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吉岡綾乃は魔女をやめたい  作者: 椿 雅香
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静香さま

Ⅲ 静香さま


肩を激しく揺すられて、心配そうに覗き込む顔に気が付いた。目の前に癒し系の今井の顔があった。

ゆっくり顔を上げると、隣のクラスの一団が階段を下りて行くのが目に入った。

今井によれば、私は貧血を起こして気を失ったらしい。まだ休み時間で、あの古びた教室で魔法使いの授業を受けたのは、失神している間に見た夢だったようだ。

って、そもそも失神している間に夢なんか見るんだろうか。でも、夢を見たのは事実だ。しかも、妙にリアルな。

静香と話し込んでいた男生徒が、こちらを振り返って薄く笑った。

中島だった。夢に出て来て、青柏祭の縁起について魔法使いの歴史という視点から説明した中島だった。


  

五月四日。今井と待ち合わせの約束した山王神社へ出掛けた。

青柏祭は山王神社の祭りだ。今井によれば、静香の家がここのはずだ。

この祭りの起源は古くて、少なくともおばあちゃんのおばあちゃんが物心付いた頃にはあったらしい。でもまあ、いつ頃始まったのかという議論は、郷土史家の皆さんにお任せしよう。

ついでに、夢で先生が言っていた魔法使いの歴史は、魔法使いの末裔の皆さんにお任せしよう。他人事だし、知ったことかって感じだ

私達普通の高校生にとっては、祭りとは人生を楽しむためのスパイスなのだ。

五月は、風薫る新緑の季節だ。京都の葵祭は青々とした葵の葉っぱを飾るらしい(白状すると、近くに住んでたけど、行ったことはない。だって、無茶苦茶混むって話だから)。ここは早場米の産地だから田植えも終わってる。鮮やかな緑が野山を彩り、辺り一面むせ返るような新緑だ。

柏の葉も青々と自己主張している。だから、青柏祭なんて名がついたのだろう。

おばちゃん家は町の真ん中だから、緑って言ってもピンと来ないけどね。

山王神社に行くと、出店があったり、『山』が到着――『山』は町の三箇所で作る。それを山王神社まで曳いて来て、再び町中を曳き回した後、元の場所まで曳いて戻る。途中の川端通りで三台の山が揃う写真スポットになっている――していたりと、とんでもないことになっていた。

扇型の巨大な山車は太い柱を荒縄で組み立ててムシロで覆い、色とりどりの布や人形で飾ってある。京都の祇園祭の山車を見慣れた身(混むから巡行には行ったことないけど、宵々山には行ったことあるんや)には、無骨にも思える素朴さだ。

今井が駆け寄って来て、嬉しそうにまくし立てた。

「吉岡さん、会わせたい人がいるの。いいかな?」

「いいけど。って、誰?」

「さっき、そこで会ったの。三組の中島くん」

何となく、嫌な予感が当たったような気分だ。

今井は私の気持ちに気付いていないのだろう。いそいそと中島を呼びに行った。

どうやら今井にとって、中島や静香は憧れの的のようで、新入りの私に紹介するのを名誉なことだと喜んでいるようだ。

紹介された中島は、やっぱりこの前静香と話し込んでいた男生徒だった。夢に出て来て、青柏祭の縁起について魔法使いの歴史という視点から説明した胡散臭い魔法使いの末裔だ。

間近で顔を見て驚いた。見たことないほどのいい男、つまり、イケメンなのだ。端正な凛々しい顔立ち。頭も良さそうで、凛とした品の良さがある。

身長は、百八十は越えている。今日は休みだから、綿シャツにジーンズというラフな格好だ。ぴったりしたジーンズは足の長さを際だたせ、ジャニーズも真っ青の男っぷりだ。

こんな田舎にこんなハンサムな男がいたなんて。

「はじめまして。中島です。吉岡さん、だってね」

夢で聞いたままの、低めの落ち着いた声だ。

失礼なヤツ!初めて会ったみたいな顔するなんて。夢で会ってるやない。

でも、あれは私の夢だから、この人の預かり知らないことかもしれない。

「はじめまして」

とりあえず普通に挨拶したが、ハンサムな中島に見つめられ、少なからず動揺した。

いかん。私には、達也くんという彼氏がいるのだ。しかも、こいつは私の夢に勝手に出て来た怪しいヤツだ。

急いで頭を振って、自分に活を入れた。

「中島くん、静香さまを迎えに来たんだって」

今井が嬉しそうに微笑んだ。

「静香さまって?あの?」

「そう、この前話した三組の大久保静香さん。本当は『大久保さん』って呼ぶとこなんだけど、みんな、『静香さま』って呼んでるの。後で紹介するね」 

中島が苦笑した。

「でも、シズは、そう呼ばれるの、あんまり好きじゃないみたいだ」

「静香さまをそんな風に呼ぶのは、中島くんと小西くんだけだよ。静香さまに会ったら、誰でも、『静香さま』って呼びたくなるの!」

今井がきっぱりと言い、中島が肩をすくめた。


この日、私は、今井、中島そして静香さまこと大久保静香と祭り見物した。

中島は、極めて紳士的だった。フェミニストなのだろう。

大久保静香は、今井が言う通り、『静香さま』と呼びたくなるような存在感だった。

静香の特長はその長い髪だ。ストレートで腰まである。前髪も伸ばして中央で左右に分け、無造作に後へ流しているが、もう少し長ければ平安美女だ。

体つきは細身で、ふくよかな今井と並ぶと気の毒なほどバストがない(この点については私も似たようなものだから、他人のことは言えないんだけど)。でも、それは静香にとって中性的な魅力になっていて、髪さえ切れば男の子で通るような雰囲気がある。

視線は、ときどきドキリとするほど鋭いが、普段は、けぶるように遠くを見ているようで、何となく浮世離れした感じがする。

生まれながらの巫女というのも言い得て妙だった。現実世界じゃなく別世界を見ているような、そんな印象を受けた。

 途中で、小西という青年――中島の従兄で、今井の話によれば、静香を『シズ』と呼ぶのは中島とこいつだけらしい――と出会った。

小西は、中島と従兄弟だからだろう、体型や顔立ちなんか中島に似ている。ただ、持って生まれた性格のせいなのか、雰囲気が全く違っていた。大人びた中島に比べると、癖があって如何にも悪戯っ子という感じがした。

何となく小西ともあの夢で会ったように感じて、思わずガン見してしまった。

小西がニヤリと笑って挑発した。

「俺の顔がどうかしたか?」

しもた。ガンつけたつもりなかったんやけど。ええい、訊いてしまお。

「どこかで会ったことない?」

「どこにでもあるような顔だからな」と、肩をすくめて、「もっとも、黙っていりゃカオルとよく似てるって言われるんだけど」と、笑った。

「カオルって?」

「中島くんの名前、中島 薫って言うの。源氏物語の薫大将の薫」

今井が教えてくれた。

中島も静香も何のコメントもしない。それでいて、存在感はすごいのだ。とりわけ静香の存在感は半端じゃなかった。何というか、華があるのだ。 

こんな子いるんだ。と、ただただ感心した。ファンになりそうだ。

水ヨーヨーを買って、バンバンたたきながら、出店を冷やかして歩いた。

今井は静香と中島に挟まれて、嬉しそうに綿飴を舐めている。丸めの今井が丸い綿飴を食べている図は、小動物のようで微笑ましい。癒されるわ~。

私はベビーカステラを口に放り込みながら、小西と並んで静香達の後ろを歩いた。

小西がベビーカステラに手を伸ばしたので、「後で何かおごってよ」と、袋を差し出すと、礼を言ってつまむ。

驚いた。こいつ、ちゃんと礼を言うんや。

黙って口をモグモグ動かすのを見ていると、本当に中島に似ている。

でも、夢に出て来たときも(こいつも登場人物だったことを思い出した)皮肉っぽい笑いを浮かべていた。もっとも、私の夢に登場しているわけだから、こいつの責任じゃないけど……。

今日も取っつきにくいのは変わらないが、祭りのせいか、悪戯っ子のような感じが好ましく思えた。

それで、何気なく聞いた。 

「魔法使いと超能力者って、どう違うんやろ?」

小西がニヤリと笑った。

「気になるか?」

「別に、気になるってほどやないけど……」

「じゃあ、どうでもいいじゃん」

「そやけど、小西くん、どっちも同じやと思う?」

「一説には、魔法使いは杖や箒を使い、超能力者は精神力だけで超常現象を具現化するって言われてる。でも、魔法使いだって杖や箒を使わないと魔法を使えないってことはないんだ。

要は、個体の能力の強さなんだ。魔力も超能力も超常現象に変わりない。

つまり、魔法使いの杖とか箒って、超常現象を具現化するため、霊力や特殊能力を支援する手段に過ぎないんだ。魔法使いでも霊力の強いヤツは杖や箒なしで魔法を使えるし、超能力者でも能力の弱いヤツは何らかのグッズを使わないと超能力を使えない。

極論すると、超常現象を引き起こす人間のことを『魔法使い』とか『超能力者』って呼ぶけど、それって単に呼び方が違うだけなんだ」

あんた、何で、そんなに詳しいん?





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