魔法のクラス(その2)
「吉岡さん、今度の連休、暇?」
こっちに来て最初に友達になった今井恭子が訊いた。
「暇っていえば暇やけど。何で?」
「お祭りがあるの」
「どこで?」
「どこって?この町で。ここらのお祭りなの」
今井は眼鏡のツルを指の先で持ち上げて、さりげなく続けた。
「ここらで一番有名なお祭りで、正式には、『青柏祭』って言うんだけど、ここらの人は『山』って呼んでる」
「もしかして、あの大きな山車の出るヤツ?」
「そう!なーんだ。知ってるんだ」
「ちっちゃい時、おばあちゃん家に泊まって見たことがあるんや」
「もともと五月の十三、十四、十五の三日間の祭りだったんだけど、噂じゃ、例の温泉旅館協同組合の理事長が横やり入れて、三、四、五の三日間に繰り上げたんだって。その方が観光客が来るからって」
「汚~い。でも、あの理事長のおかげで大阪と直通の特急ができたって噂や。ウチのオカンが、あの理事長はロクなことしいひんけど実家に帰りやすくなったって点じゃ役に立つこともあるんやなって、言うてたもん」
「で、そのお祭りで一緒に遊ばない?一緒に『山』引っ張ったり、出店で買い物したりしようよ」
「面白そうやね。
でも、ちっちゃい時も思ったんやけど、あの『山』って、関係者以外でも引っ張れるん?岸和田のだんじりとか京都の祇園祭とかは、引っ張るのは町衆だけで、他の人は見るだけなんよ」
「それが『山』のいいところなの。いうなら誰でも参加できるの」
「そういえば……じゃあ、『山』に乗って歌ったり合図したり、それと、『山』の上の方で鉦や太鼓をたたいてるのが町衆ってことになるん?」
「よく知ってるね」
「ちっちゃい時、私も乗りたいって駄々こねたん」
「でも、町衆でも、女の子は乗せてもらえないんだよ」
「何、それ?男女差別やない?」
「つまり、神事なの」
今井恭子が笑った。
今井はふくよかな体型で、やや大きめのセーラー服を着ている。丸い顔を更に丸くして微笑むと、独特の愛嬌があって何となく癒される。もっとも、私がそう思ってるのは内緒だ。
青柏祭の話で盛り上がっていると、廊下をにぎやかに笑いさざめく一団が行くのに気がついた。隣のクラスが体育の授業に行くのだろう。何気なく目を向けると、髪の長い少女が目に留った。
思わず、息を飲んだ。信じられないほど美しいのだ。美しいだけじゃない。存在感が違うのだ。いるだけで辺りの雰囲気を変えるような、その子の周りだけ空気の色が違うような、そんな感じがする。
体操服の袋を持って、男生徒と話しながら歩いてる。それだけなのに目が離せない。
「静香さまよ」
今井が教えてくれた。
「静香さまって?」
「今、男の子とあそこを歩いてる、あの人。何となく周りと雰囲気違うでしょ」
「うん」
「生まれながらの巫女さんなのよ」
「生まれながらの巫女さんって?」
「山王神社の神主の娘なんだけど、小さい頃から、何となく周りと感じが違うの。さすがは巫女さんだって、結構有名なのよ」
「ふ~ん」
不躾に見る私に気が付いたのだろう。少女がチラリとこちらを見た。何か御用?そう問い掛ける、そんな視線だ。
しもた。ガン見するんやなかった。ガンとばしてるって思われたやろか。あなたがあんまりきれいだから見とれましたって言うのも、馬鹿馬鹿しいし。
同行する青年がこっちを見た。こちらは、私の態度を失礼だと思ったのだろう。非難するような、刺すような鋭い視線だ。
こわ!チキンな私は、思わず目を泳がせた。
そのとき、突然、目眩を感じた。
「大丈夫?」
肩を揺すられて気が付いた。ゆっくり頭を上げるが、頭が重い。
どのくらい気を失っていたんだろう。次の授業が始まったのだろうか。
喉の奥が苦い。
「吉岡さん。気分はどう?」
聞き慣れない女の人の声。いや、前に聞いたことがある。そう、確か、夢の中で。
今井はどこへ行ったんだろう。さっきまで一緒だったのに。
気が付くと教室にいて、自分の席に座っていた。
側に、夢で見た大柄な女教師が立っている。肩を揺すったのは、この人だ。
「無理しなくていいから。じゃあ、吉岡さんに代わって松村さん、魔法憲章第一条について説明して下さい」
魔法憲章?何、それ?これって、一体何の授業なん?
松村と呼ばれた少女が立ち上がった。見かけない子だ。こんな子、いただろうか。
ここで、スカーフの色に気が付いた。虹色に光っている。
さっきまでいたのは、この四月から通い出したオカンの母校だ。女の子は、セーラー服に紺のスカーフ。でも、松村のスカーフは虹色なのだ。
建物も、何となく古びた感じで、壁の腰板に茶色のペンキが塗ってある。床も天井も木製だった。オカンの母校は鉄筋コンクリートだ。もちろん、通い慣れた大阪の高校でもない。夢で見た学校がこんな感じだった。
松村の制服の着こなしが妙にやぼったい。スカーフの色は差っ引いても、何というか、今風じゃない。座っている机も椅子も木製で、小さな傷がたくさん付いている。
夢?これは、あの夢の続きだろうか。
黒板には、縦に大きな字で「魔法憲章」と書いてあり、その左に第一条、第二条、第三条と書いてある。
松村が答える。なかなかきれいな声だ。鈴を振るような声というのは、こういうのを言うんだろう。松村は容姿より声が優れている、と思った。
「魔法憲章第一条は、魔法は世のため人のために使うべし、です。ここで、どんなことが世のため人のためになるのか、考えることが大切です。良かれと思ってしたことが、かえって仇になる場合もあるわけで、何が善であるか考えることは、魔法を使う者にとって、とても重要になります」
「結構です」
そう言うと、大柄な女教師は黒板の『第一条』の下に、「世のため人のため使うべし」と、書いて、「じゃあ、第二条は?大西くん」と訊いた。
「質量保存の法則を忘れずに、不自然なことは行わない、です。魔法でも、無から有は生じないわけで、例えば、何かを出現させたら、地球上のどこかでそれが消えていることになるわけだから、むやみに魔法に頼らないようにしなければなりません」
「そうね」
先生が、『第二条』の下に「質量保存の法則を忘れないで、不自然なことをしない」と書いて質問を続けた。
「じゃあ、佐藤くん。質量保存の法則について説明して」
「質量保存の法則とは、イギリスの魔法使いのマーリンが発見した法則で、魔法を使用した場合の前後を通じて、地球上に存在する当該物又はその原材料の質量は変わらない、ということです。ですから、魔法で大判小判を出現させた場合、地球上のどこかで大判小判が消えているか、もしくは、その原材料が消えていることになります。無から有は生じない、といわれる所以です。だから、童話の『食卓よ、食事』のテーブルに自動的にご馳走が並ぶのは、どこか別の家のご馳走をもらって来たか、その材料をもらって来たか、していることになります」
佐藤と呼ばれた青年がよどみなく答えると、先生が褒めた。
「パーフェクト!じゃあ、垣内さん。第三条をお願い」
「魔法を使わない人々に魔法の存在を気付かれない、です。万一、魔法を使わない一般人に魔法の存在を知られると、中世の魔女裁判のように魔法を使う人々が迫害されたり、逆に利用されたりするわけで、魔法を使う人々は、その特殊な能力を一般人に知られないように振る舞わないといけません」
「良くできました」
そう言うと、先生は、『第三条』の下に、「魔法の存在を一般人に気付かれない」と、板書した。それから、生徒達に、もう一度魔法憲章を復唱させ、ノートに書き写すよう指示した。
唖然として机を見た。
『二年一組 吉岡綾乃』と、クラスと名前を書いたノートが開いている。
このノートによれば、これまで数回授業があって、前回の授業では魔法とは何ぞやという話をしたらしい。
曰く、魔法とは、科学の力を借りないで超常現象を引き起こす能力のことである云々。その後で、魔法と超能力の違い、つまり魔法使いと超能力者の違いについて、箇条書きに比較して書いてある。
曰く、魔法使いは杖や箒を用いるが、超能力者は霊力(精神力)だけで超常現象を具現する云々。
字は確かに私の字だ。でも、いつ書いたのだろう?
思わず、頬をつねった。
痛い!
夢じゃないことを知り、背筋が寒くなる。しばらく呆然とした。
でも、これは現実なのだ。ジタバタして何とかなる話じゃない。
仕方がない。これはこれでそれなりに面白い、と諦めて、この夢を楽しむしかない。
うん。そうしよう。
大阪の女は、割り切りの良さが信条だ。




