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【連載版】呂布の武と郭嘉の知を授かった俺、信長の乱世で成り上がる  作者: あちゅ和尚


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第68話 怒りの向き

 怒りは、火に似ている。


 炉に入れば鉄を鍛える。


 藁に移れば、荷も家も焼く。


 祭礼支度人の三人を津島へ送り出した翌朝、那古野の渡し場で声が上がった。


「俺たちの仕事を、那古野の若い連中が疑うというのか」


 怒鳴ったのは、二十代半ばの男だった。


 名を清太という。


 津島へ向かう祭礼の飾り台を組む職人の一人で、木組みと紙飾りの下地を作る手伝いをしているという。肩幅は広く、腕には細かな擦り傷があった。目は血走り、寝不足の顔をしている。


 清太のそばには、同じ年頃の男が二人いた。


 一人は紙箱を抱え、一人は細い竹束を担いでいる。


 荷は重くない。


 だが、三人の気配は荒かった。


 渡し場にいた与八が、声を荒げずに問う。


「どこの支度に使う竹ですか」


「祭礼だ」


「祭礼のどこへ」


「だから祭礼だと言っている」


 清太は苛立った声を出した。


「米も縄も紙も、いちいち問われたと聞いた。俺たちまで疑われるなら、津島へ行く前に日が暮れる」


 周りの船頭や馬借が、ちらちらとこちらを見る。


 人が怒ると、場はすぐ寄る。


 与八は、前日のことを思い出していた。


 疲れた者へ、水を出し、座らせ、役を聞く。


 だが、目の前の清太は座る気配がない。


 座らせようとすれば、さらに怒るだろう。


 与八は少し迷い、それから言った。


「那古野へ知らせます」


「またか」


 清太の声がさらに大きくなる。


「俺たちは物ではない。箱を開けて、竹を数えて、紙を透かして、それで腕まで測られるのか」


 その言葉に、渡し場がざわついた。


 清太の怒りは、作られたものだけではない。


 実際に疲れている。


 実際に急いでいる。


 実際に、職人として軽く見られたと思っている。


 だから、声に力があった。


 与八は、清太の荷へ手を出さなかった。


 その代わり、渡し場の横に置かれた板を示した。


「荷は、そこへ。地面には置かない。水も出します」


「俺は水を飲みに来たのではない」


「飲まなくてもよいです。ただ、荷を地面へ置かせるわけにはいきません」


 清太は言い返そうとしたが、竹束を担いでいた仲間が先に板へ荷を置いた。


 紙箱を抱えた男も、それに続く。


 怒りはまだ消えていない。


 だが、荷は守られた。


 知らせを受けた信長は、渡し場へ向かった。


 同行したのは、新五、龍之介、勝三郎、藤吉郎、彦右衛門である。又左も来ようとしたが、信長は門前で止めた。


「又左は残れ」


「若。今度は人でございますな」


「だから残れ」


 又左は、わずかに眉を寄せた。


「私が行けば、怒りに怒りを足すと」


「分かっているなら残れ」


 又左は深く息を吐いた。


「承知しました」


 渡し場に着くと、川風に竹の青い匂いが混じっていた。


 清太たちは板のそばに立っている。水は出されていたが、清太だけは手をつけていない。


 信長は、その様子を見てすぐに言った。


「座らぬなら、立ったままでよい」


 清太が顔を上げる。


 信長は続けた。


「疲れている者に、座れと命じても腹が立つだけだ。立って言え。お前は何に怒っている」


 清太は一瞬、言葉に詰まった。


 怒鳴る相手だと思っていた若様が、先に怒りの中身を聞いたからである。


「俺たちは、仕事をしに行くんです」


「知っている」


「なら、なぜ止める。祭礼に要る竹と紙を持ってきた。津島で飾り台を組む。そこまで言っても、まだ足りないのですか」


「足りぬ」


 信長ははっきり答えた。


 清太の顔に怒りが戻る。


 だが、信長は退かなかった。


「どこの飾り台か。誰に頼まれたか。津島で誰の下につくか。それがなければ、お前たちが本当に急いでも、向こうで迷う」


「俺たちは迷わない」


「お前は迷わぬかもしれぬ。だが、周りが迷う」


 信長は板の上の竹束を見た。


「その竹は、誰が見ても祭礼のどこへ使うか分かるものか」


 清太は黙った。


 竹は青く、質も悪くない。


 だが、用途は札だけでは分からない。


 飾り台の下地か。


 小さい紙飾りを立てるものか。


 仮の柵か。


 灯明の覆いを支えるものか。


 どれにも使える。


 だからこそ、名だけでは足りない。


 龍之介は清太の手を見た。


 節のところに新しい傷がある。


 荷を見せびらかす者の手ではない。


 竹を扱ってきた手だった。


 信長は問う。


「清太。お前は何ができる」


 清太は怪訝な顔をした。


「何が、とは」


「役を言え」


「木組みです。竹も割れます。紙を張る下地も作れます」


「飾り紙そのものは」


「紙は切りません。切る者がいます。俺は骨を作る」


「なら、そう言え」


 信長は強く言った。


「祭礼支度人ではなく、飾り台の骨を作る者だ。竹と紙箱を持つ者ではなく、骨を作る手だ。お前が怒るべきは、そこを消されたことだろう」


 清太の目が揺れた。


 龍之介は、信長の言葉の向きを見た。


 怒りを抑えつけていない。


 怒りの向きを変えている。


 那古野に向いた怒りを、役を消した札へ向けている。


 藤吉郎が、竹束のそばにしゃがんだ。


 勝手に触らず、清太を見上げる。


「見てもよろしいですか」


 清太は、まだ不機嫌な顔のまま頷いた。


「折るなよ」


「折りません」


 藤吉郎は竹の切り口を見た。


 揃っている。


 粗くはない。


 ただ、長さが二種類混じっていた。


「長いものと短いものがあります」


 清太は、少しだけ表情を変えた。


「長いのは柱に使う。短いのは横に渡す」


「飾り台の骨ですか」


「ああ」


「紙箱の紙は、その上に張るものですか」


「いや、紙は別の者が切った小飾りだ。俺たちは、骨を組んで、そいつを掛ける」


 藤吉郎は頷いた。


「それなら、祭礼支度人ではなく、飾り台の骨組みですね」


 清太は、口を閉じた。


 その言葉は、信長と同じところへ来た。


 自分の役が、ようやく名になった。


 慶順も呼ばれていた。


 寺の僧は、竹束を見て言った。


「飾り台なら、急ぐのは分かります。紙飾りを掛ける前に骨が要る。だが、どの場の飾り台かが要ります」


 清太は、ようやく少し考える顔になった。


「榎本屋の裏から、社へ向かう道の途中に置く台だと聞いています」


「誰から」


「半七のところの者から」


 勝三郎の目が動く。


 また半七。


 信長は問う。


「榎本屋から直接ではないのか」


「違います。清洲門前で、祭礼支度の人手が足りないと聞きました。腕のある者を探していると」


「報酬は」


「津島で払うと」


「誰が」


 清太は答えられなかった。


 そこに、一番の穴があった。


 腕を認められたい。


 急ぎの仕事だ。


 祭礼に関われる。


 その言葉で、清太たちは動いた。


 だが、受け手の名がない。


 払う者の名もない。


 仕事の場所も、曖昧なままだった。


 信長は言った。


「清太。お前の腕を疑っているのではない。お前の腕を、誰が使うのかを聞いている」


 清太は、怒鳴らなかった。


 唇を噛んだ。


 怒りの下から、不安が出てきた顔だった。


「では、俺たちは騙されたのですか」


「まだ決めるな」


 信長は言った。


「だが、このまま津島へ行けば、向こうで誰も知らぬ仕事になる恐れがある」


 清太の仲間二人も、顔を見合わせた。


 祭礼に遅れるどころか、祭礼に届いても役がない。


 それは、職人にとって屈辱だった。


 信長は、すぐに場を作った。


「仮に組め」


 清太が顔を上げる。


「ここで、ですか」


「全部ではない。骨の一部でよい。お前が何をしに行く者か、場に見せろ」


 清太は迷った。


 それから、竹束へ手を伸ばした。


 怒りで荒れていた手が、竹を持つと静かになった。


 仲間二人も動く。


 長い竹を二本、短い竹を三本。


 紐を取り出し、素早く組む。


 手つきは悪くない。


 竹の向きも見ている。


 強く縛りすぎず、紙飾りを掛ける余白を残している。


 短い時間で、小さな飾り台の骨ができた。


 渡し場にいた者たちが、自然と黙った。


 清太は息を吐き、信長を見た。


「これを、いくつか組む仕事です」


 信長は頷いた。


「腕はある」


 清太の顔が、ほんの少し変わった。


 認められたことに、怒りの角が削られた。


 信長は続ける。


「だからこそ、名のない仕事で使われるな」


 清太は、竹の骨を見た。


 自分の仕事が形になっている。


 その形があるから、嘘をつきにくくなった。


 藤吉郎は、小声で龍之介へ言った。


「怒っている人も、仕事をすると顔が変わりますね」


「仕事の名が戻るからだ」


「名が戻る」


「ああ。怒りの下にあるものが見える」


 藤吉郎は、深く頷いた。


 信長は新五へ命じた。


「榎本屋へ早馬を出せ。社へ向かう道の途中に飾り台が要るか。要るなら何台か。誰が払うか。清太たちを使うか。三つ聞け」


 清太が思わず言った。


「それでは遅れます」


 信長は首を振った。


「このまま行って、向こうで仕事がなければ、もっと遅れる」


 清太は黙った。


 信長は続けた。


「待つ間、お前たちはここで骨を組めるだけ組め。ただし、榎本屋の返事が来るまで祭礼の名は付けぬ。飾り台の骨として作る。要らぬとなれば、別の使い道を探す。要るとなれば、そのまま送る」


 清太は、しばらく考えた。


 やがて、深く頭を下げた。


「分かりました」


 その声に、先ほどの刺はなかった。


 怒りが消えたわけではない。


 だが、仕事へ戻った。


 渡し場の脇で、清太たちは骨組みを始めた。


 与八が場所を空け、甚蔵が馬の通りをずらす。


 紙箱は、湿りを避けるため板の上へ置かれた。


 藤吉郎は、清太の手元を見ていた。


 清太は竹を割る時、刃を入れる角度を少し変える。節に当たると、無理に押さず、刃を抜いて反対から入れる。怒っている時には見えなかった丁寧さだった。


 文次がいたら、紙を見る。


 仁助がいたら、紐の締め方を見る。


 今は、清太自身が自分の腕を見せている。


 龍之介は、そこに今回の勝ち筋を見た。


 怒りを否定しない。


 怒鳴り返さない。


 ただ、仕事へ戻す。


 仕事へ戻れば、嘘が減る。


 人は、自分の腕の前では、少しだけ正直になる。


 しばらくして、勝三郎が戻ってきた。


「半七の者が一人、渡し場の向こうで見ていました」


 信長は竹組みを見たまま聞く。


「近づいたか」


「いいえ。清太が骨を組み始めると、去りました」


「よい」


「追いますか」


「追うな。清太たちがこちらの仕事になったように見える」


 勝三郎は頷いた。


「承知しました」


 信長は清太へ声をかけた。


「半七の者が見ていた」


 清太の手が止まる。


「俺たちを、ですか」


「ああ」


「なぜ」


「お前が怒るかどうかを見たかったのだろう」


 清太は顔を伏せた。


「俺は、怒りました」


「怒った」


 信長は認めた。


「だが、今は仕事をしている」


 清太は、竹を握り直した。


「……はい」


「次に怒る時は、誰に腕を消されたのかを見てから怒れ」


 清太は、ゆっくり頭を下げた。


「覚えます」


 その時、榎本屋へ向かった早馬の返事が来た。


 榎本屋佐平の名で、短い返しだった。


 社へ向かう道の途中に、小さな飾り台は必要。


 数は三つ。


 ただし、榎本屋が頼んだ職人は別にあり、清太たちの名は聞いていない。


 人手が足りぬ場合は使えるが、報酬は榎本屋で改めて決める。


 信長はそれを読み、清太へ渡した。


「仕事はある。だが、お前たちは呼ばれていなかった」


 清太は、紙を受け取る手を震わせた。


「では、半七に」


「使われかけた」


 信長は言った。


「だが、腕はある。榎本屋は人手が足りぬ場合は使えると言っている。行くかどうかは、お前が決めろ」


 清太は、仲間二人を見た。


 二人とも黙って頷いた。


「行きます」


 清太は言った。


「ただし、榎本屋に直接名を通してから仕事を受けます」


 信長は頷いた。


「それでよい」


 清太たちには、新しい役札が作られた。


 清太。


 飾り台の骨組み。


 竹三束、紙箱一つ。


 榎本屋佐平より、小飾り台三つは必要との返しあり。


 清太らの名は未登録。


 榎本屋にて改めて受けるか決める。


 未確認、報酬と働く場所。


 この札を見て、清太は苦笑した。


「未登録、と書かれると、なかなか堪えます」


 信長は言った。


「消すか」


 清太は首を振った。


「いいえ。その通りです」


「なら持て」


 清太は札を受け取った。


「嘘より強い、でしたか」


 藤吉郎が驚いて清太を見る。


 清太は少しだけ笑った。


「さっき聞いた。良い言葉だ」


 信長は口元を緩めた。


「使うなら、仕事で使え」


「はい」


 清太たちは、組みかけの骨を丁寧にほどかず、そのまま運べる形へまとめた。竹の端を布で包み、紙箱を湿らぬよう荷の内側に置く。


 怒鳴って来た時とは違う。


 足取りはまだ急いでいるが、向かう先ができていた。


 与八が馬の口を取り、渡し場まで案内する。


 小平が、少し離れて道を見る役についた。


 清太は去る前に、信長へ頭を下げた。


「俺は、那古野に止められたと怒鳴るところでした」


「怒鳴った」


「……はい。怒鳴りました」


「次から減らせ」


「減らします」


 清太は今度こそ、少しだけ笑った。


 笑えたなら、もう清洲の声だけでは動かない。


 那古野へ戻ると、信長は平手へ報告をまとめさせた。


「渡し場に、清太ら若い職人三名来る。竹三束、紙箱一つを持ち、祭礼の飾り台を組む仕事と称す。半七筋より、津島の祭礼支度に腕ある者が要ると聞いた由。榎本屋へ早馬を出し確認。小飾り台三つは要るが、清太らの名は未登録。榎本屋にて改めて受けるか決めることとし、役札を作る」


 平手は筆を進める。


 信長は続けた。


「清太らは怒りを見せたが、竹を仮組みし、腕は確かと見る。那古野は職人の腕を疑ったのではなく、誰がその腕を使うかを問うたもの。半七の名を残す」


 平手が顔を上げる。


「大殿へ」


「送る」


「坂井の名は」


「まだ書かぬ」


 信長は答えた。


「だが、半七が人を集め始めたことは重い。荷、人、職人。清洲門前の北蔵も絡む。父上には残す」


 新五が言った。


「半七そのものを押さえますか」


 信長は少し考えた。


「まだだ」


「理由は」


「半七を押さえれば、清洲門前の荷扱い一人の仕業にできる。今、あちらはそれを望むかもしれぬ」


 龍之介は、その言葉に頷いた。


 ここまで半七の名は何度も出ている。


 だが、半七だけを捕らえれば、そこで線が切られる。


 坂井大膳まで届かない。


 あるいは、大膳でなくとも、その上の清洲の仕組みまでは見えなくなる。


 信長は続けた。


「半七の足だけを見る。誰に会うか。どの蔵へ入るか。誰が半七を切ろうとするかも見る」


 勝三郎が目を上げた。


「切ろうとする者」


「こうも名が残れば、そろそろ邪魔になる」


 庭の空気が冷えた。


 清洲は、失敗した手を残すとは限らない。


 半七は使う者であると同時に、切られる者にもなり得る。


 平手が筆を止めた。


「半七を守るのでございますか」


「守るのではない」


 信長は言った。


「勝手に消されぬよう見る。口を消されれば、線が切れる」


 新五が深く頭を下げた。


「承知しました」


 龍之介は、信長の判断に戦の匂いを感じた。


 これはもう、祭礼支度の混乱だけではない。


 半七を使い、半七を切るかもしれぬ者との、次の段階に入っている。


 清洲では、坂井大膳が半七から報告を受けていた。


 清太たちは怒った。


 だが、渡し場で竹を仮組みさせられ、腕を認められたうえで榎本屋へ向かった。


 榎本屋へ確認も取られた。


 未登録と書かれた役札まで持たされた。


 大膳は、半七を責めなかった。


 ただ、薄く笑った。


「腕を見せたか」


「はい」


「怒りを仕事に戻されたな」


 半七は額を畳につける。


「申し訳ございませぬ」


「謝るな」


 大膳は言った。


「人を使えば、そうなることもある。三郎は、人を人として扱う。ならば、怒りを殺さず、仕事に戻す」


「次は」


 半七が言いかけた時、大膳の目が少し細くなった。


「半七」


「はい」


「お前の名が出すぎた」


 半七の背が強張る。


「申し訳」


「謝るなと言った」


 大膳の声は静かだった。


「お前はよく働いた。だが、名が残りすぎた者は、使い方を変えねばならぬ」


 半七は、顔を上げられなかった。


「私は、どうすれば」


「しばらく清洲門前に出るな」


「はっ」


「北蔵にも行くな。榎本屋にも近づくな。代わりに、別の口を使う」


 半七は、ほんの少し息を吐いた。


 切られるわけではなかった。


 だが、大膳はその息まで見ていた。


「安心したか」


 半七は凍りついた。


 大膳は扇を閉じる。


「安心するな。三郎はお前を見ている。お前を切る者が出るかどうかも見ているだろう」


 半七の顔から血の気が引いた。


「では」


「消えるな。逃げるな。目立つな」


 大膳は言った。


「それができぬなら、本当に消えることになる」


 半七は、震える声で答えた。


「承知しました」


 清洲の影は、使い続けた名を隠し、次の口を探し始めていた。


 夜、那古野の庭は静かだった。


 藤吉郎は、清太が残していった竹の小さな切れ端を見ていた。


 仮組みの時に出た端材である。


 捨てるには短い。


 だが、指で触ると、きれいに割られていた。


「怒っていても、仕事は丁寧でした」


 藤吉郎が言った。


 龍之介は隣に立つ。


「怒りと腕は、別だ」


「でも、怒っていると、全部悪く見えます」


「そうだな」


「若様は、怒りを止めませんでした」


「止めれば、もっと燃えた」


「仕事をさせたから、火が炉に入ったんですね」


 龍之介は少し笑った。


「いい見方だ」


 藤吉郎は、竹の切れ端を置いた。


「飯屋でも、怒っている人に先に水を出すと、少し話せる時があります。でも、忙しい時は、ついこちらも怒ります」


「それも人だ」


「俺は、清太さんみたいな人が来たら怖いです」


「怖くていい」


 龍之介は言った。


「怖いと思えば、相手を物のようには扱わない」


 藤吉郎は、その言葉を考えるように黙った。


 遠くで、寺の鐘が鳴った。


 祭礼の日限は近い。


 清洲の手は、物から人へ、人から怒りへ移った。


 そして今、半七の名が残りすぎている。


 次に起こるのは、半七を隠す動きか。


 半七を切る動きか。


 あるいは、新しい口を立てる動きか。


 龍之介は夜空を見た。


 呂布の武なら、怒る職人を伏せることはできる。


 郭嘉の知なら、怒りを使う筋も読める。


 だが、怒りを仕事へ戻すには、腕を認める場が要る。


 信長は今日、それを作った。


 若い乱暴な職人を叩き伏せず、竹を組ませた。


 その一手で、怒りは噂にならず、仕事になった。


 これは戦だ。


 槍も矢も飛ばないが、人の名と役と怒りをめぐる戦だ。


 そして、次はおそらく、半七の番である。


 龍之介は、庭の暗がりへ目を向けた。


 人を使う者は、使った人を最後まで守るとは限らない。


 そこを見落とせば、清洲の線は夜のうちに切れる。



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