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【連載版】呂布の武と郭嘉の知を授かった俺、信長の乱世で成り上がる  作者: あちゅ和尚


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第99話 二つの旗、一つの勝ち戦

 夜明けの尾根に、濡れた土の匂いが立ち込めていた。

 龍之介は槍を膝に置き、東の林から出てくる兵を数えていた。夜のうちに飯を炊いた敵が、今は道の左右へ広がっている。見えるだけで二百を超え、後ろに控えた者まで合わせれば、二百四十ほどにはなる。

 こちらは龍之介の指揮する九十五人と、山口九郎二郎教吉の四十人。城を背にしてはいるが、援兵を呼んでから受け止める余裕はない。

 孫七が柵の陰へ戻ってきた。

「北へ六十ほど、南へは百ほどです。残りは林の口に留まっております。南の者は、盾を多く持っておりますな」

 龍之介は、右手の斜面へ目を移した。南には深い溝がなく、尾根を回り込める緩い裾がある。その先まで渡せば、敵は西の道へ出て、城から届く水も矢も断てた。

 北へ来る六十は、こちらを動かさぬための兵だろう。南の百が山口勢を押し込み、残る八十が崩れた所へ入る。昨夕、二つの旗を見た敵が、兵の少ない側を選んできたのだ。

 信長は報告を聞く間も、教吉の持ち場を見ていた。

「右を破れば、山口の兵だけが逃げたとも言える。鳴海を誘えぬなら、織田との間を裂くつもりか」

「それも狙えましょう。ただ、こちらが右を救おうと、一度に兵を寄せるのを待っております。真ん中が空けば、後ろの八十が入ってまいります」

 龍之介は槍の石突で、足元へ短く線を引いた。

「九郎二郎殿には、裾まで守りに下りず、尾根の肩で受けていただきたい。こちらの控え二十人を、お許しがあれば中央へ置きます。敵の後詰めが動いてから、私が左より押し出します」

「左の敵を残して出れば、背を突かれるぞ」

「溝に寄せた三十五人を城戸に任せます。敵が上へ出ようとすれば槍が届き、回ろうとすれば溝へ下りねばなりませぬ。残る四十人なら、私が連れて動かせます」

 信長は土の線を踏み越え、教吉を呼んだ。

 敵の目の前で長く相談することはしない。受ける場所と、こちらの控えが出る場所を伝えると、教吉は南の裾を見下ろした。

「先に下を渡して、上で迎えるのですな。兵には申しておきます。右へ回られても、後ろが切れたと思って退かぬように」

「俺の旗はここへ置く。山口の後ろにも見える場所だ」

 信長が示したのは、二つの持ち場を繋ぐ尾根の中央だった。

「押し返す時は、旗を前へ出す。それまでは、互いの兵が動いても追うな」

 教吉は深く一礼し、自分の兵へ戻った。

     ◇

 最初の矢は、北の斜面へ降ってきた。

 木を打つ音に続いて、盾を抱えた兵が草を踏み分けて上がってくる。城戸が槍先を低く揃えさせ、孫七は敵の弓が次を番える間に、盾の横から射返した。

 敵の盾持ちが膝をつくと、後ろの足が止まる。その間にも南では鬨が上がり、百ほどの兵が斜面いっぱいに取りついた。

 教吉の兵は、まだ出来上がっていない柵の間へ槍を出した。横木へ飛びついた敵を突き落とし、引いた槍の脇から別の穂先が伸びる。

 だが、南の裾を回る者までは止められない。盾を頭上へ掲げた一団が尾根の横へ入り、城へ続く道を窺い始めた。

「山口の旗を落とせ。横から上がれ!」

 敵の声が、こちらにも聞こえた。

 教吉は下へ駆け降りず、控えさせていた組を右へ向けた。槍の列が斜めに折れ、その内側を小坂主馬が走って兵を繋ぐ。正面で戦う者と、回り込む敵に備える者が、互いの背を押し合わぬよう足場を空けていた。

 龍之介の傍らで、末森の組頭が肩を強張らせた。

「山口殿の右へ、もう敵が出ております。我らを向かわせてくだされ」

「二十人で中央を塞ぐ。南へ下りてはならん。九郎二郎殿が上で受ける間、お前たちはその左を守ってくれ」

 組頭は山口の旗を見直し、二組を率いて走った。

 まだ槍を交えていない兵が、汗に濡れた教吉の左へ並ぶ。鳴海の者が場所を空け、末森の盾がその隙間へ入った。

 信長は動かなかった。旗の下で馬を降り、弓を射る者の後ろに立っている。その姿が、南へ寄せられた山口勢からも見えた。

 やがて林の口の旗が揺れ、後ろの八十が動いた。

 南の攻め手へ重なるように進みながら、途中で道を折れてくる。狙いは二つの持ち場の境だった。山口勢が横を守るために向きを変えた、その左へ入るつもりである。

 龍之介は城戸を振り返った。

「ここから先は、お前に預ける。敵が退いても、溝の向こうへ追うな」

「三十五人で、この肩を守ります。戻る時にも、槍を並べる場所は残しておきますぞ」

 城戸はすでに、兵を二列へ詰め直していた。孫七の弓もそこへ残る。

 龍之介は源太と梶原、矢田を呼び、動かす四十人を柵の内側へ寄せた。那古野の兵に、末森から預かった兵が混じる。別々の主から来た者たちが、今は同じ槍先を見ていた。

「東へ下る。南の敵を、横から押すぞ。林まで走る戦ではない。俺の槍を越えず、組の隣を離れるな」

 源太が握り直した柄には、掌の汗が黒く染みていた。

「承知。前が崩れても、組で進みます」

     ◇

 北の敵は、龍之介たちが柵を出たのを見て、ようやく槍を向けた。

 上へ取りつくために長く伸びていた列である。向きを変えた先頭へ、龍之介は斜面を踏み切って飛び込んだ。

 突き出された二本の穂先を、槍の柄で横へ払う。そのまま踏み込み、前の男を肩から突き倒した。後ろの盾へ男の体がぶつかり、重なった三人が草の上を滑る。

 龍之介は追って穂先を入れず、次に立つ敵の槍を叩き落とした。

「源太、右を繋げ。梶原は左を前へ!」

 四十人の槍が、崩れた敵の横腹へ揃って伸びた。上からは城戸の兵が槍を構え、北へ逃れようとすれば溝に当たる。敵は踏み留まって囲まれるのを恐れ、東の低い所へ退き始めた。

 矢田が追いかけそうになった兵の肩を掴んだ。

「南だ。前を見ろ、龍之介殿は曲がっておる!」

 四十人は敵を追って広がらず、斜面を斜めに下った。足元の草が滑り、龍之介の脛へ土が跳ねる。肩には梁を支えた時の痛みが残っていたが、槍を扱う腕は鈍らなかった。

 中央では、末森の二十人が敵の後詰めを受けていた。

 こちらが上にいる間は、八十人も一度には槍を出せない。それでも押しは重く、折れた横木の前で、盾を支える兵の足がずれた。一人が倒れ、代わりに出た兵の頬へ矢が掠める。

 龍之介はその敵の北側へ走り込んだ。

 後詰めの先は、もう上の味方と槍を交えている。後ろは前が詰まったまま進もうとしていた。横から来た四十人へ向き直れば、上にいる二十人へ脇を晒すことになる。

「山本龍之介だ。槍を揃えろ、ここで押し切る!」

 名乗りは、味方へ届かせるためだった。

 中央で押されていた末森の兵が、盾の縁から顔を上げる。龍之介は横へ向けられた敵槍を潜り、その柄を左手で掴んだ。引き寄せた男の喉元を穂先で突き、すぐに柄を放して槍を返す。

 太刀を振りかぶった武者には、石突を胸へ叩き込んだ。胸板の下から息を吐き出した体が仰け反り、後ろの兵を巻き込む。その空いた所へ梶原の槍が入り、源太の組が盾を押しのけた。

 左右から三本の槍が伸びた時、龍之介は半歩も退かなかった。

 一本を柄で外へ流し、体を開いて二本目を避ける。三本目の持ち手へ踏み込み、肩で突き飛ばしてから槍を薙いだ。草の先を低く走った柄が二人の脚を払い、味方の列がそこを踏み越えていく。

 眼前の敵が、自分と戦うことより、背後の逃げ道を気にし始めた。

 龍之介には、その変化が見えた。叫んで前へ押す者の声も、もう後ろへ届いていない。

「中央へ上がるな。南へ向けろ、退く道を横切らせるな!」

 末森の二十人へ声を飛ばし、自分の四十人を南へ押し出す。上と横から槍を受けた敵の後詰めが、南の百人の背へ寄っていった。

 そこで、尾根の上の信長が旗持ちへ手を上げた。

「九郎二郎、前へ出よ。龍之介と、敵を斜面から落とせ!」

 教吉は待っていた槍を前へ突き出した。

 鳴海の四十人が、一斉に声を合わせる。横へ回っていた敵は、味方の後詰めが崩れて戻るのを見て、上がる足を止めた。教吉の兵はその迷いを逃さず、尾根の肩から押し下った。

 敵は正面の山口勢と、北から来る龍之介の兵を同時に受けることになった。

 隣の盾にぶつかり、槍を引く場所を失った者から列が乱れる。こちらへ向き直った一団の中へ又左が入り、信長の近臣たちとともに、突き返す敵を教吉の前から払いのけた。

「鳴海の兵、槍を下げるな。山本の隊が横におるぞ!」

 小坂の声に応じ、教吉の旗が進む。

 龍之介も歩みを合わせた。目の前の一人を深く追わず、敵が槍を揃え直そうとする所へ自分が入る。武者が盾を掲げて立ち塞がると、その盾ごと突き崩し、後ろにいた兵まで道から押し出した。

 林へ続く道に、捨てられた槍が転がり始めた。

 敵の旗が東へ退く。南の裾へ回っていた者も走り戻り、そこへ後詰めの兵が重なった。なお踏み留まる者はいたが、列を保って戦える人数は、見る間に減っていった。

 信長の命が、背後から飛んだ。

「林へ入るな。道の口まで取れ、そこで槍を止めよ!」

 龍之介は槍を高く掲げ、四十人の前へ出た。追う足を止めた源太が、隣の組へも声を渡す。教吉も旗を留め、鳴海の兵をこちらに並べた。

 敵は林の奥へ消えた。戻って斜面を登ろうとする者は、もういなかった。

     ◇

 昼前、東の道の口には織田と山口、二つの旗が立っていた。

 孫七と城戸の兵も持ち場を確かめてから交代し、尾根には見張りを残した。龍之介は肩で息をしながら、槍の穂先についた泥を草で拭った。

 勝ったからといって、皆が立って戻ったわけではない。

 末森から預かった一人は、中央で槍を受けて息を引き取った。ほかに末森の三人、那古野の二人が傷を負い、戦う列から外れている。教吉の兵にも死者が一人、負傷者が四人出ていた。

 龍之介は運び出される二人の前で兜を取った。亡くなった末森の兵の組頭へ、城まで付き添う者を出すよう命じる。名と働きは、帰れば自分から大殿へ伝えると約した。

 信長は林の手前に残された盾と槍を見ていた。

「林を取るのは、兵を休ませ、奥を見てからだ。負傷者を先に鳴海へ入れよ。左馬助に、ここまで押し返したと知らせる」

 教吉は汚れた頬を袖で拭い、信長へ向き直った。

「父には、外の備えをこの道の口まで進められると伝えます。敵が飯を炊いていた場所から、村へ出るには、我らの前を通らねばなりませぬ」

 尾根を奪われぬための戦が、敵を林の奥へ押し込める戦へ変わっていた。

 信長は使いを北へも出した。勝三郎には川の持ち場を動かさず、東へ退く敵がいないか確かめさせる。分かれ目の陣も残し、手にした道を一本ずつ繋ぎ直していく。

 龍之介の前へ、末森の組頭が戻った。

「城へ下げる者の支度はできました。動ける八十九人は、こちらの指図を待っております」

 那古野から連れてきた兵と、末森から預かった兵。その隔たりは、倒れた仲間を運ぶ手にも、戦い終えた槍の列にも、もう見えなかった。

 龍之介は組頭とともに、信長の前へ進んだ。

「九郎二郎殿と交代で兵を休ませます。道を守る者と林を見る者を分け、敵が退いた深さを確かめとうございます」

「任せる。山口の兵と合わせて、ここに陣を進めよ。左馬助とは俺が話す」

 信長は血の乾いた龍之介の槍から、後ろに並ぶ組頭たちへ目を移した。

「父上へは、お前に百人を預けた働きまで知らせる。次に兵を求める時、お前一人の槍の話で済ませるな。今日、誰をどこで働かせたか、自分の口で申せ」

 龍之介は槍を立てて頭を下げた。

 顔を上げると、教吉がすでに自分の兵を動かしていた。敵が捨てた盾を道の脇へ集め、城から来る荷を通す場所を空けている。

 その向こうで、鳴海からの使いが駆けてきた。連れてきた馬には、水桶と新しい矢束が積まれていた。

 龍之介は最初の桶を受け取り、中央を支えた末森の兵へ差し出した。兵が水を飲み干す間に、教吉の旗の隣へ、自分たちの槍が並んでいく。

 朝には敵が立っていた道の上を、今は鳴海から届く馬が進んでいた。

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