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5-欺き

 夜が明ける前に、俺と聖女は追手に見つかることなく、合流地点に辿り着けた。


「ふぅ……。やっと着きましたね」

「ああ……。しかし、これは……」


 しかしそこに広がる異様な光景を目にした俺は聖女を制し、物陰に隠れさせた。息を整え、シーツを体に巻き直す聖女。

 月が湖に沈みかけ、湖面が月光を反射している。合流地点には月を背に立つ、一つの人影があった。カイリだ。僧兵と同じ鎧を纏い、右手には直剣を持っている。兜は被っていない。そして彼女の足元には、無残に切り刻まれた死体の山が……。辺りに散らばる鎧の破片からして、おそらく僧兵の一団だろう。まさか、邪教の信者たちが合流地点を嗅ぎつけて奇襲を……?


「カイリ、大丈夫だったか!?」


 俺は可視モードになり、彼女に駆け寄ろうとした。ちなみに今の俺の姿はカイリと出会った時に見せたのと同じ、シャツに長ズボンの外行きの格好だ。


「待ってください!」


 俺に気付くカイリと、背後から俺を制止させる聖女。待ってくれ? どうしてだ?


「貴女は……、誰ですか?」


 聖女の視線は、死体の上に立つカイリに向けられている。


「誰って、ワタシですよ。お忘れですか、聖女様。貴女の懐刀の、カイリです。お迎えに上がりました」


 ああ、そうだ。邪教施設で出会ったカイリだ。


「あ、()()ですか? いやあ、合流地点を邪教の信者どもに嗅ぎつけられていまして、待機していた僧兵たちは皆殺しにされてしまったんです。そこにワタシが駆け付け、何とか信者どもを追い返したのですが……」


 うんうん、そうだろうな。俺が予想した通りだ。


「いいえ、貴女はカイリではありません。私にはわかります」


 それでもなお、聖女は力強くそう断言した。


「キッショ、何でわかるんだよ」


 カイリの雰囲気が一変する。さっきまでの誠実そうな顔つきとは打って変わって、不敵で不遜な顔に……。え、まさか聖女の言う通り、偽物?


「何? お前ら、一目見ただけで確信をもって偽物と言えるくらい、密な関係な訳? きもいわ」


 と、カイリはカイリと聖女を嘲笑する。そして腰を落とし、剣を下段に構える。


「ワタシが変装してても、教会の連中は気付かなかったぞ?」


 変装だと?


「本物のカイリはどこですか?」

「実家にでも帰ったんじゃないのか? 急に故郷が恋しくなって」

「彼女は生まれも育ちも教会です!」


 つまり、目の前の何者かが変装してカイリに成り代わり、救出作戦に加味していたと……。聖女が偽物だと見抜いたことからして、入れ替わったのは彼女が邪教に攫われた後だろう。そして、本物のカイリはもう……。それじゃあ、偽カイリの目的は何だ? 邪教の関係者か? いや、その可能性はないか。もし邪教の二重スパイだとしたら、今回の救出作戦を事前に邪教に伝え、傭兵たちの襲撃に備えていたはずだ。しかし、邪教側にそんな動きはなかった。信者たちにもかなりの被害が出ていたし。だとしたら……。


「あんた、邪教とは別の勢力の人間か……?」

「……」


 さっきまで饒舌だった偽カイリが急に黙った。沈黙は肯定か。駆け引きの余地が生まれたな。


「偽カイリ、状況からして、今から俺はあんたと戦わなくちゃならないだろう」

「……そうだな」

「あんたの目的を教えてくれ。そうすれば、俺はあんたを殺さない」

「っぷ、ははは! 何を言い出すかと思えば!」


 偽カイリは構えを解き、腹を抑えて笑った。


「『俺はあんたを殺さない』だって!? うける。殺さないでと命乞いするのは、お前の方だろ!」

「俺は死なない」


 一瞬だった。一瞬の内に偽カイリは俺に肉薄し、喉元に剣を通過させた。


「うおっと!?」


 幽霊になっても、生前の記憶から刃物には恐怖を感じる。俺は反射的に不可視モードになってしまった。偽カイリの強さには驚いたが、驚愕しているのは彼女も同じだった。


「手ごたえ、なし……? いや、ワタシの剣はユーレイの喉元を確実に……! しかも、一瞬で姿を消した? どこに……!?」


 そうか、偽カイリの目には俺が一瞬で移動して姿を消したように見えたのか。それなら……。


「ここだ」


 偽カイリの後方、充分に距離を取った位置で、俺は姿を現した。余裕な表情、不敵な態度を演出して。


「そりゃあ、手ごたえがない訳だ。あんたがさっき斬ったのは、俺の残像なんだからな」

「なん……、だと……?」


 こちらを振り向いた時の、彼女の驚愕した表情。よし、上手く騙せているようだ。


「くそ! 次こそは!」


 偽カイリは俺に向けて剣を真っすぐに投擲する。心臓を狙って一直線に飛んでくる切っ先。また不可視モードになって……。と、考えた瞬間、俺の目はとんでもないものを捕えた。人は死の直前、周囲の動きがゆっくりに見えるらしい。死を自覚した瞬間、どうにかして助かろうと脳がフル回転するとかどうとか、そんな理由だった気がする。俺は既に幽霊なので死ぬも何もないが、それでも生前の記憶が脳に死を自覚させた。目の前の光景がスローモーションに見える。剣の切っ先がゆっくりと俺に迫る。そんな何もかもが遅い世界の中で、偽カイリは剣を投擲した姿勢からスタートダッシュの姿勢に変わり、走って剣に追い付いた。そして剣の柄頭に掌底を入れる。投擲による加速に加え、掌底で押されることによる加速──二重に加速された超高速の剣が、俺の胸部を素通りした。


「ちっ! また消えた!」


 瞬間、俺は再び不可視モードとなって身を隠す。掌底によって放たれた剣は、俺の背後の木の幹に深々と突き刺さった。こええ、ドキドキした……。死なないと頭ではわかっていても、今のは焦った。生前も感じたことのない、鬼気迫る殺気……。あれが本気で人を殺す者の……。さて、このままどうにかして煙に巻いて、聖女を逃がしたいが……。


「……無理そうか」


 偽カイリの肩越しに聖女の様子を見る。彼女の体力はもう限界をとっくに超えていて、足を震わせてその場にへたり込んでいた。しばらくは走れそうにない。そうなると、俺が偽カイリをどうにかしないといけない訳だが……。


 チャキ……。


 偽カイリは木に刺さった剣ではなく、足元に落ちていた僧兵の剣を拾って構え直した。木に刺さった剣を引き抜くのは致命的な隙になるからか。


「……」


 彼女は気を張り詰め、周囲を警戒してる。もしも俺に生身の肉体があったら、気配だけで察知されそうだ。そんな気迫がある。それほどの実力があるのに、偽カイリは聖女を殺そうとはしない。殺害が目的ではないのか? それなら、聖女の捕縛が目的か?


 ひゅんひゅん……。


 今の俺は誰にも姿も声も認知させない完全不可視モードだ。その状態で偽カイリの周囲を飛んでも、彼女は何の反応も示さない。やはり幽霊の状態だと、気配も発しないらしい。いや、そもそも気配って何ぞや? まあ、それなら……。


「……後ろだ」

「くっ!」


 偽カイリの耳元で声だけ発してみた。振り向きざまに振るわれた剣が空を切る。音も無く背後に移動して声をかけ、音も無く一瞬で姿を消したふうを演出した。


「ワタシを弄んで……! あんな構えも何もできていない、体幹もブレブレ、戦闘力が素人程度にも達していないような奴に……! しかし、何故か素早さだけがワタシを凌駕している……!」


 素人程度かあ……。そりゃあ、大人になってからは喧嘩をしたこともなかったけどさ。


「ユーレイ、なぜ仕掛けてこない」


 と、どこにいるかもわからない俺に話しかける偽カイリ。


「俺からの攻撃を誘ってるのか? カウンターでも狙っているのか?」


 何もない空間から声が発せられるのは不自然なので、俺は気の陰に移動してから声をかけた。すると一瞬で偽カイリは声の方を向き、次の瞬間には木が縦に真っ二つに切れた。え、今何やったの? 見えなかった。生身だったら木ごと切られてたぞ。死んでてよかったあ……。


「ちっ……」

「言っただろう、俺はあんたを殺さない。だから目的を教えてくれ。そしてできれば、聖女を見逃してくれ」


 また別の木の陰から声をかけてみた。今度は偽カイリがこちらに剣を向けただけで、何も起こらなかった。さっきの木を両断した技は打っても無駄だと判断したのか。


「ワタシの口を割らせたかったら、四肢をもいで拷問するんだな」

「そんなこと、できる訳ないだろう。一時的にとは言え、共に聖女を助けようとした仲なんだ。仲間だったんだ」


 これは嘘だ。今の状況を最適化する、ていのいい言い訳だ。しかし、それを聞いた偽カイリの手元が一瞬、緩んだ気がした。畳みかけるか?


「俺はあんたを殺さないし、あんたは俺を殺せない。しかし、その気になれば俺はあんたを殺すことができる。死を実感する間もなく、一瞬でな。あんたの言う通り、俺は剣技なんてサッパリだよ。だが、スピードだけならあんたを凌駕している。技なんて必要ない。ただ走って、剣であんたの首を切ればいい」

「なら、さっさと殺しなよ。仲間だとかどうとかって……。甘い考えだ」

「違うな。強者の余裕だ」

「……」


 少しの沈黙が流れた。


「依頼を達成できなかったら、ワタシは殺し屋としての信頼を失う。最悪、依頼主から刺客を仕向けられるかもな。だが、返り討ちにできない訳じゃない。しかし、あんたは今この場で、次の瞬間にでもアタシを殺すことができる」

「……」

「エレナ教会は近々催し物を控えていてな。人手を割かれ、聖女周辺の警備が薄くなっていた。ワタシはその隙を突いて聖女を誘拐しようとしていたんだが、邪教の信者どもに先を越されちまった。流石に邪教連中の目を掻い潜って聖女を連れ出すのは、ワタシ一人では不可能だった。ああいう施設への潜入は慣れていなかったからな」


 俺は壁にへばりついてコソコソ歩いていた偽カイリの姿を思い出す。流石に慣れてなさすぎだ。


「そこでカイリという聖女の懐刀に成り代わり、救出作戦に乗じて攫ってやろうとした訳さ」

「依頼主の目的は?」

「エレナ教には邪教以外にも敵が多くいる。聖女を憎んでいる奴だっている。聖女をこの手で殺したいっていう奴がいたって、不思議じゃないだろ?」


 だから聖女を生きたまま攫おうと……。


「これくらい吐けば充分だろ? ユーレイ、ワタシを見逃してくれるか?」

「ああ、見逃してやる。すぐに俺の目の前から消えてくれ。……そして、できれば生き延びろ」

「生き延びろだなんて……。聖女に恨まれるよ?」


 偽カイリの姿が音もなく消えた。俺の不可視モードとは似て非なるもの──目にも止まらぬ速さの超速移動だ。俺は周囲を不可視モードのまま飛び回り、草の根に顔を突っ込んでまでして見回ったが、偽カイリの姿はなかった。本当に見逃してくれたようだ。


「うっ……。う……」


 聖女の元に戻ると、彼女は嗚咽を漏らしながら膝を抱えて泣いていた。


「カイリ……。カイリは彼女に……」


 本物のカイリのことを……。俺は聖女の側に姿を現し、触れられないとはわかっていても彼女の小さな肩に手を置いた。気の利いた慰めの言葉でもかけられればいいんだが……、今は……。


「つらいとは思うが、泣くのは今は我慢してくれ。早くここを離れよう。立てるか?」

「……はい」


 聖女は涙をぬぐい、震える脚で力強く立ち上がる。夜が明けようとしていた。

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