第94話 消えた渡し舟
百二十人の敵を退けた翌朝、鳴海へ通じる古橋の上流から、渡し舟が三艘消えた。
「夜のうちに、三河の武者が持っていきました。舟を出せと脅され、断った者は殴られたそうです」
報告に来た馬借の与八は、顔を青くしていた。
山本龍之介は、練兵場で槍を置いた。
昨日の戦では、五十人を五組に分けて敵を受け止め、三河の武者、松井右馬允を生け捕りにした。
橋も焼かれずに済んだ。
だが、その勝利を喜ぶ暇もなく、別の動きが始まっていたのである。
「舟を持っていかれた場所を、詳しく教えてくれ。橋の上流にある渡し場で間違いないな」
「はい。古橋から川沿いに北へ進んだところです。普段は薪や米を運ぶ小舟ですが、三艘あれば人も荷もかなり運べます」
龍之介は、すぐに地図を広げた。
古橋を通らずに鳴海へ向かう道はいくつかある。
ただし、まとまった軍勢が荷駄を伴って進める道は限られていた。
昨日の敵は、橋を焼こうとしていた。
それが失敗した途端、今度は舟を奪った。
龍之介は、その二つを頭の中で重ねた。
橋を焼く。
舟を奪う。
どちらも、川を越える手段に関わっている。
だが、橋を焼けば、敵自身も渡れなくなる。
そこに引っ掛かるものがあった。
「与八。舟を奪った者は、上流へ向かったのか。それとも下流へ動いたのか」
「川を上っていったそうです。舟を曳くため、岸にも人がついていたと聞いております」
龍之介は地図の北側へ指を移した。
古橋の上流には、広い河原がある。
普段は水が浅く、人なら渡れる場所もある。だが、馬や荷車を安全に通すには、底の石と水の流れを確かめなければならない。
そこへ舟を集めれば、兵だけでなく、兵糧も渡せる。
敵の狙いが、ようやく見え始めた。
「敵は、橋だけを攻めていたわけではないのかもしれないな」
龍之介が呟くと、与八が顔を上げた。
「橋を焼くつもりだったのでは」
「橋を焼こうとしたのは事実だ。だが、それだけが目的だったとは限らない」
龍之介は、松井右馬允を捕らえた時の様子を思い出した。
百二十人という兵数。
油壺六つ。
橋へ向かう先手。
そして、北と南へ兵を広げようとした動き。
橋を焼くには、ずいぶん大掛かりな戦だった。
敵は、こちらがどれほど兵を動かすかも見ていたのではないか。
もしそうなら、橋を守っただけで勝ったと思うのは早い。
「若様へ知らせよう。敵は、橋を避けて別の渡り場を作るつもりかもしれない」
◇
報告を聞いた信長は、しばらく地図を見つめていた。
「松井を捕らえられ、橋も焼けなかった。だから別の道を使うわけか」
「その可能性が高いと考えます」
龍之介は、古橋の北にある河原を指した。
「この辺りなら、兵は徒歩で渡れます。ただし、荷駄を通すには工夫が必要です。舟を集めた理由は、そこにあるのかもしれません」
信長は眉を寄せた。
「兵糧を渡すつもりなら、敵は一度きりの襲撃で帰る気ではないな」
「はい。少なくとも、これまでより長く尾張側で動く準備をしているように見えます」
平手も地図を覗き込んだ。
「三河の者たちが、本格的に兵を集め始めたのでしょうか」
「まだ数は分かりませぬ」
龍之介は答えた。
「ですが、舟を奪うために武者を動かしたことは確かです。放っておけば、橋を守るこちらの兵を避け、別の場所から鳴海の背後へ回り込む恐れがあります」
又左が腕を組んだ。
「なら、今度はこちらから仕掛けるか。舟を奪い返せばよいだろう」
信長は龍之介を見た。
「お前も同じ考えか」
「舟は取り戻したいと考えております。ただ、敵のいる場所へ五十人をまとめて突っ込むつもりはありません」
龍之介は、地図の上流へ指を置いた。
「先に舟の位置と見張りの数を確かめます。そのうえで、奪い返せるなら動く。敵が大勢待っているなら、無理に渡らず戻ります」
信長は頷いた。
「よし。お前に任せる。ただし、昨日は三人が傷を負ったと聞いている。留吉もまだ槍を持てぬ。五十人全員を動かせると思うなよ」
「心得ております。今日、まともに戦えるのは四十六人です」
龍之介は答えた。
「負傷した者を無理に連れ出すつもりはありません」
信長は満足そうに笑った。
「その勘定ができるならよい。又左にもついていかせる。お前一人で何もかも背負うな」
又左の顔が明るくなった。
「ようやく私の槍も働けますな」
「ただし、勝手に敵を追うな。龍之介の指図に従え」
「承知しております」
又左は笑った。
龍之介も、少しだけ笑みを返した。
又左の武は頼りになる。
ただし、敵が退いた時に追いすぎないよう、最初に役を決めておく必要があるだろう。
「若様。鳴海の左馬助殿にも知らせをお願いします。敵が古橋を避けて兵を通すなら、鳴海側の守りにも関わります」
「すでに使いを出してある」
信長は答えた。
「左馬助が城を守り、お前が道を守る。そこは変えぬ」
龍之介は深く頭を下げた。
◇
夕暮れ前、龍之介たちは古橋の上流へ到着した。
五十人のうち、負傷した四人を除く四十六人。
又左と彦右衛門も同行している。
源太、孫七、城戸弥三郎、梶原重八、矢田与四郎の五組は、人数を補い合いながら動いていた。
龍之介は河原へ出る前に、兵を止めた。
「矢田殿。地元の渡し場に詳しいと聞いております。ここから舟を隠せそうな場所を教えてください」
矢田は、川沿いの林を指した。
「上流に古い船着き場がございます。今はあまり使われませぬが、岸が深く、舟を寄せるには都合のよい場所です」
「そこを先に見ましょう。敵が舟を集めるなら、岸へ寄せやすい場所を選ぶはずです」
龍之介は兵を分けた。
源太と梶原の組には、古橋へ続く道を押さえさせる。
城戸は河原の北側。
孫七は弓を持つ兵を率いて、林の縁へ回る。
矢田の組から土地勘のある者を数人借り、龍之介自身は又左、彦右衛門とともに川を見に行った。
道を少し進むと、濡れた泥の上に新しい足跡が残っていた。
人が何度も往復した跡である。
しかも、舟を曳いたらしい溝までついている。
「これは間違いなさそうだな」
又左が低い声で言った。
龍之介は頷いた。
「舟を曳いた人数は十人以上だろう。少なくとも、村人が普段の仕事で動かした跡ではない」
三人は林の陰へ入った。
川の向こう岸には、低い土手が続いている。
その下に、舟が見えた。
三艘。
どれも平底の小舟で、荷を積むための横木が渡してある。
舟の周りには武装した男が十人ほどいた。
さらに、荷車が二台。
積まれているのは米俵と飼葉らしい。
龍之介は、その光景を見て息を潜めた。
敵は、ただ舟を奪ったわけではない。
もう兵糧を集めている。
しかも、その近くには馬を繋ぐ杭まで打たれていた。
「又左。あの舟を奪い返すだけでは済まなさそうだ」
「兵を渡す支度か」
「ああ。敵は、橋を攻めた後の動きまで考えていたようだ」
又左は、川の向こうを見つめた。
「ならば、あの舟を使わせるわけにはいかんな」
龍之介は頷いた。
郭嘉の知が、川と敵の配置を頭の中で結び始める。
敵の見張りは、主に西側の川岸を見ている。
鳴海から兵が来るなら、そちらから現れると考えているのだろう。
だが、舟の後ろには細い道があり、東の林へ続いている。
その道から、敵の補給が来る。
龍之介は、しばらくその位置を見ていた。
真正面から舟を取りに行けば、川を渡る間に矢を射られる。
かといって、こちらが退けば、敵はその舟で兵を運び始める。
ならば、敵の方から舟を出させればよい。
龍之介は又左へ目を向けた。
「一つ、考えがあります」
◇
夜になると、古橋の西側に松明が並んだ。
源太と城戸の兵が、わざと見える位置へ立っている。
兵の数は多くない。
だが、松明だけなら遠くからでも目立つ。
敵の物見が川の向こうから見れば、織田方が古橋を守るために兵を集めているように見えるだろう。
一方、龍之介は残る兵を率いて、上流の林へ移動していた。
川の西岸は葦が深い。
夜目には、人が潜んでいるかどうか分かりにくい場所だった。
矢田与四郎が、土地の様子を教える。
「この先には、昔使われていた船着き場がございます。今は舟を寄せる者も少なく、岸には草が生えております」
「敵が西側へ舟を出すなら、そこへ近づく可能性があるわけですね」
「はい。ただし、川の流れがありますので、舟が必ずこちらへ来るとは限りませぬ」
「構いません。こちらから舟を追いかけるつもりはない」
龍之介は兵を伏せさせた。
孫七の弓兵は林の縁。
梶原の組は船着き場の南側。
矢田は北側へ回り、敵が上陸しても左右へ逃げにくい位置を取る。
龍之介と又左は、岸の近くで待った。
夜風が川面を渡り、葦の葉を揺らしている。
遠くから、男たちの声が聞こえた。
「橋の方に火が多いぞ」
「織田の兵は、まだあそこを守っているらしい」
敵の声だった。
龍之介は、静かに息を吐いた。
敵は古橋の松明を見ている。
こちらが橋へ兵を集めていると思えば、上流の船着き場は空いていると考えるだろう。
ただし、敵も馬鹿ではない。
夜の川を渡る以上、必ず先に物見を出すはずだった。
龍之介は、それを待った。
◇
最初に川を渡ってきたのは、小舟一艘だった。
男が六人乗っている。
そのうち二人は櫂を持ち、残る四人は槍を抱えていた。
舟は川の流れに乗り、ゆっくり西岸へ近づいてくる。
龍之介は兵へ合図した。
まだ動くな。
舟の男たちは、岸へ着くと周囲を見回した。
誰もいないと思ったのか、一人が草を踏み分けて進む。
続いて二人目。
その時、孫七の弓が鳴った。
矢は先頭の男の足元へ突き立った。
「動くな!」
孫七の声が響く。
男たちは驚き、槍を構えた。
だが、すでに梶原の組が南から現れていた。
北側には矢田の兵。
舟へ戻る道にも、龍之介が立っている。
「武器を捨てれば命は取らぬ。抵抗すれば、ここで止める」
龍之介の声が、暗い船着き場へ響いた。
男の一人が、槍を構えて突っ込んできた。
龍之介は半歩身をかわし、槍の柄を打ち払った。
男の武器が地面へ落ちる。
続いて胸元へ石突きを当て、後ろへ押し倒す。
男は仰向けに転がり、息を詰まらせた。
残る者たちは、それを見て動きを止めた。
だが、一人が舟へ飛び乗ろうとした。
その瞬間、又左が走った。
「逃がすものか!」
又左の槍が、舟の縁へ突き出される。
男は足を止めた。
又左は、槍先を相手の胸元へ向けたまま笑った。
「川へ飛び込むなら止めんが、夜の流れは速いぞ。おとなしく降りた方がよかろう」
男は、しばらく迷ってから舟を降りた。
六人は、そこで武器を捨てた。
龍之介は、すぐ兵へ命じた。
「舟を岸へ引き上げろ。ただし、櫂を折るな。村人の舟だ。使える形で取り戻す」
矢田の兵が動き、舟を岸へ寄せる。
その時、川向こうから別の舟が動き始めた。
敵は先に出した舟の帰りを待っていたらしい。
だが、西岸が騒がしくなったことに気づき、様子を確かめに来たのだろう。
龍之介は、孫七へ合図した。
「船頭を狙うな。まず舟の前へ矢を射て、こちらへ近づけぬようにしろ」
孫七が頷いた。
弓が鳴る。
矢が舟の前方の水面へ落ちた。
続いて二本目。
舟に乗っていた男たちは、慌てて櫂を止めた。
その時、又左が大声を張った。
「こちらの岸は織田の兵が押さえた! 舟を寄せれば捕らえるぞ!」
敵の舟は、しばらく川の中央に留まっていた。
やがて、東岸へ向きを変え始める。
龍之介は追わせなかった。
夜の川へ飛び込んでまで舟を奪う必要はない。
まず一艘を取り戻した。
それだけでも、敵の渡河の支度を乱すことはできる。
だが、まだ残る二艘がある。
龍之介は、川向こうの灯りを見た。
敵の見張りが動いている。
こちらの位置を知られた以上、長居はできない。
「孫七、梶原、矢田。捕らえた六人を連れて退く。舟は西岸へ上げておけ。残る敵が川を越えようとしたら、弓で知らせろ」
兵たちはすぐに動いた。
龍之介は、ようやく槍を下ろした。
初めて五十人を率いた戦から、まだ日が浅い。
だが、今夜は誰も倒さずに済ませたいと思っていた。
敵を討ち取るより、舟を取り戻す方が大切な戦だったからだ。
◇
捕らえた六人のうち、一人は舟を操っていた村人だった。
名を弥平という。
普段は川の荷を運ぶ船頭で、三河の武者から脅されて舟を出していたという。
「私どもの舟は、先祖から使ってきたものです。奪われてしまえば、明日から商いができませぬ」
弥平は、震える声で話した。
龍之介は頷いた。
「今夜取り戻した一艘は、持ち主を確かめて返します。残る二艘についても、どこへ置かれたかを調べましょう」
弥平は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
ただし、龍之介が本当に聞きたかったのは、舟の行き先だった。
「弥平殿。三河の者たちは、舟で何を運ぼうとしていたのですか。兵だけなら、浅い場所を選べば歩いて渡れるはずです」
弥平は、少し考えて答えた。
「米俵です。飼葉もございました。あとは、馬の具足や替えの槍なども運ぶと聞いております」
龍之介の目が細くなった。
「それだけの荷を運ぶなら、何度も川を往復する必要がありますね」
「はい。今夜は先に西岸を確かめ、明け方から荷を運ぶつもりだったようです」
龍之介は、ようやく敵の狙いを確信した。
橋を焼けなかったから、舟を使うことにしたのではない。
橋を攻めた兵と、舟を集めた兵は、最初から別の役を与えられていた可能性がある。
古橋へ織田の兵を引きつける。
その間に上流の渡しから兵糧を運ぶ。
そうすれば、鳴海の東へ兵を置き続けることができる。
敵が狙っていたのは、一度の勝ち負けではなかった。
鳴海の周囲に、今川方の軍勢が留まれる場所を作ることだったのである。
龍之介は、すぐ彦右衛門へ向いた。
「若様へ知らせてくれ。敵は舟を使って兵糧を運ぶつもりだった。鳴海の東へ、まとまった軍勢を置く準備をしていると」
「承知しました」
「山口左馬助殿にも同じ知らせを。古橋だけでなく、上流の渡しも見張る必要がある」
彦右衛門は頭を下げ、馬へ向かった。
龍之介は川の向こうを見た。
敵の灯りは、まだ消えていない。
舟二艘も残っている。
こちらが一艘を取り戻したところで、敵の支度がすべて終わったわけではなかった。
だが、明け方から兵糧を運ぶという予定は乱れたはずだ。
少なくとも、今夜のうちに西岸を確かめることはできなかった。
◇
那古野で報告を受けた信長は、龍之介が持ち帰った話を聞き、深く頷いた。
「橋を焼く手と、舟で兵糧を運ぶ手。二つを同時に使っていたか」
「その可能性が高いと考えます」
龍之介は答えた。
「ただし、捕らえた者たちは全体の命令まで知りません。今川方の正式な軍勢が動いているかどうかも、まだ確かめられておりません」
信長は頷いた。
「そこは父上へも、そのまま伝えよう。だが、兵糧を渡すつもりだったことは重い」
平手も顔を険しくした。
「敵が尾張側へ兵糧を運び始めれば、鳴海の周囲へ兵を置き続けられます。村の田を脅かすだけでなく、城を囲む支度へ進む恐れもございますな」
「そうだ」
信長は地図を見た。
「敵は、もう道を調べるだけでは済ませぬつもりかもしれん」
龍之介は、ゆっくり頷いた。
今までの戦は、小勢の物見を退け、村を守り、橋を守るものだった。
だが、これからは違う。
敵が兵糧を運び込み、長く居座るつもりなら、こちらも一度の勝利だけでは足りない。
どこへ兵を置くか。
どこから食糧を運ぶか。
どの道で援軍を呼ぶか。
城を攻める前から、戦は始まっている。
信長は龍之介を見た。
「お前に五十人を預けたのは間違いではなかったな」
「まだ働きは足りませぬ」
「十分とは言わぬ。だが、橋を守るだけで満足せず、敵が次に何をしようとしているかまで見た。それは大きい」
信長は少し笑った。
「武だけでなく、知も使える男はやはり面白い」
龍之介は、少しだけ口元を緩めた。
「若様に拾っていただいた甲斐がございます」
「これからもっと働いてもらうぞ」
「望むところです」
その時、庭の外から馬の蹄音が響いた。
末森からの使いだった。
使いは信長の前で膝をつき、急ぎの文を差し出した。
信長は封を切り、目を通す。
その顔から、笑みが消えた。
「龍之介」
「はい」
「父上からだ。三河の方で兵が集まり始めているらしい」
龍之介は顔を上げた。
信長は続けた。
「数はまだ確かではない。だが、今までの百人ほどの小勢では済まぬとの報せだ」
平手が眉を寄せる。
「大殿は、何と仰せにございますか」
「鳴海の左馬助と連絡を取り、道を守れ。今川方が大軍を動かすなら、こちらも兵を出す支度を整える、と」
龍之介は、胸の内で息を整えた。
ついに、動きが大きくなり始めた。
敵は橋を焼けず、舟も一艘失った。
それでも、兵を集めることをやめていない。
むしろ、これまでの小勢による揺さぶりが通じなかったことで、次の段階へ進もうとしているのかもしれなかった。
信長は、東の空を見た。
「龍之介。五十人の使い方を、もう一度考え直す必要がありそうだな」
「はい。大軍が来るなら、五十人で受け止める場所と、受け止めてはならぬ場所を分けねばなりません」
信長は満足そうに頷いた。
「よい。明日、父上のもとへ参る。お前も来い。今度は鳴海と那古野だけではなく、尾張の東をどう守るかを決めることになる」
「承知しました」
龍之介は深く頭を下げた。
つい先日まで、五十人を動かすことさえ初めてだった。
それが今では、もっと大きな軍勢との戦を考えねばならなくなっている。
呂布の武で敵将を倒すことはできる。
郭嘉の知で戦場の形を読むこともできる。
だが、これから必要になるのは、一つの橋を守ることではない。
尾張の東に広がる城と村、道と渡しを、ひとつの備えとして動かすことだった。
信長は、地図の鳴海へ指を置いた。
「敵が兵糧を運ぶなら、こちらも兵を養う備えが要る。父上の軍勢を動かす時、鳴海が何を守り、那古野が何を担うかを決めねばならんな」
龍之介は頷いた。
戦は、次の段階へ入った。
今川が兵を集める。
織田も、備えを整える。
そして、その間にある川と道を、誰が押さえるか。
それが、尾張の東をめぐる争いの行方を決めることになる。




