師弟関係
森の浅瀬に、アリの死骸が累々と転がっていた。
戦闘は、終わったばかりだった。
ルチアーノが帽子のつばを指で押し上げ、ふうと息を吐く。
「二人がいてくれて助かったぜ。正直、ウチのもんだけだと手に余るんでな」
「正直、こっちが助かった」
トウヤが刀を振って血を払う。
「物凄く動きやすかった。目の前の敵を斬ることだけに、集中できた」
「ただ、群れのど真ん中に突っ込んでく度胸のほうが、よっぽどヤバいと思うがね」
ルチアーノが肩をすくめた。
リィズは横目で、ルチアーノの銃さばきを見ていた。派手さのかけらもない、地味なものだ。だが一発も無駄がなく、卒がない。――自分より、上だ。素直に、そう思った。
「惚れ直したかい、嬢ちゃん」
「惚れてもいないし、直す機会もない」
バッサリ斬って捨てられて、ルチアーノが声を上げて笑った。
「ま、これでも親父に、さんざん仕込まれたからな」
弾倉を入れ替えながら、ルチアーノは言う。
「自分から動くな、相手を動かしてトドメをさせ――ってね」
「……自分から動くな、相手を動かしてトドメをさせ」
リィズが、その言葉を小さくなぞった。
「嬢ちゃんとは獲物が違うから、参考になるかはわからんがね」
ルチアーノが続ける。
「正直、俺の腕じゃこいつら程度ならどうにかなるが、もっとデカい魔物が相手になると、ちと火力が足りねぇ。必然、フォローに回ることになる」
年季の入ったライフルを肩に担ぎ直し、片目をつむってみせた。
「人間相手には、十分なんだがね」
「いや、わし……ここにきて若干、火力不足で実は落ち込んどるんじゃが」
リィズが、自分のアンチマテリアルライフルを見下ろしてこぼした。
「ああ、それは腕の問題だな」
「わし、泣くぞ?」
「……能力が足りねぇんだな」
「わし、ぎゃん泣きするぞ?」
ルチアーノが笑いながら、そのライフルを指さした。
「冗談はさておき、嬢ちゃんのそいつなら、火力の心配はいらねぇはずだ。基礎の威力ってのは、武器に乗るもんでな。――腕や、その先のもんが足りなくても、そいつはそのまま持っとけ」
「その先のもん?」
「倒せば倒すほど、強くなる。弾にも、撃つやつの力がそのまま乗ってくる」
ルチアーノが軽く言った。
「お前さんが落ち込んでるのは、火力じゃねぇ。そっちのほうだ」
リィズが、むっとした顔のまま黙り込んだ。図星らしい。
「ちなみに、その手の極端なやつだと――ピストル一丁で、デカブツも平気で撃ち抜くようなのもいるらしいぜ」
ルチアーノが思い出したように付け足す。
トウヤの手が、無意識に懐へ伸びかけて、止まった。
先ほどの戦闘での疑問をルチアーノにぶつける。
「先日も、何匹か一回り大きい個体を潰した。そいつを潰すと、周囲の連携が崩れてな」
「ああ、そいつらは小隊長ってとこだな。群れの末端を束ねる役だ」
ルチアーノが、足元のアリを無造作に踏み潰した。
「で、お前さんらが頭だと思った、ひときわデカいやつ――ありゃ、おそらく中隊長ってとこか。せいぜい、いくつかある偵察部隊か、尖兵を仕切ってるくらいのもんだ」
頭、だと思っていたものが、中隊長。
その言いようの端々から、群れ全体の大きさが、嫌でも知れた。
「見てな」
ルチアーノが、踏み潰した一般兵を爪先で示した。死骸からは、何も立ちのぼらない。
次に、少し離れた死骸へ無造作にライフルを向けた。一発。一回り大きい個体の胴が弾け飛び、跡にぱきりと小さな魔石が覗く。さらにもう一回り大きいやつへ、続けて一発。こちらは派手に上体が吹き飛んで、転がり出た石は、小隊長のものより大きい。だが、初めて倒したあのボス狼のものよりは、小さかった。
白いスーツに体液が跳ねても、ルチアーノは気にする素振りもなかった。
「石が大きいほうが、手強い相手ってわけだ」
トウヤが、懐のキッドの魔石を指先でいじりながら呟いた。
「のう……石がないのがただの獣なら石があるのは、なんじゃ?」
「もとは同じ獣で、魔物になったやつじゃないか? オレ達が倒して強くなるのと、同じようにな」
「生まれながらに、強力な魔物として生まれてくるやつもいるそうだ」
ルチアーノが帽子のつばに手をかけながらニヤリと笑ったあと続けた。
「……俺は、女王アリがそうじゃねぇかと、にらんでる」
「女王アリ、か」
「……生まれながらの、魔物」
リィズが、低く呟いた。
誰にともなく、自分の足元あたりに落とした声だった。トウヤは聞き取れなかったかもしれない。
「なら、もっと斬り殺して、強くならないとな」
トウヤがことさら朗らかに言った。
「この戦闘狂め」
リィズが、半眼で吐き捨てる。ルチアーノが、おかしそうに肩を揺らした。
「ほんと――お前さんらが、今は味方でよかったぜ」
帽子を、目深に被り直した。
森を抜けた先、岩がちの斜面に出たところで、リィズが足を止めた。
「ルチアーノ」
名を呼ばれて、ルチアーノが振り返る。リィズはその正面に立った。
「一つ、頼みがある」
そして、頭を下げた。
トウヤは、わずかに目をみはった。
軽口で頼むなら、いくらでもやりようはある。リィズはそれをせず、まっすぐ頭を下げていた。
「戦闘中に、口を出してくれ」
ルチアーノが、面白そうに目を細めた。
「ほぅ……嬢ちゃん、それがどういう意味か、わかって言ってるのか」
「……」
ルチアーノは帽子のつばに指をかけながら、無言のままのリィズを面白そうな表情で見る。
「戦い方の手の内を教えるってのは、そういうことだ。部下にだって、そこまではしねぇ。息子か、弟子にでもするってんなら、ともかくな」
リィズは、頭を上げなかった。わかっている。わかった上で、下げている。
戦いのときとは、別種の張り詰めた間があった。トウヤは、何も言わずに見ていた。
「――俺は、高いぜ?」
ルチアーノが、軽く言った。
「こう見えても、優秀だからな」
そこで、リィズが顔を上げた。にやり、と笑っている。
「お代は、女王アリの退治でいいじゃろ?」
「……十分、お釣りが来るな」
ルチアーノがにやりと笑い返して、手を差し出した。
リィズが、その手を握る。
重い話を、軽口で包んだ。だが、握手は本物だった。




