第71話 必要なだけ
第3グループの64人が魔法陣の前へ並んでいく。
その中にルークの姿があった。
周りには緊張している生徒も多い。
でもルークは、いつもとほとんど変わらない。
隣にいた生徒と少し話して、笑っている。
「余裕そう」
ミアが言った。
「ルークですからね」
「理由になってないわよ」
セレナに言われた。
確かに。
ルークが戦っているところなら、これまでにも見たことはある。
魔族と戦った時もそうだ。
ただ、あの時は俺たちも自分のことで精一杯だった。
ルークだけを最初から最後まで見ていたわけじゃない。
こうして座って、ルーク1人の戦い方をじっくり見るのは初めてだった。
魔法陣が光る。
ルークたちの姿が消えた。
ルークが転送されたのは、森の中だった。
正面には少し開けた場所。
右には大きな岩。
左には木が密集している。
少し先には川も見えた。
ルークは一度周囲を見る。
それから普通に歩き始めた。
「走らない」
ミアが言った。
「まだ始まったばかりですから」
「人、探さないの?」
「ミアみたいに探し回る方が珍しいんですよ」
「1人1ポイント」
「またそれですか」
開始の合図が響く。
すぐに森の各所で戦闘が始まった。
でもルークは急がない。
周囲を確認しながら歩いていく。
少しして。
前方から1人の男子生徒が現れた。
向こうもルークに気づく。
その瞬間。
足が止まった。
「……ヴァレンベルク様」
明らかに警戒している。
ルークは軽く手を上げた。
「どうも」
男子生徒はすぐには構えなかった。
少し周囲を見る。
逃げるか。
戦うか。
迷っているように見える。
「やっぱり警戒されてますね」
俺が言う。
「侯爵家だからっていうのもあるけど、それだけじゃないでしょうね」
セレナが答える。
ルークはC級。
一年生の中でも強い側だ。
わざわざ1対1で戦いたい相手ではない。
「通っていい?」
ルークが聞いた。
「……え?」
「僕、そっち行きたいんだけど」
「あ、はい」
男子生徒が道を開ける。
ルークはその横を普通に通り過ぎた。
「戦わない」
ミアが言った。
「相手もやりたくなかったんでしょうね」
「1ポイント」
「諦めてください」
ルークは一度も振り返らなかった。
しばらくして。
今度は前方から3人の生徒が現れた。
どうやら最初から一緒に動いているらしい。
ルークに気づく。
3人が顔を見合わせた。
小さく何かを話している。
やがて。
1人が前へ出た。
「ヴァレンベルク様」
「うん?」
「失礼ですが……ここは予選ですので」
「もちろん」
ルークが笑う。
「気にしなくていいよ」
3人が構える。
火。
風。
剣。
「3人ならやるんだ」
ミアが言った。
「1人で行くよりは可能性ありますからね」
ルークが3人を見回す。
「3人がかりかあ」
少し困ったような顔をする。
「人気者は大変だね」
「……申し訳ありません」
「いやいや。本当に気にしなくていいって」
ルークは笑ったまま。
「僕も普通に逃げるから」
「逃げるんですか?」
俺が言った直後。
ルークが走った。
「本当に逃げた」
セレナが笑う。
3人が追う。
風が飛ぶ。
ルークが木の陰へ入る。
火球。
横へ。
木の幹に当たって炎が散る。
剣の生徒が身体能力強化で距離を詰める。
それでもルークは反撃しない。
少しずつ。
森の奥へ進んでいく。
「逃げてるだけに見える」
ミアが言った。
「でも速すぎないんですよね」
本気で逃げるなら、もっと距離を取れそうだった。
ルークは追いつかれない程度。
でも。
諦められない程度の距離を保っている。
「誘ってる?」
俺が言う。
セレナが映像を見る。
「かもしれないわね」
ルークの前方に大きな岩が見えた。
その横。
木と岩の間が狭くなっている。
ルークがそこへ入る。
追っていた3人も続いた。
前へ出られるのは、ほぼ1人ずつ。
「あ」
俺は気づいた。
剣の生徒が最初に入る。
風と火の2人は、その後ろ。
「そこなら3人同時に来れない」
「そういうことね」
ルークが振り返った。
「ここならちょっと楽かな」
「最初から……!」
剣の生徒が踏み込む。
振り下ろす。
ルークが半歩ずれる。
剣が岩へ当たった。
一瞬止まる。
足元から黒い影が伸びた。
剣士の足へ絡む。
動きが止まる。
「失礼」
ルークの掌に小さな火が灯る。
胸元へ。
姿が消えた。
ルーク・ヴァレンベルク 1
「まず1人」
ミアが言う。
「数える側になったんですか?」
後ろにいた2人が動く。
風。
ルークが身体を沈める。
風が頭上を通る。
すぐに火球。
横へ。
岩に当たって弾ける。
ルークが前へ出た。
風属性の生徒が下がろうとする。
その足元へ影。
一瞬だけ止まる。
「っ……!」
火。
姿が消える。
ルーク・ヴァレンベルク 2
残った火属性の生徒が距離を取った。
「……参りました」
構えを解く。
ルークも止まる。
「いいの?」
「この状況で1対1は厳しいです」
「賢いね」
「ありがとうございます……?」
「じゃあ、また本戦で」
「いえ、まだ進出が決まったわけでは……」
「あ、そっか」
ルークが笑う。
そのまま2人は別方向へ離れた。
「倒さないんですね」
俺が言う。
「向こうが戦う気ないならいいんじゃない?」
セレナが答える。
ミアは納得していない。
「1ポイント」
もう放っておこう。
そこからも似たような流れが続いた。
ルークを見つけても。
1人なら、そのまま避ける生徒が多い。
中には露骨に進路を変える者もいた。
ルークも追わない。
でも。
2人。
3人。
集団で動いている生徒は違った。
少し相談して。
ルークを狙う。
「強い人を先に落としたいってことですかね」
「それもあるでしょうね」
セレナが言う。
本戦進出を考えれば。
強い相手を残したくない。
1人では無理でも。
複数なら。
そう考えるのは自然だった。
今度は4人。
ルークを見つけると、すぐに散開した。
「ヴァレンベルク様。失礼します」
「どうぞどうぞ」
ルークが手を振る。
「そんな丁寧に言わなくていいのに」
「……そういうわけには」
「学院では身分関係ないでしょ?」
「それでもです」
「真面目だなあ」
その会話の途中。
横から水が飛んだ。
ルークが避ける。
「会話中に撃つ?」
「予選ですので!」
「確かに!」
ルークが笑いながら走る。
「楽しそう」
ミアが言った。
「追われてるのにね」
セレナも笑う。
でも。
動きは全然軽くない。
右から来る風を避ける。
そのまま前へ。
土壁が出る前に方向を変える。
後ろから水。
木を使って遮る。
火球。
少しだけ身体能力強化を強めて抜ける。
必要以上に動かない。
必要以上に魔力を使わない。
夜の訓練場で見たものと同じだった。
10必要なところに20使わない。
ルークはそれを。
戦いながらやっている。
4人のうち1人が前へ出た。
ルークを挟もうとする。
でも。
ルークはその前に位置を変えた。
4人の間を抜ける。
「速い」
ミアが言う。
ただ速いだけじゃない。
抜けた先。
土属性の生徒と風属性の生徒が一直線になった。
ルークへ向けて土槍が飛ぶ。
ルークが避ける。
その先には。
風属性の生徒。
「危ない!」
風で土槍を弾く。
その瞬間。
ルークが距離を詰めた。
影。
火。
1人消える。
ルーク・ヴァレンベルク 3
「また」
俺が言う。
相手同士の位置を使っている。
4人対1だったのに。
いつの間にか。
ルークが1人ずつ相手にできる形になっていた。
「やっぱり上手いですね」
俺が言う。
「何が?」
ミアが聞く。
「位置取りです」
自分がどこに立てば。
誰がどこへ動くか。
どこから攻撃が来るか。
それをずっと見ている。
ルークが魔族と戦っていた時にも感じた。
反応が速い。
判断も速い。
でも。
こうしてルークだけを見ていると、それだけじゃない。
「相手が動く前に動いてる時ありますよね」
俺が言う。
セレナも頷いた。
「あるわね」
「読んでる」
ミアが言った。
「たぶん」
もちろん。
未来が分かるわけじゃない。
相手の視線。
身体の向き。
構え。
魔力の流れ。
そこから次の動きを読んでいるんだと思う。
ただ。
その読みが。
妙に正確だった。
ルーク・ヴァレンベルク 5
気づけば。
ポイントが増えていた。
派手な戦闘はほとんどない。
ミアみたいに一気に何人も倒さない。
セレナみたいに色々な火魔法を使い分けるわけでもない。
戦う相手を選ぶ。
位置を変える。
相手を見る。
必要なところで。
必要な魔法だけ使う。
それだけ。
最初の結界縮小が始まった。
外周から光の壁が迫る。
すると。
ルークはかなり早い段階で中央へ移動し始めた。
「もう動く」
ミアが言う。
「まだ余裕ありますよね」
「混む前に行くんじゃない?」
セレナが言った。
少しして。
外周にいた生徒たちが一斉に内側へ動き始める。
森のあちこちで戦闘が増えた。
ルークは。
その少し内側。
すでに人の少ない場所にいた。
「……楽してません?」
俺が言う。
「楽してる」
ミアが即答した。
映像の中で。
ルークが大きな岩に腰を下ろした。
本当に休んでいる。
「休憩してる」
「予選中なんですけど」
「効率いいんじゃない?」
セレナは笑っていた。
少しして。
3人組が近づいてきた。
そのうちの1人がルークを見つける。
「……ヴァレンベルク様です」
残り2人も足を止める。
「どうします?」
「避けるか?」
少し相談している。
ルークは岩に座ったまま。
そちらを見る。
「相談終わるまで待とうか?」
3人が固まる。
「聞こえていたんですか?」
「まあまあ近いからね」
ルークが立ち上がった。
「無理しなくていいよ。僕も別に戦いたいわけじゃないし」
3人が顔を見合わせる。
その中の1人。
剣を持った生徒が前へ出た。
「……いえ」
剣を構える。
「3人なら、挑戦します」
「おお」
ルークが少し嬉しそうにする。
「いいね」
「何がです?」
「そういうの好きだよ」
「は、はあ……」
「じゃあやろうか」
軽い。
相手の方が戸惑っている。
風。
水。
剣。
3人が同時に動く。
ルークは後ろへ。
風を避ける。
水が地面を走る。
さらに下がる。
剣士が距離を詰める。
ルークの後ろ。
大きな岩。
「行き止まり」
ミアが言う。
剣士も気づいた。
踏み込む。
「失礼します!」
剣が振られる。
ルークが半歩横へ。
剣が岩に当たる。
ガッ。
止まった。
その瞬間。
ルークの影が伸びた。
狙ったのは剣士じゃない。
後ろにいた風属性の生徒。
足が止まる。
そこへ。
水属性の生徒が放った水が飛ぶ。
ルークが沈む。
水はそのまま。
風属性の生徒へ。
「うわっ!」
体勢が崩れる。
ルークが前へ出る。
火。
姿が消えた。
ルーク・ヴァレンベルク 6
「最初から狙ってた?」
俺が言う。
ルークはすぐに振り返る。
岩に剣を当てた生徒。
引き抜こうとしている。
影。
足が止まる。
「ちょっと待っ――」
「待ったら3対1に戻るからね」
火。
姿が消える。
ルーク・ヴァレンベルク 7
残った水属性の生徒が止まった。
ルークを見る。
「……降参します」
「うん」
ルークも構えを解く。
「賢い」
「2人が一瞬で消えたら、さすがに分かります」
「だよね」
水属性の生徒は少し迷ってから。
頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
2人が離れる。
観覧席で。
セレナが笑った。
「何か変な試合ね」
「戦った相手にお礼言われましたね」
「ルークだから」
ミアが言う。
今度は理由になっている気がした。
残り人数が減っていく。
20人。
15人。
10人。
ルークは7ポイントのまま。
倒せそうな相手が近くにいても。
追わない。
消耗した相手を見つけても。
わざわざ仕掛けない。
「倒せそう」
ミアが言った。
「そうですね」
「行かない」
「もう十分なんじゃないですか?」
「1ポイント」
「本当に好きですね、その言葉」
本戦へ進むだけなら。
7ポイント。
さらにここまで生き残っている。
かなり有利だ。
残り5人。
別の場所で1人消える。
残り4人。
さらに。
2人が戦い始めた。
ルークは少し離れたところから見ている。
「また見てる」
ミアが言う。
「混ざらないんですね」
しばらくして。
片方が消えた。
残り3人。
勝った男子生徒もかなり疲れている。
ルークに気づいた。
表情が変わる。
「……ヴァレンベルク様」
「お疲れ」
「いつから見ていたんですか?」
「途中から」
「そうですか……」
男子生徒が剣を構え直す。
「少し休みます?」
ルークが聞く。
「いえ」
「遠慮しなくてもいいのに」
「そういう問題ではありません」
「真面目だなあ」
剣士が走った。
横薙ぎ。
ルークが避ける。
返し。
また避ける。
突き。
半歩ずれる。
攻撃しない。
何度も。
何度も。
相手の剣だけを見ている。
「ルーク、何してる?」
ミアが言う。
俺も見ていた。
4回。
5回。
剣士が踏み込む。
右足。
剣を振る。
次。
また右足。
さらに次。
同じ。
「癖?」
俺が言う。
ミアが頷いた。
その直後。
剣士が右足を踏み込んだ。
影が伸びる。
足が止まった。
「なっ――」
ルークが横へ回る。
「ごめんね」
火。
姿が消えた。
ルーク・ヴァレンベルク 8
「やっぱり見てた」
俺が言う。
倒せるのに。
すぐには倒さなかった。
相手の動きを確認して。
確実なところまで待った。
残り2人。
ルークと。
風属性の男子生徒。
相手は少し離れた場所にいた。
ルークを見つける。
明らかに嫌そうな顔をした。
「……最後がヴァレンベルク様ですか」
「嫌そうだね」
「正直に言えば」
「傷つくなあ」
絶対傷ついていない。
相手が構える。
「ですが、ここまで来たので」
「うん」
ルークも向き直る。
さっきまでの軽い表情のまま。
「やろうか」
風が飛ぶ。
ルークが避ける。
2発。
3発。
相手が距離を取る。
ルークは追わない。
風属性の生徒が右へ。
ルークも少しだけ位置を変える。
また風。
避ける。
その次。
相手が左へ踏み出した瞬間。
ルークが火を放った。
「早い」
まだ相手が大きく動く前だった。
火を避けるため。
男子生徒が右へ飛ぶ。
その先。
黒い影が伸びていた。
「え?」
足が止まる。
ルークが距離を詰める。
「そっちだと思った」
火。
姿が消えた。
森にルークだけが残った。
第3グループ終了。
観覧席から歓声が上がる。
魔法空間が白く光った。
少しして。
ルークが戻ってくる。
「ただいま」
「お疲れさまです」
「楽してた」
ミアが言った。
「第一声それ?」
「途中、座ってた」
「休める時に休んだだけだよ」
「倒せる人も倒さなかった」
「疲れるじゃん」
「1ポイントなのに」
ルークが俺を見る。
「ずっとこれ?」
「ずっとです」
「大変だったね」
「ルークのせいでもありますよ」
「何で?」
セレナが笑った。
「でも、本当に余裕ありそうだったわね」
「予選だからね」
ルークが答える。
「本戦に行ければいいし」
俺は少し気になっていたことを聞く。
「ルーク」
「ん?」
「最後の相手」
「うん」
「右に避けるって分かってたんですか?」
ルークが少し考える。
「まあ」
「まあ?」
「その前にも同じ避け方してたからね」
「それだけです?」
「それだけっていうか」
ルークが笑う。
「人って、追い込まれると結構同じ動きするよ」
「……そんなに分かるものですか?」
「慣れじゃない?」
軽く言う。
慣れ。
確かに。
魔族と戦った時にも。
ルークは相手の攻撃を読むのが上手かった。
でも。
こうしてじっくり見ると。
上手い。
それだけでは少し足りない気もする。
相手が何をするか。
どこへ動くか。
それを知っているみたいに見える瞬間があった。
「何?」
ルークが俺を見る。
「いや」
「僕の戦い、格好よかった?」
「そこまでは」
「ひどくない?」
「上手いとは思いました」
「じゃあ許す」
軽い。
やっぱり。
いつものルークだった。
少しして。
結果が表示された。
第3グループ 予選結果
1位 ルーク・ヴァレンベルク 13ポイント
2位 カイル・ベルナー 9ポイント
3位 オスカー・リード 7ポイント
4位 フィアナ・アーヴェル 6ポイント
ルークは8人撃破。
生存1位の5ポイント。
合計13ポイント。
「13」
ミアが言う。
「うん」
「私22」
「知ってるよ」
「9違う」
「計算できて偉いね」
ミアがルークを見る。
「馬鹿にした?」
「してないって」
笑っている。
絶対少し馬鹿にしてる。
「でも、本戦進出ですね」
俺が言う。
「うん。予定通り」
「余裕そうですね」
「アルも余裕でしょ」
「何でです?」
ルークが魔法空間の森を見る。
木。
岩。
川。
斜面。
そして。
その全部の下にある地面。
「森で土属性だよ?」
少し笑う。
「色々できそうじゃん」
「普通にやりますよ」
「僕も普通だったでしょ?」
「……普通?」
「普通普通」
絶対違う。
その時。
第4グループの集合を知らせる声が響いた。
俺は立ち上がる。
「次、アル」
ミアが言う。
「ですね」
セレナも俺を見る。
「頑張って」
「ありがとうございます」
ルークが手を振った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
俺は魔法陣へ向かって歩き出した。




