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ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
3章「刃と銃声と、幸運と」
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森の奥で蠢くもの

 あれから、数日が経っていた。

 舞台は荒野から、森の中へ移っている。木漏れ日が、地面にまだらな光を落としていた。戦闘はもう終わっている。あたりには、大小さまざまな生物の死骸が転がっていた。数日分の、狩りの手応えだ。


 トウヤが刀を鞘に納める。一瞬、目を閉じた。再び開くと同時に、抜刀する。

 空気を、斬り裂く音。

 渾身の一撃に近い鋭さだった。かつてブラッドベアに合わせた、あの力を込めた抜刀。それが――今は、自然に出せている。構えることもなく、気負うこともなく。トウヤは刃をしげしげと見た。何かを確かめるように、刀身をいろいろな角度から。


「なにをしておるんじゃ」


 リィズが不思議そうに訊く。トウヤはすぐには答えない。刃を見たまま。


「なんか、妙に調子がいい。むしろ、良すぎて……感覚とのズレがある」

「あー」


 リィズが、思い当たる節があるように相槌を打った。トウヤが視線で続きを促す。


「妙に、身体が軽かったり。反射のキレが、良かったり。いつもの感覚と、ズレてはおらぬか?」

「そのとおりだ」

「今までの経験と、感覚が合ってなくて気持ち悪い……お前とキスした時以上だ」


 ポツリと呟いたトウヤの言葉にリィズの動きが、止まった。


「なんじゃとー!? よりにもよって、乙女の接吻を気持ち悪いじゃと!?」


 ライフルを構え、銃口をトウヤに向ける。


「いや、待て」


 トウヤが、珍しく焦った。


「そういう意味じゃない」

「アアン?」


 銃口を下げない。それどころか、ライフルの銃口でトウヤのほっぺをグリグリと押し付ける。


「どういう意味じゃ?」

「契約した時だ」


 銃口を押しのけようとするが、ピクリとも動かない。結構な力を込めているはずなのに、大地に根を張った巨木に手をかけているような感覚だった。


「お前と契約しただろう。あの時も、身体の感覚がガラッと変わった。経験と感覚がズレて、気持ち悪かった。今のは、あれ以上だって意味だ」


 リィズが銃口を、ようやく下げた。


「……ふん。ならよし」


 すれ違いが、解消する。だが、リィズはふと思いついたように、銃口をまた少しだけ持ち上げた。


「で、ついでに訊くがの……キスの感想は?」


 にやりと笑うリィズにトウヤは刀を鞘に納め、視線を逸らした。


「……ノーコメントだ」

「アアン!? なんじゃその答えは。減点じゃ減点」「逃げおったな、こやつ」


 リィズが咳払いを一つして、話を戻した。


「とにかく、急速に適応が進んでおるということじゃな」


 軽く笑う。


「順調に、新世界に馴染んでおる。ハンターへと、足を踏み始めておるのぉ」


 どこか、感慨深そうだった。


「なるほど、そういうものか」


 もう一度、刀を振る。今まで会った生物や人間を思い出しながら。キッド、狼の群れ、ブラッドベア、数日で狩った森の生物たち。一つ一つの手応えを思い出すように、刃の角度を調整するように。


 しばし、素振りを繰り返す。リィズはそれを放っておいた。大事なことだとわかっている。こうなったらしばらく自分の世界に入る男だ。邪魔をしない。近くの倒木に腰掛けて、待っている。

 やがて、トウヤが満足したように刀を鞘に納めた。


「もういいのか」


 リィズが倒木から立ち上がる。


「ああ、ある程度は掴んだ。あとは、実戦で――」


「待て」


 低い声だった。さっきまでの軽口とは、温度がまるで違う。短く、鋭い。

 トウヤは言葉を切って足を止めた。振り返らずとも、リィズが何かを察したのがわかる。

 遅れて、自分でも気づいた。

 音がない。森の中だというのに、鳥の声も、虫の羽音も、さっきまで当たり前にあった生き物の気配が、根こそぎ消えている。

 どちらからともなく、背中を合わせた。ほとんど同時だった。

 森の奥で、音が生まれた。

 カチ、カチ、と硬いものの触れ合う音。最初はひとつ、遠くから。二人とも動かない。静寂の中に、その音だけが響いている。


「お主が実戦で調整とか言うたせいではないのか」

「いや、さすがにそれは言いがかりだろ」トウヤは前を見据えたまま返す。「そんな、戦いを喜ぶ戦闘狂みたいな言い方は」


 どの口が、とリィズは思ったが、口には出さなかった。今はそういう場合ではない。

 声は低いまま、警戒は解いていない。


 カチカチが増えていく。左から。右から。背後からも。二人を囲うように、音の輪がじわじわと狭まってくる。

 ひとつひとつは小さい。だが四方八方から重なって、やがて森全体が鳴っているように聞こえ始めた。数が、多い。


「ほれ、たっぷりと調整相手がいるようじゃの」

「おかわりを喜ぶような趣味は、ないんだが」


 木々の隙間から、最初の一匹が姿を現した。黒く節くれだった脚、鈍く光る甲殻。細部に違いはあれど、それはどこにでも見かけるアリだった。

 ただし、中型犬ほどの大きさを除けば。

 カチカチと鳴っていたのは、その顎だった。

 二匹目が別の方向から。三匹目は頭上の枝の上に。そこからは、堰を切ったように増えていく。

かさかさと下生えを鳴らしながら、次から次へと一斉に動き出した。

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