の出会い」
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自動人形の主従契約

 こぶしほどの石を、トウヤは見下ろしていた。


 さっきまでそこにいた青年の、笑い声も、軽口も、硝煙のにおいも、何もかもが、その一点に畳み込まれてしまったかのようだった。


 人が、死んだ。

 それ自体は、見慣れている。いまさら心を動かされるようなことでもない。だが――人が消えて、石が残る。そんなものは、見たことがなかった。


「人間の枠を超えた者はの」


 いつのまにか隣に立った少女が、同じ石を見ている。


「肉体は消え、こうして残るのは、魔石のみじゃ」


 知っていて当然のことのように、淡々と言う。トウヤはその横顔を一度見て、それからまた石へ視線を戻した。新大陸。旧大陸の物差しは、ここでは半分も通じないらしい。


 少女が石のそばに膝を折り、ひょいとつまみ上げた。明かりに透かすように、しげしげと眺める。


 その目が、ほんの一瞬、伏せられた。

 すぐに、戻った。


「まぁ、そこそこ立派な大きさと輝きじゃの」


 てのひらの上で、石をころりと転がしてみせる。


「基本的には売るしかないが、一財産にはなるじゃろ。よかったのぅ」


 そうか、とだけ返した声に、喜びの色はなかった。差し出された石を、トウヤは手で受け止めようとする。


「あまり嬉しそうじゃないのぉ」


 そう言いながらも、少女の視線は石ではなく、トウヤの右腕に向いていた。砕けた小手の下から、ひしゃげた機械が剥き出しになっている。


 受け止めきれず、石がてのひらからこぼれた。同時に、ぐ、と喉の奥で声がつぶれる。トウヤはその場に膝をついた。荒い息。顔から、血の気が引いていく。だらりと垂れた左腕、砕けた肘のあたりから、ぬるいものが滴っていた。


 両腕をやられているのだ。当然だった。


「お、おい」


 少女が、思わずというふうに膝をついて、顔をのぞきこんでくる。おどけも、先輩面も、そこにはない。ただ純粋に人を案じる、人のよさそうな顔だった。


 うつむいたまま、トウヤの口から声が漏れた。


「こんなところで……まだ」


 あとは、続かない。続けるつもりも、なさそうだった。


 少女はしばらく黙って、それからすっと身を寄せた。


「助かる方法がある」


 顔を、のぞきこむ。


「なおかつ、その腕も――おそらく、元通りに治る」


 トウヤが顔を上げた。すぐ目の前に、少女の顔があった。視線が、交わる。

 ほんの少し前まで、正面から目が合う相手といえば、命を奪い合う相手だった。同じ視線の交わりが、いまはすぐ間近で、まるで逆の意味を帯びている。


「一つだけ、聞かせてくれ」


 少女の目が、トウヤの右腕へ落ちた。剥き出しの機械を、まっすぐ見ながら。


「おぬしが新大陸に来た理由は、それか」


 トウヤは静かに、首を横に振った。


 少女は、問いを重ねなかった。ただ目で、続きを促す。


 しばらく、列車の走る音だけがあった。


「……妹が、いる」


 言葉を探すような、間。


「この腕は、その妹にやられた。オレは、なんとも思っちゃいないんだがな」


 なんでもないことのように言う。


「あいつは、そうじゃない。自分のせいだと……オレの顔を見るたび、自分を責めてる」


 短く、息を吐く。


「自分のほうが、ずっと苦しいくせに。あんな後悔を抱えたまま、逝かせたくない。それだけだ」


「……そうか」


 少女は、それだけ言った。慰めも、問いも、重ねなかった。


 そして、おもむろに、自分のメイド服の襟元へ手をかけた。


「な――」


 とめる間もなく、布が滑り落ちる。

 あらわになった肩から胸元、肌があるべき場所に、肌はなかった。継ぎ目。関節。鈍く光る、人ならぬ素材。


 トウヤは、一瞬、目を見開いた。

 だが、すぐだった。布の下にあるものの意味を、彼はもう知っている。


 妹の身体を、見ているから。


 四肢の先から、少しずつ。人の肌が、人でないものへ置き換わっていく。あれの、行き着く先。いま目の前にある身体は、それよりもずっと先まで――ほとんど何も残らないところまで、進んでいた。


 妹が、いつかこうなる。

 その未来を、いま見せられている。


 少女は、隠そうともしなかった。むしろ胸を張ってみせて、それから、ふっと表情をやわらげる。


「わしと目的は、同じようじゃの」


 布を直しながら、こともなげに言う。


「元凶そのもの――宿主(ホスト)を、倒しに行こうかの」


 ホスト。

 初めて聞く言葉だった。だが、その響きが指すものは、なんとなく分かる。妹を、そして自分を、こんなふうにしたおおもと。


 少女が、まっすぐにこちらを見ていた。答えを待つように。


 トウヤは、頷いた。

 それで、足りた。


 少女が、ぱっと顔を明るくした。


「よし。では――その、誓いのキスでもするかのー」

「は?」


 トウヤの間の抜けた声など気にもとめず、少女は唇を突き出してにじり寄ってくる。


「ほれほれ、何を照れておる。ぶチューっとするぞ、ぶちゅーっと」

「いや」

「安心せい。おねぇさんに、ぜーんぶ任せておけばよいのじゃ」


 ずい、と顔が近づく。


「言っておくが、この体じゃ、ファーストキスじゃぞ? うりうり~」


 ニヤニヤと笑いながら、指先でトウヤの頬をつんつんとつついてくる。


 トウヤは、口を半開きにしたまま、相手を見ていた。呆れているのか困っているのか、自分でもよくわからない顔で。


 その顔を見て、少女のほうが、急にうろたえた。


「ち、ちが――ちがうぞ! これはな、ちゃんとした儀式での」


 言い訳めいた早口で、まくしたてる。


「自動人形の、主従契約の儀式じゃ。これを交わすと、おぬしとわしのあいだに回路ができてな、互いに影響し合う。……そのおかげで、おぬしの体も修復されていく。ほんとうじゃぞ、変な意味ではなくてな!」


 自動人形の主従契約など、聞いたこともない。

 ただ、自動人形と化した人間が、奉仕人形として裏で高く売り買いされている――そんな噂なら、耳にしたことがあった。ならば、そういう用途の回路とやらが仕込まれていても、おかしくはないのかもしれない。一応の筋は、通っている。


 わかった、と頷きかけて。

 その拍子に、妹の顔がよぎった。いずれ、あれもこうなる。

 ――考えるな。胸の奥へ押し込んで、ひとつ、息を吐く。


 そうして顔を上げたとき、気づいた。


 少女の手が、微かに震えている。


 あれだけ威勢よく、煽っておきながら。


 トウヤは少し考えて、それから、わざと軽い調子で口を開いた。


「まぁ、妹とするようなものか」

「そうじゃ、そうじゃ、妹とするみ……」


 少女の動きが、止まる。


「――なんじゃとー!? このわしの、セクシーな体に向かってなんちゅうことを!」


 いつのまにか、震えは止まっていた。


 トウヤは何も言わず、少女の肩に手を置いた。そっと、顔を寄せる。


「っ……こ、心の準備もなしに」


 さっきまで散々煽っていた声が、急に小さくなる。


「ちょ、ちょっと、展開が早すぎやしないかの……」


 聞こえないふりをして、トウヤは距離を詰めた。少女が観念したように、ぎゅっと目を瞑る。


「ええい、ままよ!」


 唇が、触れた。


 次の瞬間、鋭い痛みが走る。


「い――っ」


 反射的に、顔を離した。唇に、じわりと血の味。見れば、少女の口の端にも赤い色がにじんでいる。噛まれたのだ。


 少女が、その血を、ぺろりと舐めとった。


「ふふん。おぬしには、ちょっと刺激的なキスすぎたかの?」


 悪びれた様子もなく、小悪魔めいて笑う。


 トウヤは、ただ、長く息を吐いた。


「……はぁ」


 少女が、ぴょんと立ち上がった。


「どうじゃ。腕の方は――旦那さま」

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