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【連載版】呂布の武と郭嘉の知を授かった俺、信長の乱世で成り上がる  作者: あちゅ和尚


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第65話 縄の向き

 縄は、結べば同じに見える。


 だが、張る場所を間違えれば、祈りまで歪む。


 祭礼支度米の騒ぎが収まらぬうちに、今度は縄が来た。


 朝のうちだった。


 縄屋仁助の店先へ、太い縄束を載せた荷車が一台入ってきたのである。


 縄束は三つ。


 乾いた藁を太く綯い、ところどころに白い紙を挟んである。見た目だけなら、祭礼に使う縄のようにも見えた。


 荷車を引いてきた男は、清洲門前の綱屋源兵衛の使いだと名乗った。


 背は高く、声も大きい。


「津島の祭礼縄だ。急ぎで通してもらいたい。那古野の縄屋が見るなら、早く見てくれ」


 店の奥で縄を撚っていた仁助が、手を止めた。


 指先には、藁の粉がついている。


 仁助はゆっくり立ち、店先へ出た。


「どこの祭礼縄だ」


「津島だ」


「津島のどこへ張る」


「祭礼に使う」


「鳥居か。舟か。蔵口か。御旅所か」


 男は、わずかに詰まった。


「そこまでは聞いていない」


 仁助の目が細くなる。


「何尋だ」


「三束ある」


「何尋かと聞いている」


 男は、口を曲げた。


「縄屋なら、見れば分かるだろう」


 仁助の手が、縄束へ伸びかけた。


 その時、店先にいた若い職人が小さく息を呑んだ。


 縄の撚りが違う。


 荷を括る縄としては悪くない。


 だが、注連縄としては、どこか向きが悪い。


 仁助も当然、それを一目で見ていた。


 だから、顔が険しくなった。


 男はその顔を見逃さなかった。


「どうした。那古野の縄屋は、津島の祭礼縄を笑うのか」


 その一言で、店の空気が変わった。


 仁助の頬がぴくりと動く。


 職人の誇りを突かれた顔だった。


 だが、仁助は怒鳴らなかった。


 代わりに、店の小僧へ言った。


「那古野へ知らせろ。寺の慶順様にも来てもらえ。これは、店だけで決める縄ではない」


 男が鼻で笑った。


「決めるも何も、祭礼が待っている」


「だから、見る」


 仁助は縄束から手を離した。


「祭礼に使う縄を、間違った場所へ通す方が遅れになる」


 男は不満そうに舌打ちしたが、それ以上は言えなかった。


 仁助は店先に板を敷かせ、縄束を地面から上げた。


 祭礼縄と名乗るものを粗末には扱わない。


 だが、祭礼縄として通すかどうかは、まだ決めない。


 その場は、藁の匂いと、張り詰めた沈黙に包まれた。


 知らせを受けた信長は、すぐに縄屋へ向かった。


 同行したのは、新五、龍之介、藤吉郎、勝三郎、彦右衛門である。又左も来たが、信長は店に入る前に言った。


「又左、今日は縄を切るな」


「縄も人も、でございますな」


「分かっているならよい」


 又左は少しだけ肩をすくめ、店の外に立った。


 縄屋の店先には、すでに人が集まり始めている。


 津島の祭礼縄が来た。


 那古野の縄屋が見ている。


 清洲門前の綱屋の使いが待っている。


 それだけで、噂の種には十分だった。


 信長は縄束を見た。


「仁助」


「はい」


「どう見る」


 仁助は、まず頭を下げた。


「荷縄としては悪くありませぬ。太さもあります。括るには使えます」


 清洲門前の使いが、勝ち誇ったように口を開きかけた。


 だが、仁助は続けた。


「しかし、注連縄として張るには、撚りが違います。藁の選びも粗い。紙の挟み方も、祭礼の場所を知らぬ者の挟み方です」


 使いの顔色が変わる。


「那古野の縄屋が、津島の祭礼縄を粗いと言うのか」


 仁助の目に怒りが戻りかけた。


 だが、信長が先に言った。


「仁助は、津島を笑ったのではない。縄を見た」


 声は荒くない。


 だが、その一言で場が止まった。


 信長は慶順を見た。


「慶順。注連縄は、場所によって違うのか」


 慶順は縄束を見ながら頷いた。


「違います。鳥居へ張るもの、舟へ張るもの、蔵口へ張るもの、仮の場を清めるもの。それぞれ、太さも長さも扱いも違います」


「では、祭礼縄と言うだけでは足りぬな」


「はい。どこへ張るかが要ります」


 信長は、使いへ向いた。


「聞こえたか。どこへ張る縄だ」


「津島の祭礼だ」


「答えになっていない」


 信長は短く返した。


「鳥居か。舟か。蔵口か。御旅所か。どこだ」


 使いは黙った。


 藤吉郎が、縄束をじっと見ていた。


 信長が気づく。


「藤吉郎。何を見ている」


「白い紙です」


「言え」


「紙が挟んであります。でも、縄に合わせているというより、後からそれらしく差したように見えます。飯に梅干しを乗せれば全部弁当になる、というものではないと思います」


 仁助が一瞬だけ藤吉郎を見た。


 例えは飯屋のものだった。


 だが、筋は通っていた。


 慶順も静かに頷く。


「紙垂は、飾ればよいものではございませぬ。縄の向きと場に合わせるものです」


 使いが苛立った声を出した。


「細かいことばかり言う。だから祭礼が遅れる」


 龍之介は、その言葉を聞いた。


 これだ。


 米の時と同じ。


 足りない、急ぎ、祭礼に遅れる。


 大きな言葉で急がせ、細部を問えば遅らせているように見せる。


 ただ、今回は米ではない。


 縄屋の誇りを怒らせれば、清洲の思う壺だ。


 龍之介は仁助へ言った。


「張って見せられますか」


 仁助の目が龍之介へ向く。


「ここで、でございますか」


「はい。切らず、粗末にせず、祭礼縄として張れるかを見るだけです」


 信長が頷いた。


「よい。張れ。だが、切るな。祭礼縄として使えるか、使えぬかを、言葉だけでなく場に見せろ」


 仁助は深く頭を下げた。


「承知しました」


 縄屋の職人たちが、すぐに店の横へ竹を二本立てた。


 仮の柱である。


 仁助は問題の縄束をほどかず、端を丁寧に扱いながら、一本を張った。


 続いて、自分の店にあった注連縄用の新縄を横へ張った。


 並べると、違いははっきりした。


 清洲門前から来た縄は、強く引くと締まりすぎ、紙が斜めに寄った。藁の肌も荒く、飾りとして見せるには節が立ちすぎている。


 仁助の新縄は、太さは控えめだが、張った時に形が落ち着いた。紙垂も前を向く。


 見物していた者たちが、少しざわめいた。


 使いが声を上げる。


「見た目だけの話だ」


 仁助は、今度は怒らずに答えた。


「見た目も祭礼のうちです。だが、それだけではない。この縄は、荷を括るには強い。けれど、神前へ張れば締まりが強すぎ、紙を殺します」


「紙を殺す?」


 使いが笑いかけた。


 慶順が静かに言った。


「分かる言葉です。紙が風を受ける形にならぬなら、祓いの姿になりませぬ」


 使いの笑いが消えた。


 信長は、二本の縄を見比べた。


「つまり、この縄は使えぬのか」


 仁助は首を横に振った。


「注連縄としては使えませぬ。荷縄としては使えます。祭礼の荷を括る縄なら、むしろ役に立ちます」


 信長の目がわずかに動いた。


「捨てる縄ではない」


「はい。捨てる縄ではございません。ただ、張る場所が違います」


 龍之介は、その言葉を胸に置いた。


 米の時と同じではない。


 今回は、張って見せた。


 物の顔を場に出した。


 これなら、那古野の縄屋が津島の縄を笑ったとは言いにくい。


 むしろ、縄の役を正しく分けた形になる。


 信長は使いへ向いた。


「綱屋源兵衛は、この縄を何として出した」


「祭礼縄と」


「どこへ張ると聞いた」


「……津島の祭礼に要る、と」


「半七か」


 使いの肩がわずかに動いた。


 勝三郎がそれを見た。


「半七から聞いたな」


 使いは、しばらく黙った。


 やがて、小さく答える。


「はい」


 信長は続ける。


「源兵衛は、注連縄として出したのか。祭礼の荷を括る縄として出したのか」


「そこまでは」


「聞いていないのだな」


 使いは答えなかった。


 信長は仁助へ目を向ける。


「この縄をどう扱う」


 仁助は、慎重に答えた。


「注連縄としては通せませぬ。ですが、祭礼支度の荷を括る縄としてなら買えます。相場より少し落ちますが、荷縄としては使えます」


「源兵衛へ返すか」


「返せば、また祭礼縄として別へ回る恐れがあります」


「買えば、那古野が祭礼縄を奪ったと言われる」


 信長が言うと、仁助は苦い顔をした。


「はい」


 宗右衛門がいつの間にか来ていた。


 店先で話を聞いていたのである。


「若様。預かりがよろしいかと」


「言え」


「綱屋源兵衛へ返しを出します。この縄は、注連縄として張る場所と受け手が不明ゆえ、祭礼注連縄としては通せぬ。ただし荷縄としては使えるため、源兵衛が望むなら荷縄として相場で買う。あるいは張る場所と受け手を示せば、改めて祭礼縄として仁助殿が見立てる。どちらでもなければ返す、と」


 信長は少し考え、頷いた。


「三つだな」


 又左が外からぼそりと言う。


「最近、三つが多い」


 信長は振り返らない。


「覚えやすいだろう」


「はい」


 場にかすかな笑いが広がった。


 だが、仁助は笑わなかった。


 縄束を見つめ、深く息を吐いた。


「若様。お願いがございます」


「何だ」


「この縄を作った者を、笑わぬでいただきたい。荷縄としては悪くありません。祭礼縄として回した者が悪いのであって、縄を綯った手まで悪いとは限りませぬ」


 信長は、仁助を見た。


 そして、少しだけ笑った。


「よい。そう書け」


 仁助の目がわずかに揺れた。


「はっ」


「縄を作った者を責めぬ。祭礼縄として回した筋を問う。そう書け」


 龍之介は、その言葉に胸の奥が熱くなるのを感じた。


 職人の誇りは、怒りだけではない。


 正しく見て、正しく使うことでもある。


 仁助は、それを選んだ。


 縄束は、縄屋で預かることになった。


 注連縄としてではない。


 荷縄としての扱いである。


 ただし、源兵衛から返答が来るまでは使わない。


 仁助は、縄束の札を付け替えた。


 祭礼縄。


 その紙は破らない。


 だが、その横に別の札を添える。


 注連縄としての張り場所、受け手不明。


 荷縄としては使用可。


 綱屋源兵衛、半七の口利きあり。


 藤吉郎は、その札を見て言った。


「名前を消さずに、役を足すんですね」


 仁助が頷いた。


「消せば、なかったことになる。足せば、次に見る者が間違えにくい」


 藤吉郎は真剣に頷いた。


「飯の札でも、そうした方がいい時があります」


「飯屋の札も、馬鹿にできんな」


 仁助の声には、少しだけ柔らかさがあった。


 信長は、使いへ向いた。


「名は」


「庄助でございます」


「庄助。お前は戻って源兵衛へ伝えろ。注連縄としては張り場所と受け手を示せ。荷縄として売るなら相場で買う。返せと言うなら返す。ただし、半七の名は残した」


 庄助は、顔を青くした。


「半七様の名を」


「お前が言った」


「……はい」


「なら残る」


 庄助は反論できなかった。


 勝三郎が、庄助の顔を覚えるように見た。


 追わない。


 捕らえない。


 だが、消さない。


 それが、ここまでの那古野のやり方だった。


 那古野へ戻ると、信長は平手へ報告をまとめさせた。


「清洲門前の綱屋源兵衛より、祭礼縄と称する縄束三つ、縄屋仁助へ届く。半七の口利きあり。張る場所、受け手、長さ不明。仁助、慶順立ち会いのもと仮張りし、注連縄としては撚り、藁、紙垂の向き合わず。荷縄としては使用可と見る」


 平手の筆が滑る。


 信長は続ける。


「祭礼縄としては通さず、荷縄として預かる。源兵衛へ、張る場所と受け手を示すか、荷縄として相場で売るか、返すかを問う。縄を綯った者は責めず、祭礼縄として回した筋を問う」


 平手が顔を上げた。


「大殿へ」


「送る」


 信長は答えた。


「祭礼支度米に続き、祭礼縄だ。半七の名もまた出た。残しておく」


「坂井の名は」


「まだ書かぬ」


 平手は頷いた。


 又左が腕を組んだ。


「米、縄と来ました。次は紙でしょうか」


 信長は庭の外へ目を向けた。


「紙だろうな」


 新五も頷く。


「紙はさらに厄介です。御幣にも札にも包みにもなります」


「だから先に聞く」


 信長は言った。


「紙なら、何に使う紙か。何枚要るか。誰が受けるか。だが、それだけでは足りぬ。紙は書かれれば札になる。切れば御幣になる。包めば供物になる。形を変えやすい」


 藤吉郎が、静かに聞いていた。


 信長はその目に気づく。


「藤吉郎。今日、何を見た」


「縄にも、向きがあることです」


「それだけか」


「いいえ。荷縄として悪くない縄でも、注連縄にはならない。だから、物が悪いかどうかだけではなく、どこに使うかを見ないといけないと思いました」


 信長は頷いた。


「よい」


 藤吉郎は続けた。


「それと、仁助様は怒りませんでした。怒ったら、相手の言いたい形になったと思います」


 仁助はその場にいなかった。


 だが、龍之介は藤吉郎の言葉を聞いて、静かに頷いた。


 職人の怒りを使う。


 清洲の狙いは、そこにあった。


 仁助は怒らず、張って見せた。


 それが今日の勝ちだった。


 信長は言った。


「怒りは、正しく使え。怒る前に張れ。斬る前に見せろ」


 又左が少しだけ顔をしかめた。


「若、それは私へも言っておりますか」


「半分な」


「残り半分は」


「わし自身へだ」


 場が静かになった。


 信長は、まだ若い。


 だが、自分の怒りもまた相手に使われると分かっている。


 龍之介は、そのことを重く見た。


 清洲では、坂井大膳が庄助から報告を受けていた。


 祭礼縄として送った縄は、注連縄としては通らなかった。


 だが、荷縄として使えると見られた。


 縄を綯った者は責められず、祭礼縄として回した筋が問われた。


 半七の名も残った。


 大膳は、しばらく黙っていた。


「仁助は怒らなかったか」


 庄助は頭を下げる。


「はい。怒りかけましたが、張って見せました」


「張って見せた」


 大膳は、低く繰り返した。


「職人は、口で怒るより、物を見せる方が強い。厄介なことをした」


 半七が控えていた。


 大膳は半七へ目を向ける。


「縄は弱かったか」


「いえ。荷縄としては十分でございます」


「だから選んだ」


 大膳は言った。


「粗悪品なら、すぐ切られる。使える縄だから、怒らせられると思った」


 半七は額を畳につける。


「申し訳ございませぬ」


「謝るな。効いてはいる。那古野は、物ごとに目を割かれている。米、縄、次は紙。祭礼の支度は多い」


 大膳は扇を開いた。


「次は紙だ」


 半七は顔を上げた。


「御幣でございますか」


「御幣でもよい。札でもよい。包み紙でもよい。紙は姿を変える。切れば祈り、書けば札、包めば供物。どれとして出すかで、相手の目を迷わせられる」


「那古野は、何に使う紙か、何枚か、誰が受けるかを問うでしょう」


「問うだろう」


 大膳は薄く笑った。


「だから、受け手を立てる。祭礼方の名も添える。ただし、紙の質を揺らす」


「質を」


「白さ、厚み、折り目。紙屋なら分かる。だが、分かるからこそ言えば角が立つ。祭礼に使う紙を粗いと言えば、また言える。那古野は津島の支度を侮ったと」


 半七は静かに頭を下げた。


 大膳は窓の外を見た。


「米は腹を満たす。縄は場を分ける。紙は名を変える。次は、その紙で行く」


 清洲の影は、注連縄から、祭礼の紙へ移ろうとしていた。


 夕暮れ、縄屋仁助の店先では、二本の縄がまだ仮柱に張られていた。


 片方は、清洲門前から来た縄。


 もう片方は、仁助の新縄。


 見物人は散ったが、藤吉郎はしばらくそこに立っていた。


 龍之介も隣にいる。


「並べると分かりますね」


 藤吉郎が言った。


「ああ」


「口で悪いと言うより、張った方が分かる」


「そうだな」


「でも、荷縄としては悪くないと言ったのが、よかったと思います」


 龍之介は藤吉郎を見た。


「なぜだ」


「全部悪いと言えば、作った人まで敵になります。使える場所を言えば、縄は無駄になりません」


 龍之介は、ゆっくり頷いた。


 その通りだった。


 清洲は、怒らせようとしている。


 馬借を。


 商人を。


 若衆を。


 縄屋を。


 怒った者が言いすぎれば、その言葉を拾って噂にする。


 だから、怒りを捨てるのではない。


 形に変える必要がある。


 仁助は、張って見せた。


 信長は、それを選ばせた。


 龍之介は、二本の縄を見た。


 呂布の武なら、縄ごと荷車をひっくり返すこともできる。


 郭嘉の知なら、半七の狙いを見ることはできる。


 だが、縄そのものの役を殺さず、罠だけを外すには、仁助の目が要る。


 この戦は、龍之介一人では勝てない。


 縄を見る者。


 米を見る者。


 紙を見る者。


 水を見る者。


 人を見る者。


 それぞれの目が増えるほど、清洲の手は通りにくくなる。


 風が吹き、二本の縄に挟まれた紙が揺れた。


 片方は斜めに寄り、片方は静かに正面を向いている。


 ほんの小さな違いだった。


 だが、その違いが祭礼の場では大きな意味を持つ。


 龍之介は、次に来る紙のことを思った。


 紙は、縄よりもさらに姿を変える。


 白いままなら紙。


 切れば御幣。


 書けば札。


 包めば供物。


 名を変えるには、うってつけだ。


 遠くで、寺の鐘が鳴った。


 祭礼の日限は、さらに近づいている。


 清洲の手もまた、次の形を選び始めていた。



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