第92話 決勝
決勝。
ミア・ハーヴェル。
対。
ルーク・ヴァレンベルク。
2人が魔法陣の前に立つ。
一年生大会も、これで最後だ。
ミアはトーナメント表を一度だけ見る。
その視線は、優勝の文字より、その先にある賞品を見ている気がした。
「ミア」
ルークが声をかける。
「何?」
「一応聞くけど、僕に勝ちたいの? 食堂が欲しいの?」
ミアは少し考えた。
「両方」
「よかった。食堂だけじゃなくて」
「でも食堂の方が大事」
「聞かなきゃよかったなあ」
ルークが苦笑する。
ミアはもう前を向いていた。
「1年無料」
「半年でも十分じゃない?」
「足りない」
「強欲だね」
「食べるから」
それだけ言って、ミアは魔法陣へ入った。
ルークも笑いながら後を追う。
セレナが隣で呆れたように息を吐く。
「決勝前の会話がそれでいいの?」
「ミアですからね」
「便利な言葉にしないで」
俺たちも闘技場を見る。
2人が転送された。
平らな石造りの闘技場。
障害物はない。
これまで何度も見てきた場所。
でも。
決勝だと思うと、少し違って見える。
ミアは力を抜いて立っている。
ルークもいつも通り。
どちらも、決勝だからといって構えが大きく変わったようには見えない。
「どっちが有利だと思う?」
セレナが聞いた。
「火力ならミアですよね」
「それはそうね」
「でも、ルークがどう戦うか分からないです」
予選からずっとそうだ。
必要なものしか見せない。
必要以上に魔力を使わない。
相手を見て、癖を見て、少しずつ自分の形へ持っていく。
でも。
相手はミア。
同じことが通じるのか。
開始の合図が響いた。
最初に動いたのはミアだった。
雷。
細い一撃が一直線に走る。
ルークが半歩横へずれる。
そこへ2本目。
今度は避けた先。
ルークが身体能力強化で前へ出た。
雷が背後を通る。
さらに3本目。
今度は地面。
細い雷が石床を走り、ルークの進路を塞ぐ。
「最初から細かいですね」
俺が言う。
「セレナ戦より速い」
セレナも気づいていた。
ミアは最初から大きな魔法を使わない。
ルークがどこへ動くのかを見ながら、必要な場所へ必要な雷だけを撃っている。
ルークはその間を抜ける。
右。
左。
前。
最低限の動き。
本当に無駄が少ない。
ミアが火を放った。
ルーク本人じゃない。
右側。
炎が広がって進路を切る。
左へ動いたルークの先へ水。
石床に薄く広がる。
さらに風。
姿勢をずらす。
そこへ雷。
「全部来るなあ」
ルークが笑った。
雷を避ける。
水を踏まない。
火の外へ抜ける。
その先。
ミアがもう手を向けている。
雷。
今度は途中で枝分かれした。
正面。
右。
左。
3方向。
ルークは一瞬だけ止まった。
次の瞬間、身体能力強化。
そこへ火属性が重なる。
観覧席がざわつく。
火属性身体能力強化。
一気に踏み込みが速くなる。
枝分かれした雷の隙間を抜けた。
「そこ通るんですか」
俺は思わず声を出す。
ミアも少し目を細めた。
でも。
驚いて止まるような相手じゃない。
ルークが距離を詰める。
ミアの足元へ黒い魔力。
闇属性。
影のように広がり、動きを止めようとする。
ミアが土を盛った。
足場ごと上へ。
闇を外す。
そのまま風で横へ移動。
ルークの拳が空を切った。
ミアが着地と同時に雷を放つ。
近い。
ルークが腕を上げる。
闇属性の黒い魔力が雷へぶつかる。
完全には止められない。
軌道が少し外れる。
ルークの制服の肩をかすめた。
「当たった」
ミアが言う。
「ちょっとね」
ルークが肩を見る。
「もう少し喜んでくれてもいいよ?」
「まだ終わってない」
「真面目だなあ」
言っている本人が一番真面目に戦っている。
ルークが今度は自分から距離を詰めた。
火属性身体能力強化。
速い。
ミアが細い雷を2本。
ルークは最初の1本を避け、2本目の直前で進路を変える。
黒い影が伸びる。
ミアの右足。
絡む。
ほんの一瞬。
ミアの動きが止まった。
そこへルークの拳。
でも。
ミアは避けない。
身体能力強化。
腕で受ける。
衝撃。
一歩だけ下がる。
そのままルークの腕を掴んだ。
「え?」
今度はルークが少し驚く。
ミアの手から雷が流れた。
「っ!」
ルークがすぐに手を振りほどき、火を爆ぜさせて距離を取る。
「危ないなあ」
「近い方が当てやすい」
「それはそうだけど」
ルークが苦笑する。
ミアは淡々としている。
「次も来ていいよ」
「誘ってる?」
「うん」
「怖いって」
観覧席から笑いが起きる。
でも。
俺は笑えなかった。
ミア。
近接でもかなり強い。
それは知っていた。
でも。
ルーク相手でも普通にやれている。
2人がまた動く。
ルークは火属性身体能力強化で速度を上げる。
ミアは真正面から追わない。
細い雷で進路を切り、水で足元を限定し、風で姿勢を崩す。
ルークはその一つ一つを最小限で処理する。
雷。
半歩。
水。
一歩。
風。
身体を少し傾けるだけ。
本当に。
何度見ても上手い。
「ルーク、あれだけ動いてるのに魔力ほとんど減ってないんじゃない?」
セレナが言う。
俺も同じことを考えていた。
ミアは魔力量そのものが多い。
ルークは違う。
一回に使う量が少ない。
でも。
必要なところには足りている。
「長引かせるつもりですかね」
「ミア相手に?」
セレナが闘技場を見る。
「それも怖いけど」
確かに。
ミアの魔力量。
長期戦でも簡単には切れない。
その時。
ルークが動きを変えた。
今までミアの攻撃を避けていたのに。
細い雷を一発。
正面から闇属性で受けた。
黒い魔力が弾ける。
そのまま前へ。
次の雷。
火属性身体能力強化。
踏み込む。
避けない。
軌道の外側をぎりぎり抜ける。
一気に近づいた。
「押し切る?」
俺が言う。
ルークの拳。
ミアが受ける。
次の蹴り。
避ける。
闇属性。
足元。
ミアが跳ぶ。
でも。
ルークはそれを待っていた。
空中。
逃げにくい。
火。
小さな火球。
ミアへ。
ミアが風で身体を横へ動かす。
避ける。
着地。
そこに黒い影。
「っ」
ミアの足が止まった。
ルークが入る。
拳。
胸元。
当たる。
ミアの身体が後ろへ流れた。
観覧席が大きく沸く。
「ルークが当てた」
俺も身を乗り出す。
ミアがすぐに立ち直る。
ルークを見る。
「痛い」
「ごめんね」
「試合だからいい」
「じゃあ次も行くよ」
「来て」
2人とも。
何なんだ。
ルークがまた来る。
さっきと同じ。
火属性身体能力強化。
闇属性で動きを限定。
空中へ追い込む。
でも。
今度はミアが先に動いた。
ルークが闇を出す前。
地面。
土が一気に盛り上がる。
壁じゃない。
斜面。
ルークの進行方向そのものを変える。
「おっと」
ルークが横へ。
そこへ水。
足元。
火。
反対側。
逃げ道が狭くなる。
そして。
雷。
太い。
今までの細い雷とは違う。
ルークの顔が変わった。
火属性身体能力強化。
一気に外へ。
雷がすぐ横を通り抜ける。
「危なっ」
初めて。
ルークの声に余裕が少なかった。
ミアはそのまま手を上げる。
今度は。
雷が1本じゃない。
上。
右。
左。
少し離れた場所に、細い雷が次々と落ちる。
「何してるんでしょう」
俺が言う。
ルークも避けながら周囲を見る。
最初は狙いが分からなかった。
でも。
少しずつ。
分かってくる。
ルークが動ける場所。
そこだけ。
雷が落ちていない。
「誘導してる」
セレナが言った。
ミアが。
ルークを動かしている。
右へ。
雷。
左へ。
雷。
前。
空いている。
ルークがそこへ踏み込む。
その瞬間。
地面が少し盛り上がった。
「っ!」
ルークの足が止まる。
そこへ。
ミアの雷。
真正面。
ルークが闇属性を出す。
黒い魔力と雷がぶつかる。
押し切れない。
身体を横へ。
避ける。
でも。
ミアはもう次を作っている。
水。
ルークの着地点。
風。
姿勢を崩す。
接触する前に雷。
ルークが無理やり火を爆ぜさせる。
横へ逃げる。
ぎりぎり。
「……すごいな」
俺が呟く。
セレナ戦でも。
リシア戦でも。
ミアは強かった。
でも。
今は。
もっと使っている。
雷も。
他の属性も。
「ルークだからじゃない?」
セレナが言った。
「本気出してるってことですか?」
「少なくとも、今までよりはね」
その言葉に。
少しだけ。
ぞくっとした。
まだ。
これで全部なのか。
分からない。
ルークが距離を取った。
初めて。
自分から大きく。
呼吸を整える。
ミアも追わない。
少しだけ静かになる。
「ミア」
ルークが呼んだ。
「何?」
「食堂のためにここまでやる?」
「1年」
「知ってるよ」
「毎日」
「それも分かる」
「大きい」
「そこまで言われると、僕も負けたくなくなるなあ」
ミアが少し首を傾げる。
「半年あるよ」
準優勝。
食堂半年無料。
ルークが一瞬黙った。
「慰められてる?」
「うん」
「まだ負けてないんだけど」
「そうだった」
観覧席から笑いが起きる。
ルークも笑った。
でも。
すぐに。
表情が変わった。
「じゃあ」
火属性身体能力強化。
魔力が巡る。
闇属性。
黒い魔力が足元へ広がる。
今までより。
少しだけ濃い。
「もう少し頑張ろうかな」
ミアも。
右手を上げた。
指先に。
雷。
小さい。
でも。
さっきまでとは違う。
音がする。
細く。
鋭い。
空気が震える。
2人が向かい合う。
観覧席も静かになった。
俺も。
息を止める。
決勝は。
まだ。
終わりそうになかった。




