天才キッド
タイミングも、動きも、これまでと同じだった。避けられる。トウヤはそう判断する。
カチリ。
発砲音に、これまで聞かなかった硬い音が混じった。気のせいかと思うほど、かすかに。
いつも通り、射線を読んで避ける。
頬を、熱が走った。
血が、一筋。余裕を持って外したはずの弾が、今度だけ、かすめていった。
「ハハッ、スゲーな。これも避けるのかよ」
キッドが楽しげに続ける。
「あれで大抵の奴は死ぬんだけどな。ほらっ、ほらっ、ほらっ」
撃つたびに、あの硬い音。トウヤは皮膚を、衣を裂かれながら、なんとか躱し続ける。読んだ射線は、正しい。正しいのに、間に合わない。速い。いや――。
「弾速が……いや。途中で、加速してるのか?」
キッドの撃つ手が、止まった。
「……へー、かわすだけじゃなく、この間にもうわかったのか。もしかして、見えてるのか?」
「見えてはいない」
弾は、見えない。だが自分の体がどれだけのことをこなせるか、それは知り尽くしている。だからわかる。余裕を削られたなら、削った何かがある。撃った後で、弾が速くなっている。何らかの方法で。
種までは、わからない。だが――避けられる。
加速するなら、なおのこと射線を読めばいい。トウヤはそう結論づける。それ以上は、考えなかった。
キッドが、笑みを消した。
仕留めにかかる気だ。また、あの音が来る。加速だ。読んで、避ける。
カチリ。
今度こそ、完全に外した。射線を読み切って、余裕を持って躱す。弾は、虚しく宙を抜けていった。
行ける。
トウヤは地を蹴り、間合いを詰めにかかる。あと数歩。一秒も、かからない。
カチリ。
もう一度、あの音。
宙を抜けていったはずの弾丸が、射線の外から折れ曲がって――二度。
「――っ」
間に合わない。
その一瞬で、左腕を差し出した。
弾が、左腕を撃ち抜く。受けた、というより、捨てた。急所の代わりに。肘から先がぐらりと垂れ、骨が砕けたのか、指の一本も動かない。重傷だった。だが、生きている。
「これで仕留められなかった奴はいねーんだけど」
キッドは追撃せず、感嘆の声を漏らした。
「あの世で自慢していいぞ。俺に切り札使わせて生き延びたってな」
二度。撃鉄を起こしたような、あの鈍い音を、トウヤの耳はとらえていた。加速だけではない。途中で、ありえない角度に曲がってきた。種は、わからない。わからないが、そういうものだと認識するしかない。
ただでさえ、自分と同等――いや、それ以上の力量を持つ凄腕のガンマンだ。その上、得体の知れない死角外からの一撃にまで、注意を払わねばならない。
トウヤはゆっくりと息を吐くと、残った右手の感触を、軽く試した。
しっかりと動くのを確かめてから、トウヤはもう一度、深く息を吐いた。
二回か。
心の中で、独り言ちる。加速はわかった。射線を読めば避けられる。半分は、そう思う。
残りの半分は、思っていない。
だが、やるしかない。キッドほどの相手に、無傷で勝てるほど甘くはない。
トウヤは刀を鞘に納めると、体を鎮めた。撃ち抜かれた左腕は、だらりと垂れたままだ。片腕での決闘。それでも、目だけは死んでいなかった。
キッドが、面白そうに笑った。トウヤの戦意を、正確に読んでいた。指の上でくるりとピストルを回し、腰のホルスターへ滑り込ませる。
「ようこそ新大陸へ、新人」
「届かせてみせるさ、先輩」
乾いた風が、屋根を渡った。
互いの右手が、抜き打ちの距離で止まっている。どちらも、瞬きひとつで抜ける。間合いの内も外も、二人にはわかっていた。あとは、合図だけだった。
ガタン
車体が、大きく跳ねた。
その瞬間、二人は同時に動いた。
鞘に収めたまま地を蹴るトウヤ。納めたはずのピストルが、いつのまにかキッドの手の中で火を噴く構えにある。
発砲音。トウヤは構わず突っ込む。
カチリ。
一発目。加速だ。読んでいる。半歩、上体をそらすだけで、弾は頬の横を抜けていった。
カチリ。
二発目。まだ柄に手はかからない。地を這うように頭を下げる。
チリッ。
こめかみを、熱がかすめた。浅い。届かない。
あと数歩。間合いまで、一秒もかからない。
二回とも、凌いだ。
視線が、交差する。
キッドの顔に、悔しげな色が浮かんだ。
決まった。
その瞬間、時間が止まったように感じた。
止まった時の中で、キッドの唇が、ゆっくりと開いていく。声にならない、乾いた声で。
BANG
トウヤの右手に、横殴りの衝撃が走った。
砕けた小手が、宙に舞う。隠していた三発目。手を、完全に捉えられた。
だが、トウヤは止まらなかった。構わず、一歩を踏み込む。
キッドの目が、見開かれた。捉えたはずだ。腕ごと吹き飛ばす、確かな手応えがあった。なのに、相手が動く。なぜ――。
吹き飛んだ小手の下から、覗いたもの。
機械の腕だった。
「チィ」
舌打ちひとつ。キッドは一歩、後ろへ跳んで間合いを切ろうとする。まさにその刹那に、もう次の手へ動いていた。だが、理解に費やした、ほんの一瞬の遅れが生まれる。
それでも、足りた。天才と呼ばれた読みは、正確だった。その一歩で、間合いの外。トウヤの刀は、届かない。
トウヤが、抜いた。
物心ついた頃から振り続けてきた、自然な動き。速さというより、澱みのない滑らかさ。
右手が、柄の根元から先端へと滑る。握りを送り、刃の間合いが、一寸だけ伸びた。
キッドが「外」に置いたはずの体を、その一寸が捉えた。
遠心力を乗せたまま、真横に斬る。
チャキッ、と刀が鞘に戻ると同時に、キッドの体が、膝から崩れ落ちた。
「よう。よく俺様のとっておきを防げたな」
崩れ落ちたまま、キッドが笑った。負けてなお、軽い口ぶりだった。
「お前なら確実に、剣士の命を持っていくと思ったからな」
トウヤが、短く返す。だから、右腕を差し出せた。最後の一手を、引き受けるために。
その右腕は、ひどい有様だった。三発目の衝撃で小手は砕け、剝き出しになった機械の腕は、ひしゃげ、関節から異音を立てている。
「はっ。ようは、俺様が天才すぎたってことか」
「戦いを楽しみすぎたな。……天才は、認めるが」
「お前が言うかね」
殺し合いを楽しんでいたのは、そっちもだろう。キッドの目が、そう笑っていた。
その視線が、ふと、露わになったトウヤの機械の腕に留まる。
「まったく……その腕、お前もかよ。まぁ、気づけなかった俺のミスか……」
キッドが、唇を尖らせた。腹立たしげな、悔しげな。それは戦士の顔ではなく、どこか子供じみたふくれっ面だった。
「けっ。ちと早いが――先に向こうで遊んでくるぜ」
おもちゃを取り上げられた子供が、しぶしぶ観念して。そうして、また新しい遊び場を探しに行くように。
キッドの体が、淡い粒子へとほどけていく。風に溶けるように、宙へ消えていった。
あとに残ったのは、真っ赤に輝く、大きな石だけだった。




