連携
ルチアーノを加え、新たなアリの群れに踏み込んだ。先のものより、明らかに一段、規模が大きい。
ルチアーノは、トウヤには何も言わなかった。
好きに斬らせている。あの男が群れの真ん中で何をどう判断しているのか、リィズにもよくわからない。だが、ルチアーノは見ているだけで、口を出さない。――そういうものなのだ、と思うことにした。
代わりに、声はすべてリィズに飛んできた。
「左」
「待て」
「今だ」
短く、素早い。必要なときだけ、理由がつく。
「タンクが動いた。射線が通る。三秒だ」
言われたとおりに撃つ。当たる。
だが、ルチアーノはそれで満足しなかった。
「お前はトウヤとは違う」
弾を込め直すリィズの背に、声が飛ぶ。
「あいつは、分野が違うのさ。理屈じゃなく、嗅覚で正解を引く。いざとなりゃ、理屈の真逆でも体が勝手に動いちまう。――ああいうのは、好きにやらせるのが一番いい」
だから、何も言わないのか。リィズは、群れの向こうのトウヤを、ちらと見た。
「だが、お前は違う」
もう一度、ルチアーノは言った。
「考えろ。理屈で動かないものを、理屈に落とし込め。お前が、合わせるんだ。――その上で、自分も最大限、生きるように動け。合わせるだけの、道具になるな」
道具になるな。
その一言が、妙に残った。
小隊長を、いくつか潰していく。
そのうちに、ルチアーノが遠くの一点を顎で示した。
「あれが司令官――まぁ、大隊長ってとこだな」
ひときわ大きい個体だった。格が違う、とひと目でわかる。
トウヤとリィズの足が、同時にそちらへ向きかけた。
「待て」
ルチアーノが止めた。
「まずは、離れた方向の中隊長を潰せ。一体ずつな」
なぜ、と問う間はなかった。ルチアーノの目に押されるように、二人は動き出す。
「通り道の小隊長も、できれば潰しとけよー」
間延びした声を背に、それぞれの中隊長へ走った。
リィズはちらと、向こうを見た。
別の中隊長へ向けて、トウヤが同じように突っ込んでいる。ほぼ同時だった。
言われたとおり、通り道の小隊長――現場で下士官のように立ち回る個体も、走りながら撃ち抜いていく。競っているつもりはない。ないが、向こうの斬り進む速さが、目の端から消えない。
二人が中隊長の懐へ届いたのは、ほとんど同時だった。
中隊長が、こちらの間合いを嫌って身を引こうとする。退き足の方向は、もう読んでいた。リィズが先に弾を置き、逃げ場を削る。中隊長がわずかに動きを止めた、その一拍へ撃ち込んだ。
かつて「指揮官」と見て手こずった相手を、今度は確実に倒せた。手応えに、こみ上げるものがある。
二体の中隊長が、消えた。
すると、群れに小さな混乱が走った。穴を埋めようと、一回り大きい個体が数体、持ち場を離れて走り出す。
「やはりな」
ルチアーノが、笑った。
「人材は有限だ。二体消えた穴を、二体の司令官で埋められるわけがねぇ。その分――大隊長の周りが、薄くなる」
見れば、確かに。
大隊長を固めていた群れが、混乱の収拾へ吸い出されていく。
「リソース管理は、大事だよなぁ」
ルチアーノが、楽しげに帽子をかぶり直した。それから、二人へ大声を飛ばす。
「大将首を取れ!」
走りながら、リィズの頭には、たった今のルチアーノの手が焼きついていた。
大隊長を、直接狙わなかった。離れた中隊長を潰し、穴埋めに人手を引き剥がし、周りを薄くした。
あんなことは、わしにはできなかった。
いや――そもそも、そういう考えがなかった。視野の広さくらいに思っていた。違う。あれは、戦場そのものを動かしている。
わしに、あれは無理だ。
だが、と思う。
戦場まるごとは、無理だ。だが――目の前の、一匹を動かすことなら。
大隊長の退路へ、弾を置いていく。
当てる気で撃つ弾と、外れてもいい弾を、織り交ぜる。狙いを外したように見せて、選択肢を一つずつ削っていく。逃げ道を、こちらの引きたい方へ。
大隊長が、ほんのわずか、余裕を見せた。安全だと思った方へ、一歩。
そこへ、トウヤの一撃が割り込んだ。護衛のアリが薙ぎ払われ、一瞬、空白が空く。
「お主なら、そう動くと思っていた」
その空白へ、リィズは引き金を絞った。
大隊長の巨体が、ぐらりと傾いだ。
残された群れが、糸の切れたように散っていく。今度こそ、頭そのものを仕留めた。
トウヤが、こちらを見ていた。何も言わない。ただ、口の端が、わずかに緩んでいる。
「なんじゃ、その顔は」
「いや、別に」
「ふん」
悪い気は、しなかった。
散った群れが森の奥へ消えていくのを見届けて、リィズは息をついた。
ルチアーノが、こちらへ歩いてくる。白いスーツは体液とほこりでひどいことになっていたが、本人は気にする素振りもない。
「いやぁ、お疲れさん」
帽子のつばを上げて、笑う。
「お前さんらに狙われた、悲しき中間管理職に同情しちまう働きだったぜ」
「お主もな」
リィズは、自然にそう返していた。世辞でも、おだてでもない、素直にそう言わせるものだった。
「斬りやすかった」
隣で、トウヤが満足そうに一言こぼして、頷く。
「これなら、やれそうだな」
ルチアーノが、にっこりと笑った。
夕暮れの風が、森の匂いを運んでくる。倒した群れの気配は、もうどこにもない。
女王アリ。生まれながらの、強い魔物。
その名が、胸の奥で小さく疼いた。けれど今は、隣に二人いる。やれそうだ、という言葉が、不思議とすとんと胸に落ちた。
帰るか、と誰かが言った。
そうじゃの、とリィズは答えて、歩き出した。




