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吉岡綾乃は魔女をやめたい  作者: 椿 雅香
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『しゅけん』とナミ(その2)

次の日の夜、暴風雨の中で、『しゅけん』と『大猿』の戦いが繰り広げられた。

私達は、暗がりの中で目を凝らした。

三百人はいる見学者は、この時代の人々には見えない。だが、いるのは確かで、どこかザワついた感じがして静寂というには程遠い。見学会は嵐に助けられていた。じゃないと、大勢の見学者の気配を隠すことなんかできなかっただろう。

漆黒の闇の中で、戦いが繰り広げられた。

灯りも何もないのだ。辺りは鼻をつままれても分からないほど真っ暗だ。ときどき稲光があって、その瞬間、二人の姿が闇に浮かび上がった。

『大猿』とは言い得て妙だった。猿顔の大柄な男だったのだ。少し腰が曲がり、杖を振り回して戦う。杖の先端から光がほとばしり、火が吹き出る。稲妻や光や火がほとばしる瞬間、殺気にあふれる二人を見ることができた。

対する『しゅけん』は細い金属でできた杖を振りかざして戦った。圧縮された水が刃物のように『大猿』に斬りかかる。ほとばしる水が大猿の光とぶつかった。

息を飲むほどの戦いだ。双方の力量の素晴らしさに鳥肌が立った。

長い戦いの後、『しゅけん』が勝利をおさめ、息も絶え絶えにくずおれた。見学者だろう。あちこちで安堵のため息がもれた。

その時、人影が現れ、冷酷な声が聞こえた。

「貴様、掟を破ったな。

長老さまの危惧した通りだ。貴様は優しすぎるんだ。掟破りの末路は、知っていよう?」

「ああ。でも、あれは……仕方なかったんだ」男が俯いた。「俺が悪い。成敗するなら俺をしろ。だが、あの娘に罪はない。大丈夫。秘密は知られていない」

「貴様が気にすることじゃない」

鋭く言い捨てて掌をかざすと、掌から閃光が走った。やっと息をしていた男の体が硬直する。死力を尽くして戦った後だ。身を守る力はなかった。 

人影が消えた後、私達は顔を見合わせた。

何て野郎だ。何も殺さなくてもいいやない。と、文句を言いたい相手は消えてしまった。

見学者達は、黙ってそこにいた。『しゅけん』を助けるわけでもなく、自分達の世界へ帰るわけでもない。ただ、黙って見ているのだ。まるで、見学すべきことがまだ終わっていないとでもいうように。テレビでも見ているように。ただ見ている。

私は、見学者をかき分けて、『しゅけん』のもとへ走った。

去年の夏、オカンが町内会の女性部長をしてた時、救急救命医療の講習会があって、私も付き合わされた。ダメもとで、あれをやってみよう。

必死に救急救命医療のやり方を思い出した。

まず、「『しゅけん』さん!『しゅけん』さん!大丈夫ですか?」と声を掛ける。「静香さん、救急車呼んで!」と叫ぶ。次に、気道を確保して呼吸を調べる。呼吸がない場合は人工呼吸を二回する。循環のサインがない場合、つまり、心臓が止まっている場合は、心臓マッサージをするのだ。心臓の上に両手を置いて、一、二、三、と体重を乗せる。十五回の心臓マッサージと二回の人工呼吸を繰り返す。これを救急隊員が到着するまで続ける。

確か、こんな感じだった。

ん?救急車って、ここにあるんやろか?

側で、静香、中島、小西が唖然としている。他の見学者が、暗がりで動揺する気配がした。そう、こいつ等は、私が『しゅけん』を助けようとしたらざわついたのだ。

何だ、この集団は?人が死にかけてるのに、見てるだけやなんて。

手伝おうという気はさらさらないのだ。

魔法使いが一般人から迫害された理由が分かったような気がした。

「ぼーっとしとらんと、手伝うて!あんた等、魔法使いやろ?」

思わず叫ぶと、小西が笑いながら言った。

「綾乃ちゃんって面白いねえ。俺達、歴史に首を突っ込むじゃないって指導されてるんだ」

「人が生きるか死ぬかの瀬戸際なんや!何が指導や!私、そんな指導受けてへん!魔法憲章第一条にあったやない。世のため人のためや!」

「分かりました。じゃあ、こうしましょう」

静香が『しゅけん』の杖を手に取って言った。

「本来なら、AEDを使って電気ショックを与えるところだけど、ちょうど、暴風雨で雷もすごいんですもの……それに、この人の杖を使えば、私達の責任にはならないと思うわ」

静香が杖を振ると閃光が走って、『しゅけん』の体が硬直した。雷が杖を伝って、電気ショックになったのだ。

他の班がざわめいた。そんなことしていいのかとか、魔法憲章に抵触するとか、下手すると停学処分になるとか、口走るのが聞こえた。

でも、無視だ。無視。こんなヤツ等の困惑に付き合ってやる必要はない。少なくとも、人の生命がかかってるのだ。

しばらくして、『しゅけん』の鼓動が始まり、静かな呼吸が聞こえた。パソコンなら再起動ってとこだ。

目を開けた『しゅけん』には、私達が見えたみたいだ。

さぞかし驚いたことだろう。一人で戦っていたはずなのに、大勢の見学者がいて、周りを三百人ほどの魔法使いの卵が取り囲んでいたのだから。

「お前達は、何者だ?さっき、俺は殺された、と思ったが……」

「多分、あんた達魔法使いの子孫、だ」

小西が答えた。

「少なくとも、彼女はあなたとあの一般人の娘さんの子孫、らしいわ」

怪訝な顔で私を見た『しゅけん』が呟いた。

「俺と、ナミさんの……子孫?」

「ナミさんって?」

聞きなれない名前をいぶかしく思う私に、中島が教えてくれた。

「さっきの一般人の娘さんの名前だ」

「私、あの人とこの人の子孫なん?」

「そういうこと。長老から教えてもらったの」

静香が面白そうに笑って、片目をつぶった。

唖然とした。

本人の同意なしに他人に個人情報を漏らすなんて、最悪や。第一、私も知らんことを、どうして静香が先に知っているんや。不当や。許せへん。

ん?長老って、魔法使いの長老ってことやろか?今度、会う機会があったら、絶対抗議してやろ。

って、問題はそこじゃない。

この優秀な魔法使いとあの一般人の娘さんが私の祖先やて?あり得へん。でも、この人、確かにおばあちゃんに似てる。

(お前は、俺とナミさんの子孫か?)

いや、知らへんのや。DNA鑑定でもすりゃ確かなんやろうけど、ここじゃそんなことできひんし……って。でも、長老が言ったのなら、そうなんやろう。

(確かに、面立ちが似ている。嘘ではないのだろう。だが、ということは、どんな手を使ったんだろう?)

いや、私に訊かれても……。何度も言うけど、知らへんのや。

『しゅけん』は、マジマジと私を見た。静香の話が本当なら、この人は私のご先祖さまだ。私も彼を観察した。

突然、『しゅけん』が叫んだ。いや、この場合、声に出して叫んだんじゃい。頭の中で響いたのだ。

どうやら、大事なこと、つまり最優先事項を思い出したのだ。

(霊力をくれ!あの人を守らないと……殺される)

何?ええっ?何をくれって?何が要るの?

これって、静香や中島達には、聞こえないのだろうか?

どうやら、『しゅけん』の声は私にだけ聞こえるようだ。耳で聞くんじゃなく、テレパシーっていうか、頭の中に直接響くのだ。

(手を貸してくれ!お前が俺とナミさんの子孫ってことは、俺とあの人が一緒になったってことだ。普通に頼んで許されるはずがない。きっと、死んだと思わせたのだろう。それしかあり得ない)

グっと手を握られると、目の前が真っ暗になってチカチカと星が瞬いた。気を失う寸前、頭の中で『しゅけん』が叫んだ。

(ここにいる全ての魔法使いから霊力をもらう。そして、増幅した霊力の全てを使って魔法をかける。

あの人と俺と俺達の子孫が生きていることが知られないよう、戦いがなくなるその日まで、全ての魔法使いの記憶を封じる。魔法使いも一般人もあの人と俺の子孫を害することができないよう、全霊をもって守護する)

ものすごいパワーの魔法だった。青白い光がスパークしたのが、見えたような気がした。

あまりのことに鳥肌が立った。『しゅけん』は他人の霊力を奪うこともできるのだ。

後で、近くにいた者は半分近く、遠くにいた者は二割ほど霊力を奪われたと聞いた。もちろん、私は手まで握られていたから八割ほど取られた。まあ、二週間ほどで元にも戻ったんだけど。

先生によれば、そんな魔法を使えるのは、そうそういないらしい。彼は魔法使いでは最も優秀で、戦いで消耗していなかったら、あんなに簡単にやられなかっただろうとのことだった。

『しゅけん』は、自分の霊力も居合わせた魔法使いから奪った霊力も全て使って、あの時代に生きる全ての魔法使いから自分とナミさんの記憶を消した。

魔法使いの血筋を残すための戦いは、魔法使いの滅亡を速めていた。彼は戦いに飽き飽きしていたのだ。憎悪は憎悪を呼び、復讐は復讐を呼ぶ。やっと見つけた運命の人は、一般人だった。ナミさんは何も知らず、ただ、一人の人間として『しゅけん』を愛した。『しゅけん』は一人の人間としてナミさんを愛し、彼女を守ることを選んだのだ。

翌日、ナミさんの父親が町の人々を連れて山王神社へ来ると、『大猿』と『しゅけん』が死んでいた。白い狼の『しゅけん』は丁重に葬られた。

あの壮絶な魔法をかけた後、『しゅけん』は半死半生になった。しばらくして意識が戻り呼吸が整うと、柏の枝が自分に見えるよう魔法をかけた。いわゆる見立て魔法だ。そうして、長いこと京都で修行していた医師に成りすまして、ナミさんと結婚したのだ。

そういう裏の事情を知ったのは、翌週の授業で先生の説明を聞いてからだ。

魔法使いの中には、他の魔法使いから霊力を奪ったり、与えたりすることができる特殊な能力のある者がいる、らしい。『しゅけん』はそれだったのだ。

『しゅけん』はその力を使って居合わせた全ての魔法使いから霊力を奪って、自分とナミさんの存在を魔法使い社会に忘れさせる魔法をかけた。その魔法があまりにも強力だったので、両部族の和解後も効力が存続し、百年ほど前にやっと、『しゅけん』が生きていたことが分かったという。

 それ以来、魔法使い社会は『しゅけん』の魔法を研究し、魔法のクラスの生徒が見学に行くようになったそうだ。




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