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6-死

 夜が明けた。

 俺は空を飛び、森に隠された傭兵の拠点へ向かったが、そこはもぬけの殻だった。未だに邪教施設への攻勢の真っただ中なのかもしれない。そこで俺は一旦聖女の元に戻り、一緒に最寄りの村へ向かうことにした。無人の拠点よりも、人が居る村の方が少しは安全だろう。


「大丈夫か? あの丘を越えれば村がある。もう少しだ」

「はあ、はあ……。はい……」


 全力で走り続けたうえ、懐刀であるカイリの死を知らされた聖女は心身ともに憔悴しきっていた。早くちゃんとした所で休ませてやりたい。俺に肉体があれば、肩を支えてやれるのに……。

 村が見えてきたところで、俺は僧兵の姿で可視モードになった。茶髪と茶色い瞳に、教会の鎧。この姿が身分証明として働けばいいが。

 村に入ると、聖女はよろよろとした足取りで一軒の民家のドアを叩き、助けを求めた。玄関から出てきた青年は聖女の姿を見てぎょっとした。乱れた髪、全身汗まみれ、足は泥まみれ、はだけた衣服、憔悴しきった表情。今の聖女の姿はどこぞの野党に体目的で襲われて、命からがら逃げ延びてきた女そのものだ。まあある意味、その表現でも間違ってないかもしれないな。邪教に体を狙われ、偽カイリに命を狙われ、命懸けで逃げ延びて……。


「彼女は聖女で、俺は教会の者だ! 聖女は先日攫われ、邪教に監禁されていたんだ! それを我々が命懸けで救出し……。俺は教会の僧兵で……。とにかく、彼女を休ませてやってはくれないか!?」


 俺は見ず知らずの青年に助けを乞うた。果たして、応じてくれるかどうか……。


「え、聖女様!? 本当ですか……? いや、でも……。えっと……。とにかく、家で休んでいってください! さあ、こちらへ」


 おお、心優し青年じゃないか。見ず知らずの俺たちを助けてくれるなんて。彼は聖女に肩を貸し、家の中へ。

 家の中は部屋が一つしかなく、食卓を中心に土間、薪や干し草の山、ベッドなどがあった。奥にある扉はトイレかな? 聖女は並べた木箱の上に干し草を敷いただけの簡易的なベッドの上に寝かされた。寝心地は悪そうだが、疲れもあってか聖女は熟睡している。彼女が寝返りを打つたびにシーツの裾から脚が見え、布の端から胸がこぼれる。そんな聖女の身体を隠すように、青年は追加で布団代わりの干し草をかけてくれた。武装した男がいるこの状況で、青年が聖女に手を出す心配はないだろうが……。


「そう言えば、首都の教会で何やら事件があったという噂は聞いていました。まさか、聖女様が攫われていただなんて……。大事な催し物を控えていたこの時期に……」


 と言いながら、二人分の白湯を用意してテーブルに着く青年。白湯の入ったコップが置かれた空席。そこに座って話を聞かせてくれということか。俺は生前の動作で席に着き、青年と対面する。


「彼女が聖女だと、信じてくれたのか?」

「半信半疑ですが、どちらにしてもあんなボロボロの少女を放っては置けませんよ。それと、貴方の上等そうな鎧……」

「ええ、この鎧は教会の僧兵の証しです」


 知らんけど。


「教会の命を受け、聖女救出に馳せ参じたのです。最初はもっと仲間が居たのですが、敵にやられ、今では……。そして命からがら、聖女様だけでも……」

「そうだったんですか……。それが本当なら、さぞ……。ところで白湯、飲まないんですか? 温かい内に飲めば疲れも取れますよ?」

「いえ、俺は軽度の潔癖症ですので、人が淹れた飲み物はちょっと……」


 親切心を無下にするようで申し訳ない……。俺は物に触れないんだ……。


「そ、そうでしたか……。あれ? もしかして、疲れ切った聖女様に肩を貸さず、一人で歩かせていたのって……」

「ええ、彼女がちょっと汚らしかったので」

「そんなこと言ってる場合ですか!?」


 いやあ、仕方ないんだって……。


「あの子が目覚めたら、教会に向かいましょう。本当に聖女であれば、教会が保護してくれるはずです」


 そうか、この村には教会があったのか。見落としていた。それなら聖女が目覚めるのを待って、教会へ連れて行こう。



 ◆



「かゆい! かゆすぎます!」


 ものの数分もしない内に、干し草を跳ねのけて聖女が目を覚ました。相当寝心地が悪かったらしい。しかし、すぐに起きてくれて助かった。俺は見知らぬ青年と対峙したまま、気まずい時間を過ごしていたからだ。


「お、聖女、起きたか。この村には教会があるらしいんだ。そこに行って、保護してもらおう」


 おっと、教会の者が聖女にため口なのは不自然か。そっと青年の方を見たが、彼は特に俺を怪しんでいる様子はなかった。


「どうだ? 少しは体力が戻ったか?」

「……まあ、もう少しだけ歩ける程度には」


 聖女は青年から借りて羽織った。流石にシーツを巻いただけの恰好じゃあ、村の中を歩けない。そうして俺と聖女、青年の三人で教会へ。

 村の中心部から少し外れた所に教会は建っていた。俺は白亜の石造りの教会を想像していたが、その教会は木造だった。正面入り口の扉を叩くと、中から若いシスターが姿を現した。彼女は村の青年、僧兵、憔悴しきった様子の少女を見て目を丸くした。その場で俺が事情を説明。シスターは俺の鎧姿を見て僧兵だと判断し、一連の話を信じてくれた。


「そうでしたか、やはり聖女様でしたか。いやあ、僕の予想は当たったみたいですね。いえ、もちろん相手が聖女様じゃなくても、僕は助けてましたがね。そりゃあもう、手厚く介抱しましたよ。ベッドを提供し、護衛の僧兵さんには白湯まで出して」


 青年は聖女が本物だとわかるや否や、教会から謝礼を受け取ろうと良い人アピールを始めた。もうこの際だから、好きなだけ恩赦を貰ってくれ。実際、良い人だし。

 聖女は神父の寝室に連れて行かれ、着の身着のままでベッドに寝かされた。このベッドが教会内で一番上等らしい。そうして再び熟睡する聖女を横で、俺は神父とシスターに事の詳細を詰問された。「聖女が眠る横で話し合いというのも」と、シスターは言っていたが、いつ邪教の信者が聖女を取り返そうと襲撃してくるかわからないので、同じ部屋で話し合いをすることにした。


「……とまあ、そんなことがあった訳ですよ」


 俺は神父とシスターに聖女が攫われたこと、近くの原っぱに邪教の地下施設があったこと、どうにか聖女を救えたことなどを詳しく話した。目を丸くして驚く、神父とシスター。


「ああ、神よ……。首都ではそんなことが……。邪教が何か事件を起こしたという噂は、この村まで届いていましたが……。そうか、そうか……。それで君は聖女様を救おうと、仲間の死を乗り越えて……。ありがとう、本当にありがとう。聖女様はこの国に生きる者全ての希望なんだ。邪教の手から彼女を救い出してくれて、本当にありがとう……」


 神父は涙を流して感謝の意を述べ、俺に握手を求めてきた。しかし、俺は物に触れない。


「すみません。俺は軽く潔癖症なので、握手はしょっと……」

「え、あ……。そ、そうか、すまない」


 と、気まずそうに差し伸べた手を引っ込める神父。

 

「リシアナ、聖女様が起きた時のために湯と食事を用意してくれ。それと、お召し物もな」

「はい」


 神父に命令され、シスターが部屋を出て行った。彼女の名前、リシアナっていうのか。


「さて、私は戦闘が行われたという、原っぱの様子を見てきます。夕方には戻りますので。貴方はここで引き続き、僧兵として聖女様を守っていてください」

「あ、はい」


 神父も部屋を出て行った。そうして部屋に取り残される俺と聖女。


「すぴー、すぴー」


 よく寝てるなあ。



 ◆



 その後、警戒していた邪教信者の襲撃はなかった。夜になると聖女は目を覚まし、教会が用意した湯──大きな桶にお湯を張ったもの。風呂場はないらしかった──に入り、汗と泥を洗い流した。そうして清潔なシスターの服に着替え、食事をとる聖女。メニューは肉入りの野菜スープだった。俺もシスターから食事を勧められたが、極度の小食と言って断った。教会の神父の寝室は聖女の部屋となった。聖女の汗と泥で汚れたシーツと布団は取り替えられた。至れり尽くせりだなあ。寝室を明け渡した神父は、今夜は何処で眠るんだろう。ちなみに俺にも部屋があてがわれたが、夜も寝ずに聖女の安全を守りたいと言って同室することになった。

 深夜、ランプの灯が照らす寝室で聖女はベッドに横になり、俺はその隣の椅子に腰かけるポーズを取っていた。


「神父は村の近くに邪教の施設があったなんて知らなかったみたいだ」

「そう言えば、彼は原っぱの様子を見に行ったんですよね? 戦闘の跡はどうなってましたか?」

「邪教の施設は傭兵と僧兵に制圧されたらしいが、教会側の無傷ではすまなかったらしい。今は怪我人の治療やら死者の確認やらで大忙しだそうだ。神父はその場にいた僧兵に、聖女は自分の教会で匿っていると話したそうだ。すぐにでも使いの者がここに来ると思ったが、誰も現れなかったな。現場が混乱していて、上に情報が伝わらなかったのかも」

「そうですか……。ともあれ、明日になれば使いの者が来るでしょう。そうでなければ、もう一回神父に伝言を頼みましょう」


 この教会の主である神父を駒遣いにできるのか。流石は聖女様だ。


「そう言えば村に来て最初に出会った青年、謝礼として今年の納税を免除されるらしいぞ。神父がここの領主に口添えして」

「税の免除? それだけでいいんですかね? 彼には大変お世話になりましたから……」


 そうだな。彼は素性の怪しい俺たちを助けてくれた。そうそうできることじゃないだろう。確かにもっとお礼を貰ってもいいかもな。


「首都に戻ったら聖女の顕現で、家と土地を贈与しましょう」

「……」


 それは流石に過剰じゃないか? というか、聖女ともなるとそんな物をポンポンと人にあげれるくらいの権力が……。


「今回の作戦に参加してくれた僧兵にも、同等かそれ以上の報酬を与えなくてはなりませんね」

「……もう、好きにしてくれ」


 俺はこめかみを抑えて目を伏した。


「もちろん、ユーレイさんにも感謝していますよ? 貴方は私の命の恩人です。私の権限で自由にできる、最大限の謝礼を与えましょう。何が欲しいですか? お金ですか? 土地ですか? ユーレイさんは物には触れないみたいですが、それでも楽しめる娯楽はあるでしょう」


 謝礼か……。そんなこと、微塵も考えてなかった。生前ならまだしも、今の俺には金も土地も必要ないんだよなあ。物に触れなくても楽しめる娯楽ってのは、演劇鑑賞とかか? うーん、別にいいかな。俺は顔を上げ、聖女に向き直る。


「俺なんかに謝礼をするくらいなら、その金で炊き出しか何かやってくれ。金も土地も必要ない。俺は、あんたがこうして無事に生きててくれたら、それでいいんだ」

「……無欲な人ですね」


 欲望は死んで無くなった。



 ◆



 翌朝、何人かの僧兵が血相を変えて教会に来た。彼らは元気そうな聖女の姿を見ると、涙を流して喜んだ。そして動ける兵を村に集結させて聖女を守り、首都へ護送する準備をするそうだ。よし、これで聖女の安全は確約されたな。さて、僧兵に化けている俺は面倒なことになる前に姿を消しますか。ごたごたの隙を突き、俺は聖女にのみ認知できる不可視モードになる。

 その翌日、聖女は首都に護送されることになった。安全のため聖女は堅牢な馬車に乗せられ、その周囲を何人もの護衛が囲んだ。ちょっとした大名行列みたいだ。そんな物々しい雰囲気で、一行は街道を辿って首都へと向かう。

 俺は聖女にのみ見えるモードで馬車に入り込み、彼女の隣に座った。馬車の移動に合わせて座った姿勢で飛ぶのは少し難しいな。


「あ、ユーレイさん」


 馬車の中には聖女と俺しかいないし、壁が厚いので御者台に声は届かない。中で聖女が誰かと話していても気付かれないだろう。


「急ぎの出発だな。もう少し体勢を整えてからでもよかったろうに」

「急ぎの用がありますからね。教会が総出で行う、催し物です」

「催し物?」


 そんな話、してたようなしてなかったような。


「聖女が十五になった時に行う、一世一代の大事な儀式ですよ。本当ならもうとっくに執り行っていたはずなんですが、邪教に攫われてしまって……」

「ああ、そんな話もしてたような……。あんたと最初に会った日に……」


 今となっては遠い昔のことのようだ。


「女神様のために執り行う儀式のため、私はどうしても生き延びる必要があったんです。本当、邪教から脱出できてよかった……。重ね重ね、ユーレイさんには感謝していますよ」

「そりゃあどうも。ところで、その儀式では何をするんだ?」


 夕飯の献立、何にするんだ? そんな軽いノリで、聖女に質問した。


「十五になった聖女が炎に身を投じ、心身ともに女神様に捧げるのです」


 え……?


「儀式のため、私は今まで清廉潔白に務めてきました。きっと女神様も、喜んでくれるでしょう。聖女として、これ以上に素晴らしいことはありませんよ」

「いや、待ってくれ。炎に身を投じるって、まさかあんた……。死ぬ気か?」

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