『しゅけん』とナミ
Ⅳ 『しゅけん』とナミ
大柄な女の先生の授業が始まった。
どうやら、この夢は連続していて、しかも、本来の世界で知ってるメンバーも登場して、魔法について学ぶのだ。
これまで分かったこっちのメンバーは、中島、小西、松村、大西、佐藤、垣内だが、まだ、元の世界で、松村、大西、佐藤、垣内に会っていない。共通する人物は、中島と小西ぐらいだ。相変わらず、私の隣の席は空いていた。
「今日は実習にしましょう。班ごとに青柏祭の縁起を見学して来てください。
いつものように、一般人に気付かれないこと。不自然なことはしないこと。
皆さんは、まだ、仮免許もありませんから、魔法は絶対に使わないこと。以上、三点に気を付けましょう。
じゃあ、まず、一班、こちらへいらっしゃい」
班は四人ほどでできていて、進み出た生徒に先生が杖をかざすと、一瞬で消えた。二班、三班、四班と続く。
どうやら私は、中島や小西と一緒らしい。というのは、ここまで彼等も私も呼ばれなかったのだ。
先生が、「五班!」と呼んで、私に言った。
「吉岡さんも五班だから」
やっぱり。と納得すると、教室の戸が開いて静香が入って来た。
静香も魔法使いだったのだ。道理で。生まれながらの巫女って、魔法使い――彼女は女だから魔女だ――ってことだったのだ。
「じゃあ、中島くんも小西くんも大久保さんと吉岡さんをお願いね」
先生が私達四人に杖をかざすと、天井がグルグル回った。
ひどいめまいがして、思わずしゃがみ込む。吐き気がして、目を開けていられない。
「大丈夫?」
静香が優しく気遣ってくれるが、気持ちが悪くて答えられない。
「初めてだから。すぐ慣れる。
それより、シズ、君は大丈夫か?」
凛とした中島の声が聞こえた。
別に心配して欲しいわけじゃないけど、体調の悪い私より静香を気にかけるこいつに頭が来た。
「動けるようになったら、行こうか」
小西が事務的に言った。
静香にも私にも味方しない――中立だって意思表示のつもりだろうか。でも、了解。ここでモタモタしてても始まらないってことだね。
何とか頑張って目を開けた。すると、何となく三人の色が薄いのに気がついた。体が透けて、体越しに向こうの景色が見える。
驚いて目で問いかけると、中島が説明してくれた。
「気になるかい?僕達はこの世界では見えないようになってるんだ。じゃないと、この時代の人間じゃないって気付かれるだろ?」
杖を取り出して道に立て、白羽の矢が立った家を探すよう命じた。
「教えて。どの家に白羽の矢が立ったんだい?」
杖がコロリと倒れた。杖が倒れた方向へ進めば良いらしい。
魔法使こたらあかんかったんやない?ったく、いい加減なんやから。
「こっちだ」
一同は、杖に導かれて進んだ。
山王神社は町はずれにあった。今と違って、町全体が小さかったのだ。
田植えが終わったばかりだ。若い苗が風にそよいでいる。あぜ道を進むと、私達に気が付いたのだろう、カエルがぽちゃりと音を立てて田んぼへ逃げた。
どうやら、私達が見えないのは人間だけのようだ。犬だって、怪しい集団だと吠え立てた。おかげで、小西が杖をかざして、『敵ではない』の呪文を言う羽目になった。
コラッ、魔法を使こたらあかんって。どいつもこいつも無茶苦茶なんやから。
杖に訊きながら中島の先導で進むと、茅葺きの大きな家に着いた。屋根に白羽の矢が立っている。
「確かに霊力が強い。娘さんの、かな?」
小西が首を傾げ、中島も不思議そうな顔をした。
「シズより強いみたいだ。こんなのって、ちょっとない」
周りには、私達と同じような透き通った魔法使いがたくさんいた。
魔法使いにとって歴史的なエポックだ。いろんな時代から見学に来てるのだろう。
ざっと見て、こっちの高校の学年集会ぐらい、つまり、三百人ほどいる。押し合いへし合いしながら、『しゅけん』や件の父娘の観察しながら進んでいる。まるで、テーマパークのアトラクションだ。
中島から他の連中を無視するように言われた。確かに、こんな大群を気にしてたら、目の前の見学がおろそかになるというか、何にためにここへ来たのか分からなくなる。その通りだと思ったので、黙って指示に従うことにした。こいつに従うのは、腹が立つけど。
数分待たされた挙句にやっと家の中が見える場所に着いた。興味津々で中を覗くと、年配の男が白髪の青年をもてなしていた。床の間を背にした青年は、部屋の隅に控える娘に涼しげな眼差しを向けて静かに言った。
「なるほど、これだけのお嬢さんだったら、白羽の矢も立ちますね」
中島、小西、静香の三人は、顔を見合わせて頷いた。三人が感じたのは、白髪の青年、つまり、『しゅけん』の霊力だったのだ。
隅に座っている娘の霊力も、一般人のレベルとしてはかなり強いようだ。というのは、「一般人としては、まれに見る霊力だ」と、小西が呟いたからだ。
一人、私だけが分からない。
霊力って、目に見えるものじゃないのだ。色でも付いてるならともかく、やっぱり、一般人が魔法使いの学校にいるってこと自体無茶だ。
どうやら、祭りの前日、つまり、白羽の矢が立った家の父親が越後から『しゅけん』を連れて来たところのようだ。
『しゅけん』は色素が欠乏しているのだろう。肌も髪も白かった。瞳の色さえ、普通よりずっと薄いのだ。
父親は『しゅけん』の気が変わらないよう必死で機嫌を取っている。彼の珍しい容姿も気にならないのだろう。
だが、『しゅけん』は自分の容姿が一般人に嫌われていることを知っていた。興奮状態の父親に口数少なく応対している。単に大猿との戦いを控えているからじゃなく、この父娘との付き合いが戦いが終われば終わる、と達観しているのだ。
家に唐櫃が届き、座敷に運び込まれた。娘が入ったように見せかけて、『しゅけん』が入るのだ。
父親は在所の隣人達さえ欺く算段だ。成功した後、説明するつもりなのだろう。来年から白羽の矢が立つことはなくなる。隣人達も喜ぶだろう。
父親は、名残を惜しむ振りをした後で、準備のために席を立った。本当なら娘が入る唐櫃の前に娘と『しゅけん』が残された。
娘にすれば、赤の他人が自分のために生命を賭して戦ってくれるのだ。在所の者じゃないとか、容姿がどうのといったことは吹っ飛んでいる。
『しゅけん』にすれば、白羽の矢を立てられて悲嘆にくれる娘が可哀想に思えたのだろう。戦いに明け暮れる彼には、娘の弱さや優しさが新鮮に感じられたのだ。可哀想だは、惚れたってことよ。って、漱石だっけ。どっかにあったような気がする。
男は、明日死ぬかも知れない。娘は、明日『大猿』一族に食べられる(拉致される)かもしれない。二人は一蓮托生なのだ。
戦いに勝ったとしても、これっきりだ。二人一緒の未来はない。別々の人生を歩いて行くのだ。
恋に落ちるには十分すぎるシチュエーションだ。
ふと、倫社の授業を思い出した。プラトンによれば、人間はもともと二人が一つにくっついた状態だった。それを神が半分に分けてしまったので、人間は残りの半身、つまり伴侶を求めるという。
この人達は、プラトンのことは知るよしもない。でも、運命の人に、極限の状況、つまり、とんでもないシチュエーションで出会ってしまったのだ。
見つめ合う二人。
長い沈黙の後、二人は結ばれた。目の前が、何故かブラックアウトしたみたいになって、二人が見えなくなった。
みんな気にもならないのだろう。見るべきものは見た、と、サッサとその場を後にした。多分、次の見学場所の場所取りにでも行くのだろう。
「あれって十八歳未満禁止だ。上層部が十八歳未満が見れないよう魔法をかけてるんだ」
山王神社へ移動しながら、中島が説明してくれた。さっすが、優等生。
「十八禁って、そんな仕掛けになってるん?ようやるわ」
呆れる私をスルーして、中島が首を捻る。
「でも、あんなことして、いいんだろうか?」
「どういうこと?」
「『しゅけん』は、純血主義の魔法憲章擁護派で、一般人と交わらない部族の人間のはずだ。それなのに、一般人の娘と交わってしまったんだ。
あいつ、自分の部族の代表として『大猿』と戦うんだけど、部族の掟を破ってしまったんだ。下手すると、『大猿』の部族に敵として狙われるだけじゃなく、自分の部族に追われる」
余りにも説得力があったので、背筋が寒くなった。




