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2-幽霊にできること

 俺は物に触れない幽霊の状態で、明日にでも殺されそうな聖女を助けなきゃいけない訳だが……。


「最優先事項は、俺自身についての確認だな。今の俺には何ができて、何ができないのか……。とりあえず、その辺を飛び回りながら考えるか」


 最初は今まで無意識で行ってきたことの確認だ。まず、俺は浮ける。重力の影響を受けず、自分の意志で体を自由に動かすことができる。漂うように宙に浮けるし、鳥のように素早く飛ぶこともできる。それに、宙に浮いたような状態でも床を歩く、階段を降りるなんて動作も簡単に再現できた。まあ、これらの動作は生前、無意識にやってたことだから普通にできて当然か。というか、体を失った今でも無意識に足で階段を上り下りすることがあるし。

 二つ目、物体をすり抜けられる。俺は物体に干渉できず、すり抜けてしまう。これは壁や床だけでなく、水や炎でも同様だった。邪教施設で厨房を発見し、そこの竈の火に思い切って手を突っ込んでみたが、熱くなかったし、水瓶に飛び込んでみても冷たさは感じなかった。


「さて、次に彼岸で出会った少年に教わったことを……」


 三つ目は変身能力だ。魂には決まった形が無いから、自分の意志で見た目を変えられる。再確認のため、俺は金髪碧眼ロングヘアで白スクニーソのロリ巨乳エルフに変身した。ニーソに乗る太ももの肉感、エルフ特有の細いヒップとウェスト。そしてそれらとは不釣り合いなほどの大きさがありながら球ではなく、水風船のような垂れ具合の双丘。健康的な鎖骨、肉厚な唇などなど……。ふむ、生前、常日頃から思い描いただけあって、細部まで完璧に金髪碧眼ロングヘアで白スクニーソのロリ巨乳エルフそのものだ。今度はその辺を歩いていた信者の男を見て、姿を再現してみる。


 ぼふん。


 景気付けに、変身時に煙のエフェクトを付けた。


「……うーむ」


 一度見ただけでは完全再現は不可能なようだ。どことは言えないが、どこかしらが本人とは違っている気がする……。さっき歩いていた男を追いかけ、答え合わせをしてみた。すると背丈、肩幅、髪色、赤い装束の刺繍などが全く違っていた。この能力は、要練習だな。とりあえず、いつもの生前の姿に戻る。

 四つ目は物質生成。これは変身能力の応用みたいなものだ。魂に決まった形が無いなら、体の一部として衣服や物体も作り出すことができる。まあ、これは変身能力の確認で衣服を生成していた時点で確認済みなのだが……。


「金持ちになりたい!」


 そう願って手の上に二百万円を生成してみた。紙幣の質感、確かな重さ……。そして生成した物体は体から離れれば数秒で消えるし、自分の意志で消滅させることも可能だ。魂を変化させて生成した物体を消したら、魂がすり減るんじゃないかとも思ったが、どうもそんな実感はわかない。そもそも、魂には体積や質量なんて概念がないんだから、すり減るも何もないんじゃないか?

 とまあ、現状で俺ができることは浮遊、すり抜け、変身、物質生成の四つってところか。これらの能力を使って生じるリスクは、おそらく無い。さて、ここからは検証が必要な能力だ。さっき、俺は聖女に声を伝えることができた。これは大きな新発見だ。新たに発見した要素だからこそ、ちゃんと確認しておかないといけない……。



 ◆



 邪教の信者たちを使って正体がバレないように検証した結果、俺は幽霊っぽいことができるとわかった。一つ目に、すでにわかっていたことだが、姿や声を消せる。まあ、幽霊だからこれは基本的なとこか。二つ目に、姿を現し、声を聞かせることができる。ホラー映画とかでも姿を現したり、耳元で囁いたりする幽霊はいるからな。まあ、ホラー映画の話だけど。三つ目に、姿現しや声聞かせは特定の人物を選定して行える。例えば、一人には俺の姿を見せ、もう一人には姿を見えないようにしたり。

 逆にできないことも判明した。幽霊なら憑依やポルターガイストなんかもできそうなものだが、俺にはできなかった。人に憑依して操れないものかと、信者の体に入り込んでみたが、体内の暗闇が見えただけだった。ポルターガイストという霊現象を起こそうと、床に落ちていたハンカチに念を送ってみたが、ピクリとも動かなかった。


「うぉおおおおおお……! 動けええええええ……! ふぉあああああああ……!」


 床に落ちていた誰かの抜け毛も動かそうとしてみたが、それすらも微動だにしなかった。ちくしょう。

 また、創作物によっては幽霊は冷たくて触ると凍傷になるというものもあるが、俺の場合はそれもなかった。透明化し、談話室でくつろいでいる信者にずっと腕をすり抜けさせていたが、そいつは特に寒がるような様子は見せなかった。

 さて、最後の検証だ……。


「果たして、俺はこれ以上死ねるのかどうか……」


 俺は生成したサバイバルナイフを握り、自分の胸元を見つめていた。このナイフで心臓を突き刺したら、俺は死ぬのかどうか……。順当に考えれば、ただ痛いだけで死ぬことはないと思うが……。っていうか、すでに死んでる訳だし……。


「いや、何やってるんだ。こんなことする必要ないだろ……。痛いだけだろうし」


 そう言ってナイフを消滅させた。


「……さて、聖女に会いに行くか」



 ◆



 幸い、聖女の部屋の前には見張りはいなかった。これなら廊下から声をかけても大丈夫だ。いや、そんな警戒をしなくても、聖女にだけ声を届けるようにすればいいだけか。


「おーい、聖女ー。俺だー。入るぞー」

「あ、声の人ですか? どうぞ」


 声の人って……。扉をすり抜けて部屋に入ると、聖女はソファに座っていた。その躰にはシーツを巻いていて、まるで古代ギリシアの女性の彫刻みたいな服装になっていた。あの後、服を貰えなかったのか。顔を洗ったようで、涙の跡は消えている。ちなみに今は声だけ届くようにし、体は透明化している。いきなり姿を見せたら驚かれると思ったからだ。


「よこらしょっと……」


 聖女とはテーブルを挟んで対面のソファに腰を下ろす。別にどんな体勢でも疲れないんだが、生前の癖で無意識にこういうことをしてしまう。


「俺の声で、大体の位置はわかるよな?」

「今、正面のソファに居ますか?」

「正解」


 聖女は正面に誰かが座っているということを意識したのか、脚をピタッと閉じて姿勢を正した。


「えっと……。さっきは感情がぐちゃぐちゃで、頭の整理がつかなかったんですが……。その……、貴方って何者ですか? 人間なんですか?」


 まあ、真っ当な疑問だよなあ。ただ、今の俺の状態をどうやって説明したものか……。嘘で誤魔化すのもなあ……。


「俺は死んだんだ」

「はい?」

「俺は死んで魂となり、彼岸に辿り着いた。彼岸の海は魂の源であり、そこに入ると魂は溶け、混じり、新たな魂として再生成される。そして数多ある世界のどれかに流れ着き、そこで新たな生を得るんだ。しかし俺の場合、どういう訳か魂が溶ける前にこの世界に流れ着いたみたいなんだ。だから生を受けられず、魂だけの状態……。まあ、幽霊みたいなものだな」


 俺は包み隠さず、率直に説明することにした。


「え、あ、え? はい?」


 聖女は目を白黒させ混乱している様子だ。質問は山ほどあるだろうが、後でまとめて聞こう。


「さっき、今の俺にできることとできないことを調べてきた。俺にできるのは浮遊、透過、すり抜け、変身、物質生成の五つだ。透過に関しては、姿を表す相手を選ぶこともできる。声も同じだ。逆に幽霊なら定番の、憑依やポルターガイスト、冷気はできなかった。俺はこの世界の人や物に干渉することは不可能らしい」

「……なるほど!」


 目を丸くして何もわかっていない表情でありながらも、「なるほど!」と言う聖女。あ、こいつ何も理解してないけど、無理やり納得したな。


「すまないな、俺は説明下手なんだ」

「私は全てを理解しましたよ!」


 嘘つけ。


「さっきも言ったが、俺はこんな状態でこの世界に放り出され、気付いたら例の祭儀場に居たんだ」

「ああ、あの祭壇の間の……」


 聖女の顔がドヨンと曇る。どうやら、裸体を衆目に晒された時のことを思い出しているようだ。嫌なことを思い出させてしまったなあ……。


「世の中、いろんな思想や宗教があって、どれが正しいかなんて一概には言えないが、少なくとも俺の中の常識からしたらここの邪教は悪に見えた。そして、あんな酷い目に遭っていたあんたを助けたいと思ったんだ」

「ハハ……。声の人も儀式、見てたんですね……。ハハ……」


 聖女は何もかもを諦めた顔で、乾いた笑みをこぼした。


「しっかりしてくれ、あんたは聖女なんだろ? とりあえず、俺の身の上は話したんだからあんたの身の上も教えてくれ」


 この子はエレア教っていう所の聖女で、敵対するこの邪教に攫われ、邪神降誕のための生贄にされそうになってた。そこまでは俺も知っているが、それ以上の情報も欲しい。


「私はこの国の国教であるエレア教の聖女です。これまでの人生を神に捧げ、修練に励んできました。それもこれも、十五になった時に迎える儀式に挑むためです。しかし、儀式を控えた夜、教会が邪教徒の襲撃に遭い、私は攫われてしまったんです。そしてこの部屋に幽閉され……。ああ、儀式の日を心待ちにしていたのに、こんな所で……」

「まあ不幸中の幸いって訳でもないが、今までは丁重に扱われてたみたいだな。この部屋を見るに」

「はい。私は邪神の器になるとかどうとかで、蝶よ花よと扱われてましたね。三食健康と贅沢を両立させた高級料理。今は全て没収されていますが、一着で家が買えるような高級な衣服を大量に。水洗機構付きのトイレに、蛇口をひねればいつでもお湯が出るシャワー」


 至れり尽くせりじゃねえか。羨ましい。


「そもそも、邪教はどうしてあんたを攫ったんだ? 聖女の体じゃないと、邪神の器になれないのか? それとも、敵対宗教への嫌がらせか?」

「さあ、どうなんでしょう? その辺の事情はよくわかりません」

「まあ、わざわざ手間をかけて聖女を攫ったんだから、何かしらの理由はあるだろうな。あ、そうだ。俺が去った後、この部屋に信者が来たか?」

「いいえ。誰も来ませんでした。そろそろご飯を持ってきてほしいです」


 なるほどな。よし、新しい情報がいくつか得られた。有意義な話し合いだった。


「それじゃあ、俺の姿を見せておこうと思う。これから命を預ける、預けないの仲だしな」

「姿? 声の人にも姿が?」


 あ、こいつ、やっぱりさっきの話を理解してないな。別にいいけど。それじゃあ、姿をお披露目する時のポーズは何にしようか。適当に腰に手を当てて仁王立ちでいいか。


 ぼふん。


 煙のエフェクトと共に、聖女に俺の姿を見せた。灰色のTシャツに長ズボン、スニーカーという、生前の外行きの服装だ。それを見た聖女は……。


「うわ、きもっ! 気色わるっ!」


 思いっきり気持ち悪がられた。


「あ、うん……。ごめんな。こんな顔で……」


 俺はさっきの聖女が見せたような、何もかもを諦めたような顔になった。そりゃまあね、聖女さんスタイル良いし、顔も良いし、かなり可愛い部類だし。そんな子から見たら、俺なんて……。いや、どうだろう。一般人が見ても俺の顔って……。


「あ、いえ! そういう意味で言ったんじゃないですよ!」


 聖女は慌てて取り繕った。


「顔は……。はい……。悪くはないです! 普通です! まあ、街を歩いていたら十人が十人振り返るような美顔ではないですが……。普通に分け隔てなく話せる友達? みたいな? そう! 一緒に居て不快感を微塵も感じない! これは凄いことですよ!」


 俺の目の端から、一筋の涙がホロリと零れた。


「それに、背も高い! 私よりも頭三つ分くらい高いです! 成人男性の平均身長くらいには達しています! 体型も太過ぎず細すぎず健康的で……」


 健康的ねえ……。まあ、外から見ればね……。俺、不摂生で死んだ可能性があるんだよなあ……。


「あ、えーっと……。私がさっきあんなことを言ってしまったのはですね、その髪と瞳の色のせいなんです」

「髪と瞳?」


 俺は黒髪直毛で、黒い瞳だが。


「その不吉なほど黒い髪と、闇色の瞳……。そんな色の人がいるなんて……。私、ビックリして思わず……」


 確かに聖女は金髪碧眼だし、施設内で見かけた信者の中にも黒髪や黒い瞳の者はいなかった。茶髪や金髪、茶色や青色の瞳の人が多かった気がする。


「この国では黒髪黒目が珍しいのか?」

「この国と言いますか、世界中どこを探しても、そんな人はいないと思いますよ?」


 俺が生きてた国では黒髪黒目がデフォだったんだけどなあ。それにしても、人の容姿を不吉だの闇色だのと……。黒色を忌避する文化でもあるのだろうか。俺が居た国でも、黒は縁起のいい色じゃなかったし。


「それじゃあ俺は、この邪教施設の探索をしてくる。必ず何とかしてやるから、安心しててくれ」

「はい、お願いします。あ、そうだ。声の人って呼びにくいので、別の呼び方をしてもいいですか?」


 そう言えば、まだ名前を教えてなかったな。


「俺の名前は──」

「ユーレイさんとお呼びしてもいいですか?」

「……」


 この子、幽霊を固有名詞だと思ってるのか? まあ、いいか。ユーレイってのも名前っぽい響きだし。


「ああ、そう呼んでくれ」

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