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【連載版】呂布の武と郭嘉の知を授かった俺、信長の乱世で成り上がる  作者: あちゅ和尚


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第47話 鍛冶宿の灰

 鍛冶宿は、清洲門前の火の腹だった。


 表には鍬や鎌、馬の金具、釘、折れた小刀を直す鍛冶の店が並ぶ。裏へ回れば、炭殻、灰、鉄屑、切れた縄、使い古しの札が混じる。荷が入り、火が入り、人が出入りする。


 証を消すには、都合がよすぎる場所だった。


 信長は朝の庭で、与吉が持ってきた鉄屑を見ていた。


 割れた釘。


 欠けた鎌の刃。


 火にかけられて黒くなった薄い鉄片。


 与吉は、それらを一つずつ指で分けながら言った。


「鍛冶場の灰は、ただの灰ではありませぬ。炭の灰、鉄の粉、焼いた縄、木札の焦げ。混じれば分かりにくくなります」


 藤吉郎が覗き込む。


「全部、黒くなります」


「黒くなっても、同じではない」


 与吉は短く言った。


「縄は焦げると匂いが残る。木札は灰の中に薄い形が残る。鉄粉は指に残る。火に入れたつもりでも、全部は消えませぬ」


 信長は頷いた。


「なら、消そうとする者を見る」


 庭には、平手、新五、龍之介、勝三郎、藤吉郎、彦右衛門、又左がいた。源太と孫七も控えている。権六は勘十郎の館へ向かっていた。清洲門前の噂が、弟の若衆の場へ混じらぬようにするためである。


 信長は土に線を引いた。


 休み小屋。


 飯屋。


 寺の馬留め。


 渡し場。


 清洲門前の鍛冶宿。


「多吉は、鍛冶宿の裏で頼まれたと言った。なら、そこへすぐ踏み込めば、向こうは空にする」


 又左が言う。


「もう空にしているかもしれませぬ」


「なら、空にした跡を見る」


 信長は即座に返した。


「昨日まであったものがない。いつも捨てる灰が濡れている。鉄屑の山が動いている。飯を食っていた者が来ない。消したつもりの跡を見ろ」


 藤吉郎が小さく頷く。


「来ない飯も見るんですね」


「そうだ」


 信長は藤吉郎へ目を向けた。


「飯屋を見る。だが、深追いするな」


「はい」


「彦右衛門は灰と縄を見る。新五は筋を見る。勝三郎は顔を見る。龍之介は、火を見る」


「火でございますか」


 龍之介が問うと、信長は頷いた。


「証を消す者は、最後は火に頼る。だが、火は広がる。広がれば、証どころではない」


 龍之介は、鍛冶宿の裏を思った。


 炭。


 灰。


 鉄。


 乾いた木札。


 縄。


 火が出れば、荷も人も巻き込む。


 呂布の武なら、火の中でも飛び込めるかもしれない。だが、今日必要なのは火を大きくしないことだ。


 信長は最後に言った。


「今日は、鍛冶宿を斬る日ではない。鍛冶宿が何を消そうとしているかを見る日だ」


 又左が小さく息を吐いた。


「また見る日ですか」


「まただ」


 信長は笑った。


「だが、火が出れば動け」


 又左の目が少しだけ明るくなった。


「承知しました」


 清洲門前の鍛冶宿は、いつも通りに見えた。


 表では槌の音がしている。


 火床の赤い光がちらつき、炭の匂いと焼けた鉄の匂いが風に混じる。馬方が馬の金具を持ち込み、農夫が欠けた鍬を抱え、下働きの少年が水桶を運んでいる。


 だが、龍之介には、どこか薄い感じがした。


 人はいる。


 火もある。


 音もある。


 それなのに、いつもの騒がしさより少し浅い。


 藤吉郎は飯屋へ向かった。


 新五と龍之介は、鍛冶宿の表ではなく、横の細い道へ回る。彦右衛門は古い釘を買う年寄りのように店先へ立ち、勝三郎は何気なく通りの者の顔を見ていた。又左と源太、孫七はさらに離れ、清洲門前の雑踏に紛れる。


 藤吉郎が戻ってきたのは、半刻も経たぬうちだった。


「飯屋に、昨日の水だけの男が来ていません」


「来ない飯か」


 龍之介が言うと、藤吉郎は頷いた。


「はい。あと、鍛冶宿の下働きが二人、朝の粥を食べに来ていません。飯屋の人が、今日は早くから裏で灰を片づけていると言っていました」


 新五の目が細くなる。


「裏か」


 彦右衛門も、店先から戻ってきた。


「裏の灰捨て場が、妙に濡れております」


「水を撒いたのか」


「はい。ですが、火を消す水ではありませぬ。灰を固めるための水です。灰の中身を混ぜて、形を分かりにくくしている」


 龍之介は裏道へ目を向けた。


 鍛冶宿の裏には、低い塀がある。ところどころ崩れ、灰や炭殻を捨てる場所へ小道が続いている。そこに、下働きの少年が二人、黙って灰をかき混ぜていた。


 一人は、本当に灰を片づけている。


 もう一人は違う。


 灰の下へ何かを押し込んでいる。


 龍之介はそう感じた。


「新五殿」


「見えている」


 新五は短く答えた。


 その時、裏口から男が一人出てきた。


 鍛冶職人のような前掛けをしているが、手の動きが鍛冶ではない。火を扱う者にしては、火床を見る目が浅い。前掛けは煤で汚れているが、袖口だけが妙に新しい。


 男は下働きに言った。


「その灰は、奥へ持っていけ」


 下働きが頷き、灰を入れた小さな桶を持つ。


 彦右衛門が低く言う。


「灰を捨てるなら、奥ではなく外です」


「奥へ持っていく理由がある」


 龍之介は答えた。


 奥には、火床がある。


 火に入れ直すつもりか。


 あるいは、灰の中のものをさらに焼くつもりか。


 新五は動かない。


 今はまだ、灰を持っているだけだ。


 男は下働きの一人へ何かを渡した。


 細い紐のようなもの。


 下働きはそれを袖へ入れようとして、落としかけた。慌てて拾い、灰桶の中へ押し込む。


 龍之介の胸が冷えた。


 札紐だ。


 浜屋のものか。


 あるいは、替え紐か。


 男は周囲を見た。


 見られていると感じたのかもしれない。


 その目が、一瞬だけ龍之介たちのいる細道へ向いた。


 新五が、何気なく道端の古い桶へ目を落とす。龍之介も視線を外す。彦右衛門は釘を選ぶふりをした。


 男は裏へ戻った。


 下働きが灰桶を抱え、奥へ入る。


 その後を、龍之介たちは少し間を置いて追った。


 鍛冶宿の奥は、熱かった。


 火床が二つ。


 一つは表の仕事に使われ、もう一つは奥で細かな金具を直すためのものらしい。だが、奥の火床には今、仕事らしい鉄が置かれていなかった。


 代わりに、灰桶が近づけられている。


 下働きは震えていた。


 前掛けの男が、低く言う。


「早く入れろ」


「でも」


「灰だ。燃やしても同じだ」


「中に紐が」


「灰だと言え」


 男の声が荒くなる。


 その瞬間、藤吉郎が小さく言った。


「紐を燃やします」


 龍之介は頷いた。


 動く時だ。


 新五が先に声をかけた。


「その灰、少し見せてもらおう」


 前掛けの男が振り返る。


「鍛冶場の灰に、何の用だ」


「昨日から、荷の札紐が替えられている。灰の中に、似たものがあるかもしれぬ」


「知らぬ」


 男は下働きへ目を向けた。


「入れろ」


 下働きが、反射的に灰桶を火床へ傾ける。


 龍之介は踏み込んだ。


 速すぎない。


 だが、灰が火へ落ちる前に、桶の底を下から支える。


 灰桶が止まった。


 熱い空気が顔に当たる。


 男が火箸を掴んだ。


「邪魔をするな!」


 火箸が横から来る。


 龍之介は灰桶を片手で支えたまま、身を沈めた。火箸の先が肩の上を抜ける。次の瞬間、龍之介は男の手首ではなく、火箸の根元を押さえた。


 熱い。


 だが、離さない。


 男は力任せに引こうとする。


 呂布の武が、押し返せと言う。


 腕ごと砕け。


 火箸ごと叩き折れ。


 龍之介は、息を吐いた。


 折らない。


 火箸の力を横へ流し、男の肘を外へ開かせる。そこへ又左が飛び込んできた。


 槍は使わない。


 石突きで男の足元を止める。


「火の前で暴れるな!」


 又左の声が鍛冶場に響いた。


 下働きが悲鳴を上げる。


 灰桶が傾き、灰が少し火床へ落ちた。


 火が跳ねた。


 小さな火の粉が、近くの乾いた縄屑へ飛ぶ。


 孫七が動いた。


 筒ではない。


 水桶だ。


 昨日から水と飼葉を運んだ手が、今日は火を消すために水桶を掴んでいた。孫七は水を一気にかけず、火の粉の周りへ落とす。源太が乾いた縄屑を足で払う。


 火は広がらなかった。


 龍之介は灰桶を床へ下ろした。


 男はなおも逃げようとしたが、勝三郎が裏口の前に立っている。


 新五が静かに言った。


「そこまでだ」


 前掛けの男は、荒い息を吐いた。


 火箸は龍之介の手の中で止まっている。


 龍之介の掌は少し焼けたように痛んだが、骨は折れていない。


 男の腕も折っていない。


 又左が男を押さえながら、ちらりと龍之介の手を見た。


「熱くないのか」


「熱いです」


「なら離せ」


「もう離しました」


 藤吉郎が、灰桶を覗き込んだ。


「紐があります」


 新五がすぐに言う。


「触るな」


「触りません」


 藤吉郎は手を引っ込め、しかし目は離さなかった。


 灰の中に、細く切られた札紐があった。


 それだけではない。


 焦げた木札の欠片。


 小さな鉄片。


 そして、半ば焼けた木札の端に、坂の字に似た傷が残っていた。


 あまりにも見覚えのある傷だった。


 坂井大膳の名を示すようで、しかし示しすぎる傷。


 見せ札かもしれない。


 だが、鍛冶宿の裏で、証を焼こうとした灰の中にあった。


 それだけで十分だった。


 前掛けの男は、すぐには名を言わなかった。


 鍛冶宿の職人たちは、遠巻きに見ている。騒ぎが大きくなれば、清洲門前全体に広がる。信長の命は、踏み込みすぎるな、である。


 新五は、男をその場で縛り上げなかった。


 代わりに、鍛冶宿の親方を呼ばせた。


 親方は、白髪混じりの男だった。


 火床の前へ出ると、前掛けの男を見て顔をしかめる。


「こいつは、うちの者ではない」


 新五が問う。


「では、なぜ前掛けをしている」


「朝、清洲御用の細工物があると言って、裏を使わせろと来た」


「誰の御用だ」


 親方は口を閉じた。


 その沈黙を、新五は見逃さない。


「誰の御用だ」


「坂井様方の、と」


 また、様方。


 彦右衛門が灰桶の中を見て言った。


「親方。この灰は、鍛冶場の灰ではない。休み小屋の灰が混じっております」


 親方は驚いた顔をした。


「分かるのか」


「炭が違います。鍛冶場の炭は、もう少し硬い。これは休み小屋で使う粗い炭と薪の灰が混じっている」


 龍之介は、彦右衛門の横顔を見た。


 古参の足軽の目は、また道をつないだ。


 休み小屋の灰。


 鍛冶宿の火。


 札紐。


 坂に似た傷。


 これで、休み小屋と鍛冶宿が一本になった。


 親方は、苦い顔で言った。


「うちの火を、こんなことに使われては困る」


 新五は静かに答える。


「なら、その言葉を覚えておいていただきたい。今は大声を出さぬ。だが、この灰と男は、こちらで預かる」


「清洲が」


「清洲の誰が困るのか、こちらも知りたい」


 親方は黙った。


 新五は、親方へ向き直った。


「鍛冶宿の火を荒らした者として、こちらで預かる。親方殿が清洲門前で騒ぎ立てた形にはせぬ」


前掛けの男は暴れようとしたが、又左に肩を押さえられて動けない。


 男は低く言った。


「俺を連れていけば、清洲が黙っていない」


 新五が問う。


「清洲の誰だ」


 男は口を閉じた。


 龍之介は、その口を見た。


 用意された沈黙。


 だが、先ほどの火への焦りは本物だった。


 証を焼く必要があった。


 その事実だけで、十分に重い。


 勝三郎が灰桶を手拭いで覆う。


「持ち帰ります」


 藤吉郎は飯屋の方をちらりと見た。


「来なかった飯、当たりでした」


 龍之介は頷いた。


「そうだな」


 来ない者。


 食べない者。


 灰を急ぐ者。


 消えるものを見た先に、火があった。


 那古野へ戻る道で、龍之介の掌はじんじんと痛んだ。


 火箸の根元を押さえた時、熱が移ったのだろう。大きな火傷ではない。だが、皮膚が赤くなっている。


 孫七が心配そうに見た。


「冷やしますか」


「大丈夫です」


「水はあります」


「では、少しだけ」


 孫七は水筒を差し出した。


 源太が横で言う。


「火を消すの、うまかったな」


 孫七は照れたように俯く。


「筒ではありませんでした」


「筒で撃つより、今日の方が役に立った」


 源太がそう言うと、孫七は驚いた顔をした。


 又左も聞いていた。


「確かに、今日筒を撃っていたら大騒ぎだ」


 孫七は、布に包んだ筒を見下ろした。


「撃たないことも、役でしょうか」


 龍之介は頷いた。


「役です。今日は、火を広げないことが戦でした」


 孫七は、深く頷いた。


 藤吉郎が横から言う。


「水も武器ですね」


 新五がすぐに言った。


「食べ物から離れたと思ったら、今度は水か」


「大事です」


「それはそうだ」


 少しだけ笑いが生まれた。


 だが、その後ろには、灰桶と捕らえた男がある。


 笑いは長く続かなかった。


 信長は、灰桶の中身を一つずつ見た。


 焦げた札紐。


 焼け残った木札。


 小さな鉄片。


 坂に似た傷。


 そして、前掛けの男。


 親方から預かった言葉も伝えられた。


 うちの火を、こんなことに使われては困る。


 信長は、その言葉に少しだけ笑った。


「鍛冶宿も怒ったか」


「はい」


 新五が答える。


「ただし、表立って騒がせてはおりませぬ」


「よい」


 信長は灰桶を見下ろした。


「休み小屋の灰が、鍛冶宿の火へ運ばれた。証を焼くためだな」


 彦右衛門が頷く。


「灰に混じっても、完全には消えておりませんでした」


 平手が静かに言う。


「清洲の手が、かなり慌てておりますな」


「多吉が戻らぬ。休み小屋が閉じぬ。作兵衛も立っている。だから、鍛冶宿の裏を焼きに来た」


 信長の目が鋭くなる。


「焦ったな」


 又左が問う。


「今度こそ、清洲へ突きつけますか」


 信長は、少し考えた。


 庭に沈黙が落ちる。


「突きつける」


 又左の顔が明るくなりかけた。


 だが、信長は続けた。


「ただし、大膳へではない。父上へ先に送る」


 平手が頷いた。


「大殿へ」


「そうだ」


 信長は灰の中の木札を指で示した。


「坂に似た傷はある。だが、分かりやすすぎる。これを大膳の証として突きつければ、逃げられる。まず父上へ送る。清洲門前で、荷札、縄、銭、休み小屋、鍛冶宿の火が繋がったと」


 龍之介は、信長の横顔を見た。


 ついに、表へ出す段階が近づいた。


 だが、相手の名を決めつけない。


 証の束を、父である信秀へ送る。


 信長が勝手に清洲を騒がせるのではなく、大殿の重みを使う。


 新五が言った。


「灰桶、札紐、縄端、銭、多吉、今日の男。すべてまとめます」


「平手。文を作れ」


「承知しました」


 藤吉郎が小さく手を上げた。


「飯屋の話も入りますか」


 信長は少し笑った。


「入る」


「飯を食べない人も」


「入る。ただし、飯を食べない人とは書くな」


「では」


「飯屋において、飯を求めず人の反応を見ていた者、と書け」


 藤吉郎は真剣に頷いた。


「はい」


 信長は龍之介へ向いた。


「龍之介。手は」


「少し熱いだけです」


「そうか」


 信長は、ほんのわずかに目を細めた。


「火箸を受けたか」


「受けたというほどでは」


「受けたのだろう」


 龍之介は黙った。


 信長は言った。


「次から、火の前では手拭いを巻け」


「承知しました」


 場に小さな笑いが起きた。


 だが、信長の目は笑っていなかった。


「火は人を焦らせる。焦った者は、思ったより早く刃を出す。次は、灰では済まぬかもしれん」


 龍之介は深く頭を下げた。


「肝に銘じます」


 その夜、清洲では坂井大膳が、鍛冶宿の騒ぎを聞いていた。


 前掛けの男は戻らない。


 灰も戻らない。


 鍛冶宿の親方は、表向きは何も言っていないが、不機嫌を隠していない。


 大膳は、長く沈黙した。


 控えの男が震える声で言う。


「灰は、焼けたものと思われます」


「思われます、ではない」


 大膳の声は冷たかった。


「戻っておらぬ時点で、焼けていないと思え」


「申し訳ございませぬ」


「謝る暇があるなら、鍛冶宿から手を引け」


「はい」


「親方にも触るな。今触れば、こちらの手が見える」


 控えの男は深く頭を下げた。


 大膳は目を細める。


「三郎は、父へ送るだろうな」


「大殿へ」


「そうだ。直接こちらへ来ず、信秀殿へ送る。小賢しい」


 その声には苛立ちがあった。


 だが、同時に警戒もある。


「龍之介という流れ者」


 大膳は低く言った。


「火の前でも、斬らずに止めたか」


「そのように」


「厄介だな」


 控えの男は黙っていた。


 大膳は、しばらくして言った。


「清洲の表を整えろ。こちらからは、荷筋の乱れを憂う文を用意する。先に騒がれては困る」


「承知しました」


「それと、勘十郎様の若衆の場をもう一度見ろ」


 控えの男が顔を上げる。


「勘十郎様を、でございますか」


「三郎が父へ送るなら、こちらは弟の場を揺らす。清洲門前の荷騒ぎに兄が深入りし、尾張の商いを乱している。そういう声は、若い場に入りやすい」


 大膳は、静かに息を吐いた。


「火を消されたなら、別の火をつける」


 清洲の影は、再び勘十郎の場へ目を向けた。


 那古野の夜。


 龍之介は、手に濡れた布を巻いていた。


 火箸を押さえた掌は、まだ熱を持っている。大きな傷ではない。だが、痛みは残る。


 藤吉郎が心配そうに見ていた。


「痛いですか」


「少し」


「飯を食べれば治りますか」


「治らない」


「では、水ですね」


「それも違う」


 藤吉郎は真剣に悩んだ。


 龍之介は少し笑い、それから鍛冶宿の方角を思った。


 休み小屋の灰。


 鍛冶宿の火。


 焦げた札紐。


 坂に似た傷。


 信長は、証を父へ送る。


 清洲へ直接ぶつけない。


 だが、清洲は必ず別の火をつける。


 勘十郎の場。


 若衆。


 竹若、弥八郎、佐吉。


 太刀はまだ鞘のまま置かれている。


 そこへ、兄が商いを乱しているという声が入れば、また若い腹が動く。


 龍之介は手を握った。


 まだ斬る時ではない。


 だが、火は近づいている。


 鍛冶宿の火を消した次は、人の腹に火がつくかもしれない。


 それは水では消えない。


 言葉と役と、戻る道で消すしかない。


 夜風が、どこか焦げた匂いを運んできたような気がした。


 龍之介は清洲の方角から、勘十郎の館の方角へ目を移した。


 戦場は、また家中へ戻ろうとしている。


第47話─了

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信長の方が郭嘉の知を持ってるね
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