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【連載版】呂布の武と郭嘉の知を授かった俺、信長の乱世で成り上がる  作者: あちゅ和尚


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第95話 三百人の先手

 末森城の庭では、朝から米俵が運び出されていた。


 蔵の前に並ぶ荷駄馬を見て、龍之介は足を緩めた。鞍へ括りつけられているのは兵糧だけではない。替えの弓弦、矢束、縄、鍬までが揃えられ、受け取る足軽たちも、自分の荷を確かめている。


 信秀は、すでに兵を動かす支度を始めていた。


「父上は、俺たちの返事を待っておられたわけではないらしい」


 信長はそう言って城内へ入り、龍之介も続いた。案内された座敷には平手のほか、東の道から戻った使いが控えていた。


 信秀は挨拶を受けると、すぐ脇の絵図を開かせた。


「三河で集めておる兵の総数は、まだ知れぬ。だが、米を運ぶ馬が増え、別々の村から兵が同じ道へ出ておる。百人ばかりを送り込んで帰す支度ではない」


 絵図には那古野と末森、鳴海が記され、その間を繋ぐ道が細く引かれていた。龍之介は古橋と上流の渡しを示し、昨夜見た舟と荷車について報告した。


「取り戻した舟は一艘。敵の手に二艘残っております。西岸へ兵糧がすでに渡ったかどうかは、まだ確かめられておりませぬ」


「鳴海を囲むつもりであれば、左馬助を城から出してはならんな」


 信秀の指が、鳴海から北へ伸びる道をなぞった。


「城の前へ敵を見せ、その後ろで道を切る。援兵が着かねば、城主は味方を疑い始める。今川から文が来ておる今、その手を許すわけにはゆかぬ」


 信長が膝を進めた。


「私が兵を率いて参ります。左馬助に援兵を送るだけでなく、那古野から鳴海まで、こちらの兵が行き来できるようにいたしたく存じます」


「道へ兵を並べれば、それだけ一所の備えは薄くなるぞ」


 龍之介は絵図を見た。橋と渡し、その先の枝道へ、五十人ずつでも置けばたちまち兵が足りなくなる。敵には、それぞれを攻める順番を選ぶ余地が残る。


「大殿。橋と上流には物見を置き、軍勢は西岸の道が分かれる辺りに集めるのはいかがでしょう。敵の姿を見つける役と、戦う役を分けたいのでございます」


 信秀が顔を向けた。


「物見が追われれば、渡しを空けることになる。その間に敵が渡った場合の手立ても聞こう」


「渡り始めた敵を、川の縁で一人ずつ止める必要はございませぬ。西岸へ上がった者が、兵糧を受け取って陣を整える前に、こちらの軍勢で押し返します。そのため、道の分かれ目を先に押さえます」


 五十人なら、狭い橋が頼みになる。だが、まとまった味方がいれば、橋に縛りつけられる必要はない。


 絵図の上で、守るべき場所が変わった。


 信長は、龍之介が指した地点へ扇を置いた。


「そこへ俺が陣を置く。古橋にも上流にも出られ、鳴海からの使いも受けられる。敵が一方へ寄れば、別の方角から兵を回せよう」


 信秀はしばらく考え、平手へ目を移した。


「末森から百五十を出す。三郎の手勢は、龍之介に預けた五十を含めて百五十とせよ。兵糧と矢は、それぞれの蔵から持たせる。左馬助には城を守らせ、城兵をこちらの数へ当て込むな」


「龍之介の組には、まだ傷の治らぬ者が四人おります」


 信長が告げると、信秀は頷いた。


「その四人は残せ。見栄のために槍を持たせても、荷を増やすだけだ」


 兵の不足を埋めるための増員ではなかった。那古野と末森が、それぞれの備えを削って一つの軍勢を作る。その指揮を、信秀は信長に任せたのである。


 平手は兵を呼ぶ使いを座敷から送り出した。那古野に残す守りもあり、兵糧を運ぶ者も要る。明朝の出立までに揃えるよう命じる声を聞きながら、龍之介は絵図から手を離した。自分の思いつきだけでは、この人数は一歩も動かない。


「敵を追って三河へ踏み込むことは許さぬ。まず鳴海への道を通せ。敵が大勢で渡るなら使いを寄越せ。後詰めは儂が出す」


 信長は両手をついた。隣で頭を下げながら、龍之介は、城の庭に積まれていた鍬を思い出していた。


     ◇


 翌朝、合流した軍勢が鳴海へ向けて進んだ。


 末森の百五十はそれぞれの組頭に従い、那古野から来た百人は勝三郎が取りまとめる。負傷者を除き、槍や弓を持って出た兵は計二百九十六人。龍之介の四十六人を先手とし、信長は本隊で荷駄とともに進んだ。又左と彦右衛門は近臣として同行し、龍之介の五組とは別に働く。


 前日、留吉は出立の支度を見に来たが、左腕の傷は、まだ槍を支えてよい状態ではなかった。古橋で傷を負った三人にも、龍之介は休むよう命じてある。


 今、先手を任されている者たちも、昨夜は早く寝かせた。夜の川で働いた疲れを抱えたまま、大勢の先を歩かせるわけにはいかなかった。


「後ろが遠くなりましたな」


 城戸弥三郎が振り返った。道の曲がりに兵が隠れても、その後ろからまだ槍が現れる。


「こちらだけ駆ければ、荷駄との間が空きます。道を確かめるたび、本隊へ人を戻してください」


「心得ました。末森の者にも分かるよう、止まる時は声を重ねさせます」


 古参の城戸は、他の組頭へ自分から声をかけた。足の速い者だけで先へ出ないようにと注意し、道が狭まる前には、後ろへ合図を送らせる。


 龍之介はその働きを任せ、孫七と前方を見た。


 やがて、鳴海から来た小坂主馬と行き合った。供は数人で、馬の脚には泥が跳ねている。


「左馬助様は城に留まっております。九郎二郎様が城の外の物見を取りまとめ、古橋へも交代の者を出されました。ただ、今朝から敵の騎馬が西岸の道へ現れております」


 龍之介が場所を尋ねると、小坂は進行方向の林を指した。


「川沿いの浅い場所を越えてきたらしく、十数騎。追えば離れ、戻れば近づいてくるそうでございます。後ろに徒歩の兵も見えたとのこと」


 舟を失っても、人と馬だけなら渡れる。兵糧を運ぶ舟と、道を荒らす騎馬は、別々に働けるのだ。


 龍之介は彦右衛門を本隊へ戻し、小坂を伴って林の手前まで進んだ。


 枯れ草の向こうで、馬の首が揺れた。敵の騎馬は道の東側に散り、その奥には槍が見える。人数は木々に遮られ、すべては数えられなかった。


 敵はすぐには仕掛けず、こちらの先手を見て位置を変えていた。


「龍之介を待っておるようだな」


 又左が槍を握り直した。


「俺が前へ走れば、騎馬が退く。その後ろを追わせたいのでしょう。又左殿、右の草地へ入れる道を見てください。林の中までは追わぬように」


 龍之介は孫七に観察を続けさせ、後ろへ歩いた。先手を追い越して来た勝三郎が、信長の命を伝える。


「若は、先手を下げて本隊を広げると仰せだ。この先で陣を置く場所を、そなたと私で確かめよとのこと。敵が寄せれば、こちらの百人を動かす」


 勝三郎は、道の西にある刈田へ目を向けた。


「畦を越えられる所は先に見つけておく。そなたは敵を見ていてくれ。若へ戻す知らせは私が受ける」


 自分の四十六人だけを救う判断では足りない。龍之介は西の田と、道を進む荷駄を見比べた。


 敵がこちらを走らせたいなら、走らずに済む場所を作ればよい。


     ◇


 信長の命を受けた本隊が、林から離れた刈田へ入った。


 勝三郎の兵が畦の切れ目を広げ、荷駄馬を一頭ずつ通していく。先に入った末森の兵は槍を揃え、東へ向いた。背後には那古野から通ってきた道が残り、その南には鳴海へ伸びる道がある。


 龍之介の五組は、移動を終えるまでの間、その東側を覆った。


 敵の騎馬が動いたのは、荷駄の半ばが刈田へ入った時だった。


 馬蹄が一斉に土を蹴り、散っていた騎馬が道へ斜めに寄せてくる。先手を誘い出せぬと見ると、長く伸びた荷駄の列を狙い直したのである。


「梶原殿は荷駄の脇へ! 源太は俺についてこい。孫七、馬がこちらへ向いたら射るな!」


 龍之介は槍を低く持って走った。梶原の兵が馬借の前へ出て槍を揃える一方、源太の組は道の東縁へ並ぶ。


 騎馬の後ろから、徒歩の敵も出てきた。先頭の馬が槍の前で曲がれば、その間へ走り込むつもりだ。


 龍之介は一人だけ、味方の槍先から踏み出した。


「山本龍之介、ここにおる! 荷を狙う前に、この槍を越えてみよ!」


 先頭の騎馬が向きを変えた。速度を緩めず、長槍が龍之介の胸へ伸びる。


 龍之介は踏み込んでその柄を跳ね上げ、敵の右脇を抜いた。すれ違いざまに己の柄を馬上の武者へ叩きつけると、男は鞍から横ざまに落ちた。手綱を失った馬が走り去り、すぐ後ろの一騎が進路を塞がれる。


 その鼻先へ、源太たちの槍が揃って突き出された。


 敵は手綱を引いて東へ逃れたが、そちらには孫七の弓が向いていた。荷駄を背にした味方を避け、騎馬が離れた所へ矢が飛ぶ。


 続こうとしていた徒歩の兵が、足を止めた。


 龍之介は追わず、槍を高く掲げた。その背後から、勝三郎の率いる兵が刈田の縁へ進み出る。先ほどまで荷駄馬に隠れていた槍の列が、東へ長く広がった。


「先手は右へ寄れ! 本隊の前を空けろ!」


 城戸が声を重ね、五組が動いた。敵の騎馬が向き直った時には、目の前に百人の槍が並んでいた。


 林の敵が退き始めた。騎馬もそれに合わせて距離を取り、落馬した武者を引きずる者が見えたが、勝三郎は兵を走らせなかった。


「敵の引いた分だけ進む。列を崩すな!」


 信長の旗が、刈田の中央へ入っていた。


 敵を追い払った先手が、そのまま軍勢の一部へ収まっていく。龍之介は息を整えながら、隣に立つ末森の足軽を見た。相手もこちらを見て、槍を握ったまま頷いた。


 荷駄の最後尾が刈田へ入り、道の上から馬の列が消えた。


     ◇


 陽が傾く頃には、道の分かれ目を押さえる陣ができ始めていた。


 鍬を持った兵が東側の畦を削り、浅い溝を掘る。空いた荷縄は杭を繋ぐのに使い、矢束と米俵は西寄りへ運ばれた。井戸のある近くの村とは、小坂が水汲みの人数と通る道を取り決めている。


 釜に火が入り始めると、ようやく兵の顔が緩んだ。鳴海へ知らせに行く者には先に飯を持たせ、見張りへ出る組にも交代で食わせる。城戸が炊き上がりを確かめて回る間、龍之介は矢の減った孫七の組へ、本隊から受けた矢束を渡した。


 龍之介は、源太たちの無事を確かめてから信長のもとへ戻った。味方に戦えなくなった者はなく、敵が林を出てきた時にも、荷駄の列を切られずに済んだ。


「お前の組は、夜の前半を休ませる。渡しの見張りは末森の者にも分からせよ。夜半に交代させる」


 信長はそう命じ、東側を歩いて見て回った。


 龍之介も並んで歩く。自分が知らぬ組の兵が、そこにはいた。朝まで別の城にいた者たちが、同じ敵へ向かって槍を置き、今は同じ陣の土を掘っている。


 ほどなく、鳴海へ往復した使いが帰った。教継からは、援兵の到着を承知したことと、城を固めて呼応する旨が伝えられた。城とこちらの陣を繋ぐ使いの道も、ひとまず通った。


 信長が返事を命じようとしたところへ、上流から別の物見が駆け戻ってきた。


「東岸に兵が増えております。槍を持つ者だけで三百は下りませぬ。後ろからも荷が続き、奪われた舟二艘を岸へ寄せております!」


 陣の中を見ていた信長の目が、川の方角へ向いた。


「父上へ馬を出せ。こちらは陣を置き、鳴海への道を通したと伝えよ。敵の数は、見えた分と見えぬ分を分けて申せ」


 使いが走り去ると、信長は龍之介を振り返った。


「明朝の先手もお前だ。敵が渡る場所を見定めよ。攻める時は、俺の旗を見てから動け」


「承知しました。五組を揃えてお待ちします」


 溝の向こうで、掘り出された土が崩れた。龍之介は兵から鍬を一本受け取り、最後に残っていた通り口へ向かった。槍を揃えて進み出る幅を、自分の足で確かめておきたかった。

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