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3-それぞれの裸体

 聖女救出のため、邪教施設の探索をすることにした。まずはここの立地を確認するため、上へ飛ぶ。天井をすり抜けて床を通り越し、上へ上へ。そして分厚い天井を経て、日の光の当たる場所へ出た。


「ここは……」


 そこは一面の原っぱだった。所々に林があり、その間を縫うように川が流れていて、下流で湖に繋がっている。そして遠方には高く険しい山々が連なっていた。巨大施設どころか、人工物は一つも見当たらない。予想してた通り、邪教施設は地下に作られてたみたいだ。よくもまあ、あれだけの施設を地下に……。


「地下に隠されているとはいえ、出入り口はあるはずだ。少なくとも、食料や日用雑貨とかを施設に運び込まなきゃいけないからな」


 空を飛び、散在する林や川辺を調べる。すると、木の根や岩陰に隠された地下への入り口をいくつか発見した。


「雑な隠し方だな。おかげで俺でも見付けられたけど。まあ、こんな何もない所にわざわざ何かを探しに来る人なんていないか」


 早速入り口の一つに入り、再び地下施設へ。通路の途中に槍を持った見張りが立っていたが、今の俺は不可視モードなので、そいつの脇を難なく飛び去る。


「聖女の部屋は……、こっちだな」


 俺ができることリストに、方向感覚の強さも入れておくべきだったか。生前はオープンワールドのゲームをよくプレイしていたおかげか、方向感覚は強い方だった。リアルでも知らない土地を適当に歩いても帰るべき方角を見失わなかったので、道に迷ってもどちらに進めばいいのか見当がついた。むしろわざと道に迷って、本当に迷子になるんじゃないかってスリルを楽しんでたくらいだ。死ぬ前はそんなふうに出歩くことは少なくなってたけど。もしかして、俺の死因って運動不足にも原因があるんじゃ……?



 ◆



 施設内の廊下を飛び回っていると、見覚えのある廊下に着いた。後は簡単だ。頭の中にある大まかな地図と照らし合わせ、聖女の部屋へ辿り着く。よし、脱出の時のために、今の道順を頭に入れておこう。そうなると問題は、どうやってこの扉の鍵を突破するかだ。当然、今の俺には鍵を開けるどころかドアノブを回すこともできない。聖女の部屋にはいろいろな物が置かれていたが、流石に脱出に使えそうなものは見当たらなかった。それに、部屋から出れたとしても道中には見張りや巡回、単にほっつき歩いてるだけの信者たちが居る。そいつらの目をどうやって掻い潜るか……。聖女も幽霊になっちまえば簡単なのになあ。いや、それじゃ意味ないか。

 脱出の手掛かりを探しに、俺は探索を再開した。施設内を飛び回り、部屋から部屋へ。そうしていると、ある一室で祭壇で儀式をしていた恵体の神官を見つけた。その部屋は薄暗く、真ん中には大きなベッドがあり、サイドテーブルでは香が焚かれていた。


「くそ、くそ! 俺の儀式は完璧だったのに! 時間も、手順も! 理論上、確実に邪神様が降誕するはずだったのに! アナクスナムール……。どうして……。どうして……。うぅ……」

「落ち込まないで。三日後、ダメもとでまた儀式をするんでしょ? もしかしたら、その時成功するかもしれないよ? ほら、よしよし……」

「うぅ、ありがとう……。俺を慰めてくれるのは、君だけだよ」

「あ、ちょっと……。そこは……。ぁん……」


 ベッドの上で、裸の神官が裸の男と抱き合っていた。宗教だとこういうのもあるとは聞くが、あの神官も……。って、重要なのはそこじゃない! あと三日!? 三日後にまた邪神降誕の儀式が行われる! それが成功しようがしまいが、聖女は死ぬことに……。


「こうしちゃいられないな……」


 探索を再開する。そして女性用の共同浴場に行き当たった。ちょうど入浴の時間だったのか、多くの女性信者たちが湯を楽しんでいた。


「それにしても、いろんな年齢層が居るな」


 下は十歳未満の子供から、上は五十代まで。邪教は様々な世代に受け入れられているようだ。生前の俺だったら肌色だらけの光景に興奮していただろうが、今は何も感じない。特筆するようなことはないから、さっさと──。


「ちょっとお風呂、ぬるくない?」

「誰か、火で水面を炙ってよ」

「はいはい。それじゃあ少し、その辺どいて。火よ、放て」


 ん?



 ◆



 施設内を巡って信者たちの会話を聞くに、どうやらこの世界には魔術というものがあるらしい。


「火よ、指先に灯れ」

「水よ、流れとなって放て」


 魔術は指先に火を灯して薪に着火したり、水流で湯船を洗ったりと様々だ。それは生活の一部となっていて、俺のいた世界で言う科学に当たるものみたいだ。運動するのに体力を消費するように、魔術を使うには体内の魔力というのを消費するらしい。そして魔力は消費しすぎると眠くなったり気絶したりする。そして完全に魔力が枯渇すると死んでしまうとか。


「えーっと……。火よ、指先に灯れ」


 物質生成能力の応用で、俺も指先に火を灯してみた。熱い。まあ、俺が火を出せたところで自分以外燃やせない訳だが。

 その後も施設の探索を続けたが、めぼしい成果はなかった。せめて信者の巡回のルートとか、見張りの交代の時間が書かれた紙とかがあればいいんだが……。


「ふーむ……」


 神官の姿になって信者の一人に、聖女を開放するよう命令するってのも考えたが、それは無理そうだ。聖女に拷問宣告をした男は、「神官様たちの協議の結果」とか言っていた。つまり神官は複数いて、聖女の処遇は独断ではなく総意で決められているってことだ。俺一人が神官のふりをしてあれこれ言っても、ボロが出るだけだろう。となると……。ん?


「くそ、どうなっているんだこの地下施設は……!? また同じ道に戻ってきたぞ……! 侵入者を迷わす構造なのか……。早くあの部屋に辿り着かないといけないのに。いや、その前に施設の地図を探す方がいいか?」


 明らかに怪しい信者を見付けた。壁に背を擦り付けて横歩きをし、呼気の強い小声でぶつぶつと……。コソコソしているというよりも、目立ち過ぎていてコソォ! コソ! コッソオオオオオオ! という擬音の方が適してる。ちなみにそいつは灰色の髪にオレンジ色の瞳だった。顔つきはボーイッシュだが、声色と胸囲からして女性のようだ。


「待っていてください、聖女様……!」


 聖女!? こいつ、もしかして……。む? 怪しい信者が進む通路の先の曲がり角から、別信者が歩いてきている。このままじゃ見付かって捕まっちまう。多少強引な方法になっちまうが、仕方ない……!


「おい、向こうの曲がり角から信者が歩いてきてるぞ」


 俺は姿を見せないまま、声だけ怪しい信者に聞かせた。


「何? そうなのか?」


 怪しい信者は壁にへばりつくのをやめ、普通に歩く。そして彼女は曲がり角で信者と鉢合わせ、軽く会釈をしてすれ違った。


「ふう、助かった。ありがとう。……って、あれ? 誰もいない。そもそも、こんな敵地で誰がワタシの手助けを……?」


 こいつ、馬鹿なのか……? だが、邪教の者じゃないっぽいし聖女を探してるみたいだから……。


「あんた、聖女を助けに来た教会の者か?」

「誰だ!? どこにいる! 姿を見せろ!」

「うるさい、大きな声を出すな。他の信者に気付かれるだろ」

「だれだー……。どこにぃるー……。すがたぉみせろぉ……」


 いや、小声で言ったって……。まあ、こいつはアホの子だけど、邪教の味方ではなさそうだ。それなら協力し合えるかもしれない。


「よう。俺はあんたと同じで、聖女を助けたいと思ってる者だ。協力してくれないか?」


 俺は地に足をつけ、生者として振舞いながら姿を見せた。外行きの恰好をした、生前の姿だ。


「うあ、きっも! 髪色ありえな! 目こわ! 真っ黒でこわ!」

「……」


 変身能力でこの髪と瞳の色、変えようかな……。


「いや、それよりも! 声だけ聞かせたり姿を消したり……。お前、魔術師か?」

「まあ、そんなところだ」


 そういうことにしておこう。


「それで、聖女を助けたいと……。本当か? お前、邪教の信者じゃないだろうな?」

「信者だったら大声を出して仲間を呼んで、あんたを捕まえてるよ」

「……それもそうだな! じゃあ敵じゃないな!」


 ……理解が追い付かなかったのか、一瞬の間があったな。まあ、信用してくれたようでよかった。その信用の早さには一抹の不安を覚えるが。


「それで、あんたは教会関係者なのか?」

「ああ、そうだ。ワタシは聖女様の懐刀だ」

「懐刀だと?」


 そんな奴がどうしてこんな敵地のど真ん中に?


「懐刀というのは主人が特に信頼する、知謀に長けた者のことだ。あと、主人の側に付き従って護衛なんかもするぞ」

「ああ、うん。説明ありがとう」


 懐刀という単語の意味がわからなくて、疑問符を浮かべた訳じゃないんだが……。俺は改めて彼女の姿を見る。邪教の赤い装束の上から見るに、確かに体感がしっかりしていて立ち方も熟練の武芸家っぽい印象を受ける。完全に素人目での感想だけど。なるほど、武術と潜伏能力に長けてるから、敵地への潜入の任を任されたのか。……潜伏能力、あるか?


「……それで、あんたは聖女が閉じ込められてる部屋を探してたみたいだが」

「何処か知っているのか!? 聖女様の所在を!」

「ああ、知ってる。俺について来てくれ。……と、その前に」


 俺は今、生前の外行きの服装のままだった。目の前の懐刀が着ている物を参考に、邪教の装束を再現して身に纏った。ついでに、髪と瞳の色は茶色に変えた。


「おお、服が虚空から……。面白い魔術だな」

「まあな」


 魔術じゃなくて幽霊としての能力だけども。


「あ、それと。まだ自己紹介をしてなかったな。俺の名前は──」


 自分の本名を名乗ろうと思ったが、聖女からはユーレイって呼ばれている。何となく、そこは統一しておくか。やり取りでの齟齬が生じたら面倒だし。


「俺の名前はユーレイだ。あんたは?」

「ワタシの名前はカイリだ。聖女様を救出するため、ここに潜入している」


 よし、じゃあ聖女の部屋に案内するぞとなった時、カイリはまた壁にへばりついて横歩きをしだした。


「普通に歩いてくれ。俺みたいに」



 ◆



 カイリを連れて廊下を歩いている最中、剣で武装した信者と何回かすれ違った。おそらく彼らは警備のために施設内を巡回している信者だろう。聖女脱出時は、ああいうのを回避しながら進まなきゃいけない訳だが……。


「ところでカイリ、あんたは聖女救出を目的にしてる訳だが、どうやって救出する気なんだ? 密かに聖女を連れて、施設を脱出してくれるのか?」

「いいや、ワタシの実力でもそれは無理だ。外までの道中に警備の者が多くいる。どうやったって見付かってしまうだろう」


 脳裏に、壁にへばりついて移動していたカイリの姿がよぎる。


「特にここの神官たちは恐ろしい魔術を使うと聞く。ワタシでさえ手も足も出ないような……」

「じゃあ、どうする? 俺だって腕力には自信がないぞ? いや、皆無だ」


 幽霊な訳だから比喩でもなんでもなく、文字通り皆無だ。蟻の子一匹ですら潰せない。


「実は平原の向こうの森に、教会が雇った傭兵が待機しているんだ。彼らで施設に突撃し、聖女様を救出する。ワタシの任務は、前もって聖女様の居場所を把握しておくことなんだ。聖女様の居場所がわかっていれば突撃時、スムーズに救出できるからな」

「なるほどな。……あ、あそこだ。あれが聖女が閉じ込められてる部屋だ」


 カイリと話している内に、聖女の部屋の前へ着いた。するとカイリは周囲に人が居ないのを確認してから扉の前へ駆け寄り、中の聖女に声をかけた。


「聖女様、ワタシです! ご無事ですか!?」

「え、誰ですか?」


 聖女……、こいつはあんたの懐刀なんだから、声でわかってやれよ……。

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