失敗
トウヤが踏み込む。
「シッ」と短く息を吐いて、甲殻ごと一匹を両断した。手応えは軽い。一匹なら、どうということはない。先日の狼の群れより、よほど弱い。
リィズの狙撃も澱みがなかった。頭を狙う必要もない。胴のどこかに当たりさえすれば、それで一匹が崩れる。
一発が一匹を貫いて、直線上のもう一匹まで巻き込んで倒した。
「おっ」
これだけ密集していれば、撃てば勝手に重なる。――だが、それでも追いつかない。
一匹斬る。次へ踏み込む。横から割り込んできた個体を斬り払う。刃に伝わる感触が、わずかに違った。硬い。
もう一匹、割り込んでくる個体を斬る。やはり硬い。突っ込んでくる個体は、どれも同じ柔らかさ。割り込んでくる個体は、どれも同じ硬さ。個体差にしては、差がきれいに揃いすぎている。
硬いやつは、前に出て受ける。柔らかいやつは、速さで突っ込む。身体の造りが、役どころに合わせて分かれている。よく見れば、戦いには加わらず、倒れた個体を引きずって後ろへ下げているやつもいた。
狼にはなかった動きだ。連携、というより――最初から役割が決まっている。一匹一匹が、機能として動いている。
「だーーっ! 次から次へと!」
リィズが射撃の合間に喚いた。
「きりがないんじゃが! いい加減にせんか、このわらわら虫どもがっ」
口は悪くなっているが、手はいっこうに止まらない。
「硬いやつが混じると厄介じゃのぉ……抜けてくれんか」
硬い個体は一発で仕留められても、弾が抜けない。柔らかい個体なら巻き込めるのに、硬いやつが盾になると、そこで弾が止まる。トウヤが刃の感触で気づいたことに、リィズは弾の抜け方で気づいていた。
危なくはない。危なくはないが、終わらない。倒した数は、もう数えていなかった。
難攻不落の野戦陣地だ、とトウヤは斬りながら思う。
人類が新大陸に乗り出してもう数十年、開拓は遅々として進まないと聞いていた。その理由の一端が、よくわかる。
これでまだ、魔物ですらないのだ。倒しても、魔石の気配ひとつ立ちのぼらない。ただの野生の獣が、これだけの数で、これだけ理に適って動く。むしろ人類は、よく版図を広げているほうかもしれない。
口の端が、知らず緩んでいた。
「まさしく未知の領域――フロンティア、といったところか」
「なーにをかっこつけておるんじゃ。わしらにはフロンティアスピリッツより、果たすべきことがあるんじゃぞ」
叱るでも、励ますでもない。ただ当たり前のことを言っただけの声だった。
「……そうだな」
短く返して、トウヤは息を整える。いつのまにか、戦いそのものに沈み込みかけていた自分がいた。
じり貧を変える手を探して、辺りに目を走らせる。
一回り大きい個体が目に留まった。これといって暴れるわけでもなく、ただ細かく動いているだけに見える。――だが、その動きに合わせて、周りの群れが連動しているようにも見えた。
確信はない。構わず突っ込む。
周囲のアリが、一瞬だけ動きを止めた。その隙に大きい個体を斬り倒す。途端に連携が崩れ、ばらける。
やはりか。だが、数十秒も経たないうちに、別の方向から立て直しが始まった。そこにも、一際大きい個体がいる。
視線を這わせれば、同じような個体が、ほうぼうに何匹も見つかった。あれが各群れを束ねているのだろう。だからこれだけ、ユニットごとに機能的に動ける。
こんな状況で感心している場合ではないのだが――思わず、感心してしまう。
順番に潰していくか。
そう考えた矢先、遠くの一匹が、リィズの狙撃で胴を撃ち抜かれて倒れた。同じことを考えていたらしい。
ところが――その一匹が落ちた途端、残った大きい個体の周りを、硬いやつらが固め始めた。射線がふさがれる。
一匹潰されたことで、残りが守りに入った。学習なのか、もとからそういう仕組みなのか。どちらにせよ、気味が悪い。
トウヤは斬り払いながら、視線を遠くへ走らせた。隊長格の、さらに向こうへ。この守りを敷かせている何かを探して。
もっと上がいる。
群れ全体を見渡せる位置に、隊長格をさらに一回りも二回りも上回る、巨きな個体がいた。
「見つけた」
走り出す。リィズも、その視線の先を追った。
その個体が動くと、大多数の群れが吸い寄せられるようにそこへ集まり、後退を始めた。代わりに、わずかな数が殿として二人へ突っ込んでくる。
少数を捨てて、大勢を温存する。まるで軍だ。
殿のアリたちは退かない。死に物狂いで、時間を稼ぎにかかる。
リィズがその頭ごしに指揮官を狙い、引き金を絞った。
弾は、届かなかった。
弾道の上に、アリが自ら身を投げて盾になったのだ。撃っても、撃っても、別の一匹が割り込んで肉の壁になる。
命を捨てて、守る。狼にも、あの熊にもなかった動きだった。
指揮官は、大多数を率いて悠然と引いていく。振り返りもしない。
二人が最後の殿を斬り伏せたときには、もう、その姿はどこにも見当たらなかった。
トウヤは刀を鞘に納めた。息が上がっている。傷らしい傷はない。だが、体力と集中を、じわじわ削り取られた感覚だけが残っていた。
個ではなく、軍を相手にしている。突っ込めば、首は取れるだろう。だが取ったあとで、あの数を抜けて生きて帰れるかは、別の話だ。
「……あの指揮官の、上がおるじゃろうな」
リィズの声は、もう冷静に戻っていた。
「……だろうな」
「……厄介じゃのぉ」
こぼれた声に、いつもの軽さはなかった。
「帰るか」
「そうじゃの」




