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ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
3章「刃と銃声と、幸運と」
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ニュービー

ボス狼を担いだトウヤが店内に入ると、一斉に注目が集まった。


「お前、あれは……」「サイズからして、普通の狼じゃなく魔物だな」「最近来た新人のやつか?」「刀使いか」


 トウヤはざわめきの中で、見知った顔を見つけた。前に対応してくれた、あの受付だ。迷わず、そちらへ向かう。


 受付の男は、担いだボス狼ごと近づいてくるトウヤと目が合ってしまった。

 ――しまった。

 そう思ったが、もう遅い。受付はにこやかな笑みの裏に、わずかな呆れを浮かべて迎えた。担がれたボス狼を見ながら。


「おいおい。初日にしちゃ、なかなかの成果じゃねぇかよ、新人」


 感心半分、呆れ半分。悪い意味ではない。面白いやつが来た、という色だ。


 受付はトウヤの両肩のボス狼を指さした。


「ここに、そういったものを持ち込むな」


 言いながら、内心ため息をつく。わかってないんだろうなぁ、こいつ。目の前の男は、ごく普通に「受付しに来ました」という面をしている。大物の魔物を肩に担いだまま。それが場違いだという自覚が、まるでない。


「ああ、すまん」


トウヤが素直に頭を下げる。


「どうすればいいか、わからなかったんで」


 悪気はまるでない。受付は苦笑した。


「……そういや、新人だったな、お前さん。まぁ新人は普通、もっと小物から狩ったり、部位だけ持ち帰るからな。丸ごと持ってくるやつなんて、久々に見たぜ」


「悪いけど、外にも置いてあるんだ」

「外に?」


 受付はふと気づいた。相方の嬢ちゃんがいない。あの小柄なメイド姿の少女が。店内を見回す。


 まあ、大方こうだろう、と受付は勝手に納得し始める。荷車かトカゲ付きの荷車でも借りて、ここまで運んできた。肩に担いでいるのは立派な体躯のボス狼、まぎれもなく魔物だ。ボスがいるなら、その手下の狼も何匹か狩ってきているはず。それを荷車に乗せて、外に置いてあるのだろう。か弱そうな嬢ちゃんに大物は運べまい。どう処理すればいいかわからず、嬢ちゃんを荷車の番に残して、男のほうが先に受付に来た――そんなところだろう。


「そうかそうか」


受付は上機嫌になった。


「群れごと、やったってわけか。そいつもいるし、こりゃ大量だな」


 ボス狼を改めて見ながら、トウヤの肩をぽんと叩く。


「将来有望な新人だな」


 受付はどれどれと、上機嫌な足取りでカウンターから出て、扉のほうへ向かう。


 ボス狼を担いだまま、トウヤが後をついて歩く。店内では、ざわざわとハンターたちの呟きが追いかけてきた。


「外にも獲物があるってよ」「群れを丸ごとやったらしいぜ」「見に行くか……?」


 視線が、背中を追ってくる。


 受付が、表の扉を開けた。外に出た、その瞬間。

 デデーン。

 そんな効果音が聞こえてきそうだった。


 巨大な熊が、鎮座していた。ボス狼など比べ物にならない巨体。しかも、その腹の上にあの嬢ちゃんが座っている。ちょこんと。そして嬢ちゃんの体の間には、獣人の子供が、これまたちょこんと座らされている。


 受付が先に認識できたのは、獣人の子供のほうだった。――ああ、あの子か。仕事上がりの、財布の紐が緩くなったハンターを相手に花を売っている子だ。そこまではわかる。だが、それ以外の要素が、まるで認識できない。


 熊の腹の上で仲良く座っている少女と小さな子供。一見すると、絵本に出てきそうなメルヘンな空間にも見えな――……いや、無理だ。ものっすごく熊の顔がリアルだった。断末魔の叫びが今にも聞こえてきそうな表情で、口を開けたまま絶命している。メルヘンの土台が、根本から崩れている。


 近くの住民も、遠巻きに見ていた。何が起きているのかわからないという顔で。だが、目は離せないらしい。


 受付は視線を、熊の上の二人に戻した。嬢ちゃんは、ひたすらに獣人の子供の頭を撫でぐり回している。わしゃわしゃと。子供のほうも、しっぽがワッシャワッシャとせわしなく動いている。嬉しいらしい。そんな、かわいらしい光景。だが、やはり受付の心には響かなかった。手前の熊の巨体と顔のインパクトが、強すぎる。


「……こいつぁ」


 絞り出すように、それだけ言った。


 だが、受付はベテランだ。驚きはすぐ引っ込め、仕事の顔に戻る。熊に近づき、手際よく巨体を確認していく。サイズ、毛並み、牙。

 片目に走る、古い傷。


 受付の手が止まった。


「……片目の傷」


 巨体と、この傷。もしかすると。何かに思い当たった顔をする。受付は魔石を取り出そうとはしなかった。ここで解体することはない。解体は専門のスタッフの仕事だし、そもそもここは解体所用の裏口ですらない。役割と場所が、違う。だから判断は、特徴から。


「……たぶん、ブラッドベアだな」


 もう一度、特徴を頭の中で並べる。この巨体、黒く深い毛色、そして片目の古い傷。これだけ揃えば、まず間違いない。


「ブラッドベアで、ほぼ確定だな。賞金首だぜ、こいつは。それも、なかなかの額がついてる」


 受付はトウヤを見た。


「よく倒せたな。目撃情報じゃ、衝撃波を使うとなってたが。大丈夫だったのか」

「斬った」

「斬った……」


 受付が固まった。


「そ、そうか」


 ドン引きしながらも、飲み込む。まあ、ハンターならそういうやつもいるか。最終的には魔石も鑑定して合わせるが、それは形式的な最終確認のようなものだ。この特徴で外れることは、まずない。


 ふと、受付は引っかかった。


「森の中まで入ったのか? 初日にしては、なかなかだな」


「いや、森までは入ってない。荒野で遭遇した」


 受付の動きが止まった。


「荒野で?」


眉を寄せる。


「こいつのグループがいる場所は、確かに荒野だが……」


 言いながら、わかりやすくトウヤが担いでいるボス狼に視線をやる。狼の縄張りのことだ。


「あの辺りか……だが、こいつは――ブラッドベアは、本来、森にいる。間違っても荒野、しかもあの辺りまで出ばることは、ないんだが」

「ないといってもの」


 熊の上から、声がした。リィズが幼女を抱いたまま、軽やかに飛び降りる。幼女を大事に抱きしめながら。子供も暴れない。リィズの腕の中で、されるがまま。信頼しきっている。


「事実、いたんだがの」


 リィズが、ぺしぺしと熊の体を手のひらで叩く。幼女もそれを真似して、ペチペチと小さな手のひらで熊を叩いている。


「いや」受付は首を振った。「疑っているわけじゃない」


 もう一度、熊を見る。


「……まぁ、いい。倒したのは事実だしな」


 引っかかりを、一旦飲み込んだ。


「で、こやつは結局どうすればよいんじゃ?」


 熊をぺしぺし叩きながら、リィズが訊く。


「あ、ああ……裏に回してくれればいい。今、係の者にものを運ばせる――」


 言いかけた、その時だった。リィズが熊の首根っこをムンズと掴んだ。


「は?」


 受付の声が止まる。

 そのままズルズルと、リィズは熊を引きずって裏口へ歩いていく。


「こっちでいいんじゃなー?」

「お、おう」


 受付は辛うじて答えた。


「そっちでいいが……」


 信じられない、という様子だった。目の前で、小柄なメイド姿の少女が、賞金首の巨体を片手で引きずっている。さっき「あの嬢ちゃんが運べるわけない」と一人で合点がいったのは、何だったのか。


「こいつも裏でいいんだよな?」


 トウヤもそう言って歩き出す。肩にボス狼を担いだまま。リィズの横へ並び、二人で賞金首と魔物を運んでいく。異常な光景だ。だが、二人にとっては当たり前のことらしい。


 なぜか獣人の子供が、二人の間に挟まれながら、キャッキャと楽しそうに話しかけている。リィズが何か返し、トウヤも時々相槌を打つ。賞金首を引きずるメイドと、魔物を担いだ刀使いと、その間ではしゃぐ獣人の子供。


 残された受付の男に、乾いた荒野の風が吹いた。ひゅう、と。

 受付は、しばらく動けなかった。

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