79話 辛い男
第3試合。
ルーク・ヴァレンベルク。
対。
クレア・ローデン。
ルークが立ち上がった。
「じゃ、行ってくる」
軽い。
本戦の試合前とは思えない。
「負けないでよ」
セレナが言う。
「応援してくれるの?」
「次にアルと当たる可能性があるんだから、途中で負けたらつまらないでしょ」
「理由がひどいなあ」
ルークは笑ったまま魔法陣へ向かう。
向かい側では、クレアも立ち上がっていた。
第4グループ4位。
俺と同じ予選だったけど、ほとんど戦いを見る余裕はなかった。
火属性。
遠距離から火矢を使うのが得意だったはずだ。
2人が闘技場へ転送される。
ルークはいつも通り。
クレアは最初から少し距離を取っていた。
「ヴァレンベルク様」
「ルークでいいよ」
「……試合中です」
「じゃあ試合終わってからでも」
「そういう意味じゃありません」
開始前から少し困らせている。
「相変わらずね」
セレナが呆れた。
「ルークなので」
「便利な言葉にしないで」
開始の合図が響く。
クレアがすぐに動いた。
火の矢が3本。
ほとんど間を置かずに放たれる。
ルークは前へ出ず、身体をずらして避けた。
その先へさらに2本。
今度は避ける方向まで狙っている。
「結構速いですね」
俺が言う。
「距離取ったまま撃ち続けるタイプみたいね」
セレナが答える。
クレアは止まらない。
後ろへ下がりながら火矢を作り、次々と放つ。
ルークが右へ動けば右。
左へ動けば左。
前へ出ようとすれば、その進路へ火が飛ぶ。
簡単には近づけない。
「ルーク、何もしない」
ミアが言った。
確かに。
まだ一度も攻撃していない。
避けているだけだ。
でも。
予選を見たあとだと。
何もしていないようには見えない。
ルークはずっとクレアを見ている。
手。
足。
視線。
魔力が集まる位置。
何かを確認しているように見えた。
クレアが4本の火矢を同時に作る。
左右へ広げるように放つ。
避ける場所を狭めるつもりらしい。
ルークが一歩前へ出た。
その瞬間。
中央へもう1本。
「そこです!」
完全に待たれていた。
でも。
ルークは止まらない。
身体能力強化。
踏み込みが一気に速くなる。
中央の火矢を横へ外し、左右の間を抜けた。
クレアが下がる。
「まだ!」
火矢。
近い。
ルークの足元から闇が広がった。
黒い影が地面を這う。
クレアがすぐに横へ飛んだ。
「それは予選で見ました!」
影を避ける。
ルークが少し笑った。
「ちゃんと見てたんだ」
「当然です!」
クレアが着地。
その瞬間。
ルークが方向を変えた。
「え?」
影を避けた先。
そこへ最初から向かっていたように距離を詰める。
クレアが慌てて火を放つ。
ルークは身体を沈めた。
頭上を火が抜ける。
もう近い。
クレアがさらに下がろうとする。
でも。
その足元。
別の影が伸びていた。
「っ!」
止まる。
ほんの一瞬。
ルークが手を伸ばす。
クレアはすぐに火を広げた。
近づかせないための炎。
ルークも一度下がる。
「惜しい」
「余裕そうに言わないでください!」
「ごめんごめん」
全然悪そうじゃない。
クレアは息を整える。
まだ距離はある。
「今の、最初から影を2つ出してました?」
俺が言う。
ルークが最初に出した影。
クレアが避けた。
その先。
もう1つ。
「違うと思う」
セレナが言った。
「避けた方向を見てから出したんじゃない?」
「間に合います?」
「ルークなら、ね」
その言い方。
少し分かる。
クレアも警戒したらしい。
今度は火矢を撃ちながら、大きく動き始めた。
同じ場所に止まらない。
右へ。
火矢。
左へ。
また火矢。
ルークとの距離を保つ。
悪くない。
ルークの闇は、近い方が使いやすそうに見える。
なら。
近づけなければいい。
クレアがさらに火矢を増やした。
今度は6本。
その後ろ。
もう次の火ができている。
「手数多いわね」
セレナが言う。
でも。
ルークの動きは変わらなかった。
全部を大きく避けない。
少し身体をずらす。
必要なら一歩。
身体能力強化も、踏み込む瞬間だけ。
夜の訓練場で見た時と同じ。
無駄が少ない。
クレアはかなり魔法を使っている。
ルークは。
ほとんど使っていない。
「……魔力差、出そうですね」
俺が言う。
「このままならね」
セレナも気づいていた。
クレアも分かっているはずだ。
だからか。
攻撃が変わった。
火矢を止める。
代わりに。
大きな火球。
正面。
ルークが横へ避ける。
そこへ。
クレアが走った。
「近づいた?」
俺が言う。
意外だった。
距離を取り続けていたクレアが、自分から前へ出る。
火球をもう1つ。
ルークの逃げる方向へ。
さらに。
その反対側へ火矢。
退路を潰す。
「そこ!」
クレアが手を向ける。
扇状に炎が広がった。
ルークの姿が飲み込まれる。
観覧席が少しざわつく。
でも。
すぐ。
炎の横からルークが出た。
「うそ……」
クレアの表情が変わる。
ルークの制服の端が少し焦げている。
完全に無傷ではない。
でも。
それだけ。
「危なかった」
ルークが言った。
「その顔で言われても!」
クレアが火矢を作る。
ルークはもう前へ出ていた。
距離。
一気に縮まる。
クレアが放つ。
ルークが避ける。
次。
避ける。
影。
クレアが横へ。
今度は読んでいた。
でも。
ルークも。
それを読んでいた。
クレアが避けた瞬間。
身体能力強化。
ルークがさらに加速する。
「また……!」
クレアが火を出そうとする。
その手首へ。
黒い影が絡んだ。
狙ったのは足じゃない。
「え?」
魔法が一瞬遅れる。
ルークが懐へ入った。
掌を胸元へ。
止めない。
小さな魔力が当たる。
魔法空間が光った。
クレアの姿が消える。
試合終了。
勝者。
ルーク・ヴァレンベルク。
観覧席から歓声が上がる。
ルークはいつも通りの顔で戻ってきた。
「ただいま」
「お疲れさまです」
俺が言う。
セレナはルークの制服を見る。
「焦げてるじゃない」
「ちょっとだけね」
「避けられてないじゃない」
「全部避けたらクレアがかわいそうでしょ?」
「絶対違うでしょ」
「ばれた?」
ルークが笑う。
やっぱり軽い。
「最後、足じゃなくて手を止めましたよね」
俺が聞く。
「うん」
「途中まで足ばっかり狙ってたのに」
「だから手の方が通るかなって」
簡単に言う。
でも。
それまで何度も足元へ影を出していた。
クレアも当然。
次も足を警戒していたはずだ。
最後だけ。
手。
「……やっぱり嫌ですね」
「何が?」
「ルークと戦うの」
「まだ先でしょ?」
「勝ち上がったら準決勝ですよ」
ルークが少し笑う。
「じゃあ、そこまで来てよ」
軽い口調。
でも。
目だけは。
少し楽しそうだった。
教師の声が響く。
「第4試合、準備」
カイル・ベルナー。
対。
ヴィクトル・レインズ。
俺は立ち上がるヴィクトルを見る。
予選で。
仲間を使って。
最後にはその仲間まで倒した男。
その相手。
カイルも席を立った。
第4試合が始まる。




