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俺の隣に勇者は荷が重い  作者: デンノー


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2/2

彼女の思いに、隣の彼は気づいていない


 夜も深くなる時間に食事を終えた二人は、それぞれの部屋に引き上げた。

 宿の主人から、宿泊と飲食は別だと聞いていた二人は、一晩のみの宿泊で別の客室をとる。


 勇者と称された彼は、高級宿でも問題ないくらいに道中で色々な依頼をこなして報酬をもらっていたが、商会所属で同行が業務のワーナーが持つ支援金に配慮して、宿の価格帯を下げて選んでいた。


 ワーナーは、男二人なのだから相部屋でも良かった。

 だが、相部屋をとるということだけは、彼がどうしても譲らなかったのだ。ワーナーが考えるに、彼は厄介な噂が立たないよう配慮しているのだろうと結論づけたが、彼には別の理由があった。






 深い夜の静けさが、今日も巡る。

 明るかった宿場町も、明日を迎える為の休息をとっているようだった。

 宿場町は静かで、通りも廊下も明かりが落ちている。

 照らすのは窓から差し込む月明かりだけ。

 そんな宿の廊下で一つ、客室の扉がゆっくりと開いた。


 客室から持ち出したろうそくが廊下を照らし、それを持つ誰かがうっすらと浮かび上がる。


 明かりが全身を映すと、金色の絹のような髪と小さな顔が柔らかく照らされ、輝きを放つ。

 その後に薄い眉と大きな青い瞳が見え、鋭い線を引く頬は凍えているようで少しばかり白い。

 調和の取れた鼻筋と、薄く桃色に発色している唇は細かく震えていた。


 茹だるような夏の季節は終わって、夜も冷え込む季節がすぐそこまで来ていることを失念していたようで、白い肌着には小さな膨らみが二つ胸の辺りに浮かび、細い体に小さな影を作っていた。


「ワーナー、言ってたっけ」


 震える唇を抑えながら出た声は、美しい弦楽器の音に似ていた。




 明かりを持つその人を、宿場町の人々はレインと呼ぶ。

 また、その類い稀な才能を評し、人格にも優れている彼を勇者とも讃えている。

 だが、廊下の闇に浮かびあがっているのは彼ではなかった。

 夕食の席で快活に笑い、女たちに囲まれても涼しい顔をしていた中性的な男とはまるで違った。今の彼は幼げで儚く、そしてその体付きは女性であった。


 そんな彼女は、自信に満ちた食事時と雰囲気も違った。

 五十頭ものウルフを屠ったようには到底見えない、細くきめ細かい白い肌の四肢と折れてしまいそうな首筋。

 広大な森を一日で踏破したその両足は、夜の寒さに唇と同様小刻みに震えていた。




 彼女は廊下を音を立てないように、忍び足で廊下を歩く。

 時折、足が床に着くと軋む音に驚いては、立ち止まることを繰り返す。

 その姿は、まさに盗人のように見えなくもないが、その様子は、一人の夜が不安な子どものようにも見えた。


「ここだよね? 大丈夫だよね?」


 当たり障りなく、彼がいる客室を聞いた時のことを思い出して、確認してから間違いないと扉に手をかけた。

 一度だけ、客室を間違えた時があった。

 彼女が客室を間違えたのは、後にも先にもその時だけだったが、誰にも言えるはずがないその間違いに、彼女が肝を冷やしたのは言うまでもない。


 ゆっくりと彼女が通れる隙間で扉を止め、ろうそくの明かりを消し、いつものように部屋に入った。






 月明かりだけが照らす部屋には、一人用の寝台で深い寝息を立てているワーナーがいた。


「ちゃんと寝てる。……よ、よかったぁ」


 彼女は起こさないよう慎重に、廊下での忍び足はやめて、それでも音だけは立てないようにしながら寝台に近づく。


「お寝坊さんだね。ボクが別の人ならダメだよ。ちゃんとしないと」


 小さな声で呟く彼女は空いた寝台の端に腰を下ろして、左手でワーナーの右手をそっと掴む。仄かに温かく、冷えていた白い頬が途端に、月明かりでも分かるくらいに赤めいた。


「あったかいね」


 そう言って、彼女は両手で包み込む。


「ねぇ、私。今日もちゃんとできてた?」


 薄い唇を噛んで、青い瞳が泳ぐ。

 夕食の席で囲まれても微動だにしなかった瞳が、今はどこを見ればいいのか分からないように動き続けて、年相応の少女の顔をしていた。


「でも、やっぱりワーナーはボクのこと気づいてくれないよね」


 不満げに口を尖らせる彼女は続ける。


「なんでバレないんだろうね。声変えてるからかな?」


 ただ、彼女は傭兵として名を売ろうとは考えていなかった。救われた言葉の意味をよく考えて、自分に何ができるのか考えた上で傭兵になったのだ。

 だが、女性の傭兵というだけで、理不尽な事件や厄介な巻き込まれ事が起こることを知っていた彼女は素性を明かさず、男として傭兵稼業をする事になる。


「あの時のことも、やっぱり覚えてないんだよね。……そんな気はしてたけどさ」


 肩を落とすその背中は、大人に怒られた後の子どものようで、シュンと丸くなった。

  食事の席で彼女がワーナーに告げた『知らない誰かを助けるために、その力は与えられたのだ。』という言葉は、昔、孤児院にいた彼女に子どもだったワーナーが言った言葉だ。

 本を片手に、子どもとは思えないほど物事を斜に見ていたワーナーに、彼女は救われた。


「ワーナーのおかげなんだよ? ボクが今ここにいられるのは」


 彼女はそう言った後に、起きる気配のないワーナーを覗き込もうと寝台に乗り出す。


「ちょ、ちょっとだけ」


 いつものことのはずなのに、まるで初めてのように恐る恐ると寝台に膝を載せた。

 彼の顔が近づくと、彼女の心の音も大きく高なる。

 寝ている間にかき乱れた短い茶髪が、鼻から感じるワーナーの息とともに、彼女の視界を占めていた。赤くなる頬など気にすることなく、そのまま薄い桃色の唇を彼の頬に近づける。




 ただ、今日の宿は月明かりが良く入る部屋だった。

 月明かりがワーナーの顔を照らしていたのだ。

 故に、急に暗くなればさすがに気づくはずだが、鈍感さにおいては彼女よりも遙かに優れているワーナーは起きない。ただ、藻掻くように体を揺らして、寝台が軋んだ。




 いままで動くことがなかった眠っているワーナーに、たったそれだけのことで、寝台から飛び退いた彼女の体が激しく鳴る。

 急激に真っ赤に染まる頬に両手を添えて、その瞳は限界まで見開かれていた。


 バレるかと思った彼女は声も出ない。

 ただ、熱くなった体が隙間風で冷えていく。


 寝返りを打っただけのワーナーは深い寝息を続けているが、それでもしばらく彼女は動けない。一瞬の緊張で、彼女は自身がしようとしたことが急に恥ずかしくなった。

 寝台では寝心地が悪そうにいびきをかき始めるワーナーを見て、彼女は口を閉じたまま持ってきたろうそくを手に取り部屋の扉の前まで歩く。


「そ、それじゃあ、また明日」


 小さな声で眠るワーナーに言って、部屋を出る。

 つけ直したろうそくを持って廊下に出ると、彼女は一つ大きく息を吐いた。胸の内には不完全燃焼の熱が残ったまま、彼女はまた静かに客室へと戻っていく。


 彼女が出ていった部屋で、何も知らずにいびきを掻いて眠るワーナーは、勇者である彼女――レイリア――の想いに気づいていない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この話の続きは未定です。


皆様にとって、この物語が少しでも時間の無駄じゃなかったと願うばかりです。


最後にお願いですが、この物語に評価を頂けるとありがたいです。

低い点でも構いません。

よろしくお願いします。

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