持ち帰るまでが狩りです
トウヤが額の汗を手の甲で拭い、リィズに向かって短く言った。
「助かった」
「ま、旦那さまがほとんど仕事を奪ったのでな」
ライフルを下ろしながら、リィズが返す。
「わしのは、最後のオマケみたいなものじゃ」
トウヤが刀を鞘に納めた。乾いた音がする。リィズもライフルを背に回す。
「次からは、もっとうまく、肉を斬れるように頑張る」
真面目な顔だった。リィズが一瞬、止まる。深く息を吐いた。
「……それ、わし以外の前では言うでないぞ」
呆れ半分、本気半分だった。
リィズが地面にぺたりと座り込む。
「ふぅ……」
トウヤも近くの岩に腰を下ろした。二人とも無言で空を見上げる。風が、汗を冷ましていく。
リィズがふと顔を上げ、熊の死骸を見た。遠くの狼たちの死骸を見る。
「……さて。これ、どうするのじゃ?」
「どうするってお前……」
トウヤも視線を移す。大きな熊が一頭。倒した狼が何十頭。ボス狼が一頭。考え込んだ。
そもそも二人は、新大陸でこれが初めての狩りだった。旧大陸から十日かけて渡ってきて、街に降り立ち、そのまま荒野に出て、いきなりこの有様だ。ハンターとしての段取りなど、何ひとつ知らない。
常識で考えれば、こんな獲物は新人が狩れるものではない。これを倒せるようになる頃には、新人どころか、二つ名のひとつも持っているような手練れになっている。トカゲ付きの荷車を手配することも、獲物を解体して運びやすい形にすることも、とっくに身についている。狩りの腕が上がるのと一緒に、段取りも覚えていく。大物を倒せるということは、それを運ぶ算段もできるということだ。それが、順序というものだった。
だが、二人はその順序がまるきり逆だった。実力だけが、先に突き抜けている。
「魔石だけ抜いていくのも、もったいないな。肉も毛皮も……売れるんだろ?」
「狩りなら、普通そうじゃろ」
その「普通」を、二人は知らない。
「だが……」
トウヤが熊を改めて見上げる。
「持ち帰れるか?」
巨大だ。馬車でも入りそうな体躯。二人で持てる重さではない。
リィズが全体を見渡した。倒した狼が何十頭、ボス狼、熊。さすがに全ては無理だ。雑魚まで含めて持ち帰るなど、できるわけもない。だが、大物だけは持ち帰りたい。一番デカいのと、ボス狼。それくらいは。
「……うむ」
足元の雑魚狼の死骸を、つま先で軽くつついた。
「残念じゃが、残りは荒野の他のものどものお食事いきじゃの」
あっさりと割り切る。
リィズが熊に近づいていく。すたすたと。
「引きずっていけばいいじゃろ」
「引きずるって、お前。ボス狼ならまだしも……これは無理だろう」
トウヤが眉を寄せながら熊を見上げる。
それをよそに、リィズが熊の首の背中側を掴んだ。
太い首根っこを、片手で。ムンズと。
そのまま引きずり始める。ズルズルと地面に跡が残り、熊の巨体がリィズの後ろをついていく。
トウヤの目が、点になった。
「ほれ、なにをしておるんじゃ」
「……お前」
そこで言葉が止まった。
頭の中に浮かんだのは――ゴリラ、もしくはキングコングのほうがいいか? ――だが、口には出さない。
たぶん、続きを言ったら、きっと恐ろしい目に遭う。腕力的な意味で。トウヤは危機を察知した自分を褒めた。よくぞ堪えた。
「あっ」
リィズが声を上げる。トウヤの背筋がピンッと伸びた。ビクッと。何か気づかれたか。さっきの内心が、顔に出たか。
「狼のボスの方も、忘れるなよ」
なぜ急に背筋を伸ばしたのか、リィズには分からない。怪訝な顔をしながら続けた。
「おそらく、そっちもボスのほうは魔石持ちじゃからの〜」
トウヤは緊張から解放された。バレていなかった。
「イエス、マム!」
ビシッと。新兵――もとい、新米ハンターのトウヤは、元気よく敬礼する。
リィズは怪訝な表情を浮かべたが、そのまま何事もなく、再び熊を引きずって歩き出した。
トウヤはボス狼のほうへ向かい、肩に担いだ。トウヤのほうも、その細くしなやかな体つきからは想像できない、相当な力を持っているのがわかる。新大陸はもとより、旧大陸西部のごつい大男とも程遠い。リィズが先に規格外をやってのけているだけで、これも十分、ゴリラに値する絵面だった。
リィズが熊を引きずって歩き出す。ズルズルと。トウヤがボス狼を肩に担いで続く。街の方向へ。
陽が西に傾き始めていた。朝に出て、遅い昼を越えたあたりだ。やがて街の入口が見えてくる。
通りに入ると、視線が集中した。ここは狩りで生きる人間の町だ。血や傷を負ったハンターなど見慣れている。トウヤの破れた服や頬の血など、誰も気に留めない。
だが――小柄なメイド姿の少女が、巨大な熊を片手で引きずっている。それは、別だ。立ち止まる者、振り返る者、二度見する者。
「魔物か?」「いや、人間が引きずってる」「あの嬢ちゃん、片手でかよ……」
ざわめきが広がっていく。
リィズが視線に気づいた。引きずる手は止めない。ふふん、と鼻を鳴らす。
「妙に視線を感じるのぉ。やはりわしのこの愛らしいルックスが、人目を集めるのじゃろうな〜」
髪に挿した花を、軽く触る。
「ああ、そうだな」
トウヤがボス狼を担ぎながら短く返す。
「確かに、その見た目で注目集めてるんだろうな」
嘘はついていない。その見た目で熊を引きずっているから、注目されているのだ。
「じゃろじゃろ」
リィズがご満悦になる。
トウヤは、巨大な熊を引きずっていくリィズの背中を見ながら、ぼんやり思う。やはり運ぶ手段を考えないとな――さっきの「順序が逆」を、今さら実感する。大物を倒せても、運ぶ算段がなければ、この有様だ。自分が巨大な狼を担いでいることは、まるで気にしていなかった。
ヒソヒソを背中に受けながら、二人は通りを抜けていく。やがて、見覚えのある建物が見えてきた。交易所だ。
交易所の前で、リィズが熊と入り口を交互に見比べていた。熊、入り口、熊、入り口。扉の幅と熊の巨体を、目で測っている。
「……いくかっ」
覚悟を決めた顔で、クワッと目を見開く。熊の首根っこを掴んで、足を踏み出そうとした。
「いや、待て」
トウヤが止めた。ボス狼を担いだまま、やや呆れた様子で。
「オレが行ってくるから、待っていてくれ」
そう言って、トウヤは巨大な狼を肩に担いだまま、入り口へ向かう。ドアの枠に狼の巨体をぶつけないよう、そーっと、半身になって角度を微調整しながら、そろそろと中へ入っていった。入るには入るのだが、こちらもこちらでギリギリだ。感性が、やはり微妙にずれている。




