魔法のクラス(その3)
「じゃあ、今日は、青柏祭の縁起と魔法使いの歴史についてお話しましょう」
先生が話し始めた。
どうやら、魔法憲章はときどき使われる前振りのようなもので、今日のメインテーマは青柏祭らしい。
「昔、毎年、山王神社へ、若くて美しい娘を人身御供に差し出す習わしがあったそうです。年に一度、そこに住むものが、娘を食べると言われていました」
先生がゆっくりと話し始めた。
こういう話って、どうして若くて美しい娘なんだろう。不細工だと神さまが嫌がるんだろうか。神さまも、ブスより美人が好きってことだろうか。ま、この話は本当に美女を食べる話だから、文字通りの『面食い』だ。でも、食べてしまったら顔なんか関係ないのに。見た目が良い果物が求められるのと同じようなものなんだろうか。そういえば、ドラキュラも若くて美しい女が好きだった。男は美味しくないんだろうか。ドラキュラがゲイだったら、若くて見目麗しい青年を好んだんだろうか。
先生の話を聞きながら、心の中でブツブツ言う。先生がチラリと私を見て、心の声が聞こえたかのようにニコリと笑った。
「祭りの前に、屋根に白羽の矢が立った家が娘を差し出す習わしだったそうで、つまり、それが、娘を差し出せ、というお告げだったわけです。ある年、白羽の矢の立った家の主は、何とかして娘を助けることはできないものか、と考えました。そして、ことを成すには情報収集だ、と、ある夜、社殿に忍び入って様子を探ったそうです」
「お父さん、偉い!」
誰かが茶々を入れた。
「草木も眠る丑三つ時」
「大体、あやしいことって、その時間に起きるんだ」
「何やら声が聞こえて来て、耳を澄ますと、『祭りの日が近づいた。越後の『しゅけん』は、よもやワシがここに潜んでいることは知るまい』と、呟くものがいたのです」
「先生、神さまって独り言言うの?」
「馬鹿。娘を食べようってヤツだから、神さまじゃないんだ」
どうやら、生徒達はこの話を知っているようで、あっちこっちで適当なことを言っている。先生は無視して話を続けた。
「社殿に潜んでいた父親には、この人身御供を要求しているのが何者で、また、そいつが恐れる『しゅけん』とは何者なのか、知るよしもありません。でも、とにかく、藁にもすがる思いで越後へ出掛け、『しゅけん』に助けてもらおうと思いました。そうして、父親は、越後で『しゅけん』を尋ね歩き、祭りの間近になってようやく会うことができました。それは、全身真っ白な毛の狼だったのです」
「ライオンなら、『ジャングル大帝レオ』ってとこだな」
お気楽な生徒が笑うと、周りから、「古~い」と、ヤジが飛んだ。
「父親が事情を話して助けを求めると、『しゅけん』が言いました。『以前、よその国から三匹の猿神が渡って来て人々に害を与えたので、そのうちの二匹を殺したが、残りの一匹は行方をくらましてしまった。そちらに隠れているとは知らなかった。これから行って退治してやろう』」
「えらく親切なヤツだな。縁もゆかりもないんだ。そこまで面倒みる必要なんかないのに」
誰かが言うと、生徒一同笑った。
「『しゅけん』は娘の父親を伴って、波の上を飛鳥のように翔けて、明くる日の夕方戻って来ました」
「『しゅけん』は正義の味方なんだ。狼なのに空も飛べるし、自分とは関係ない人々のために戦うんだ。世のため人のためだ。魔法使いだったんだ」
「祭りの日、『しゅけん』は娘の身代わりに唐櫃に潜み、夜になってから神前に供えられました」
「びっくりしただろうな。唐櫃の中から娘じゃなくて、白い狼が出て来たんだから」
「その夜は暴風雨でしたが、雨風の音までかき消すほどの闘いの音が響き渡ったそうです。翌日、町の人々が連れだって社殿を見に行くと、一匹の『大猿』が倒れていて、白い狼の『しゅけん』もまた死んでいた。と言うことです」
「普通、正義の味方は死なんもんや。この話は、何?ひどいわ!」
思わず口走ると、周りの視線が集まった。
「町の人々は、『しゅけん』を手厚く葬り、後難を恐れ、三匹の猿にちなんで三台の山車を山王神社に奉納することになった、と言うことです。これが青柏祭の縁起です」
先生は私の抗議を無視して話を終え、
「何か、質問や意見はありませんか?」
と一同に尋ねた。
「奉納するのは大猿だけで、お世話になった『しゅけん』は奉納されへんのですか?そんなん、不公平や」
私が手を上げて発言すると、さっきから茶々入れているお気楽な生徒が笑った。
「めでたしめでたしって話なんだ。気にするな」
「どこが!」
思わず吠えると、教室中が沸いた.
「赤の他人のために命がけで『大猿』退治したのに、山車も作ってもらえんて、『しゅけん』が可哀想や!」
重ねて言うと、先生が笑顔で言った。
「町の人々がきちんと供養したのですから、彼にとっては本望だったでしょう」
ここで、息を継いで話題を変えた。
「それじゃあ、この話を魔法使いの歴史という視点から考えてみて下さい」
端正な顔立ちの青年が手を挙げて、冷静な声で言った。
「思うに、『しゅけん』も『大猿』も魔法使いだったんだ。『大猿』の部族は、一族が減ったので、魔法を使わない一般人の娘を迎えることで部族の存続を図ろうとしていた。
毎年、祭りの日に娘を迎えて食べるというのは方便で、一族の住んでいる土地に連れてって部族の青年と結婚させていたんだろう。女の人をものにすることを『食べる』って言うだろう?
白羽の矢が立つってのは、一般人の中でも霊力の高い娘だとして、『大猿』の一族の長老か誰かに認められたってことだったんだ。
他方、『しゅけん』の一族は一般人の血を入れることに反対で、かねてから『大猿』の一族と対立していたんだ。
いわば純血主義の魔法憲章の擁護派で、それで『守憲』つまり『しゅけん』なんだ。多分、一族の中で婚姻を繰り返したので、『しゅけん』は白子として生まれたんだ。
で、父親の話を聞いた『しゅけん』が、越後で一般人の娘をさらっていた『大猿』の一族がこの町で娘をさらっていることを知って、それを阻止しようと戦ったんだ」
「中島くんの言うことには一理あると思うけど、じゃあ、『しゅけん』に負けた『大猿』の一族はどうなったの?」
松村が訊いた。
この人が発言すると、その声にどこか懐かしさを覚える。
「多分、別の方法を考えたんだ。魔法を使う一族なんだ。自分達の血筋が絶えないよう何らかの方法を考えたはずだ。『しゅけん』の一族も同じだ」
中島が答えた。
「それって、どういうことだ?」
別の生徒が訊いた。
「僕にも分からない。でも、あれで終わりってことにはならないはずだ。だって、手をこまねいてたら一族が絶えてしまうところまで来てたんだし、現実に、僕等が魔法使いの末裔として残っている。と言うことは、何らか対策を講じてそれが成功したってことになる」
中島の説明を先生が引き取った。
「中島くんの言う通り、青柏祭は、【魔法を使わない一般人の娘を迎え入れて一族の存続を図ろうとした『大猿』の一族】対【魔法憲章擁護派の『しゅけん』の一族】の戦いが起源だというのが、我々、魔法を使う者の定説です。
皆さんもご存知のように、大昔、魔法を使う人間は大勢いました。
しかし、時代が移り変わるにつれ、魔法を使う能力のある人間がどんどん減りました。魔法を使わない一般人との婚姻が原因だとも、魔法を使わない生活が原因だとも言われています。
そこで、代表的な部族が正反対の行動を取りました。
魔法使いだけで婚姻を行って血が薄まるのを避けようとした一族――これが『しゅけん』の一族です。
これに対して、一般人の娘の中から霊力の高い者をさらって来て、一族の存続を図ろうとした一族――これが、『大猿』の一族です。
両者は、寄って立つ理念の違いから敵対関係にあったと言われています。
目指すところは、魔法使いの血筋を守るという一点なのですが、そこに至る方法が違っていたわけです。
しかし、戦いのあげく若者が激減するという現実を見て、さすがに双方の長老も間違いに気付きます。
そうして両者は和解し、若い魔法使いに霊力を強化する教育を施して魔力の衰退を防ぐとともに、若者を一堂に集めることで交流を促し、魔法使い同士の結婚を推奨することになったのです。
皆さんも、このクラス或いは他の魔法使いのクラスから伴侶を見つけて、魔法使いの血筋を護るという使命を果たしてください」
思わず耳を疑った。このクラスは、魔法使いの末裔のためのクラスだったのだ。
しかし、魔法使いって面白い種族だ。学校を合コンみたいに位置付けたのだ。
でも、そんなクラスへ私が転校して来たのは、何でだろう。女の子が足りないからって、数会わせに頼まれたのだろうか。
中学二年の時の技術家庭科の先生は面白かった。授業で、『合コンの上手なやり方』をレクチャーしてくれたのだ。
合コンは、企画サイドに回ると、いい男がいてもアプローチしている暇がないので、参加するだけの方が得だという話に始まって、数会わせに頼まれた場合でも、いい男がいたら頑張るのが女だ、との持論を展開してくれた。でも、相手方が今一の場合は、会費分の飲み食いしたらさっさと帰るのが正しいあり方だ、とも言っていた。
ここは学校だ。飲み食いはないだろう。適当に付き合って、さっさと帰ろう。
そこまで考えていたら、先生がこちらを見てニコリと笑った。
「もっとも、ここはあくまでも学校です。テストとかはありませんが、自分の能力を最大限伸ばして次世代に引き継ぐという意味で――進化論でありましたね。キリンが、何世代にも渡って高いところの葉っぱを食べていたら首が伸びた、というあれです――より高度な魔法を使う日々を送ることで、皆さんのみならず皆さんの子供達の霊力アップが期待できます。頑張って勉強されることを期待します」
生徒が二十人もいるのに、私に向かって言われたように感じた。
頭の中で何かがものすごい勢いで回った。
何か大事なことを忘れているようで、思い出そうとするのだが、思い出せない。もうちょっとで思い出せそうなのに。喉に魚の骨が刺さったような気分だ。
先生が前に、「早くこちらのシステムに馴染んだら良いのよ」って言ってくれたけど、そもそも普通の人間がこんな学校に馴染むこと自体無茶だ。
魔法憲章第三条にもあったじゃないか。魔法を使わない人々に魔法の存在を気付かれないって。これじゃあ、バレバレだ。
って、変なことに気をとられたせいで、思い出そうとしていたことを思い出すことができなかった。ええい、大事なことなら、そのうち思い出すだろう。思い出せないなら、その程度のことだったってことだ。
やけくそで開き直ってしまって、後に、後悔することになる。




