第67話 それぞれの理由
一年生大会まで、あと1か月。
そう聞いた時は長いと思った。
でも、学院の空気が変わるのは早かった。
放課後の訓練場は、次の日からさらに人が増えた。
普段は授業が終わればすぐ帰る生徒まで残っている。
剣を振る音。
魔法が標的に当たる音。
教師に質問する声。
大会があるだけで、こんなに変わるものらしい。
「アル」
「何です?」
「相手して」
ミアが俺の前に立った。
「今からですか?」
「うん」
「珍しいですね」
「優勝するから」
「食堂のために?」
「1年」
まだ覚えている。
むしろ、あれを聞いてから前より明らかに練習している。
「何するんです?」
「避けて」
「説明少なすぎません?」
ミアの周囲に小さな雷が走った。
「ちょっと待ってください」
「待つ?」
「待ってください」
「分かった」
素直に消した。
そこへセレナがやってくる。
「何してるの?」
「ミアに攻撃されそうになってました」
「練習」
ミアが言う。
「アルが避ける」
「それだけ?」
「それだけ」
セレナが俺を見る。
「大変ね」
「他人事みたいに言わないでください。一緒にやりません?」
「私は自分の練習があるもの」
「逃げましたね」
「違うわよ」
笑いながら離れていった。
結局、少し距離を取ってミアと向き合う。
「強いのはなしですよ」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは分かっててください」
ミアが片手を上げる。
細い雷が走った。
速い。
横へ動く。
地面に雷が当たる。
すぐ次。
今度は右。
身体能力強化を脚へ流して避ける。
「もう少し遅くできます?」
「遅い」
「ミア基準でしょう」
「うん」
否定しない。
何発か避けたところで、ミアの雷が止まった。
「どうです?」
「前より避ける」
「それはよかった」
「でも次」
「まだやるんですか」
「優勝する」
「分かりましたって」
食堂の力はすごい。
少し離れた場所では、セレナが火魔法の練習をしていた。
以前より、1発ごとの大きさが揃っている。
大きな炎を出すんじゃなく、小さくまとめて何度も撃っていた。
「セレナも結構本気ですね」
俺が言う。
「当たり前でしょ」
「優勝狙ってるんです?」
「出るなら上を目指すわよ」
「ミアみたいに賞品目的じゃなく?」
「私は食堂くらい自分で払えるわ」
ミアがセレナを見る。
「もったいない」
「そこ?」
「1年無料」
「分かったわよ」
セレナが苦笑した。
ルークは少し離れたところで木剣を振っていた。
魔法を使っていない。
身体能力強化も、俺から見える範囲ではほとんど使っていない。
ただ、同じ動きを何度も繰り返している。
踏み込む。
振る。
戻る。
また踏み込む。
「ルーク」
「何?」
「今日は魔法やらないんです?」
「あとでやるよ」
「大会用?」
「いつも通り」
本当にいつも通りらしい。
周囲の生徒が大会に向けて急に練習量を増やしている中で、ルークだけは何も変わっていないように見える。
多分。
元から毎日やっていたからだ。
「アルベルト」
今度は別の声がした。
振り返ると、レオが立っていた。
「レオ」
「少しいいか」
「はい」
以前みたいな張りつめた感じはない。
でも、妙に真面目な顔をしている。
「大会では、今度こそ勝つ」
「もう宣言するんです?」
「当然だ」
「まだ組み合わせも出てないですよ」
「当たれば、だ」
「当たらなかったら?」
「仕方ない」
ちゃんと考えているらしい。
「この前のまま終わるつもりはない」
「俺も負けるつもりはないですよ」
そう答えると、レオが少し笑った。
「それでいい」
前なら、E級の俺にそんなことを言われたら怒っていたかもしれない。
今は違う。
それだけでも、少し変わった気がする。
数日後。
大会の細かな規則が掲示された。
一年生全員参加。
最初は予選。
一定人数ごとの組に分かれ、その中から本戦進出者を決める。
本戦は一対一の勝ち抜き。
武器、魔法、身体能力強化は使用可能。
相手が戦闘不能になった場合。
降参した場合。
教師が危険と判断して止めた場合。
そのいずれかで決着する。
殺傷性が高すぎる魔法は禁止。
当たり前だ。
「予選も戦うんですね」
俺が掲示板を見る。
「そりゃそうでしょ」
セレナが言う。
「全員で最初から一対一やってたら、時間かかりすぎるもの」
「予選どういう形だろ」
ルークが紙を見る。
「組ごとに違うみたいだね」
「違う?」
「人数や担当教師に合わせて調整するって」
確かにそう書いてある。
模擬戦だけじゃなく、標的への魔法、動き、判断なんかも見るらしい。
「単純に強い人を残すだけじゃないんですか?」
「最終的にはそうなると思うけど、危ない戦いを何回もさせたくないんじゃない?」
「なるほど」
一年生全員が本気で何試合もしたら、怪我人だらけになりそうだ。
「本戦何人?」
ミアが聞く。
「16人」
「少ない」
「全員からならそんなものでしょう」
ミアが掲示板を見つめる。
「4回勝てば優勝?」
「本戦だけなら」
「4回」
指を折って数えている。
「急に現実的になりましたね」
「4回で1年」
「その換算やめません?」
「効率いい」
「そういう大会じゃないですよ」
その日の昼休み。
大会の話をしていると、ディーンが近くの席から声をかけてきた。
「アル、本戦まで行けそうだよな」
「どうでしょう」
「レオに勝ったんだろ?」
「1回だけですよ」
「1回でも勝ちは勝ちだろ」
ディーンは相変わらずだった。
変に持ち上げるでもなく、普通に言う。
「ディーンも出ますよね」
「全員参加だからな」
「剣なら結構上まで行きそう」
「それは行ってから言ってくれ」
少し笑う。
「でも、楽しみではある」
「大会が?」
「ああ。普段は同じクラスのやつとしか戦わないことが多いからな」
確かに。
一年生全体となると、知らない相手の方が多い。
リシアだって、実際に戦っているところをちゃんと見たことはない。
「アル」
ミアが横から言う。
「何です?」
「ディーン強い?」
「俺に聞かれても」
「剣は強いよ」
ルークが答えた。
ディーンが少し困った顔をする。
「ルークに言われると変な感じだな」
「何で?」
「お前の方が強そうだから」
「そんなことないよ」
「その返し、誰も信用しないぞ」
ディーンが言う。
俺も頷いた。
「ですよね」
「アルまで?」
ルークが笑った。
大会が近づくにつれて、誰が強いという話も増えていった。
ミア。
ルーク。
セレナ。
レオ。
知らないクラスの名前もいくつか聞く。
その中に、リシアの名前もかなり出ていた。
「やっぱり強いんですね」
放課後、生徒会室へ書類を届けに来ていたリシアへ言うと、少し眉を寄せた。
「何がですか?」
「大会の予想で、よく名前聞きます」
「そういう話は好きではありません」
「すみません」
「いえ」
リシアは受け取った書類を机に置く。
「ただ、出る以上は勝つつもりです」
「結構はっきり言いますね」
「勝つつもりがないなら、練習する意味がありませんから」
真面目だ。
「アルベルトもでしょう?」
「俺ですか?」
「負けるつもりで出るわけではないはずです」
少し考える。
「まあ、そうですね」
優勝したいかと言われれば、まだよく分からない。
でも。
誰かと向かい合って。
始まって。
そこで負けてもいいと思えるほど、俺も素直じゃない。
「もし当たったら、よろしくお願いします」
リシアが言う。
「こちらこそ」
俺は頭を下げた。
生徒会室を出る。
廊下の窓から、訓練場が見えた。
今日も人が多い。
その中に、ミアもいる。
雷を小さくまとめて、何度も標的へ飛ばしていた。
「本当にやってるな」
食堂1年無料。
あれだけでここまで変わるとは思わなかった。
でも。
大会まであと少し。
俺も、のんびりしている場合ではなさそうだった。




