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ガングニール・フロンティア 〜蒸気荒野の剣と人形〜  作者: (鉄)
3章「刃と銃声と、幸運と」
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持ち帰るまでが狩りです

 トウヤが額の汗を手の甲で拭い、リィズに向かって短く言った。


「助かった」

「ま、旦那さまがほとんど仕事を奪ったのでな」


 ライフルを下ろしながら、リィズが返す。


「わしのは、最後のオマケみたいなものじゃ」


 トウヤが刀を鞘に納めた。乾いた音がする。リィズもライフルを背に回す。


「次からは、もっとうまく、肉を斬れるように頑張る」


 真面目な顔だった。リィズが一瞬、止まる。深く息を吐いた。


「……それ、わし以外の前では言うでないぞ」


 呆れ半分、本気半分だった。

 リィズが地面にぺたりと座り込む。


「ふぅ……」


 トウヤも近くの岩に腰を下ろした。二人とも無言で空を見上げる。風が、汗を冷ましていく。


 リィズがふと顔を上げ、熊の死骸を見た。遠くの狼たちの死骸を見る。


「……さて。これ、どうするのじゃ?」

「どうするってお前……」


 トウヤも視線を移す。大きな熊が一頭。倒した狼が何十頭。ボス狼が一頭。考え込んだ。


 そもそも二人は、新大陸でこれが初めての狩りだった。旧大陸から十日かけて渡ってきて、街に降り立ち、そのまま荒野に出て、いきなりこの有様だ。ハンターとしての段取りなど、何ひとつ知らない。


 常識で考えれば、こんな獲物は新人が狩れるものではない。これを倒せるようになる頃には、新人どころか、二つ名のひとつも持っているような手練れになっている。トカゲ付きの荷車を手配することも、獲物を解体して運びやすい形にすることも、とっくに身についている。狩りの腕が上がるのと一緒に、段取りも覚えていく。大物を倒せるということは、それを運ぶ算段もできるということだ。それが、順序というものだった。


 だが、二人はその順序がまるきり逆だった。実力だけが、先に突き抜けている。


「魔石だけ抜いていくのも、もったいないな。肉も毛皮も……売れるんだろ?」

「狩りなら、普通そうじゃろ」


 その「普通」を、二人は知らない。


「だが……」


トウヤが熊を改めて見上げる。


「持ち帰れるか?」


 巨大だ。馬車でも入りそうな体躯。二人で持てる重さではない。


 リィズが全体を見渡した。倒した狼が何十頭、ボス狼、熊。さすがに全ては無理だ。雑魚まで含めて持ち帰るなど、できるわけもない。だが、大物だけは持ち帰りたい。一番デカいのと、ボス狼。それくらいは。


「……うむ」


 足元の雑魚狼の死骸を、つま先で軽くつついた。


「残念じゃが、残りは荒野の他のものどものお食事いきじゃの」


 あっさりと割り切る。

 リィズが熊に近づいていく。すたすたと。


「引きずっていけばいいじゃろ」

「引きずるって、お前。ボス狼ならまだしも……これは無理だろう」


 トウヤが眉を寄せながら熊を見上げる。

 それをよそに、リィズが熊の首の背中側を掴んだ。

太い首根っこを、片手で。ムンズと。

 そのまま引きずり始める。ズルズルと地面に跡が残り、熊の巨体がリィズの後ろをついていく。


 トウヤの目が、点になった。


「ほれ、なにをしておるんじゃ」

「……お前」


 そこで言葉が止まった。

 頭の中に浮かんだのは――ゴリラ、もしくはキングコングのほうがいいか? ――だが、口には出さない。


 たぶん、続きを言ったら、きっと恐ろしい目に遭う。腕力的な意味で。トウヤは危機を察知した自分を褒めた。よくぞ堪えた。


「あっ」


 リィズが声を上げる。トウヤの背筋がピンッと伸びた。ビクッと。何か気づかれたか。さっきの内心が、顔に出たか。


「狼のボスの方も、忘れるなよ」


 なぜ急に背筋を伸ばしたのか、リィズには分からない。怪訝な顔をしながら続けた。


「おそらく、そっちもボスのほうは魔石持ちじゃからの〜」


 トウヤは緊張から解放された。バレていなかった。


「イエス、マム!」


 ビシッと。新兵――もとい、新米ハンターのトウヤは、元気よく敬礼する。


 リィズは怪訝な表情を浮かべたが、そのまま何事もなく、再び熊を引きずって歩き出した。


 トウヤはボス狼のほうへ向かい、肩に担いだ。トウヤのほうも、その細くしなやかな体つきからは想像できない、相当な力を持っているのがわかる。新大陸はもとより、旧大陸西部のごつい大男とも程遠い。リィズが先に規格外をやってのけているだけで、これも十分、ゴリラに値する絵面だった。


 リィズが熊を引きずって歩き出す。ズルズルと。トウヤがボス狼を肩に担いで続く。街の方向へ。


 陽が西に傾き始めていた。朝に出て、遅い昼を越えたあたりだ。やがて街の入口が見えてくる。


 通りに入ると、視線が集中した。ここは狩りで生きる人間の町だ。血や傷を負ったハンターなど見慣れている。トウヤの破れた服や頬の血など、誰も気に留めない。


 だが――小柄なメイド姿の少女が、巨大な熊を片手で引きずっている。それは、別だ。立ち止まる者、振り返る者、二度見する者。


「魔物か?」「いや、人間が引きずってる」「あの嬢ちゃん、片手でかよ……」


 ざわめきが広がっていく。


 リィズが視線に気づいた。引きずる手は止めない。ふふん、と鼻を鳴らす。


「妙に視線を感じるのぉ。やはりわしのこの愛らしいルックスが、人目を集めるのじゃろうな〜」


 髪に挿した花を、軽く触る。


「ああ、そうだな」


トウヤがボス狼を担ぎながら短く返す。


「確かに、その見た目で注目集めてるんだろうな」


 嘘はついていない。その見た目で熊を引きずっているから、注目されているのだ。


「じゃろじゃろ」


 リィズがご満悦になる。


 トウヤは、巨大な熊を引きずっていくリィズの背中を見ながら、ぼんやり思う。やはり運ぶ手段を考えないとな――さっきの「順序が逆」を、今さら実感する。大物を倒せても、運ぶ算段がなければ、この有様だ。自分が巨大な狼を担いでいることは、まるで気にしていなかった。


 ヒソヒソを背中に受けながら、二人は通りを抜けていく。やがて、見覚えのある建物が見えてきた。交易所だ。


 交易所の前で、リィズが熊と入り口を交互に見比べていた。熊、入り口、熊、入り口。扉の幅と熊の巨体を、目で測っている。


「……いくかっ」


 覚悟を決めた顔で、クワッと目を見開く。熊の首根っこを掴んで、足を踏み出そうとした。


「いや、待て」


 トウヤが止めた。ボス狼を担いだまま、やや呆れた様子で。


「オレが行ってくるから、待っていてくれ」


 そう言って、トウヤは巨大な狼を肩に担いだまま、入り口へ向かう。ドアの枠に狼の巨体をぶつけないよう、そーっと、半身になって角度を微調整しながら、そろそろと中へ入っていった。入るには入るのだが、こちらもこちらでギリギリだ。感性が、やはり微妙にずれている。

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