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第88話 届かない一歩

同時に前へ出た。


ルークの身体に巡っていた魔力へ、火属性が重なる。


その瞬間、観覧席の空気が変わった。


「属性身体能力強化……?」


どこかから声が上がる。


教師たちのいる方もざわついていた。


火属性の身体能力強化。


通常の身体能力強化に属性の性質まで乗せる、高度な技術。


一年生が使うようなものじゃない。


俺も知識としては知っていた。


でも、実際に目の前で見るのは初めてだ。


「本当に使えるんですね」


俺が言うと、ルークは軽く笑った。


「ちょっとだけね」


ちょっと。


そう言うには、踏み込みの速さが明らかに変わっていた。


ルークが地面を蹴る。


一気に距離が縮まった。


拳が顔へ飛んでくる。


身体を半歩ずらす。


拳が頬の横を抜けた直後、今度は蹴り。


腕で受けると、衝撃で身体ごと横へ持っていかれた。


「っ……!」


重い。


速いだけじゃない。


火属性の爆発力が、踏み込みにも攻撃にも乗っている。


ルークは止まらない。


次の拳。


その位置なら届く。


一歩だけ外へずれる。


拳が空を切った。


すぐに足元へ魔力を流す。


ルークが次に踏み込む場所の土をずらした。


「おっと」


わずかに姿勢が崩れる。


そこへ俺から入る。


拳。


ルークが腕で受ける。


さらに肩を押し込むと、一歩だけ後ろへ下がった。


「避けるね」


「当たったら痛いので」


「さっき受けてたじゃん」


「もう受けたくないです」


「それはそうか」


口調はいつも通り軽い。


でも、さっきまでとは明らかに違う。


真正面から速さで付き合えば、こっちが先に崩される。


なら。


速く動ける場所そのものを減らせばいい。


ルークの右側の地面を少し盛る。


左はわずかに沈める。


後ろも踏み込みにくいように傾ける。


「嫌なことするね」


「ありがとうございます」


「褒めてないよ」


「最近よく言われます」


ルークが正面から踏み込んできた。


逃げ道を減らした。


前しかない。


そう思った瞬間、俺の目の前でルークの身体が横へ流れる。


火属性身体能力強化の勢いを、そのまま方向転換に使っていた。


同時に黒い魔力が地面へ広がる。


闇属性。


影のように伸びた魔力が、俺の足へ絡もうとする。


土を盛って横へ抜ける。


でも、その先にはもうルークがいた。


拳。


かわす。


続けて蹴り。


今度は受けるしかない。


腕に衝撃が走り、身体が後ろへ飛ばされる。


着地する場所へ土を盛って踏ん張った。


「全部は避けきれませんね」


「火を使ってるからね」


ルークが笑う。


分かってはいたけど。


速い。


そのうえ途中で方向まで変えてくる。


俺はもう一度、地面へ魔力を流した。


今度はルークの足元だけじゃない。


少し広く。


右へ動けば足場が変わる。


左へ行っても。


後ろへ下がっても。


どこかで一度は踏み込みが乱れるようにする。


ルークが来た。


最初の足場は避けられる。


次も。


でも、3つ目で少し遅れた。


身体が揺れる。


そこへ距離を詰めた。


拳。


受けられる。


蹴り。


腕に当たる。


さらに下がる方向の地面を傾ける。


ルークの足が止まった。


もう一歩。


拳を重ねる。


その腕ごと押し込み、肩をぶつけた。


ルークが下がる。


その足元を沈める。


体勢が崩れた。


腕を掴む。


引く。


足をかける。


投げられる。


そう思った瞬間。


ルークの足元で火が弾けた。


身体が強引に横へ飛び、俺の手から抜ける。


少し離れたところへ着地したルークが、息を吐いた。


「危なかった」


今度は本当にそう見えた。


観覧席も少しざわついている。


火属性身体能力強化を使っているルークを、俺が一度崩しかけたからだろう。


「逃がしました」


「逃げたんだよ」


「同じじゃないですか」


「気分が違う」


どうでもいい。


でも。


何もできないわけじゃない。


火属性身体能力強化を使ったルークは明らかに速い。


一撃も重い。


それでも、足場と進路を変えれば、戦える。


ルークが構え直す。


さっきより少し姿勢が低い。


「次はちゃんと行くね」


「今までちゃんとじゃなかったんですか?」


「そういう意味じゃないって」


次の瞬間。


距離が消えた。


正面。


少し右。


そこへ来る。


身体をずらす。


拳が外れる。


すぐに足元を動かす。


ルークが踏み抜いた。


それでも止まらない。


火の勢いでそのまま前へ出てくる。


蹴り。


受ける。


身体が流れる。


着地してすぐ、次の踏み込みへ土を入れた。


一度目は避けられる。


もう一度。


今度は入った。


ルークの身体が崩れる。


俺は前へ出た。


拳が肩へ入る。


「ぐっ」


小さく声が漏れた。


追う。


でも、黒い魔力が一気に広がった。


闇属性。


視界が暗くなる。


ルークの姿が消える。


そのまま左へ一歩。


そこへ拳を出す。


何かに当たった。


腕。


ルークが受けている。


闇が晴れる。


目の前のルークが、一瞬だけ驚いた顔をした。


「……今の」


「何です?」


「いや」


すぐにいつもの表情へ戻る。


「本当に距離感いいね」


「そうですか?」


「うん」


「ありがとうございます」


それ以上は気にしない。


今どこにいるか分かれば、それでいい。


またぶつかる。


ルークの火属性身体能力強化。


俺の土。


闇属性。


拳。


蹴り。


距離が何度も変わる。


ルークの方が圧倒的に速い。


それでも、どこまで踏み込んでくるのか。


どこからなら攻撃が届くのか。


そこは分かる。


届く位置から外れる。


その間に地面を変える。


ルークの踏み込みが乱れる。


そこへ俺が入る。


拳。


受けられる。


火で押し返される。


また距離が開く。


ルークが来る。


避ける。


黒い影が足元へ伸びる。


外す。


その先から火。


土壁を出す。


炎がぶつかる。


壁を崩す。


土煙。


ルークから俺は見えない。


右へ回る。


そのまま前へ。


拳。


でも。


ルークが腕を上げた。


受けられる。


そのまま腹へ拳が入る。


「ぐっ!」


まともに食らった。


すぐに距離を取る。


「今の分かったんですか?」


「来そうだったから」


「それで受けられるんですか」


「結構戦ってるからね」


ルークが笑う。


やっぱり上手い。


同じ動きを見せれば、すぐに合わせてくる。


だったら。


同じように見せなければいい。


右へ動く。


ルークも反応する。


地面を動かすように魔力を流す。


でも、動かさない。


ルークの視線がほんの一瞬だけ足元へ落ちた。


そのまま正面。


身体能力強化で距離を詰める。


「そっち?」


初めて。


ルークの反応が少し遅れた。


拳。


受けられる。


でも押せる。


肩を当てる。


ルークの身体が流れる。


追う。


蹴り。


今度は避けられた。


闇属性。


黒い魔力が足元へ。


下がる。


火。


横から。


かわす。


距離が開いた。


「やっと当たった」


俺が言う。


ルークが肩を動かす。


「痛いなあ」


「まだ嬉しそうですね」


「だって」


少し笑う。


「予想と違う動きされると面白いじゃん」


「そういうものですか?」


「そういうものだよ」


ルークの周囲で魔力が動いた。


火。


闇。


さっきまでより濃い。


「上げます?」


俺も構える。


「せっかく準決勝だからね」


軽い口調。


でも。


空気が変わった。


俺も地面へ魔力を流す。


今度は闘技場全体。


大きく変える必要はない。


高さ。


傾き。


足を置く場所。


踏み込む場所。


平らだった闘技場を、少しずつ変えていく。


ルークが周囲を見る。


「……それは面倒だなあ」


「ありがとうございます」


「だから褒めてないって」


ルークが踏み込む。


火属性身体能力強化。


足元をずらす。


避けられる。


その先を盛る。


今度は少し遅れた。


体勢が揺れる。


前へ。


拳。


ルークが受ける。


蹴り。


腕に当たる。


さらに下がる場所の傾斜を変える。


ルークの足が止まった。


もう一歩。


拳。


受けられる。


肩を入れる。


ルークが下がる。


足元を沈める。


体勢が崩れる。


腕を掴む。


足をかける。


身体が大きく傾いた。


今度こそ。


そう思った。


でも。


火が爆ぜる。


ルークの身体が横へ逃げた。


着地も少し乱れる。


今度はすぐには笑わない。


「本当に面倒だね」


「さっきも聞きました」


「さっきより面倒」


「それならよかったです」


俺はまた構える。


次。


ルークは足場が変わっても避けなかった。


火属性身体能力強化の勢いで、そのまま踏み抜いてくる。


拳。


避ける。


蹴り。


受ける。


腕が痺れる。


距離を詰められる。


俺も前へ。


拳同士がぶつかった。


衝撃が腕まで走る。


ルークの蹴りをかわし、拳を返す。


受けられる。


足元をずらす。


ルークが崩れる。


肩を入れて押す。


黒い魔力が足へ絡む。


一瞬だけ動きが止まった。


その一瞬で。


ルークの拳。


火属性身体能力強化。


胸へ。


まともに入った。


「ぐっ――」


息が止まる。


身体が後ろへ流される。


それでも倒れない。


足元を盛って踏ん張る。


ルークが追ってくる。


次の拳。


避ける。


ルークが止まる位置へ先に土を入れる。


踏み込みが崩れた。


俺は前へ出る。


肩をぶつける。


ルークが一歩下がる。


まだ行ける。


腕を掴む。


崩す。


足元をずらす。


ルークの身体が傾く。


でも。


すぐに腕を払われた。


速い。


そのまま闇属性。


黒い魔力が足へ絡む。


動きが止まる。


もうルークは正面にいた。


拳。


避けられない。


胸へ直撃。


身体が浮く。


そのまま地面へ落ちた。


「っ……」


起きる。


腕に力を入れる。


でも、その前に魔法空間が光った。


試合終了。


勝者。


ルーク・ヴァレンベルク。


一瞬。


音が遠くなった。


遅れて観覧席の歓声が聞こえる。


「……負けた」


悔しい。


あと少し。


そんな気がしていた。


でも。


火属性身体能力強化を使ったルークは。


明らかに俺より速かった。


それでも。


何もできなかったわけじゃない。


魔法空間が白く染まる。


観覧席へ戻った。


少し遅れてルークも戻ってくる。


目が合う。


「お疲れ」


「負けました」


「うん」


「そこは何か言ってくださいよ」


「結果は変わらないからね」


「腹立つなあ」


思わず口から出た。


ルークが笑う。


「でも」


少しだけ声が変わる。


「本当に危なかったよ」


「本当です?」


「本当」


今度は嘘っぽくない。


ルークは一瞬だけ俺を見る。


いつもの軽い顔じゃない。


でも。


すぐ戻った。


「次は負けるかもね」


「次は勝ちます」


「怖いなあ」


教師の声が響いた。


「準決勝、第2試合」


ミア・ハーヴェル。


対。


リシア・フェルド。


次の2人が立ち上がる。


俺は席へ座った。


胸がまだ痛い。


悔しい。


それでも試合は終わった。


俺は次の2人へ目を向けた。

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