第10話 属性検査
2年近くが経った。
森で目を覚ました時、10歳くらいだった俺は、12歳になっていた。
正確な誕生日は分からない。
だから、ローデリックさんに拾われた日を基準にしている。
最初は一文字も読めなかった文字も、今では普通に読めるようになった。難しい本になると知らない言葉もあるけれど、生活する分には困らない。
屋敷の仕事も覚えた。
掃除や荷物運び、買い物、簡単な料理の手伝い、庭仕事。
それから、お嬢様について街へ出ることも増えた。
「アル」
「はい?」
「これ、持って」
「自分で持てるでしょう」
「持てるけど、持って」
「なんでです?」
「あなた、使用人でしょう?」
「まだ正式には違いますよ」
「細かい」
お嬢様はいつの間にか、俺をアルと呼ぶようになっていた。
いつからだったかは覚えていない。気づいたらそうなっていた。
俺の方は相変わらず、お嬢様だ。
「それくらい自分で持ってください」
「嫌」
「なんで?」
「重い」
「さっき持てるって言いましたよね?」
「持てるのと持ちたいのは別」
「……はいはい」
「はいは1回」
「はい」
こんなやり取りも、もう珍しくなくなった。
ある日の夕食後、ローデリックさんに呼ばれた。
「アルベルト。少しいいか」
「はい」
執務室へ入ると、机の上には何枚かの書類が置かれていた。
「座れ」
「失礼します」
椅子に座ると、ローデリックさんが1枚の紙をこちらへ向けた。
「属性検査の話は覚えているな?」
「はい」
魔法の属性を調べる検査。
普通は13歳くらいで受ける。
それより前でも調べること自体はできるらしいが、幼い子供の属性を調べるには特別な道具と、それを扱える専門の人間が必要になる。
その分、金もかかる。
13歳頃になれば、もっと一般的な方法で調べられるようになるため、普通はそれまで待つらしい。
貴族や金持ちの家では、教育方針を早く決めるために金を払って早めに調べることもある。
「セレナも近いうちに受けさせる」
「お嬢様も?」
「ああ。12歳になったからな」
「普通は13歳なんですよね?」
「そうだ。だが、来年まで待つ必要もないと判断した」
なるほど。
貴族らしい話だ。
「それでだ」
ローデリックさんが俺を見る。
「お前も一緒に受けるか?」
「俺も?」
「ああ」
少し驚いた。
「でも、高いんですよね?」
「安くはない」
「いくらくらいです?」
金額を聞く。
思ったより高かった。
「……やめときます」
「即答だな」
「だって、1年待てば普通に調べられるんでしょう?」
「ああ」
「じゃあ待ちます」
「金のことなら気にする必要はない」
「俺が気にします」
「…………」
「1年早く知ったところで、別に困ってないですし」
今は基本的な魔力の扱いを教わっている程度だ。
属性が分からないことで、特に困っているわけでもない。
「お前は妙なところで遠慮するな」
「妙です?」
「屋敷の食事は普通に食べる」
「食べないと死ぬので」
「服も受け取る」
「裸で生活しろと?」
「剣も習っている」
「カイルさんが教えてくれるって言ったので」
「だが、金がかかると言うと断る」
「それは別でしょう」
ローデリックさんが少し笑った。
「まあいい。無理に受けさせるものでもない」
「ありがとうございます」
「なら、13歳になってからだな」
「はい」
話は終わった。
そう思って立ち上がろうとすると、ローデリックさんに止められた。
「待て」
「?」
「もう1つある」
今度は別の紙が差し出された。
「お前を正式に雇おうと思う」
「…………」
一瞬、意味が分からなかった。
「俺を?」
「ああ」
「使用人として?」
「そうだ」
紙を見る。
今なら、そこに書かれている内容も読める。
給金、仕事、住み込み、休み。それ以外にも細かい条件が並んでいた。
「これ……」
「お前は2年近く、この屋敷で働いている」
「勝手に手伝ってただけですけど」
「最初はな」
確かに、最初は置いてもらう代わりに何かしたかっただけだ。
掃除をして、荷物を運んで、料理を手伝った。
それがいつの間にか、頼まれる仕事も増えていた。
「今では使用人たちも普通にお前へ仕事を頼んでいる」
「そうですね」
「なら、正式にした方がいい」
「でも」
「何だ?」
「俺、どこの誰か分かってないですよ」
2年経っても、俺の身元は分からなかった。
近隣の領地だけじゃない。
リュミエール王国内はもちろん、隣国のヴァルディア帝国にも問い合わせてくれたらしい。
行方不明の子供。
アルベルトという名前。
年齢や特徴。
俺が持っていた硬貨についても調べてくれた。
それでも、俺につながる情報は見つからなかった。
「分かっている」
「それでも?」
「ああ」
ローデリックさんは迷わなかった。
「2年見た」
「…………」
「それで十分だ」
短い言葉だった。
でも、少しだけ胸が熱くなった。
森で拾われた時、俺は自分の名前すら分からなかった。
ローデリックさんから見れば、今だって素性の分からない子供なのは変わらない。
それでも、この2年間の俺を見て決めてくれた。
「ありがとうございます」
「礼を言うところではない。働いた分の給金を払うだけだ」
「それでもです」
「そうか」
「はい」
もう一度、紙を見る。
そこには自分の名前が書かれている。
アルベルト。
今では普通に読める。
森で目を覚ました時は、その名前すら知らなかった。
「やります」
「そうか」
「正式に雇ってください」
「ああ」
こうして俺は12歳で、エルフォード子爵家の使用人になった。
翌日。
「アル!」
お嬢様が廊下を走ってきた。
「聞いたわよ」
「何をです?」
「正式に雇われたんでしょう?」
「はい」
「じゃあ今日から本当に私の使用人ね」
「屋敷の使用人です」
「同じでしょう」
「違う気がします」
「じゃあ、これ持って」
いきなり袋を渡された。
「早速?」
「仕事でしょう?」
「絶対楽しんでますよね?」
「何が?」
顔が笑っている。
「返します」
「駄目」
「重いんですよ」
「仕事」
「便利な言葉覚えましたね」
「アル」
「はい?」
「頑張って」
「軽いなあ」
「ちゃんと応援してるわ」
「じゃあ半分持ってください」
「嫌」
「なんで?」
「私はお嬢様だから」
「自分で言います?」
「事実でしょう」
「そうですけど」
俺は袋を持って歩き出す。
お嬢様も後ろからついてきた。
「アル」
「はい」
「属性、何だと思う?」
「まだ1年先ですよ」
「予想」
「分かりません」
「火とか?」
「料理には便利そうですね」
「戦う方を考えなさいよ」
「水も便利そう」
「だから生活から離れなさいって」
「風なら洗濯物も乾きそうですね」
「もう!」
笑いながら、お嬢様が追いかけてくる。
俺は逃げた。
2年前より少しだけ速くなった足で。




