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第91話 次は読まない

リシアが一歩、前へ出た。


その瞬間。


身体を巡っていた魔力の流れが変わる。


通常の身体能力強化とは違う。


足元から風を当てているわけでもない。


身体の内側を巡る魔力そのものに、風属性が混ざっていた。


観覧席がざわつく。


「属性身体能力強化……?」


誰かの声が聞こえた。


俺も目を細める。


ルークが使った火属性身体能力強化ほど、魔力の流れは滑らかじゃない。


ところどころ乱れているし、出力も安定していない。


それでも。


さっきまでとは明らかに違った。


「それ……」


俺が言う。


リシアは剣を構えたまま答える。


「まだ、できるとは言えません」


「でも使うんですね」


「このままでは勝てませんから」


次の瞬間。


リシアが消えたように見えた。


いや。


速い。


距離が一気に縮まる。


剣が来る位置から身体を外す。


刃が目の前を通った。


でも、もう二撃目。


土をずらす。


リシアの踏み込みがわずかに乱れる。


それでも止まらない。


風属性身体能力強化の勢いで、そのまま押し切ってくる。


三撃目。


避けきれない。


腕で受ける。


「っ……!」


重い。


そのまま押される。


今までなら、足場を崩せば一度は止められた。


今は違う。


崩れても、そのまま前へ出てくる。


「速すぎません?」


俺が距離を取りながら言う。


「私も少し驚いています」


「本人が一番驚かないでくださいよ」


「初めて実戦で使うので」


「今ですか?」


「今です」


真面目な顔で答える。


それを試す相手に俺を選ばないでほしい。


でも。


そんなことを考えている間にもリシアは来る。


右へ踏み込む。


止まる。


左。


フェイント。


そこから正面。


全部が速い。


剣を避ける。


返し。


また剣。


土を盛る。


風で抜ける。


もう一度地面をずらす。


今度は踏み込みが少し遅れた。


そこへ拳。


でも、リシアが剣の腹で受ける。


押す。


動かない。


次の瞬間、風が強くなった。


一気に押し返される。


俺が下がる。


リシアが追う。


完全に流れを取られた。


観覧席から歓声が上がる。


予選では、俺がリシアを動かしていた。


今は逆だ。


剣が来る。


避ける。


また。


次。


速い。


でも。


届く位置は変わらない。


リシアがどれだけ速くなっても、剣そのものが急に長くなるわけじゃない。


踏み込む距離。


剣先が通る場所。


身体が止まる位置。


そこから外れる。


一歩じゃなくていい。


半歩。


それだけで刃は届かない。


リシアの剣が頬の横を通る。


次の踏み込み。


そこへ先に土をずらす。


「っ」


今度は崩れた。


俺から入る。


拳。


リシアが受ける。


さらに肩を押し込む。


一歩下がった。


初めて。


風属性身体能力強化を使ったリシアを押し返した。


リシアの目が少し変わる。


「……今のも避けるんですね」


「届く場所にいなければいいので」


「簡単に言いますね」


「簡単ではないですよ」


本当に速い。


でも、来る場所は分かる。


それなら。


やることは変わらない。


リシアがまた踏み込む。


右。


フェイント。


左。


そこから正面。


俺は最後の踏み込みへ土を入れる。


リシアの足が乱れる。


剣が少し遅れる。


懐へ。


拳。


当たる。


リシアの身体が後ろへ流れた。


そのまま追う。


足元を盛る。


逃げ道をずらす。


肩を入れる。


さらに一歩。


リシアが下がる。


さっきまで完全に押されていた流れが、少しずつ戻ってくる。


「……アル、対応してきたね」


観覧席からルークの声が聞こえた。


セレナも何か言っている。


でも。


今は聞いている余裕がない。


リシアの属性身体能力強化は未完成。


だからか。


使うたびに魔力の減りが大きい。


動きも、最初ほど安定していない。


一方で。


俺も楽じゃない。


少しでも位置を外せば剣が来る。


土を使うタイミングが遅れれば、踏み抜かれる。


それでも。


少しずつ。


俺の方が先に動けるようになってきた。


リシアが正面から来る。


剣。


避ける。


次。


足元へ土。


踏み込みが乱れる。


その瞬間。


俺から前へ出る。


拳。


リシアが受ける。


蹴り。


今度は腕に当たった。


風で距離を取ろうとする。


その着地点をずらす。


体勢が崩れる。


追う。


拳。


リシアがぎりぎりで避けた。


すぐに剣を返してくる。


俺は半歩だけ外へ。


刃が通り過ぎる。


また。


俺の番。


押せる。


今は。


少しだけ。


俺の方が有利だ。


「……すごいですね」


リシアが息を切らしながら言う。


「何がです?」


「この速さでも、ほとんど位置を外されます」


「速くても剣の長さは同じなので」


「そういう問題でしょうか」


「多分」


リシアが少しだけ笑った。


でも。


その笑顔も長くは続かない。


風属性身体能力強化が弱まる。


身体を巡っていた風の魔力が消え始めた。


限界だ。


リシアも分かっている。


「もう厳しいですか?」


俺が聞く。


「かなり」


「正直ですね」


「嘘をついても魔力は戻りません」


その通りだ。


リシアが一度大きく息を吐いた。


属性身体能力強化が消える。


通常の身体能力強化も、かなり弱くなっている。


対して俺にはまだ余裕がある。


これなら。


勝てる。


俺は地面へ魔力を流した。


リシアが剣を構える。


右へ踏み込む。


止まる。


フェイント。


左。


また止まる。


正面。


来ない。


この試合で何度も見た。


レオナードから覚えた動き。


リシア自身が増やしてきたフェイント。


次がある。


右へ見せたあと。


左か。


正面か。


あるいはもう一度止まるか。


リシアが踏み込む。


真っ直ぐ。


剣。


まだ。


次がある。


そう思った。


でも。


リシアは止まらなかった。


方向も変えない。


風も使わない。


ただ。


最短の一歩。


一番速い剣。


真っ直ぐ。


それだけ。


「っ――」


一瞬。


遅れた。


次を待った分だけ。


剣先が届く。


魔法空間が光った。


視界が白く染まる。


試合終了。


勝者。


リシア・フェルド。


歓声が響く。


少し遅れて。


俺は観覧席へ戻った。


「……負けた」


分かってはいる。


でも。


最後の一撃だけは。


完全にやられた。


少ししてリシアも戻ってくる。


かなり疲れていた。


魔力もほとんど残っていない。


それでも。


勝ったのはリシアだ。


「ありがとうございました」


リシアが先に頭を下げた。


「こちらこそ」


俺は少し考える。


「最後、フェイントじゃなかったんですね」


「はい」


「完全に次を待ちました」


リシアが少しだけ笑う。


「予選で戦った時から、アルベルトさんは相手の次の動きをよく見ていました」


「そんなにですか?」


「かなり」


そこまで自覚はない。


リシアは続ける。


「だから、今回は何度もフェイントを見せました」


「最後のために?」


「最初からそこまで考えていたわけではありません」


そこは違うらしい。


「でも、最後に気づきました」


リシアが剣の柄へ手を置く。


「アルベルトさんが、次を待っているって」


だから。


次を作らなかった。


止まらない。


曲がらない。


何もしない。


ただ真っ直ぐ。


「やられましたね」


俺が言う。


「はい」


即答。


「そこは少し謙遜してくださいよ」


「でも勝ちました」


「そうですけど」


少し悔しい。


でも。


笑ってしまった。


予選では俺が勝った。


本戦ではリシア。


これで1勝1敗。


「次は勝ちます」


俺が言う。


リシアもすぐに答える。


「私もです」


どっちも次は勝つつもりらしい。


トーナメント表が更新される。


3位。


リシア・フェルド。


4位。


アルベルト。


悔しい。


でも。


予選の時より。


リシアは明らかに強くなっていた。


俺も。


次はもっとやれる。


そして。


大会に残った試合は。


あと1つ。


決勝。


ミア・ハーヴェル。


対。


ルーク・ヴァレンベルク。


俺が席へ座ると、ミアが立ち上がった。


トーナメント表を見る。


「あと1勝」


「食堂ですか?」


「うん」


迷いがない。


ルークも立ち上がる。


「僕より食堂見てない?」


ミアがルークを見る。


「1年」


「僕の名前じゃないんだ」


「勝ったら食堂」


「そっかあ」


ルークが笑う。


でも。


次の瞬間。


2人の目が変わった。


一年生大会。


最後の試合。


決勝が始まる。

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