ウェルカムトゥクレイジーワールド(挿絵)
屋根の上では、走る列車の風が、まともに体を叩いた。
メイドの少女は屋根に這いつくばり、奪ったライフルを構えている。どこか、ネコ科を思わせるしなやかな身ごなしだった。それが、妙に様になっている。片目をつむり、銃身の先に標的を捉える。
ぺろり、と舌が唇を舐めた。
ドォン
大口径の銃声が、風を裂いた。右手で並走していた強盗のひとりが、撃ち抜かれて体ごと吹き飛び、トカゲの背から転げ落ちる。少女は構えを変えない。続けざまに二発、三発。左右の強盗が、面白いように脱落していく。揺れる屋根の上、走る列車、動く標的。そのことごとくを、少女はものともしなかった。
トウヤは、思わず感心した。
残るは、先頭のボスだけ。少女は真正面の青年へ照準を合わせ、引き金を絞った。
轟音。だが――。
青年はニヤリと笑い、無造作に一発を撃ち返した。次の瞬間、少女の放った弾が、空中で爆ぜて消えた。
「……偶然か?」
もう一発。同じだった。こちらの弾のほうが、大きさも強度も上のはずだ。理屈に合わない。だが二度続けば、偶然では片付かない。何かがある。それが何かは、わからない。
その間に、青年は距離を詰めていた。
跨ったトカゲが列車の真横に並ぶ。青年は不敵に笑い、銃口を少女へ向けた。発射。少女は身を投げて避ける。撃ったであろう位置から逆算した、正しい回避だった。射線は外れた――はずだった。
だが、弾は予想よりも速く、伸びてきた。避けきる前に、その身体へ届こうとする。
キンッ
甲高い音とともに、火花が散った。
二人のすぐ脇に、真っ二つに断たれた弾丸が、からんと転がる。
「……は?」
少女は、しばし動けなかった。たった今、自分は撃たれていた。避けたつもりが、避けきれていなかった。それを――斬って、落とした者がいる。走る列車の屋根の上で、目にも追えない速さで飛んできた弾を、刀の一閃で。
そんな曲芸じみた真似を、こともなげにやってのけた青年へ、少女はゆっくりと顔を向けた。
影が、頭上をよぎった。
少女が見上げる。青年が――トカゲの背を蹴り、屋根の上の二人を頭上から飛び越えていた。屋根に飛び移るのではない。越える。人ひとりが跳べる高さではなかった。
空中で、銃口がトウヤへ向く。
人間離れした速射が、立て続けに火を噴いた。それを迎え撃つトウヤの右手も、また人ならざる速さだった。刀の軌道はもう目に追えない。閃光が立て続けに散り、甲高い金属音が幾重にも重なる。気づけば、放たれた弾はことごとくはじき返されていた。常軌を逸した連射と、それを刀一本で受け切る曲芸。どちらも、まともな人間の業ではなかった。
少女が、はっとライフルを構え直す。青年へ向けようとした、その動きの先に――。
青年が、着地した。
二人の、ちょうど間に。
そして少女の額へ、銃口を突きつけた。
二人の動きが、止まる。
青年が、ひゅう、と軽く口笛を吹いた。
「いやー、あんたいい腕してるね」
額に銃口を突きつけたまま、青年は少女を一切見ず、トウヤへ軽く語りかけた。
「俺のファニングはちょっとしたものだと思ってたんだが。東洋の剣士ってのは、みんなそんなことできるのか?」
悔しさよりも、面白がる響きだった。トウヤは戦闘の構えを崩さず、答えない。
少女が何か言おうと口を開く。青年が親指で、ゆっくりとハンマーを起こした。
カチリ、と鈍い音がした。
それから、銃口を少女の額へ、ほんの少しだけ押し込む。黙ってろ。念を押すような仕草だった。少女は口をつぐむ。
青年が、初めて少女へ目をやった。砂にまみれたメイド服を、上から下へ。さらにその奥を覗き込むように、目を細める。何かを検めるような、値踏みするような視線。一拍。
「なるほどねー……」
得心したように、つぶやいた。
「ふんっ。その体だけで生き残れるほど、新大陸はあまかねぇよ」
銃口を額に当てたまま、続ける。
「宝の持ち腐れだ。ま、あんたぐらいなら――人間だった俺ですら、狩れるな」
少女の顔が、悔しげに歪んだ。だが、声は上げなかった。実力で及ばぬことは、誰より彼女自身がわかっている。
「ま、比べる相手が悪いか。なんたって俺様は天才キッド。ビリー・ザ・キッド様だからな」
キッドと名乗った青年は、自信たっぷりに親指で自らを指しながら、少女の額から銃口を外した。
トウヤは、なんだこいつは、と思った。
思いながら、短く名を返す。それから、口を開いた。
「丘の上のバカが、なんだって?」
束の間の沈黙。
キッドが、声を上げて笑った。心の底から愉快そうに。
その笑いが、ふつりと真顔に変わる。
刹那、速射。
トウヤは半身をひねり、射線の外へ抜けた。
足場は、走る蒸気機関車の屋根だった。
継ぎ目を越えるたびに跳ね、曲線にさしかかれば大きく傾ぐ。常人なら、立っているだけで難儀する。その上で、二人は撃ち合い、斬り結んでいた。揺れには、どちらも一言も触れない。触れる必要が、ないかのように。
接近すれば剣士が有利――そう思えた。だが、キッドは圧倒的な連射と巧みな足さばきで、トウヤをついぞ間合いに入れさせない。離れて撃つ者と、近づいて斬る者。決め手は、互いに出ない。
「ハハッ、お前人間かよ」
キッドが、撃ちながら笑った。
「ここまで俺の銃弾よけれる奴、なかなかいないぞ」
トウヤは、弾を見ていなかった。見えるはずがない。見ているのは、相手の視線、銃口の向き、体のわずかな起こり。撃つ人間の動きを読み、弾が来るより先に射線を空ける。それだけだ。
「そのつもりだが。化け物に見えるか?」
「はは、そういう奴はゴロゴロここにはいるんでね」
キッドの声が、わずかに低くなる。
「だが、そういう奴は全部――ぶち抜いてやったが、ねっ!」
言い終わると同時に、キッドが撃った。
生成AIを使っており、画像はあくまでイメージです。




