第65話 夜の訓練場
聖剣の一般開放が決まってからも、学院での生活は特に変わらなかった。
授業を受けて。
実技をして。
放課後になれば、それぞれ好きなことをする。
食堂では相変わらず聖剣の話をしている生徒も多かったが、俺たちにとっては一度挑戦して抜けなかった剣だ。
ミアだけは、聖剣の街に増えているという出店の話を気にしていた。
「新しいの増えたらしい」
昼休み。
ミアがパンを食べながら言った。
「何がです?」
「串焼き」
「また調べてるんですか」
「あと、甘いやつ」
「聖剣の情報より詳しくなってません?」
「必要」
何に必要なのかは聞かなかった。
隣でセレナが苦笑している。
ルークは少し離れたところで、また別の生徒に声をかけられていた。
女の子が2人。
何かを渡されている。
「またですね」
俺が言う。
「またね」
セレナもそちらを見る。
「人気者」
ミアが言った。
「ミアも食べ物もらってるでしょう」
「食べ物はいい」
「基準が分かりやすいですね」
少しして戻ってきたルークが席に座る。
「何の話?」
「ルークが人気者って話です」
「急だね」
「手紙?」
ミアが聞く。
「まあね」
「食べ物は?」
「今日はないよ」
「残念」
「僕の話だよね?」
「うん」
「絶対興味ないでしょ」
ミアはパンを食べた。
その日の放課後。
俺は図書室に寄ってから寮へ戻ることにした。
最近は魔法関係の本を読むことも増えた。
土魔法そのものより、魔力操作について書かれている本の方が参考になる。
身体能力強化の授業を受けてから、特にそう思うようになった。
バルガスさんに教わった時は、とにかく使って覚えた。
学院では、それを言葉で説明してくれる。
どちらも分かりやすさが違って面白い。
本を返して外へ出る。
もうかなり暗くなっていた。
「思ったより遅くなったな」
寮へ戻るため、中庭を抜ける。
その途中。
何か音がした。
パンッ。
乾いた音。
足を止める。
もう一度。
パンッ。
訓練場の方だ。
こんな時間に誰だろう。
近づいていくと、明かりの落ちた訓練場に1人だけ人影があった。
ルークだった。
少し離れた場所に木製の標的が並んでいる。
ルークが右手を上げる。
小さな火の玉が飛ぶ。
標的の中央に当たった。
すぐに次。
同じ場所。
また次。
今度は少し小さい。
それでも、ほとんど同じ位置に当たる。
速い。
大きな魔法じゃない。
威力も授業で見るものと変わらない。
でも。
1発ごとに魔力の量がほとんどぶれていない。
「何してるんです?」
声をかけると、ルークが振り返った。
「アル?」
「こんばんは」
「こんばんは。珍しいね、こんな時間に」
「図書室にいました」
「そっか」
ルークは特に隠す様子もなかった。
「ルークは?」
「見ての通り、練習」
「まだやるんですか?」
「まだって?」
「授業でもかなりやってるでしょう」
「授業は授業だからね」
そう言って、また標的へ向き直る。
右手を上げる。
火。
当たる。
次。
当たる。
今度は左手。
同じように火を出す。
また中央。
「それ、何の練習なんです?」
「魔力操作」
「当てる練習じゃなくて?」
「それもあるけど」
ルークが手を下ろす。
「同じ量を、同じ形で、同じ速度で出す」
「毎回?」
「うん」
簡単そうに言う。
でも、実際にやれと言われたらかなり難しい。
魔法は毎回少しずつ違う。
魔力を多く入れれば大きくなるし、少なければ弱くなる。
飛ばす方向も、速度も。
完全に同じにはならない。
「何回やるんです?」
「決めてないよ」
「じゃあ、いつ終わるんですか」
「納得したら」
「一番終わらないやつじゃないですか」
ルークが笑った。
「アルもやる?」
「俺も?」
「せっかくだし」
少し考える。
寮へ戻っても、特に急いでやることはない。
「じゃあ少しだけ」
「いいね」
俺も標的の前へ立った。
土魔法で、小さな石を作る。
飛ばす。
標的に当たった。
中央から少し右。
「次」
ルークが言う。
「先生みたいですね」
「いいから」
もう一度。
今度は左。
「全然同じところ行かないですね」
「威力も違う」
「分かります?」
「少しね」
もう一度。
「今のはさっきより魔力が多い」
「ほんの少しですよ」
「その少しを減らす練習」
「地味ですね」
「地味だよ」
即答だった。
ルークが自分の番に戻る。
火。
火。
火。
ほとんど同じ場所に当たる。
「よく飽きませんね」
「飽きるよ」
「飽きるんですか」
「そりゃね」
「じゃあ何で続けるんです?」
ルークは少し考えた。
「できないより、できた方がいいから」
それだけだった。
しばらく続ける。
俺は同じ大きさの石を作るだけでも意外と苦労した。
見た目は同じでも、飛ばしてみると速度が違う。
力を入れすぎる。
少なすぎる。
ルークは横から時々言う。
「今の多い」
「今度は少ない」
「もう少しだけ右」
「細かいなあ」
「そこを合わせるんだよ」
「ルーク、本当にこういうの好きですね」
「好きっていうか」
少し間があった。
「必要だからやってる感じかな」
「必要?」
「戦うならね」
ルークはまた火を飛ばす。
同じ場所。
「魔力が多い方が強いのは間違いない。でも、無駄に使ったらその分だけ早くなくなる」
「まあ、それはそうですね」
「10必要なところに20使ったら、半分捨ててるのと同じでしょ?」
「言われるとそうですね」
「だから10でいいなら10にする」
次の火。
今度は少しだけ小さい。
それでも標的には十分な穴が空いた。
「5で足りるなら5」
さらに小さくなる。
また中央。
「相手や距離で変える」
「それを毎回やるんです?」
「できればね」
「面倒ですね」
「面倒だよ」
また即答。
俺は少し笑った。
そのあと、ルークは身体能力強化の練習も始めた。
全身へ薄く魔力を流す。
歩く。
走る。
止まる。
方向を変える。
踏み込む瞬間だけ脚へ魔力が集まり、すぐ全身へ戻る。
授業で見た時より、さらに細かい。
「毎日これも?」
「だいたい」
「授業であれだけできたの、そりゃそうですよね」
「急にできるようにはならないからね」
ルークが軽く跳ぶ。
着地の瞬間だけ脚へ魔力が集まり、衝撃を受けると同時に抜ける。
「アルもやってみる?」
「そこまで綺麗には無理ですよ」
「最初から同じにしなくていいよ」
「じゃあやります」
全身に魔力を巡らせる。
踏み込む。
脚へ少し多く。
戻す。
次は横。
今度は戻すのが遅れた。
「今残った」
「分かってます」
「もう1回」
「厳しいですね」
「バルガスさんよりは優しいでしょ?」
「それは間違いないです」
比較対象が悪い。
何度か繰り返したところで、俺は息を整えた。
ルークはまだほとんど変わらない。
「疲れないんです?」
「疲れるよ」
「全然そう見えないんですけど」
「慣れてるだけ」
またその言葉だった。
慣れ。
練習。
毎日。
ルークは何でも簡単そうにやる。
魔法も。
身体能力強化も。
戦い方も。
最初から何でもできる人だと思っていた。
でも、少なくとも今目の前にあるものは違う。
「ルークって、結構努力家ですよね」
俺が言うと、ルークが少し止まった。
「急にどうしたの?」
「いや。みんなは天才だと思ってるんじゃないかなって」
「アルも思ってた?」
「ちょっと」
「ひどいなあ」
「褒めてるんですよ」
「ならいいけど」
ルークは笑った。
それから、また標的へ向き直った。
「もう少しやってく?」
「もう少しだけなら」
「じゃあ次、さっきの石」
「まだやるんですか」
「同じ大きさで10回」
「急に課題増えてません?」
「練習した分だけ上手くなるよ」
「それ、この前も聞きました」
俺はもう一度、小さな石を作った。




