↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/92

第9話 言えばいい

街へ着くと、お嬢様が当然のように先を歩き始めた。


「こっちよ」


「どこ行くんです?」


「買い物」


「それは聞いてます。何を買うのか聞いてるんです」


お嬢様が振り返った。


「いろいろ」


「説明する気ないですね?」


「ついてくれば分かるわ」


「そういうところですよ」


「何が?」


「いえ」


後ろを見ると、護衛が2人と使用人が1人。


今日は俺とお嬢様のほかに、その3人が一緒だ。


ローデリックさんからは、何かあっても勝手にどうにかしようとするなと言われている。


護衛の訓練を始めたからといって、本当に俺がお嬢様を守れるわけではない。


だから今のところ、俺の仕事はついて歩くことくらいだ。


「アルベルト」


「はい?」


「遅い」


「今行きます」


お嬢様の後を追った。



最初に入ったのは服屋だった。


「これ」


お嬢様が1着の服を指差すと、店員がすぐに持ってくる。


「こっちも」


「かしこまりました」


次、その次、また次。


「……多くないです?」


「何が?」


「服」


「普通よ」


「そうなんですか」


「そうよ」


俺には分からない世界だ。


前の人生では、服なんて着られればいいと思っていた。仕事着、普段着、寝る時の服。それくらいだ。


「アルベルト」


「はい」


「どっちがいいと思う?」


突然、2着の服を見せられた。


「俺に聞きます?」


「聞いてるでしょう」


「どっちでもいいんじゃないですか?」


お嬢様の目が細くなる。


「その顔やめてください」


「ちゃんと見て」


「はい」


改めて見る。


正直、違いがよく分からない。


「こっちですかね」


「理由は?」


「なんとなく」


「…………」


「だから俺に聞かない方がいいって」


「もういい」


「怒らないでくださいよ」


「怒ってない」


「怒ってる人の言い方ですよ、それ」


店員が笑いを堪えている。


護衛の2人は見て見ぬふりをしていた。


俺もそうしたかった。



服屋を出た後は雑貨屋、その次は菓子屋。


通りには人も馬車も多い。


エルフォード家の屋敷周辺とは全然違う。


店の前には荷物が積まれ、使用人や商人が忙しそうに行き来している。


「すごい人ですね」


「今日はまだ少ない方よ」


「これで?」


「お祭りの時なんて歩けないくらいになるわ」


「それは嫌だな……」


そんなことを話しながら歩いていた時だった。



ガタン。



すぐ近くで大きな音がした。


振り返る。


荷馬車の後ろに積まれていた木箱が傾いている。


留めていた縄が外れたらしい。


「危ない!」


誰かが叫ぶ。


木箱が崩れた。


そのすぐ下。


小さな子供が立っていた。



考えるより先に身体が動いた。



走る。


子供の腕を掴む。


そのまま横へ引く。



ドンッ!



背中のすぐ後ろで木箱が地面へ落ちた。


「っ……」


子供と一緒に転がる。


肘を地面に打った。


痛い。


でも。


「大丈夫?」


腕の中の子供を見る。


目を丸くしている。


「……うん」


怪我はなさそうだ。


よかった。



「アルベルト!」


お嬢様の声が飛んできた。


すぐに護衛の2人も駆け寄ってくる。


「怪我は?」


「俺は大丈夫です」


「子供は?」


「たぶん」


護衛の1人が子供の身体を確認する。


「怪我はなさそうです」


「よかった……」


息を吐く。


その直後。


「アルベルト」


低い声で呼ばれた。


護衛の男が俺を見る。


「はい」


「今の判断自体は悪くない」


「なら――」


「だが、お前まで下敷きになったらどうする」


言葉が止まる。


「木箱がもう少し早く落ちていたら、お前も巻き込まれていた」


「あ……」


確かに。


子供を引くことしか考えていなかった。


自分がどこへ逃げるかまでは見ていない。


「助けるなら、自分も生き残れ」


カイルさんに言われたことと同じだった。


守る相手を逃がす。


そのために必要なら前に出る。


でも。


前に出るだけじゃ駄目だ。


「……はい」


まだ全然だった。



「アルベルト!」


今度はお嬢様が来る。


「はい」


「何してるのよ!」


「助けました」


「見れば分かるわよ!」


「じゃあ何を――」


「危なかったでしょう!」


「でも、あの子が」


「それは分かってる!」


お嬢様が俺の腕を見る。


さっき地面にぶつけたところだ。


少し擦れている。


「怪我してるじゃない」


「これくらいなら」


「そういう問題じゃない!」


また怒られた。


でも。


「……すみません」


今回は素直に謝る。


お嬢様は少し意外そうな顔をした。


「何よ」


「いや、カイルさんにも同じようなこと言われてたので」


「じゃあ守りなさいよ」


「守りましたよ」


「自分も!」


「ああ」


そういうことか。


「はい」


「本当に分かってる?」


「今は」


「今はって何よ」


また怒られた。



荷馬車の持ち主が何度も謝り、助けた子供の母親らしい人からも何度も頭を下げられた。


「本当にありがとうございました」


「いや、大丈夫なので」


「でも、この子が……」


「怪我なくてよかったです」


それだけで十分だった。



再び歩き始める。


少しして、お嬢様が俺を見る。


「痛くないの?」


「肘ですか?」


「そう」


「少しだけ」


「馬鹿」


「助かったからいいじゃないですか」


「よくない」


「難しいですね」


「何が?」


「守るの」


お嬢様が少し黙った。


「……ちゃんと練習しなさい」


「はい」


これはカイルさんにも報告した方がいいだろう。


たぶん怒られる。



その後、屋敷で使うものを扱う店へ向かった。


見ていると、お嬢様は思っていたより真面目に品物を選んでいた。


ただ買うだけではない。


値段を見て、店員に話を聞き、実際に触って確認する。


「こういうのも勉強なんです?」


「当たり前でしょう」


「そうなんですね」


「領地で何が売られているか知らない領主なんて駄目でしょう」


「お嬢様が領主になるんです?」


「まだ分からないわ」


「じゃあ、なんで?」


「知っておいて損はないもの」


「なるほど」


そういうところは、ちゃんとしている。


言い方が少し偉そうなだけで。



店を出たところで、後ろから声をかけられた。


「セレナ様」


振り返ると、店の主人らしい男が立っている。


「何?」


「先ほどの商品なのですが」


「何かあった?」


「少々、確認していただきたいことが」


「分かったわ」


お嬢様が店へ戻り、俺たちもその後についていった。


店の奥には、いくつかの箱が並んでいる。


主人がそのうちの1つを開けた。


「こちらです」


「これが何?」


「ご注文いただいていたものと、少し違うものが届いておりまして」


お嬢様が中を見る。


「違うじゃない」


「はい」


「なら交換して」


「それが……」


主人が困った顔をした。


「次の入荷がかなり先になりそうでして」


「でも、頼んだものじゃないでしょう?」


「申し訳ありません」


「謝ればいいって話じゃないわ」


空気が少し重くなる。


主人の顔がさらに困ったものになった。


お嬢様は間違ったことを言っているわけではない。


頼んだものと違う。なら交換してほしい。


普通の話だ。


ただ、言い方が強い。


「お嬢様」


「何?」


「これ、いつまでに必要なんです?」


「来月」


「今あるもので代用できないんです?」


「できなくはないけど」


「じゃあ、次にちゃんとしたものが入ったら交換してもらえばいいんじゃないですか?」


「でも――」


お嬢様が箱を見る。


「それだと、この人が間違えたことになるでしょう」


「もう間違えてますよ」


「そういう意味じゃない!」


「じゃあ、どういう意味です?」


「だから……」


そこで言葉が止まった。


主人も俺も待つ。


「……困るでしょう」


「誰が?」


「この店が」


「はい」


「注文を間違えたってことになったら」


「なりますね」


「だから!」


お嬢様が苛立ったように俺を見る。


でも、何となく分かった。


「もしかして、店に損させたくないんです?」


「…………」


「違います?」


「別に」


「じゃあ交換でいいですね」


「それは駄目」


「どっちです?」


「もう!」


お嬢様が俺を睨んだ。


「分かってるなら言いなさいよ!」


「俺が?」


「そうよ!」


「いや、それは違うでしょう」


俺は箱を見る。


「お嬢様が言えばいいんですよ」


「…………」


「頭の中で思ってること」


お嬢様が黙る。


「言わないと分かりませんよ。俺だって今、たまたま分かっただけです」


「たまたま?」


「たぶん」


「何よそれ」


「だから――」


少し考えてから、俺なりに言葉にしてみる。


「お嬢様は、今あるものでも来月まで困らない。でも店が間違えたことで損するのは嫌だから、今回はこれを使って、次に正しいものが入ったら交換してほしい」


少し間があった。


「……そうよ」


「じゃあ、それを言えばいいんです」


店の主人を見ると、少し驚いた顔をしていた。


「それでしたら、次回入荷時に必ず交換させていただきます。今回の商品についても、こちらの不手際ですので値引きを――」


「それはいらない」


お嬢様が言った。


「でも、次は間違えないで」


「もちろんです」


「ならいいわ」


それで話は終わった。



店を出て、しばらく歩く。


「アルベルト」


「はい」


「さっきの」


「はい」


「私、そんなに分かりにくい?」


「分かりにくいです」


「即答しないで」


「聞いたのお嬢様でしょう」


「もう少し考えて答えなさいよ」


「考えても同じです」


お嬢様は不満そうな顔をした。


でも、さっきまでとは少し違う。


「私、ちゃんと言ってるつもりなんだけど」


「言ってないですよ」


「言ってるわ」


「頭の中では」


「…………」


「それ、相手には聞こえませんから」


「分かってるわよ」


「なら言えばいいんです」


「簡単に言うわね」


「簡単ですよ」


「あなたはね」


そう言われて、少し考える。


俺だって、前の世界では言えなかったことがたくさんあった。


疲れた。


休みたい。


もう無理だ。


助けてほしい。


言えばよかった。


でも、言わなかった。


言わなくても分かるだろうと思っていたわけじゃない。


ただ、言うほどのことじゃないと思っていた。


自分で何とかすればいいと思っていた。


その結果、何ともならなかった。


「……簡単じゃないかもしれませんね」


「何よ、急に」


「でも、言った方がいいです」


「何を?」


「思ってること」


「全部?」


「全部は面倒です」


「何それ」


「必要な分だけ」


「…………」


「必要なことを、必要な分だけ言えばいいんじゃないですか」


お嬢様が少し考えた。


「あなた、たまに変なこと言うわね」


「そうです?」


「10歳っぽくない」


「よく言われます」


「誰に?」


「今、お嬢様に」


「……馬鹿」


お嬢様が先に歩き出し、俺もその後を追った。



その後、別の店でも少し揉めた。


「これは違うわ」


お嬢様が言うと、店員の顔が固まった。


それから、なぜか俺を見る。


助けを求めるような目だった。


「お嬢様」


「分かってる」


「まだ何も言ってません」


「言えばいいんでしょう」


少しだけ間を置いて、お嬢様は店員へ向き直った。


「頼んだものと違うから困ってるの。でも、今日必要だから、代わりに使えるものがあるなら見せて」


店員がほっとした顔をする。


「はい。すぐにお持ちします」


俺は何も言わなかった。


お嬢様がこっちを見る。


「何?」


「いえ」


「言いたいことあるなら言いなさいよ」


「できるじゃないですか」


「…………」


「ちゃんと伝わってましたよ」


「うるさい」


少しだけ顔が赤かった。



帰りの馬車で、お嬢様は窓の外を眺めていた。


「アルベルト」


「はい」


「私、そんなに偉そう?」


「偉そうです」


「…………」


「お嬢様ですから」


「そういう意味じゃない」


「分かってます」


「じゃあ真面目に答えて」


少し考える。


「偉そうに聞こえる時はあります」


「やっぱり」


「でも」


「何?」


「言い方の問題じゃないですか」


「言い方?」


「はい」


「直した方がいい?」


「全部直す必要はないと思います」


「なんで?」


「お嬢様らしくなくなるので」


「何よそれ」


「そのままの意味です」


お嬢様は強い。


自分が正しいと思ったら、はっきり言う。


それ自体は悪いことじゃない。


ただ、その前にある言葉が抜ける。


どうしてそう思ったのか。


何をしてほしいのか。


相手にどうしてほしいのか。


そこを言わない。


「必要な分だけですよ」


「またそれ?」


「便利でしょう」


「あなた、それ好きね」


「分かりやすいので」


「じゃあ、アルベルトも」


「はい?」


「私に言いたいことがあるなら言いなさい」


「言ってますよ」


「全部?」


「全部は面倒です」


お嬢様の足が飛んできた。


「痛っ!」


「暴力反対です」


「必要な分だけよ」


「使い方間違ってません?」


お嬢様が笑った。


俺も少し笑う。



前の世界では、言わなかったことがたくさんあった。


言えなかったことも、言う必要がないと思っていたことも。


結局、言わなければ伝わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。