表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
1章「走る列車上の出会い」
PR
3/10

天才キッド

 タイミングも、動きも、これまでと同じだった。避けられる。トウヤはそう判断する。


 カチリ。


 発砲音に、これまで聞かなかった硬い音が混じった。気のせいかと思うほど、かすかに。


 いつも通り、射線を読んで避ける。


 頬を、熱が走った。


 血が、一筋。余裕を持って外したはずの弾が、今度だけ、かすめていった。


「ハハッ、スゲーな。これも避けるのかよ」


 キッドが楽しげに続ける。


「あれで大抵の奴は死ぬんだけどな。ほらっ、ほらっ、ほらっ」


 撃つたびに、あの硬い音。トウヤは皮膚を、衣を裂かれながら、なんとか躱し続ける。読んだ射線は、正しい。正しいのに、間に合わない。速い。いや――。


「弾速が……いや。途中で、加速してるのか?」


 キッドの撃つ手が、止まった。


「……へー、かわすだけじゃなく、この間にもうわかったのか。もしかして、見えてるのか?」


「見えてはいない」


 弾は、見えない。だが自分の体がどれだけのことをこなせるか、それは知り尽くしている。だからわかる。余裕を削られたなら、削った何かがある。撃った後で、弾が速くなっている。何らかの方法で。


 種までは、わからない。だが――避けられる。


 加速するなら、なおのこと射線を読めばいい。トウヤはそう結論づける。それ以上は、考えなかった。


 キッドが、笑みを消した。


 仕留めにかかる気だ。また、あの音が来る。加速だ。読んで、避ける。


 カチリ。


 今度こそ、完全に外した。射線を読み切って、余裕を持って躱す。弾は、虚しく宙を抜けていった。


 行ける。


 トウヤは地を蹴り、間合いを詰めにかかる。あと数歩。一秒も、かからない。


 カチリ。


 もう一度、あの音。


 宙を抜けていったはずの弾丸が、射線の外から折れ曲がって――二度。


「――っ」


 間に合わない。


 その一瞬で、左腕を差し出した。


 弾が、左腕を撃ち抜く。受けた、というより、捨てた。急所の代わりに。肘から先がぐらりと垂れ、骨が砕けたのか、指の一本も動かない。重傷だった。だが、生きている。


「これで仕留められなかった奴はいねーんだけど」


 キッドは追撃せず、感嘆の声を漏らした。


「あの世で自慢していいぞ。俺に切り札使わせて生き延びたってな」


 二度。撃鉄を起こしたような、あの鈍い音を、トウヤの耳はとらえていた。加速だけではない。途中で、ありえない角度に曲がってきた。種は、わからない。わからないが、そういうものだと認識するしかない。


 ただでさえ、自分と同等――いや、それ以上の力量を持つ凄腕のガンマンだ。その上、得体の知れない死角外からの一撃にまで、注意を払わねばならない。


 トウヤはゆっくりと息を吐くと、残った右手の感触を、軽く試した。


 しっかりと動くのを確かめてから、トウヤはもう一度、深く息を吐いた。


 二回か。


 心の中で、独り言ちる。加速はわかった。射線を読めば避けられる。半分は、そう思う。


 残りの半分は、思っていない。


 だが、やるしかない。キッドほどの相手に、無傷で勝てるほど甘くはない。


 トウヤは刀を鞘に納めると、体を鎮めた。撃ち抜かれた左腕は、だらりと垂れたままだ。片腕での決闘。それでも、目だけは死んでいなかった。


 キッドが、面白そうに笑った。トウヤの戦意を、正確に読んでいた。指の上でくるりとピストルを回し、腰のホルスターへ滑り込ませる。


「ようこそ新大陸へ、新人(ニュービー)

「届かせてみせるさ、先輩(オールドタイマー)


 乾いた風が、屋根を渡った。


 互いの右手が、抜き打ちの距離で止まっている。どちらも、瞬きひとつで抜ける。間合いの内も外も、二人にはわかっていた。あとは、合図だけだった。


 ガタン


 車体が、大きく跳ねた。


 その瞬間、二人は同時に動いた。


 鞘に収めたまま地を蹴るトウヤ。納めたはずのピストルが、いつのまにかキッドの手の中で火を噴く構えにある。


 発砲音。トウヤは構わず突っ込む。


 カチリ。


 一発目。加速だ。読んでいる。半歩、上体をそらすだけで、弾は頬の横を抜けていった。


 カチリ。


 二発目。まだ柄に手はかからない。地を這うように頭を下げる。


 チリッ。


 こめかみを、熱がかすめた。浅い。届かない。


 あと数歩。間合いまで、一秒もかからない。


 二回とも、凌いだ。


 視線が、交差する。


 キッドの顔に、悔しげな色が浮かんだ。


 決まった。


 その瞬間、時間が止まったように感じた。


 止まった時の中で、キッドの唇が、ゆっくりと開いていく。声にならない、乾いた声で。


 BANG


 トウヤの右手に、横殴りの衝撃が走った。


 砕けた小手が、宙に舞う。隠していた三発目。手を、完全に捉えられた。


 だが、トウヤは止まらなかった。構わず、一歩を踏み込む。


 キッドの目が、見開かれた。捉えたはずだ。腕ごと吹き飛ばす、確かな手応えがあった。なのに、相手が動く。なぜ――。


 吹き飛んだ小手の下から、覗いたもの。


 機械の腕だった。


「チィ」


 舌打ちひとつ。キッドは一歩、後ろへ跳んで間合いを切ろうとする。まさにその刹那に、もう次の手へ動いていた。だが、理解に費やした、ほんの一瞬の遅れが生まれる。


 それでも、足りた。天才と呼ばれた読みは、正確だった。その一歩で、間合いの外。トウヤの刀は、届かない。


 トウヤが、抜いた。


 物心ついた頃から振り続けてきた、自然な動き。速さというより、澱みのない滑らかさ。


 右手が、柄の根元から先端へと滑る。握りを送り、刃の間合いが、一寸だけ伸びた。


 キッドが「外」に置いたはずの体を、その一寸が捉えた。


 遠心力を乗せたまま、真横に斬る。


 チャキッ、と刀が鞘に戻ると同時に、キッドの体が、膝から崩れ落ちた。


「よう。よく俺様のとっておきを防げたな」


 崩れ落ちたまま、キッドが笑った。負けてなお、軽い口ぶりだった。


「お前なら確実に、剣士の命を持っていくと思ったからな」


 トウヤが、短く返す。だから、右腕を差し出せた。最後の一手を、引き受けるために。


 その右腕は、ひどい有様だった。三発目の衝撃で小手は砕け、剝き出しになった機械の腕は、ひしゃげ、関節から異音を立てている。


「はっ。ようは、俺様が天才すぎたってことか」

「戦いを楽しみすぎたな。……天才は、認めるが」

「お前が言うかね」


 殺し合いを楽しんでいたのは、そっちもだろう。キッドの目が、そう笑っていた。


 その視線が、ふと、露わになったトウヤの機械の腕に留まる。


「まったく……その腕、お前もかよ。まぁ、気づけなかった俺のミスか……」


 キッドが、唇を尖らせた。腹立たしげな、悔しげな。それは戦士の顔ではなく、どこか子供じみたふくれっ面だった。


「けっ。ちと早いが――先に向こうで遊んでくるぜ」


 おもちゃを取り上げられた子供が、しぶしぶ観念して。そうして、また新しい遊び場を探しに行くように。


 キッドの体が、淡い粒子へとほどけていく。風に溶けるように、宙へ消えていった。


 あとに残ったのは、真っ赤に輝く、大きな石だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ