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【連載版】呂布の武と郭嘉の知を授かった俺、信長の乱世で成り上がる  作者: あちゅ和尚


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第15話 炭と不満

 清洲で坂井大膳が次に選んだ刃は、噂ではなかった。


 不満だった。


 噂は速い。


 だが、軽い。


 聞いた者が笑えば、その場で欠ける。


 けれど不満は違う。


 腹の底に残る。


 飯が少ない。


 仕事が増えた。


 誰かだけが得をしている。


 そういう小さな棘は、人の中に刺さると抜けにくい。


「那古野は、火縄筒を鳴らしたそうだな」


 大膳は、部屋の隅に控える男へ言った。


「はい。猪狩りの名目にございます」


「猪狩りか」


 大膳は薄く笑った。


「猪を撃つために、火縄筒を整え、玉を分け、火縄を乾かすか。織田三郎らしい、雑な隠し方だ」


 控えの男は頭を下げた。


「されど、一挺は鳴らなかったとも」


「それも聞かせたのだろう」


「聞かせた、でございますか」


「すべて鳴ると聞けば、こちらは警戒する。すべて鳴らぬと聞けば、侮る。二つ鳴り、一つ鳴らぬ。これが一番、気持ち悪い」


 大膳は指で膝を叩いた。


「ならば、筒そのものを探るより、筒の周りを鳴らせ」


「筒の周り?」


「鍛冶場。炭。鉄。火縄。玉。そして、それを扱わされる者だ」


 男の目が少し動いた。


 大膳は続ける。


「火縄筒は、ただ筒だけでは動かぬ。炭が要る。職人の手が要る。扱う足軽が要る。足軽には家があり、畑があり、飯がある」


 声は静かだった。


「若が筒に凝れば、鍛冶場は疲れる。筒を持たされる者は畑から離される。家は困る。そういう話を、少しずつ置け」


「誰へ」


「炭を運ぶ者。鍛冶場の下働き。足軽の家。馬屋でもよい。大声で言うな。愚痴のように言え」


 男は深く頭を下げた。


「承知しました」


「山本龍之介は、詰まりを見ると言うたな」


 大膳は薄く笑った。


「ならば、詰まらせてみよう。力で押し込まぬ。人の腹に小石を置くだけでよい」


 清洲の部屋は静かだった。


 だが、その静けさの中で、また別の道へ不満が放たれた。


 那古野の鍛冶場は、朝から熱かった。


 炭の匂い。


 鉄の匂い。


 油の匂い。


 火縄筒を見分けてから、与吉の仕事は増えていた。


 鳴る筒。


 直せば鳴る筒。


 今は出せぬ筒。


 それらを分けるだけならまだよい。


 問題は、その後だ。


 火皿を直す。


 口の具合を見る。


 玉の合う袋を分ける。


 火縄を湿らせぬ包みを考える。


 槍の穂先も、馬具の金物も、いつも通り直さねばならない。


 仕事は減らない。


 増えるだけだ。


 与吉は火の前で、太い腕を組んで唸っていた。


「炭が悪い」


 龍之介は隣に立っていた。


「悪い、とは」


「火の持ちが違う。いつもの炭より、湿りがある。火が安定せぬ」


 与吉は炭を一つ取り、割って見せた。


 中の色が少し違う。


 龍之介には詳しいことまでは分からない。


 だが、与吉の顔を見れば、それが小さな違いで済まないことは分かった。


「誰が運びました」


「いつもの炭売りではない。代わりだと言って来た」


 藤吉郎が、横から口を出した。


「その炭売り、声が大きかったです」


 与吉が振り返る。


「小僧、いたのか」


「いました。炭の匂いは飯の匂いではありませんが、腹は減ります」


「何を言っておる」


 新五が藤吉郎を軽く睨んだ。


「余計なことはいい。何を聞いた」


 藤吉郎は真面目な顔に戻った。


「炭売りが言っていました。『火縄筒のせいで鍛冶場は炭を食う。今に槍も馬具も後回しになる』と」


 与吉の眉が跳ねた。


「何だと」


「小声でした。でも、下働きに聞こえるような小声です」


 龍之介は息を吐いた。


 来た。


 清洲かどうかは断じない。


 だが、狙いは分かる。


 火縄筒そのものを壊すのではない。


 火縄筒の周りに不満を置く。


 鍛冶場の仕事が増える。


 炭が足りない。


 槍や馬具が後回しになる。


 そう思わせれば、火縄筒は城内で嫌われる。


 信長の新しい動きが、古い仕事を圧迫しているように見える。


「与吉殿」


 龍之介は頭を下げた。


「火縄筒のせいで、槍や馬具が遅れておりますか」


 与吉はむっとした顔をした。


「遅らせるつもりはない」


「つもりではなく、実際には」


 与吉は少し黙った。


 それから、苦々しく言った。


「少し、詰まりかけている。火縄筒は手がかかる。若の目もある。だから、下の者はそちらを先に触りたがる」


 正直な言葉だった。


 龍之介は頷いた。


「では、炭売りの言葉は嘘だけではありませぬ」


 与吉の目が鋭くなる。


「俺が筒にかまけていると言いたいのか」


「違います。嘘にするには、こちらで詰まりをなくさねばならないということです」


 新五が静かに言った。


「槍、馬具、火縄筒。それぞれの急ぎを分けるべきだな」


「分ければ済むほど人手はない」


 与吉は言った。


 龍之介は鍛冶場の奥を見た。


 若い下働きたち。


 汗を流しながら、火の前で動いている。


 その顔にも疲れがある。


 新しいことが始まる時、光が当たるのは信長や龍之介や火縄筒だ。


 だが、実際に手を動かす者は、仕事が増える。


 そこを見落とせば、改革は恨みに変わる。


 信長の言葉がよみがえった。


 物は黙って動く。


 人は黙って恨む。


「若様へ上げましょう」


 龍之介が言うと、与吉は顔をしかめた。


「俺が泣き言を言ったように聞こえる」


「泣き言ではありませぬ。鳴る筒を作るために、鳴る槍と鳴る馬具を止めてはならない、という話です」


 与吉は一瞬きょとんとした。


「槍は鳴らぬ」


「失礼しました」


 藤吉郎が小さく笑った。


 与吉も、少しだけ口元を動かした。


「まあ、言いたいことは分かる」


 新五はすでに立ち上がっていた。


「若へ上げる。炭売りの話は、まだ外へ出すな」


「承知」


 与吉は頷いた。


 藤吉郎が手を挙げる。


「炭売りの顔、見ています」


「お前は見すぎだ」


 新五が言うと、藤吉郎は胸を張った。


「見るだけなら、ただです」


 龍之介は思わず苦笑した。


 ただではない。


 見ることには危険がつく。


 だが、この少年はもう、その危険の入口に立っている。


 信長は、鍛冶場の話を聞いてすぐに庭へ出た。


 広間ではなかった。


 庭に、与吉、蔵番、馬屋頭、台所の年長、門番頭を呼ばせた。


 平手様、権六、新五、龍之介、藤吉郎もいる。


 又左は木槍を持ったままやってきた。


「若、何事で」


「炭が悪い」


 信長は短く言った。


 又左は目を瞬いた。


「炭、でございますか」


「そうだ。炭だ」


 信長は、庭に置かれた炭を指した。


 与吉が説明する。


 いつもの炭と違うこと。


 湿りがあること。


 火縄筒の仕事が増え、槍や馬具の修繕が詰まりかけていること。


 そして、炭売りが妙な愚痴を残したこと。


 話を聞くうちに、又左の顔が険しくなった。


「その炭売りを捕まえれば」


「またそれか」


 新五が低く言う。


 又左は口を閉ざした。


 信長が笑う。


「捕まえてもよい。だが、捕まえたところで、炭の湿りは直らぬ」


 又左は悔しそうに頷いた。


 信長は与吉へ向いた。


「火縄筒の仕事で、槍や馬具が遅れるのはまずい」


「はっ」


「だが、火縄筒も止めぬ」


「はっ」


「ならば、分けるしかない」


 与吉が眉をひそめる。


「人手が足りませぬ」


「足りぬなら、まず仕事の順を見せろ」


 信長は平手様へ向いた。


「爺」


「はい」


「鍛冶場の仕事を、急ぎと急ぎでないものに分ける。与吉だけに背負わせるな。槍、馬具、火縄筒。それぞれで、誰が待っているかを明らかにしろ」


 平手様が頷く。


「承知しました」


 信長は龍之介を見た。


「龍之介。お前はどう見る」


 龍之介は一歩進み出た。


「火縄筒を嫌わせる種を置かれています」


「うむ」


「火縄筒のせいで炭が足りない。火縄筒のせいで槍が遅れる。火縄筒のせいで鍛冶場が疲れる。そう言われれば、筒は敵より先に味方に嫌われます」


 与吉が唇を引き結ぶ。


 龍之介は続けた。


「ですので、筒のために他を削るのではなく、筒のために鍛冶場全体の詰まりを減らす形にすべきです」


「具体的には」


「まず、悪い炭をそのまま使わない。使える炭、使えぬ炭、乾かせば使える炭を分けます。炭売りを責める前に、鍛冶場が困らぬようにします」


 藤吉郎が小さく言った。


「湿った炭でも、乾かせば使えるのですか」


 与吉が答える。


「ものによる」


「なら、干す場所が要りますね」


「いる」


「飯を干す場所とは別ですね」


「当たり前だ」


 藤吉郎は真剣だった。


 周りに少し笑いが起こる。


 信長はその笑いを聞いてから、さらに問うた。


「他には」


「火縄筒を扱う者にも、不満が出ます」


「もう出たか」


「おそらく、これからです」


 龍之介は言った。


「筒を持たされる者は、畑や家のことを気にします。普段から扱わせるなら、その分の飯や家への手当てが必要になります。でなければ、『若様が筒に凝ったせいで家が困る』と言われます」


 庭が静まった。


 これは重い話だった。


 火縄筒の整備だけではない。


 人を戦に常に近づける話だ。


 権六が低く言う。


「兵を畑から離すには、飯が要る」


「はい」


 平手様も言った。


「飯だけでは済まぬ。家の働き手が減れば、村も困る」


「その通りです」


 龍之介は頭を下げた。


「ですので、最初は少数でよいと思います。筒を持つ者をいきなり増やすのではなく、筒を扱う日を決める。畑から完全に離さず、だが戦の時だけ触るのでもない。その中間から始める」


 信長の目が光った。


「中間か」


「はい。飯を出す日。火縄を乾かす日。筒を手入れする日。試し撃ちは少なく。家へ戻る日も決める。そうすれば、家も見通しが立ちます」


 権六が腕を組んだ。


「それは、兵としては半端だ」


「はい。ですが、いきなり完全な兵にすれば反発が出ます」


 平手様が頷く。


「芽としては悪くありませぬ」


 信長は、しばらく考えた。


 そして、又左を見た。


「又左」


「はっ」


「筒持ちが槍を知らぬのは困るな」


「困ります」


「槍の者が筒の音を知らぬのも困るな」


「それも困ります」


「ならば、少数で合わせる稽古をする」


 又左の目が輝いた。


「筒の音で敵が怯み、槍が入る稽古でございますか」


「そうだ」


「やりましょう」


 又左は即答した。


 信長は笑った。


「お前は分かりやすい」


 新五が静かに言う。


「若。人選は慎重に」


「分かっておる」


 信長は龍之介へ向いた。


「筒を扱う者は、誰がよい」


 龍之介はすぐには答えなかった。


 ここで名を出せば、その者の人生が変わる。


 軽く言えない。


「若様。まず、志願させるのではなく、怖がり方を見るべきかと」


「怖がり方?」


「火と音を怖がるのはよい。手順を守る怖さなら使えます。ですが、家が困ることを言えずに黙る者は危うい。戦場でなく、城内で折れます」


 信長は頷いた。


「では、今日の夕方、候補を数人見る。お前も見ろ」


「承知しました」


 龍之介は頭を下げた。


 また一つ、役が重くなった。


 人を見る。


 筒を見る。


 家を見る。


 畑を見る。


 戦場を見る。


 すべてがつながる。


 信長は、それを面白がっている。


 だが、面白いだけでは済まない。


 龍之介は、庭に置かれた湿った炭を見た。


 小さな炭一つが、兵の形までつながっている。


 これが乱世か。


 夕方、筒を扱う候補が集められた。


 五人。


 いずれも若い。


 足軽として使われたことはあるが、火縄筒を常に扱う者ではない。


 そのうちの一人、孫七という男が、特に顔色を悪くしていた。


 火縄筒を怖がっているだけではない。


 何か別のものを気にしている。


 信長は候補たちを前に立たせ、言った。


「筒を持つ者を決める。だが、無理に名乗れとは言わぬ」


 若者たちは顔を見合わせた。


 信長は続ける。


「筒は重い。火を扱う。鳴らぬこともある。怖い。それでよい」


 孫七の肩が少し下がる。


 信長は龍之介へ目を向けた。


「見ろ」


「はい」


 龍之介は、五人を見る。


 手。


 目。


 足。


 息。


 一人は音を怖がっている。


 一人は火を嫌がっている。


 一人は逆に浮ついている。筒を持てば目立つと思っている顔だ。


 一人は、与吉の手元を真剣に見ている。


 そして孫七は、筒を見ていない。


 信長を見ている。


 いや、その向こうを見ている。


「孫七殿」


 龍之介が声をかけると、男はびくりとした。


「は、はい」


「何が気になりますか」


「いえ、何も」


「何もない顔ではありませぬ」


 孫七は黙った。


 又左が一歩出かけたが、信長が目で止める。


 龍之介は声を低くした。


「火縄筒が怖いなら、それでよいのです」


 孫七は唇を噛んだ。


「筒も怖いです。ですが……」


「ですが?」


「家の畑が」


 その場が静まった。


 孫七は、言ってしまったという顔をした。


「父が腰を痛めております。弟はまだ小さい。私がこちらへ呼ばれる日が増えれば、畑が回りませぬ。ですが、若様の御用なら断れませぬ」


 信長は黙っていた。


 平手様の目が細くなる。


 権六も動かない。


 龍之介は、胸の奥が重くなるのを感じた。


 これだ。


 清洲が鳴らしたい不満。


 火縄筒のために、家が困る。


 それが本当なら、噂は強くなる。


 信長は孫七を見て言った。


「よく言った」


 孫七は目を見開いた。


「え」


「黙っておれば、後で折れる。今言ったなら、まだ直せる」


 信長は平手様へ向いた。


「爺」


「はい」


「筒を扱う者には、稽古の日の飯を出す。その家の働きが足りぬ時は、村の中で手を借りられるようにする。無理に引き剥がさぬ」


 平手様は少し考えた。


「簡単ではありませぬ」


「分かっておる」


「ですが、少数なら試せましょう」


「やれ」


「承知しました」


 孫七は、まだ呆然としている。


 信長は続けた。


「ただし、甘やかすわけではない。筒を扱う日は、死ぬ気で覚えろ。お前が鳴らせば、槍の者が生きる。お前が鳴らせなければ、槍の者が死ぬ」


 孫七の顔が引き締まった。


「はっ」


 又左が笑った。


「俺の命がかかるなら、しっかり鳴らせ」


 孫七は慌てて頭を下げる。


「はっ!」


 藤吉郎が小声で言った。


「又左様が言うと、余計に重いです」


「聞こえておるぞ」


「聞こえるように言いました」


 場に少し笑いが起こった。


 孫七の肩の力も、ほんのわずかに抜ける。


 龍之介は、その変化を見た。


 恐れを消すのではない。


 恐れの向きを変える。


 家の不安を言えるようにする。


 その上で、役目の重さを伝える。


 信長は、それをやった。


 荒いだけではない。


 人を使うということを、少しずつ形にしようとしている。


 その夜、龍之介は鍛冶場の外にいた。


 与吉が炭を分けている。


 使える炭。


 乾かせば使える炭。


 使わぬ方がよい炭。


 それぞれに、紐の色や束の結びを変えることになった。


 火縄の袋も分ける。


 玉袋の紐も変える。


 小さなことだ。


 だが、小さな違いが戦場で人を救う。


 藤吉郎は、孫七の家の場所をもう聞き出していた。


「お前、早いな」


 龍之介が言うと、藤吉郎は胸を張った。


「畑の場所を知れば、飯の道も分かります」


「また飯か」


「孫七殿の家が困れば、孫七殿の筒も鳴りませぬ」


 龍之介は、少し驚いた。


 軽口にしては、核心だった。


「その通りだ」


 藤吉郎は、褒められたのが意外だったのか、目を瞬かせた。


 それから笑った。


「では、飯が増えますか」


「それは新五に言え」


「新五様は渋いです」


 遠くから新五の声が飛ぶ。


「聞こえている」


 藤吉郎は慌てて背筋を伸ばした。


 龍之介は笑いそうになり、空を見上げた。


 火縄筒。


 炭。


 畑。


 飯。


 槍。


 家。


 不満。


 それらが一本の線でつながっている。


 清洲は、その線を詰まらせようとしている。


 那古野は、その詰まりをほどこうとしている。


 戦は、まだ大きく動いていない。


 だが、確かに始まっている。


 清洲へは、翌朝には話が届いた。


 那古野で、筒持ちの若者に飯が出るらしい。


 家の畑のことまで聞いたらしい。


 湿った炭を分け、鍛冶場の仕事を仕分け始めたらしい。


 報せを聞いた坂井大膳は、しばらく黙っていた。


 織田信友は不快げに言う。


「三郎は、足軽の家の畑まで見るのか」


「見るようになったのでしょうな」


「細かすぎる」


「細かいところから、人は崩れます」


 大膳は静かに答えた。


「そして、細かいところを拾えば、人は離れにくくなる」


 信友は顔をしかめた。


「ならば、厄介ではないか」


「はい」


 大膳は否定しなかった。


「ただし、細かいところへ手を入れるほど、手は汚れます。誰かの畑を助ければ、別の者がなぜ自分は助けられぬと言う。飯を出せば、飯を欲しがる者が増える」


「そこを突くか」


「いずれ」


 大膳は薄く笑った。


「今は、もう少し見ます。織田三郎が拾った流れ者は、ただの刃ではなさそうだ」


 その声には、初めて少しだけ警戒が混じっていた。


 那古野の夜、龍之介は木槍を握った。


 又左が向かいに立つ。


 今日の稽古は短いはずだった。


 だが、又左は妙に気合いが入っている。


「孫七に言った。俺の命がかかっていると」


「言っていましたね」


「なら、俺も孫七の命がかかっていると思って槍を振る」


 龍之介は、又左を見た。


 荒い。


 だが、真っ直ぐだ。


 筒持ちが鳴らす。


 槍が入る。


 槍が敵を止める。


 筒持ちも守られる。


 それを、又左は感覚で掴み始めている。


「又左殿」


「何だ」


「筒持ちを置いて前へ出すぎぬように」


「分かっている」


「本当に?」


「……たぶん」


 龍之介は苦笑した。


 又左が踏み込む。


 龍之介は受ける。


 今度は、力を流すだけではない。


 相手を止め、戻す。


 壊さず、崩しすぎず、次の動きを残す。


 少しずつ。


 少しずつだ。


 鳴らぬ筒を鳴る筒にするように。


 湿った炭を乾かすように。


 人の不満を、言葉にして形へ変えるように。


 龍之介自身もまた、使える形へ整えられている。


 信長の声が、遠くで聞こえた。


 誰かに命じている。


 その声の下で、那古野は変わる。


 清洲は見ている。


 末森も見ている。


 林の目もある。


 火縄筒の音は、まだ小さい。


 兵農を分ける芽も、まだ細い。


 だが、芽は出た。


 出た以上、誰かが踏みに来る。


 龍之介は木槍を握る手から、余分な力を抜いた。


 守るには、握りすぎてはならない。


 だが、離してもならない。


 又左の槍が来る。


 龍之介は半歩踏み込み、木槍を合わせた。


 乾いた音が、夜の那古野に響いた。


第15話─了

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